Last UpDate (09/09/01)
幾億の星が瞬く、コバルトブルーの宇宙(そら)を背にする圧倒的な存在に向けて、対峙する人影が2つ。
「追い詰めたわよ、フリューゲンファウスト」
長く美しい黒髪をポニーテールに纏めた、「風の女神」麻莉亜は深紅の切っ先を目の前の強大な存在へと向けた。
「深淵の大渦」フリューゲンファウスト。
鎧を身に纏った白髪の老人。しかしそれは上半身のみであり、下半身は無く、代わりに一本の巨大な剣の刃が胴部から伸びている。
その両脇には全身を覆うほどの大きさを持ったタワーシールドが浮遊し、見るからに強大な攻撃力と防御力があることを顕示していた。
そして、それら全てが山のように大きく、また風のように速かった。
……かつて麻莉亜が人間であった頃、初めて対峙した邪神。
「カッカッカ、まさかあの時の人間が一度ならず二度までも我を追い詰めようとはな」
一言一言に、その存在に、空間が震え、真空であるのこの場に波紋を落とす。
麻莉亜の空色の服と白いスカートがそれを受けてはためいた。
「それはこちらのセリフですわ。一度、麻莉亜様に倒されたはずの貴方が復活しているなんて」
言いながら、麻莉亜の隣の銀髪の少女、ミューゼルが邪神へと構える。
天使学校の制服を着た彼女はこの場に似つかわしくなく見えるが、史上最高峰の能力を持った天使である。
「ですが、再び封印させていただきますわ」
周囲から光の粒子が集まり、左手にランスが、右肩に白銀の甲冑が現れた。
ミューゼルと麻莉亜は、目の前の巨大かつ強大な敵を、目をそらすことなく見据える。
怯えも恐れもない、一点の曇りもない瞳。しかし、2人の姿を見て嘲るように高らかに笑う邪神。
「カッカッカ。天使や人間上がり風情が吠えおるわ。追い詰められたのがどちらか、自らが立つ場所を確認するがよい」
背に広がる雲海、青と緑の大地。恒星の光に照らされ、美しい彩りを見せる命の色。
それは今の彼女達が護り、戦うもの。
「冥土の土産にはもったいなかろう。なに、すぐに済む。苦しみなど感じる間も無いわ……!」
半身の大剣が空間を振動させながら、大きく動いた。何者をも切断する透明な刃。それは超高圧に流動する水刃。
個体でないが故に、決して折れる事なく、対象を切り裂くまで再形成し続ける不破の剣。
「自らが風の神であったことを後悔するが良い。風など、大気がなければ無力!」
しかし、その刃を向けられた麻莉亜は、口元をゆるめて笑った。
「いいえ、追い詰められたのは、やはり貴方の方よ、フリューゲンファウスト」
静かに深紅の刃の刀を天……邪神の背にする宇宙の先、太陽へと向けた。
「この星の風はね、貴方の背にする、太陽の力で生まれているのよ。風は大気ではなく、流れ」
麻莉亜とミューゼルの服が邪神の放つ震動ではなく、風ではためく。
「元水の神である貴方には専門外だったでしょうけれど、貴方はその一身に、風の力を受けているのですわ」
ミューゼルの天使の輪が、風の発生と共に光を増した。
「そして私は「風の女神」で在ると同時に、「光の王」フレイアの八元将。天と地に光溢れるこの状況でこそ、全力が発揮できる!」
麻莉亜が叫び、ミューゼルと共に背中合わせに構えると、太陽から、大地から光の粒子が2人の元に集まって行く。
ミューゼルの天使の輪が、大きくなり、2人を包み込む光の領域を形成して行く。
「ちぃっ、させるかぁっ! フリューゲルブレイドォォォ!!」
邪神が叫び、大剣が2人を襲った。しかし、2人を包む光と拮抗する。
麻莉亜とミューゼルは、ゆっくりとフリューゲンファウストへと切っ先を向け、叫んだ!
「行くわよっ!
天 風 宝 技!!』
「行きますわ!
大剣を中心に竜巻が発生。フリューゲンファウストへと一直線の道ができる。
『絶龍!!!』
2人はその道を同時に突進した。
竜巻が眩い光を孕み、2人の突進と共にフリューゲルファウストを飲み込む龍と化して行く。
不破の大剣の刃が打ち砕かれる先から風の中へ消え、その様はまるで龍が刃を喰らいる様だ。
瞬く間に龍は大剣を喰らい尽くし、本体に牙をかけた。
「終わりよ、フリューゲンファウスト。今度はきっちりと封印させて貰うわ」
深紅の刃が鎧を砕き、その切っ先は闇の中に浮かぶ青い球体を貫いていた。
「まさか、またしても貴様に倒されるとは……な。」
フリューゲンファウストは、どこか安らかに、呟くように言う。
「眠りなさい。貴方たちが小さな命を蔑ろにする限り、私達は何度でも立ちふさがる」
刀を球体から引き抜き、納めながら、麻莉亜は目を伏せ、自らの決意を宣言するように言った。
球体は刃が抜けると、光に包まれ宇宙(そら)の彼方へと消えた。 それを見送る彼女に後ろから声がかかる。
「「何度も」あっては困りますわ、麻莉亜様。今回はフレイア様の助けがあったから良かったものの……」
戦いも終わって早々、注意を促すミューゼル。麻莉亜は「はいはい」と軽く返事をする。
力を使い消耗しきった2人だが、敢えていつも通りに話す。
彼女たちの仕事は戦う事ばかりではない。 小さな命達を導くのも大切な役割である。
導く者の心が戦いに荒んでいてはいけない。
かけがえのない日々……日常があるからこそ、豊かな生命を導くことができる。
命をかけた戦いも束の間。彼女たちは日常という戦いに帰って行くのだった。