Last UpDate (09/07/11)
とっぷりと夜も更け、街灯の薄明かりが照らす石畳の路地を二人の少女がゆっくりと歩いていた。
「……そこでな、わらわはまた一つ、人の幸せとは何かを知ったのじゃ」
一人は深緑の髪の少女。
やんちゃな年頃の少年が自慢話でもするかのように嬉しそうに、途切れることなく話し続けている。
幼いながらも整った顔立ちと艶やかで美しい髪。腕や太ももを惜しげもなく露出させた緑の服とニーソックス。
どこからどう見ても幼い子供にしか見えない身の丈であるにもかかわらず、大人の女性顔負けの大きさをしている胸。
どれをとっても人の目を引かずにはいられない。
彼女の名はティアマット。 外見からはとても想像できないが、長い時間を生きる神で、今は「人々の幸せ」を探求して旅をしている。
今は友の誘いで機甲騎士団ゼミニア中隊に所属し、コードネームでスネークと呼ばれている。
「ふーん、そう」
ティアマットと対照的に、常に無表情で言葉少なく興味を示さない風にその隣を歩く銀髪の少女、ベア。
その端正な顔立ちと、あまり変わらない表情、そして幼さも相まってまるで完成された人形のようだ。
惜しげもなくロールヘアにセットされた豊富な髪の毛とそれを結うピンクのリボン、胸に抱いた赤い宝石と上質な布であつらえた服がそれを一層際だたせる。
どちらかと言えば、ティアマットよりも彼女の方がよっぽど神に近い、完成された美しさがある。もっとも、彼女の場合「愛らしい」と表現する方がふさわしいが。
「わらわは、わらわの世界の者達にずっと幸せでいて貰いたい。それにはまず、お主らを……」
ぐー
「……」
熱弁を振るうティアマットの言葉を遮ったのは、隣から聞こえてきた間の抜けた音だった。
なんともベアらしい、無抑揚な腹の音。
それと反してしたり顔でベアを見るティアマット。
「む、ベア。おヌシ……腹が空いておるのだな?」
一瞬、まるで獲物を捕らえた獣の様に双眸を光らせた……様に見えた。
「別に……」
いつも通りに無抑揚に答えるベア。だが、頬がわずかに朱に染まっている。
「腹の虫は嘘をつかぬ! さぁ、今こそ、我がまんじゅうを食べるのじゃ!!」
どこからとも無く、焦げ茶色のまんじゅうを取り出すティアマット。まんじゅうには大きく丸が描かれ、その中に「神」と焼き印されている。 この手から食べろと言わんばかりにベアの口元にまんじゅうを持っていく。
「……いらない」
それを避けるように顔を動かすベア。執拗にまんじゅうで口を狙うティアマット。
「今回のは、異界の「米には7人の神が宿っている」という伝承があってのぅ。光の精霊をまんじゅうに閉じ込めたわらわの自信作なのじゃ……!」
ティアマットにとって、神とは世界を成す者。この世界で、世界を成している者とはすなわち精霊の事である。
なおも口に運ぼうとするティアマットを器用に顔だけ動かして躱すベア。
「何故じゃ、何故お主はわらわのまんじゅうを受け取らんのじゃぁ!」
ティアマットにとって、「手作りのまんじゅうを渡す」とは、気に入った者への愛情表現の1つであり、「受け取る」と言う事はそれを認め、受け入れてくれたという証明とも言える。
それを拒否されると言う事は、自分を否定されるに等しい。
無理矢理に受け取らせたいわけではないが、この世界に来て最も長い時間を過ごしている相手なだけに受け取って貰いたい。
そのためにあの手この手と、試行錯誤を繰り返しているが、未だに一度も受け取って貰えていない。今までベア以外の相手はすぐに受け取ってくれていただけに、ちょっぴり泣きそうになっていたりする。
「……」
無言で答えようとしないベア。それに一層激しくなるティアマットの追撃。
「ええい、ならばこうじゃぁ!」
しびれを切らせたティアマットが振りかぶってベアの口へとねじ込む直球勝負に移った。
「……スネーク、しつこい!」
あまりのしつこさにキレたベアが、まんじゅうを持つティアマットの手を掴む為に手を伸ばした。
パァン
2人の手の間で弾けるまんじゅう。
その破片が飛び散り、辺りがほのかな光に包まれた。
光が周囲を照らし、夜闇の中、2人の存在を浮き立たせる。踊る様に舞う光が幻想的な空間を作り出した。
その様は、まんじゅうに閉じ込められていた光の精霊達が手に入れた自由を満喫しているかの様だった。
まんじゅうが弾けた衝撃と、周囲の変貌に我に返った2人。
「……綺麗」
光に見とれ、ぽそっと小さく呟いたベアの言葉はティアマットに聞こえたのか、聞こえなかったのか、
「すまぬ、少々はしゃぎすぎた。」
一言言うと、ベアにぺこりと頭を下げた。
そして、周囲を見回し「綺麗じゃの」と呟やくと、ベアに満足そうに笑いかけた。
「……あまり、余計なものは入れない方がいいよ」
ベアも少し気恥ずかしそうに言うと、この偶然出来た幻想の空間を無表情に見つめるのだった。
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