戦後初の国産ジェット機「T-1」(初鷹)初飛行から50年


 816、825号機の写真は航空自衛隊ホームページから了解を得て掲載しました。
  

 ここに富士重工業宇都宮製作所でのT-1試作・生産現場の写真を紹介します。(富士重工業協力 現 SUBARU Corp.)

                      
            上は木製のモックアップ機、これで操縦席視界の確認、装備品の取り付けやレイアウトを具体的に検討し決定していく。
 
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 T-1の特徴は後退翼の採用がまず挙げられ、飛行の安定性を第一優先にしながら、高速性と相反する操縦性との両立を図った。
また、基本デザインとしては、機種からの空気取り入れも大きな特徴である。 当時、同じレイアウトのF86戦闘機と比べると、練習機にかかわらず20%も大きい。 一方胴体外形断面積は空気抵抗上から最小としたい事から、エンジンまで導くダクトの形状が巧妙なものとなり、設計・製作が難しい。(上の写真) この狙いはとくに上昇時の性能向上であり、推力が2500kgのF86より7〜10%上回る上昇力を得たと言われている。(T-1A)
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                                  下は主翼の組立治具、リブがずらりと並んでいる。
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                   ブリストル製のオルフュース・エンジンと御結び型の胴体断面
 
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            主車輪の幅(トレッド)は大きめに設定され、またオレオ(緩衝装置)のストロークも大きなものにして、練習生のハードな着陸に対応している。
 
  ほぼ完成に至り、関係者報道陣への公開イベント
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 8Gに耐えうる強度を確認する静荷重試験。 主翼・尾翼にロード(加重)をかけ応力・変形歪を測定する。
 
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                  晴れて完成し、試作工場から飛行場の整備上に引き出されていく試作801号機。
 
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 1958年3月 晴れて防衛庁への「引き渡し式」。富士重工業としては、それまでの苦労が報われる晴れがましい祭典である。
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  このスタイルは伝統的なもので、防衛庁が新たな機体の調達時には今も必ず行われている。 
  上右は2代目の富士重工業社長吉田孝雄(左側:元中島飛行機の技師で、太田製作所所長・終戦直前には小製作所 第二製造廠の所長であった)と太田稔宇都宮所長である。
                                                
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そして量産、T-1AからT-1Bへ、870号機が最終ナンバー(現在サキタマガーデンに展示されている)
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左は青木さん撮影で了解を得て掲載しました。
 
宇都宮製作所では、T-1初飛行から46年目の2004年1月 T-1B 35-5866号機のアイラン(IRAN)をもって最終定期整備を終え、関係者は別れを惜しんだ。
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