近鉄線大阪・山田線を大和八木で橿原線経由京都線に乗り換え、京都へ向かう。大和八木の駅のホームにはちょっとした本屋があり、ふと思いついて高校時代の同級生が出ているという「婦人画報」を探したが、置いていないようだった。店主に尋ねようとしていたら電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえてきたので、諦めて店を出た。しかし、よく考えてみると、旅先であんな重い雑誌を持って回るのは余り賢いことではなく、かといって立ち読みしている時間 もないことだし、あれでよかったのだろう。
15時過ぎの急行電車はまだ空いていたので、我々は進行方向右側の長椅子に身を投げ出すように座り込むと、またそれぞれの思いに沈んでいった。私はこれからの行き先のことを考えていた。7年前に発行された「プルミエ京都」(徳間書店)と書かれた小さなガイドブックを鞄のポケットから引きずり出して、東寺(教王護国寺)と三十三間堂(蓮華王院)の入館時間を調べてみた。ひどく検索性の悪いガイドブックで、何度もページを行きつ戻りつしたあげく、ようやくそれぞれ16時30分と17時であることが分かった。京都までは 約1時間の道のりなので、ほとんど見学の時間はとれそうにない。
もうなるようにしかなるまいと腹を括って隣を見ると、妻は気持ちよさそうに寝息を立てて熟睡していた。彼女の行く手にはなにも不安なことはないかのようだ。昨夜の夜行バスでもあれほど早くから寝付いていたのにと思うと、羨ましくもあった。徐々に彼女の重心が私の方へ傾きつつあるようで、そのうち私の右肩に頭をもたせかけてくるのではないかという不安感が沸き起こってきた。もしそんなことになったら、かなり恥ずかしい仕儀となる。そんな取り留めもないことを考えていたら、19時間ぶりの睡眠が私にも訪れた。
光の匂いがして目が覚めた。いつの間にか山は遥かに遠のき、オレンジジュースを水で薄めたような色のまだ若い夕日が、電車の向かいの窓から私の顔を一心に照らしていた。乗客の数は幾分増えていて、席に座れずに吊革につかまって立っている人も多くなっていた。白いミニスカートの女の子が私の前に立つと、眩しさがやわらいだ。西に傾いた太陽の直線的な光が彼女の衣類をX線のように突き抜け、見事なシルエットを浮かび上がらせていた。思わず目を下に落とすと、黒いバックスキンの厚底ブーツが目に入った。
まもなく電車は川にかかる鉄橋を渡った。河岸に山吹色のセイタカアワダチソウが生い茂り、往路の記憶からそれが宇治川であることがすぐに分かった。どうも30分くらい眠り込んでいたようだ。
ようやく妻が目を覚ました。
「私よりかかってた?」
「うん、寸前」
「これからどこ行くの?」
「予定では三十三間堂」
「忙しいの嫌じゃない?」
「うん……、やめようか?……門限のないところにすればいいんだ……。じゃあ、伏見稲荷?」
「うん、いいよ!」
こうして次の行き先が決まった。