Last UpDate (09/12/25)
「……と、言うわけですわ。麻莉亜様」
右手に持ったボードに書かれた文字を読み終え、少女は顔を上げる。
その先には彼女の主である女性、「風の女神」麻莉亜が、赤の布地に縁取るように配された白いファーの着いた服を着てわなわなと震えていた。
最も目立つのは鮮やかな赤いマント。
マントは閉じればすっぽりと全身を包み込む程の大きさで、軽装の防寒着としては申し分ない。
しかし、鮮やかな赤、全身を包む大きなマント、それよりも目を引くのは何よりそれを着ている中身……麻莉亜自身であった。
腰に短いスカート、脚にブーツを履いているものの、全身のボディラインをくっきりと浮かび上がらせる白いタイツ。
極めつけは、ベルトによって締められた、はち切れんばかりの豊満な胸。 ベルトにはチャイムがぶら下がっており、トナカイの首輪をイメージしているのであろうが、余計に卑猥さを演出していた。
「……ねぇミューゼル。本当にこんな格好でお仕事しなくちゃいけないの?」
もじもじと恥ずかしそうにしながら、それでも絞り出すように問う麻莉亜。 問われた彼女の天使、ミューゼルは彼女の姿を下から一瞥すると、
「良いのではないですか? きっと皆様お喜びになると思いますわ」
素っ気なく答えた。
「うう〜」と不満そうな声を上げながら渋々と鏡の前に立つ麻莉亜を他所に、部屋のカーテンを開ける。
ミューゼルの銀髪が、部屋に射し込む光を受けて煌めく。
美しく整った顔立ちと、すらっと伸びた手足は、ちょっとしたモデルの様で、仕草の一つ一つもどこか気品を漂わせる。
正に容姿端麗、品行方正。さらに天使養成学校始まって以来の天才。 全てにおいて完璧とも思える彼女だが、ただ1つだけ、弱点があった。
「特に、その胸を見せられて喜ばない殿方は居ないのではないですか?」
ポーカーフェイスを装ってはいるが、その表情は少しだけ引きつっている。
下手なグラビアアイドルでは太刀打ちできないほどの豊満な胸と、美しいくびれのあるウェストライン。
それらを強調する今の麻莉亜の姿は、さすがのミューゼルにも、羨望と共にささやかな嫉妬心が芽生えていた。
……思わず自分の胸と見比べて、軽いため息をつく。
生まれつきどうしようもないもの故に、多少棘のある言葉がでても仕方ない。
「べ、別に好き好んで見せびらかしているわけじゃないってば」
顔を赤らめながら胸元を隠す様にマントの縁を引っ張る。 そもそもにして彼女がこの格好……妙に際どいサンタの衣装を着ているのにはを理由があった。
毎年、この時期になると世界中の良い子達にプレゼントをするために、その役目を担う神々や天使が当番制で招集される。 そして、毎年何着か神々の公募によってデザインが選ばれ、無作為にサンタ役の神や天使に割り当てられる。
丁度順番が回ってきた麻莉亜に、この選ばれたデザインの服が回ってきたのだった。
「なんでこんなデザインの服が選ばれるのよぅ。ただでさえあいつと一緒に過ごせないのに……」
ブツブツと不満を口にしながら、鏡で己の姿を確認していると、ノックと共に入ってくる、銀髪の少年。
「麻莉亜様、着替え終わりましたか!?」
ミューゼルよりもちょっと背の低い、頼りなさげな天使、クロが期待の眼差しで麻莉亜を見た。
「ちょっと、クロ。貴方なにやって……」返事も待たずに半ば強引に入ってきた彼に抗議しようとミューゼルは声を荒げかけたが、主の艶姿に眼を奪われた少年の耳には全く届かなかった。
「さすが麻莉亜様。お似合いです! 最高です! 美しいです!!」
ミューゼルの声は本当に聞こえてすらいない様子で、これでもか、と言わんばかりにテンション高く麻莉亜を褒めちぎる。 彼の態度に面白くないミューゼルだが、今回は乗り気でない麻莉亜を乗せるために敢えて注意しなかった。
彼の賞賛と澄んだ瞳に、「そ、そう?」と麻莉亜もまんざらではない態度を見せ始める。
まだまだ恥ずかし気ながらも、体を隠す事をやめ、くるりとターンまでして見せた。クロはさらに高揚し、賞賛を重ねる。
ある程度モチベーションが上がったのを見計らうと、ミューゼルは麻莉亜に、
「では麻莉亜様。そろそろお時間ですので、プレゼントをもって下さい」
巨大な白い袋を手渡す。
「う、大きいわね……」
あまりの袋の大きさに再びモチベーションが下がりそうになる。 そこにすかさず「大丈夫ですわ」とミューゼルがフォローをいれた。
「この袋、大きい荷物を取り出す時のために大きな口になっていまして、それに見合った袋にしたため大きくなっていますが、重さはさほどありませんわ」
「そうなの?」と半信半疑の麻莉亜だったが、ミューゼルに袋を渡された時点でその軽さに驚き、そのまま片手で背中へと回した。 今度はその姿を鏡で確認すると、やや満足げに笑って、
「じゃあ、行ってくるわ」
部屋を出て外へと向かった。 後ろから相変わらずのテンションで、
「麻莉亜様ー、頑張って下さいー!」
クロが手を振る。 はしゃぐその姿は、プレゼントを貰った子供かそれ以上に嬉しそうだ。
「うん、行ってくるね」と手を振って返す麻莉亜。
外に出て、今回の為に支給されたトナカイの引くソリに乗ろうとした所で、ミューゼルが追いかけてきて声をかけた。
「フレイア様からの伝言ですわ。
『貴女へのプレゼントもあるから、全員にプレゼントを配り終えたら、星の綺麗に見える所でプレゼントを袋から取り出して下さい』
と」
ソリから数メートル距離を置き、
「以上ですわ。では、いってらっしゃいませ」
まっすぐに立ち、「うん、行ってきます」と、答えた麻莉亜がソリに乗るのを見届ける。
(プレゼントって何かしら?)
