女王命 PART2

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「ジュリアスさまはお寝みになったのか?ルヴァ。」
「ええ、やはり疲れていたのでしょうね、すぐ眠ってしまいましたよ。」
「まったくあの方は…いいかげんご自分一人だけのお体ではないことを自覚してくださらないと…」
「まあ、さすがのジュリアスも今度ばかりはおとなしく休養せざるを得ないでしょう。なんと言っても『女王命令』ですからねー。」
「ま、怪我の功名ってことになるのかな。…ところでジュリアスさまのご容体はどうなんだ?本当にただの過労なんだろうな?」
「心配ありませんよ、オスカー。聖地に帰ってきたことだし、すぐよくなります。おとなしく寝てさえいればね。」
「そうか、そりゃあよかった。」
「だからオスカー、その間くらいはおとなしく聖地で仕事しててくださいねー。」
「お、おい。そりゃあないぜ、ルヴァ。俺はいつでもまじめにだな…」
「はいはい、ジュリアスの分までというと、大変ですよー。」
「…………。」
ジュリアス出張中…聖地ではわずか3日足らずの間に、目一杯仕事をためていたオスカーは、ここで観念することとなる。

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いちめんの花…その中に立つ金の髪の少女…。少女は振り向く…目に一杯涙をためて…。何故泣くのだ…。
「アンジェリーク」

「すみません…。起こしてしまったようですね。」
静かなその声に、我に返る。小さな盆を捧げ持ったリュミエールが枕元に立っていた。
「お食事をお持ちしたのですが…お寝みのようでしたので出直そうと思っていたのですよ。」
「ああ…すまぬ…。…リュミエール。」
「はい?」
「今日は何の曜日だ?」
「月の曜日です。まだジュリアスさまがお帰りになった日ですよ。」
「……そうか…。」
落胆の色を隠せぬその声にリュミエールは困ったように微笑んだ。と、またジュリアスがつぶやいた。
「一週間も…お会い出来ぬのか…。」
誰に…とは訊くまでもなかった。ジュリアスが敬語を使う相手は一人しかいない。
(さて、どうしたものでしょうか…。)
まさかクラヴィスに相談するわけにも行くまい。

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アンジェリークはため息をついた。
朝、いつもの時間になってもジュリアスは来ない。来るはずはない。自分が来るなと命じたのだから。
ジュリアスの出張中も寂しかった。でも今はもっと寂しい。ジュリアスが体調を崩して寝ているというのに見舞いにも行けないのか。女王であるばっかりに?
「そんなのってないわ!私は女王よ、一番えらいんだから!」
幸いロザリアはいない。アンジェリークは次の間に滑り込むと女王のドレスを脱ぎ捨てた。すでに着込んでいたピンクのワンピース姿で彼女はバルコニーから…。
「あ、アンジェ…じゃねえや陛下!何やってんですか!あんたは。」
宮殿の庭でサボりを決めていたゼフェルがめちゃくちゃな敬語で叫んだ。
「ゼフェル!お願い!見逃して!」
「…ったく。しょーがねえなあ。ジュリアスの見舞いか?」
大きな目を潤ませたまま頷くアンジェリーク。
「わーったよ、乗ってきな。あいつの屋敷は遠いぜ。」
「ありがとうゼフェル!!大好きよ!」
(…うわわ。抱きつくんじゃねーよ。相手が違うだろ?ちっくしょー!俺だってアンジェのこと、まだ好きなんだぜ?!ジュリアスの馬鹿ヤロー!なんでおめえなんだよー。)
そう叫びたい気持ちをこらえて、ゼフェルは自慢のエア・バイクで恋敵の元にアンジェリークを連れて行くのであった。

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天使はバルコニーから現れた。
「ここは2階のはずだが…」
「ゼフェルさまがここまで連れて来てくれました!」
「私はまだ夢を見ているのか…?それとも今までの全てが夢なのか…?」
「あのー。ジュリアスさま?」
「まだ女王試験は続いていたのか…。」
「ジュリアスさま?」
「アンジェリーク。」
「はいっ。」
「私は…おまえを愛している。」
「えっ…?」
「聞いてくれ。私はおまえが女王になってしまった夢を見た。夢の中で私はとても後悔していた。私はおまえを手放したくない。だから私だけの…。」
ジュリアスはここまで言って急に理解した。
『それ』は夢などではなかったことを…。

