albums (Good Vibrations Box)

 

Good Vibrations Box:
Thirty Years Of The Beach Boys (Disk 2)

The Beach Boys
(Capitol) 1993


 

 

 ビーチ・ボーイズ結成30周年(正確には初の全米トップ10シングル「サーフィンUSA」から30年)を祝って1993年にリリースされたCDボックス・セット。そのディスク2の18曲目から28曲目にかけて、かの幻のアルバム『スマイル』に収録される予定だった楽曲群がずらり、公式な形では初めて収められていた。のちに『20/20』に収録された「キャビネッセンス」を除く10トラックが公式盤としては初のお目見え。ここにボーナス・ディスクに収められた「英雄と悪漢」「サーフズ・アップ」「キャビネッセンス」のトラック・オンリー・ヴァージョンを加えれば、かなり理想に近い音質で『スマイル』の完成形を聞き手それぞれなりに幻視することができる。

 『ペット・サウンズ』をめぐるレコード会社とのトラブルなどが渦巻く過酷な状況下、しかしブライアンの制作意欲はけっして衰えることはなかった。ブライアンは66年2月、テリー・メルチャーの紹介でヴァン・ダイク・パークスと出会った。5月ごろからふたりは共同で『ダム・エンジェル』と仮題のつけられたニュー・アルバムの制作を開始。これが、のちに『スマイル』と改題され、結局はリリースされずじまいで終わってしまう幻のアルバムになる。

 アルバム『スマイル』に収録予定だった曲の中で、もっとも早い段階からレコーディングが始まっていたのはブライアンとマイク・ラヴの共作による「グッド・ヴァイブレーション」だった。『ペット・サウンズ』の後を受け、66年10月にリリースされたこのシングルは大ヒットした。チェロやテレミンといった通常ロックンロールでは使われることがなかった奇異なインストゥルメント群を導入し、徹底したテープ編集なども駆使して作り上げられた“マニアック”の極み。にもかかわらず、同曲は66年の冬に見事全米1位に輝いている。マイク・ラヴが、彼らにとってもっとも求められているテーマである“女の子との素敵なヴァイブレーション”に即した歌詞を提供したことで、ブライアンの独走具合をうまく中和していたからだろうか。

  Disk 2
from
Good Vibrations Box

 が、その後、ブライアンとヴァン・ダイク・パークスとの共作によって次々と生み出された他の『スマイル』作品群は違った。ヴァン・ダイクのドラッギーな現代詩は、ブライアン以外のビーチ・ボーイズのメンバーからさえも拒絶された。軋轢とプレッシャーの中、いつ果てるとも知れぬブライアンのスタジオワークへの没頭ぶりも、キャピトル・レコードを不安と不信の泥沼へと徐々に落としこんだ。

 やがてブライアンの精神状態はますます不安定に。激しい妄想に悩まされるようになり、まともにレコーディングを進行させることができなくなってしまったため、ヴァン・ダイク・パークスはとうとうブライアンの元を去った。そして67年5月、『スマイル』は未完成のまま制作中止。ロック・シーンでもっとも有名な未発表アルバムとなってしまった。

 すっかりキャピトルの信頼を失ったブライアンはドラッグの世界へとさらに深く溺れ、文字通り心身ともにぼろぼろの状態に。音楽制作の第一線から身を引かざるをえなくなった。一方のパートナー、ヴァン・ダイク・パークスにしても、68年、ポップなアート感覚渦巻く傑作アルバム『ソング・サイクル』をリリースしたものの、ほんの数千枚のセールスしかあげることができず、以降しばらくの間はワーナー・ブラザーズ専属のプロデューサー/ミュージシャンとして裏方仕事に埋没していくことになる。彼ら二人にとって夢のアルバムとなるはずだった『スマイル』は、実際には悪夢への入口となってしまったわけだ。

Smile
The Beach Boys
(unreleased)

 

 けれども、それでは『スマイル』が音楽的にも失敗作だったのかといえば、そんなことはない。本ポックス・セットや様々なブートレッグに収められた未発表音源を聞きながら想像する限り、もし完成していれば『スマイル』は本当に素晴らしい1枚になるはずだった。どの曲にも当時のポップ・ミュージックの常識を大きく逸脱した抽象的な音の実験があふれてはいるけれど、それを単なる実験に終わらせずより具体的かつポップな“美”へと昇華させる……そんな画期的な道のりの途上で奮闘するブライアンとヴァン・ダイクの姿が見事に記録されている。今ならそれがわかる。

 確かに当時、手法は突飛に映ったかもしれない。けれども、そうした一見突飛な表層の向こう側では、ロックンロールの誕生を契機によりヴィヴィッドな形で発展してきたアメリカン・ポップ・ミュージックが、ブライアン・ウィルソンとヴァン・ダイク・パークスという希代のクリエイターの感性を媒介に、たとえばウッディ・ガスリーやレッドベリー、あるいはゴットショーク、アイヴス、コープランド、ガーシュイン、バーバー、ケイジなどにも通じる、抗いようのないアメリカン・ノスタルジアと有機的な脈絡を結ぼうとしていたんじゃないかと、ぼくには思える。

 様々な要因が複雑に絡まり合い、ブライアンとヴァン・ダイクの意欲的な挑戦はあえなく頓挫することになるのだが、『スマイル』が本当に完成していたらビーチ・ボーイズはどうなっていたのだろう。もしかしたらデビュー後たったの4年で空中分解し、ブライアン・ウィルソンという恐るべきソロ・アーティストの新たな歴史がそこからスタートしていたかもしれない。

 

 

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