と心の中で思いながらも手綱を引くと、ソリはゆっくりと宙へ浮き上がり、スルスルと前進を始めた。
瞬く間に光に包まれ、ベルの音と星を振りまきながら空へと走り出す。
天空宮殿を後にして、サンタ麻莉亜は世界中の良い子達の下へと飛び立った。
「ふう、今ので最後ね」
手に持った、プレゼントを配る子供達のリストの載った紙の束を何度も確認して、麻莉亜は一息ついた。
初めての経験で最初はもたついていたが、慣れ始めてからは、そう手間はかからなかった。
ただ、数が多かったため少々時間を取ったが……。
「さすがにあいつは寝てるかな、起こしちゃ悪いし、電話は勘弁してやるか。この景色、一緒に見たかったなぁ」
空に制止したソリに体育座りをして、眼下を見下ろすと、そこには無数の光が広がっていた。
白の光の他にカラフルなネオン、信号機の色ですら美しい夜景を彩る。
人々が創りだした地上の星空。
世界各地を回るため、時計も役に立たないが、この地域で深夜と呼ばれる時間。
輝く宇宙(そら)の写し絵。
天の星を見えなくするほどに輝く地の星々は、彼女が今まで見たどの夜景よりも美しく見えた。
それをただ、愛しい自分の恋人と共に見たい。
サンタになっても、女神になっても、それは変わらない「女の子」としての麻莉亜が抱く願いだった。
最近は互いに忙しく、会える時間も減った。
成り行きとはいえ、人々の幸せを護る今の立場になったことは嫌ではないし、今では誇りを感じている。
しかし、プレゼントを配る途中、道行くカップルを見た時、何度も羨ましくて立ち止まりそうになった。
明日プレゼントを明けて喜ぶであろう子供達の姿を思い浮かべては、未練を振り切ったが、終わってみると悲しみがこみ上げてきた。
夜景に輝く瞳が涙で潤み、視界が曇る。
こぼれ落ちそうになったところで、咄嗟にマントで眼を拭った。
「いけないいけない。あいつ、今どんな夢を見るのかな」
赤い布地が濡れてぽつりと黒い点ができたが、それを見ない様に彼女は顔を上げ、空を見上げた。
涙がこぼれない様に……じゃない、と自分に言い聞かせる。
コトッ
ソリに乗せてあった、プレゼントの入っていた大きな袋から音がした。
突然の事に動悸が一瞬速くなったのを感じつつ、彼女はおずおずと袋へと近付いた。
(そう言えば、ミューゼルがフレイア様からプレゼントがあるって言ってたっけ)
袋に手をかけ、周囲を見渡す。
星が綺麗に見える場所で、という謎めいたワードも付け加えられていたことを思い出したからだ。
「地上の星は、満天の星じゃなく、満星の星、とでも言うのかしらね」
星の上に満ちた星のきらめき。
「星が綺麗に見える場所」に、これほど適した場所はない。
「上手いこと言った」等と思いつつ、独り言を連呼している自分に気恥ずかしさを感じながら、麻莉亜は袋に手を入れた。
すると、袋の口から光があふれ出した。
太陽とも見紛う眩しい光。思わず驚き、ソリの上で尻餅をつく。
「イリュージョーン!」
驚く麻莉亜に追い打ちをかける様に、Yの字のポーズを取った男が袋の中から現れた。
「やぁ、麻莉亜。メリークリスマース!」
ポカーンと開いた口がふさがらない麻莉亜。
何度か口をぱくぱくとさせながら、震える指で袋から現れた男を指さした。
「あ、あんた、どうして!?」
ようやく絞り出した声には困惑と喜びが混じっている。
無理もない。
彼女の前に今居る男、彼こそは彼女の恋人、今一番会いたいその人だったのだから。
「いやー、フレイア様に無理を言って、麻莉亜に会える様にして貰ったんだよ」
さらりと、当たり前の事の様に言う。
彼は、それでもまだ困惑する麻莉亜の肩に手を添えて、
「改めて、麻莉亜。メリー、クリスマス」
それだけ言うと、そっと唇に唇を重ねた。
愛し合う恋人達の逢瀬は、輝く天と地の星々に照らされて、年に一度のこの日この時を祝福される。
季節外れの織り姫と彦星。
二人を隔てた川は海へとそそぎ、永遠(とわ)の輝きを抱くのだった。
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