大嫌い。(中編)


「あの、アンジェリークさんがお見えになりません。」
昼間のことが多少気になったジュリアスはそれとなく女王候補寮に出掛けた。そして、女王候補付きのメイドにアンジェリークの様子を聞いてみたのだ。
「なんだと?」
ジュリアスにとって今日は実に間が悪い日であった。
自室前でアンジェリークに大嫌い呼ばわりされ少なからずショックを受けた。
さらに占いの館でよろけたサラに抱き付かれたところを彼女に見られ誤解を受けた。
まったく持って彼女からの自分の印象は最悪であったろう。
そんなこんなで少しひがみモードが入っていたジュリアスは、彼女が誰かのところで慰めてもらっているのだろう、と思った。
「それにしても遅いようだな。もう夕食時ではないか。」
「はい。私も心配しているのですが。」
「ロザリアはいるのだな?」
「はい、いらっしゃいます。彼女にも伺ってみましたが、昼以降はお会いしてないとのことでした。」
「そうか。まあ若い娘のこと、どこかで遊び呆けているのだろう。じきに帰って来る。」
「はい、そうだとよろしいのですが。ですが、ジュリアスさま。」
「なんだ?」
「アンジェリークさんが今まで夕食に遅れて来たことはありませんので…」
「……そうなのか。では少し当たってみよう。」
「はい、私も探してみますが、よろしくお願いします。」
ジュリアスは嫌な予感がし始めた。
そう言うわけで今日はなにもかも間が悪い。このままもっと悪いことが起きるのではないか。そういう考えが頭の中を占めてきたのだ。
ジュリアスは踵を返し、心当たりを探し始めた。


ジュリアスはディアや守護聖の数人に声を掛け、心当たりを探させた。
そして自分は思い立って占いの館に行った。
「サラ!サラはいるか!?」
「ジュリアスさま。」
「パスハ!そなたもここにいたのか。」
「まあ、ジュリアスさま、いらっしゃいませ。今日はずいぶんとご熱心に…」
「挨拶は良い、サラ。アンジェリークがいなくなった。そなたたちは知らぬか?」
「そのことで私はサラと話をしておりました。」
「なんだと?」
「はい、ジュリアスさま。パスハが申すには、王立研究院の転移の間で時空の揺らぎが見られたと。」
「なに?それで、アンジェリークは研究院に来たのか?」
「いえ、それが一度は来たのですが、なにか言いたそうにしたまま少しあたりを見て、そのまま行ってしまった、と思っていました。そして定時になったので私は研究院を出たのですが、ここまで来て異変に気がついたのです。今から戻ろうかと思っておりました。」
「もしかすると研究院に残っていたかも知れぬ、というわけか。」
「御意。」
「それで、サラ。そなたの水晶球には何か映らぬのか?」
「まだはっきりとは致しません。ですが、何かの強い力がこの飛空都市から出ていったのは感じました。アンジェリークの持つサクリアはまだ女王としては未熟で荒削りですが、とても強いのですわ。ですから…」
「アンジェリークが飛空都市から出ていったかも知れぬというのだな。」
「はい、ジュリアスさま。」
「すると、エリューシオンか。」
「そうとしか考えられません。エリューシオンかフェリシアより他の場所に行く方法は教えておりませんので。」
「よし、とにかくまず王立研究院に参ろう。」
「御意にございます、ジュリアスさま。」
「うむ。サラも同行してくれぬか。」
「承知致しましたわ、ジュリアスさま。」
三人は直ちに王立研究員へ向かった。



「なるほど、遊星盤がなくなっているようだな。」
転移の間に通じる部屋に着いたジュリアスはまずそれに気がついた。そこにある機械についている、『遊星盤』と書かれた部分のランプが消えている。
「やはり間違いありませんね。アンジェリークはエリューシオンに降りたのです。隣りの転移の間には彼女が眠っているはず。転移と言っても、意識だけで、実体はここに残っておりますから。」
「うむ。で、遊星盤がなくともエリューシオンには行けるのか。」
「はあ、それは参れますが、多少危険が伴います。」
「どの程度だ。」
「非常に強い精神力と集中力とが必要になります。」
「そうか。で、私は行けると思うか?パスハ。」
「……十分なお力かと。」
「ジュリアスさまがいらっしゃるんですか?!」
「そのつもりだ。彼女が心を乱したせいでこのようなことが起きたとすれば、私にも責任はある。」
「ですが…!」
「サラ。ジュリアスさまは軽率なお心から言われているわけではない。十分な御覚悟があってのこと。われわれに止める権利はない。では、転移の方法をお教えいたします。」
「うむ。済まぬな。いろいろ世話を掛ける、パスハ。」
「もったいないお言葉。」
「では、よろしく頼む。」
ジュリアスとパスハは部屋の中心に向かった。


