2001.4.18

Angel
In The Dark

Laura Nyro
(Rounder)


 うれしいような、胸に痛いような。

 つい先日、90年に収録されたライヴ・アルバム『Live From Mountain Stage』がリリースされたばかりのローラ・ニーロ。


Live From
Mountain Stage

(Blue Pine)
 彼女が97年、突然この世を去ってしまう前、94年から95年にかけて様々なシチュエーションでスタジオ・レコーディングされた楽曲を集めた、正真正銘、遺作の登場だ。バーナード・パーディ、ジョン・トロペイ、フレディ・ワシントン、バシリ・ジョンソン、ランディ&マイケル・ブレッカーがバックアップしたセッションと、ウィル・リー、クリス・パーカー、ジェフ・ピーヴァー、キャロル・スティールらがバックアップしたセッションと、そして淡々とした彼女自身のピアノだけをバックにした弾き語りセッションと。94年のレコーディングにはピーター・ゴールウェイも大きく絡んでいるようだ。

 収録曲中、新曲は7曲。バンドをバックにしたものも、ピアノ弾き語りに自身による多重コーラスを添えたものも、彼女ならではのゴスペル/R&B感覚がたっぷり発揮されていて。泣ける。彼女が亡くなったときにこのホームページに載せた文章があるのだけれど、そこにも書いた通り、彼女はデビューしたときと何ひとつ変わっていないのだなと、ぼくはまたまた思い知った。いや、途中、人生の様々な局面を経ていったんは変わったように思えた彼女が、実は予期せぬ旅立ちの日を前に、無意識のうちにふたたびかつての姿へと回帰したのかもしれないけれど…。

 冒頭に収められたアルバム・タイトルは、ラストの「コーダ」と歌詞的に対を成していて。たぶん、レコーディングをしながら、ローラはすでにアルバムの全体像をイメージしていたんだろうと思う。にもかかわらず、アルバムは彼女の生前にリリースされることはなかった。彼女を取り巻く状況というのは、この日本で想像する以上に大変だったのかもしれない。彼女が最後の来日を果たしたとき、インタビューをする幸運に恵まれた。その席上、ぼくは“モータウンものにせよ、ガール・グループものにせよ、かつてあなたが影響を受けた音楽は基本的にはきわめてコマーシャルなフィールドで生まれたものですよね。あなたはその中に自分なりの真実を見つけ、独自の音楽へと昇華したわけですが。あなた自身がコマーシャルなフィールドに乗り出していって、今のティーンエイジャーに対して同じような役割を果たそうとは思いませんか?”という質問をしたことがある。そのとき、彼女はちょっとだけ寂しそうに笑って、こう答えてくれた。

 「今回のアルバム(ゲイリー・カッツとの共同プロデュースで93年にリリースされた『抱擁』のこと)で、私は『メイビー・ベイビー』をカヴァーしたでしょ。私はあの曲が大好きだし、歌っていてとても美しい気持ちになれる。だけど、ほとんどラジオでかからなかったわ(笑)。それが現実なんじゃないかしら。『ライト・ア・フレイム』みたいな曲を書いて、それがラジオでかかればいいとも思う。でも、どうかしらね…(中略)…でも、別にかまわないの。特にコマーシャルなフィールドでの人気を得たいと思って活動しているわけでもないし。静かに活動していって、その範囲でいろんな人たちに聞いてもらえて、メッセージが伝われば、ね」

 いろいろとむずかしい中、少しずつ少しずつ、新作アルバムに向けて彼女を歩みを進めていたということか。ともあれ、新曲の中ではそのタイトル曲と、ほんの1分半ほどの「アニマル・グレイス」、そして本人の多重コーラスがラベルとのコラボレーションを思い出させる「シリアス・プレイグラウンド」あたりが今のところのぼくのお気に入りです。

 残る8曲のカヴァー・ヴァージョンも聞き物。「レット・イット・ビー・ミー」の再演も含め、なかなかの選曲だ。キング&ゴフィン作の「ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロウ」、ロジャース&ハート作の「ヒー・ワズ・トゥー・グッド・トゥ・ミー」、バカラック&デイヴィッド作の「ビー・アウェア」と「ウォーク・オン・バイ」、スモーキー・ロビンソンの必殺の「ウー・ベイビー・ベイビー」、ガーシュインの「エンブレイサブル・ユー」、デルフォニックスの「ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラヴ・ユー」というラインアップ。ジャケットに書かれたライナーによれば、彼女がかつてニューヨークのストリート・コーナーで名もないハーモニー・グループと一緒に歌っていた曲ばかりだという。もちろん、これまでにもたくさん彼女が聞かせてくれたカヴァー曲同様、どれもがローラ・ニーロならではの極上のブルースへと昇華している。

 そういえば、前述したインタビューの中で彼女はこんなことも話してくれている。

 「今、アルバム作りに関して三つアイデアがあるのね。ひとつは全部オリジナルの新曲によるアルバム。ひとつは昔の『ゴナ・テイク・ア・ミラクル』の続編的な、私が昔好きだった曲、たとえば今回のコンサートでも歌った『レット・イット・ビー・ミー』とか『ウー・ベイビー・ベイビー』とかをカヴァーするアルバム。そして、今回のツアーのようなピアノ一台とコーラスだけをバックにしたライヴ・アルバム…(中略)…だけど、ライヴ・アルバムというのは最近ではあまりポピュラーな手法じゃないので、なかなかレコード会社のサポートが得られない。5年前の『ライヴ・アット・ザ・ボトム・ライン』も、結局は小さなレコード会社からのリリースだったし。たぶん次のライヴ・アルバムも小さな会社に権利を渡すことになるでしょうね。カヴァー曲ばかりを集めたアルバムにしても、すべての人を満足させるアイデアとは思えないし…」

 彼女が生前に考えていたアイデアは、没後4年を経て、その折衷案のような形で実を結んだわけだ。若いころのみずみずしかった歌声に比べると、よりダークな感触が強まっている。音程がやけにフラットしがちなせいかもしれないけれど。が、これもまた彼女の歩み。そうした、ある種“痛い”衰えも含めて、ぼくはこのアルバムに胸を震わせた。“エンジェル・イン・ザ・ダーク”というアルバム・タイトルがやけに重く響く。

 ちなみに、ごきげんな隠しトラック付きです。あわててCDプレーヤーを止めないように。

 ローラについては、彼女が亡くなったあと、ここにもちょっとしたことを書いているので、よかったら読んでやってください。


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