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「ジュリアスさま…。」
「…………。」
「あの、ジュリアスさま。」
「なんです。」
「私もです。」
「何がですか、処分なさるならどうにでもなさってください。」
「処分って何をですか?そうじゃなくって…」
「ですからなんなのですか、陛下。」
「私もジュリアスさまを愛していますっ!」
「だから何が愛…えっ?」
「愛しています。あなたを永遠に失うかと思ったら胸がつぶれそうでした。もうあんな思いはいやです。だから私のためにもう無理はなさらないでください…。お願い、ジュリアスさま。」
「陛下…。」
「今はアンジェリークって呼んでください。」
「……しかし陛下。」
「アンジェでもいいです。」
「……しかし…。」
「女王命令。」
「……アンジェリーク。」
「さっき愛していると言ってくださったのは本当ですよね。」
「私は嘘は言っておりません。ですが…。」
「敬語も禁止。」
「……で…だが…アンジェリーク。」
「大丈夫!きっとなんとかなります。」
「…………わかった。私も覚悟を決めよう。」
「えっ…ジュリ…!??」
アンジェリークは突然ジュリアスの長い腕に引き寄せられ、その胸にかき抱かれた。少し熱っぽさを帯びたジュリアスの体温が心地よかった。早鐘のような鼓動がアンジェリークの耳に響く…と、ジュリアスは両手で彼女の頬をくるみ、そっと上向かせた。そしてアンジェリークの唇は、ジュリアスの少し乾いた熱い唇で覆い尽くされた。

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ジュリアスはそのあと丸2日寝こんだ。
自分がやったこととはいえ、刺激が強すぎたらしい。更にいろいろ考えてまたストレスがたまってしまったのだろう。難儀な性格である。
(この私としたことが、女王陛下になんてことを…。)
(だがこの気持ちは真実だ…嘘偽りはない。私はアンジェリークを愛している。)
(しかし守護聖が女王を…そんなことが許されるのか…)
堂々めぐりの中、熱に浮かされながら、ジュリアスは結論を探していた。

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「それでジュリアスさまはもうお元気になったんですか?」
「んー、まあねえ、あの人のことだからあ。殺しても死なないってタイプじゃない?元気になったみたいだよ、体のほうはね。」
オリヴィエが派手に飾られた爪を陽光にかざしながらランディに言う。
「体のほうは?じゃあ…ジュリアスさま、まさかまたヘンなものに…!?」
「憑かれたんじゃないかって?そうだねえ。憑かれてるって言えば、そうなんじゃないかなあ。」
「な、何なんですか?それってかなりヤバいんじゃ?」
「ヤバいよねえ。何しろあのヒト、あの歳で初恋なんじゃない?」
「へ?」
「はーつーこーい!ハシカみたいなモンでさ、年取ってからの方がきついんだよねえ。」
「え?えーっ?!ジュリアスさまが?」
「そっ。あの人は隠してるつもりでも、すでにバレバレってやつ。」
「だ、誰ですか、お相手は。」
「んふふー。失恋だよ、少年。残念だったねえ。」
「…♂×♀☆●*@↑↓…??…ええっ!?…まさか?!」
さすがのランディにも思い当たるフシは、あったようである。

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「何を突っ立っているのだ?ジュリアス。」
「……そなたか……。」
「おまえのような大男がそんなところに立っていたら邪魔ではないか。」
ジュリアスは無言でクラヴィスに道をあけた。
「どうした。この部屋に入るのが怖いのか?」
「そなたには関係がない。さっさと入れ。」
「女王陛下に合わせる顔がない、というところか?」
ジュリアスの顔がみるみる真っ赤になる。
「わかりやすい男だ、相変わらず…な。」
「…クラヴィスっ…!」
ジュリアスは思わずクラヴィスに手を伸ばしかけた。
「あーあーあージュリアスー!待ってくださいー。」
「クラヴィスさま、こんなところで…さあ、中にお入りください、お二人とも。」
ルヴァとリュミエールが慌てて走ってきた。そのあとからオスカーも続く。
「ジュリアスさま、落ちついてください。とにかくお話は中で…!」
「なんなのだ、いったい。」
「入れば、わかりますよ。」
ジュリアスはルヴァに促されて、謁見室の重い扉を開いた。