「ひっく。」
アンジェリークはやっと泣き止んで草の上に座り込んだ。

―――――――――――――――
一人になりたくてエリューシオンに黙ってやって来た。後でどんなに叱られるかはわからないけれど、いいや、と思った。
とにかくなんだかとても悲しかった。
ジュリアスさまに大嫌いと言ってしまった。
ジュリアスさまがサラと抱き合っていた。
ジュリアスさまに嫌われた。
「……ジュリアスさま…」
どうして、こんなに悲しいんだろう。
本当にジュリアスさまが嫌いなら悲しくなんかないはず。
わかってる。嫌いなわけない。
あの光り輝く姿。まぶしいけれど、目が離せない。本当に神様みたい。
綺麗だから好きなの?ううん、そうじゃない。

あれはいつだったか、一度だけ見た、ジュリアスさまの…そう、確かある星が消滅したって言う知らせが入ったときだったわ。私は偶然その場所に居合わせたんだったっけ。
その時のジュリアスさまの辛そうなお顔。住んでいる人はみんな逃げたということだったけれど、星はなくなってしまった。ジュリアスさまのお力も虚しく。

そう。ジュリアスさまは神様じゃない。悲しみも、苦しみも知っている、他の守護聖さまよりずっと孤独を知っていらっしゃる。なぜか、そう思えてならない。

その時のジュリアスさまの横顔が忘れられない。私なんかに慰める資格もないけれど、……抱きしめてあげたかった。
私がいます、って…何の取り得もないけど、私はジュリアスさまの味方ですって…言いたかった。
それなのに、なんで私はジュリアスさまに近づくことも出来ないの?
……だって、ジュリアスさまのお顔がまともに見られない。
きっと顔が真っ赤になってしまう。
私の心なんか見抜かれてしまうかもしれない。
私は女王試験のためにここにいるのに、ジュリアスさまに恋をしてしまった。
そんな私のこと、ジュリアスさまはきっと軽蔑なさる。
だから真正面からジュリアスさまに会うことができない。
どうしよう。こんなんじゃ育成なんて出来ないわ。どうすればいいの?
「アンジェリーク。」
ああ、どうしましょう。ジュリアスさまの声まで聞こえちゃうなんて、私…。
……声?
「アンジェリーク、返事をせよ。」
「きゃっ、あ、は、はいっ、ジュリアスさまっ!」
「無事のようでなによりだ。だが、何故このようなところに黙って来たのだ。」
ジュリアスさま。信じられない。どうして…
「ジュリアスさま、なんでこんなところに…」
「質問に答えよ。」
「きゃっ、すみません。あ、あの、ちょっと、あの。一人になりたくって…」
ジュリアスさまはとても困ったような顔をなさった。当たり前よね。こんな勝手なことして、もう、呆れちゃったわよね。ああ、溜息ついてらっしゃる〜ι
「まあよい。私も今日は言い過ぎたようだ。そなたとは後日もう一度ゆっくりと、育成についての話をしよう。そなたも出来ることから順番にやって行けばよい。」
「ジュリアスさま…?」
私は信じられなかった。ジュリアスさまのお顔も、お言葉も、いつもよりずっと優しい。
ううん、気がつかなかっただけで、ジュリアスさまは…
「アンジェリーク!?」
私はなんだか涙が出てきちゃって、ジュリアスさまの顔がぼやけて見えるの。
「どうした、……こら、泣くな、アンジェリーク。」
「ジュリアスさま〜」
「そなたに泣かれても…私はどうすればよいのかわからぬのだ。なにかそなたの気に触るようなことを申したのか?すまぬ。私は若い娘のことはまったくわからぬので…」
「ジュリアスさま、ごめんなさい、ジュリアスさま〜」
私はもう、めちゃくちゃに泣いていた。
いつの間にか私の髪の毛をジュリアスさまの長い指が撫でている。
……とっても幸せな気分。
ジュリアスさま、大好きです。
私は絶対御本人には言えない言葉を心の中で繰り返し呟いていた。
つづく

す、すみません。やはり続いてしまったか…ι

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