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謁見室に入ったジュリアスの目に入ったのは、女王の正装をしたまぶしい笑顔の愛する少女と、残りの守護聖と補佐官、そして『快気祝・for・ジュリアス』という、わけのわからないたれ幕のようなものだった。
(快気祝いというのは、治った本人がするものではないのか?)
そんなことを思いながら女王陛下の前に進み出る。
「不在の間、御迷惑をおかけ致しました。光の守護聖ジュリアス、本日より執務に戻ります。」
「はい、報告ご苦労様。それから全快おめでとう、ジュリアス。」
「は…。で、あの、これは…。」
「おまえに快気祝いのプレゼント…だそうだ。」
いつになく口数の多いクラヴィスが言う…。
「なに…?!」
「ああ、ジュリアス。これです。読んでくださいねー。」
「守護聖総出で図書館に入り浸って探したんですよ。」
…と、これは図書館に縁のなさそうなオスカーの弁。
「…なんなのだ…。」
アンジェリークも促す。
「読んで、ジュリアス。今すぐよ。」
渡されたのはかなり古そうな書物である。読み始めたジュリアスの顔に、次第に驚きの表情が広がる。
「…これは…。」
「がんばるあなたに、みんなからの贈り物ですわ。あとは、あなた方次第でしてよ。」
補佐官ロザリアが言う。続けて仕切るのはオリヴィエ。
「さあ、邪魔者は消えた、消えた!ここは二人だけにしてあげましょ。ねっ。」
思い思いの言葉を口にしながら彼らは部屋から出て行く。そして残るのは愛しい少女、アンジェリーク。

「女王と結ばれた守護聖の日記。素敵だったでしょ?」
「…こんなものがあったのですね…。」
「きっと以前にもそういう人がいたはずだって、みんなが…。」
「…??!…守護聖総出で図書館に入り浸り?」
「…ジュリアス?」
「…仕事は…?」
「あ。あの…ジュリアス、でもみんな私たちのために…」
その直後、廊下にいた守護聖たちにジュリアスの十日ぶりの雷が落ちたことは言うまでもない。

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「…ったくよお。反則じゃねえか。」
「うーん。そう言われてみればそうかもな。」
「しかたないよ。ぼくたちよりジュリアスさまのほうが真剣だったってことだよ。」
「お、俺だってアンジェが女王にならなけりゃなあ…」
「ま、俺たちのほうが若いんだし、まだチャンスはあるよ。」
「うん、今はあの二人を祝福しなくっちゃあ。」
「けっ!いい子ぶりゃーがって!」
「ゼフェル!」
「いいもん。ぼくいい子だもーん、だ。」
「フ…。泣く子と年寄りには勝てぬ…ということにしておけ。」
最後の一言は少年たちの後ろを通り過ぎていった闇の守護聖のものである。
「……泣く子…って、陛下のことかなあ。」
「なんだか楽しそうだよねえ、クラヴィスさま。」
「…近頃妙に明るくねえ?あのおっさん。」
そう言いつつ、聖地の春の訪れにまんざらでもない少年たちだった。

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「ジュリアスさまはやっぱりジュリアスさまねえ。ロザリア。」
「なに当たり前のことを。手は動いてますか?陛下。」
「動いてますよー。やっぱり一人前の女王になるまで結婚してはくれないのかなあ。」
「陛下、嘘ばっかり。手が止まってますわ。ジュリアスに負担をかけない女王になるのでしょ?」
「ロザリアも誰か意中の方がいるのでしょ?いっしょに…」
「陛下。この書類の山が片付かないと、次の日の曜日のジュリアスとのお約束、反古になりますわよ。」
「はい、ロザリア。…まじめにやります。」
そんなわけで一所懸命に仕事をやり始めたアンジェリークが、いつの間にか机の前に微笑んで立っているジュリアスに気がつくのは、もう1分ほど後のことになるだろう。

────────────── おしまい ───────────────



ねこまた・朔羅さんのイラスト(はあと)

小説のおまけといいわけ。