節分2012

埼玉県の片隅にある歓楽街、西川口。


先日、ここで開店後間もない駅前の飲食店に警察官が6人くらいなだれ込むケースがあった。


他の地域なら何事かとやじうまがたむろするに違いない、ただならぬ雰囲気であったが、


振り向く人はあれど立ち止まって何が起こったのか事実確認する人はほとんどいない。


そう、ここは他人に興味がない人間が集う街、西川口。


住んでいる人間の8割方は、生き馬時代の目を抜かれた低所得者と、

せっかく覚えた多国語を売春目的にしか使えない親不孝中国人と、

ニューハナハナの6ごときで他人にイチャもんをつけるチンピラくずれのみである。



そんな西川口の片隅の低所得者区画にも豆まきの季節はやってくる。


そう、今日は1年の間でも特別な豆まきの日、節分。


生き馬を抜かれた低所得者の中にも行事に興じる人間はいるのだった。



「鬼は〜外、福は〜内」



5年後にはホームレスになっているであろう中年男性のしゃがれた声が区画にこだまする。



その時、不思議な事が起こった。



そんな虚しい声質に誘われたのか、幻想といわれていた鬼がこの区画に現れたのである!


鬼は瞬く間に行事に興じていた中年男性の元へとはせ参じた。


『くせえくせえ! お前か! くせえ声を撒き散らしてやがんのわぁあああ!! 名をなのれぇぇ!!』


「……ッ!!」


文字通りまばたきをする間に目の前に現れた自分より3倍くらいでかい図体の赤い鬼に中年男性は面食らう。


『口もきけねェおし野郎は社会にも需要がねぇだろ! 食物の無駄だ! 死ねやぁーーーーッ!!』


鬼が持っていた棍棒をつうこんのいちげきをふるうべく空高く振り上げた瞬間、中年男性はどもる口調でしゃべり始めた(※面倒なのでどもり口調は再現せずに標準語で記載します)。


「ま、待て! 待って下さい! お、俺はガリデブ波動拳と申します!!」


『なんだ、口がきけるじゃねえか。だがなぁ!! お前の声うるせーんだよ! くせぇんだよ!! 周りにめーわくなんだよなぁ!! 社会に迷惑かけちゃあいけねーだろ!? ああ?!』


「な、なんということだ…。前回の事 もあり、今年はつつましく豆まき行事に興じていたというのに…」


『だから声がくせぇから俺が殺しに来たのよ!! ゲヘヘ!!』


「なんという鬼畜な鬼だ…。鬼だけに。だが、今日は節分の日! 鬼を祓うという人間が鬼に対して最も力を発揮できる日だ! 鬼め、聖なる豆まきをくらえーーっ!」


中年男性はこの一瞬だけ目に生気をともし、必死の形相で手持ちの豆を全て鬼に向かって投げつけた!!


『ぬぅん!!』


だが、むべなるかな、常識的に考えて自分より3倍近い体格の赤い鬼に、運動不足の中年男性が投げた豆攻撃など通じるはずもない。


鬼が気合を入れると、その波動で鬼に向かって放たれた中年男性の必死の豆攻撃はその体に触れることもなく蒸発していったのであった。


『効かんなぁ〜。それじゃあこっちの番じゃのう!』


「ま、まて! なんでつつましく行事に興じただけで撲殺されなきゃあかんのだ! 鬼の所業といえど理不尽にもほどがあるぞ! こんなんで人を殺せば後で閻魔さまもおしかりになるぞ! おへそをとられるぞ!!」


必死に中年男性が弁明すると、鬼はそれまでのチンピラのような雰囲気をガラリとかえ、厳かに静まった口調で諭すように言った。


『馬鹿めが。自分の事を棚に上げてよくいうわ。貴様は今までに沢山の罪を犯した』


「身に覚えがない!!」



『家に置いてある産廃のパチスロ機が7台に膨れ上がった』


「!」


『やりもしねーRPGツクールVX Aceを酒の勢いに興じてカードで購入した』


「!!」


『パチスロを打たなくなって貯金もたまりにくくなり、また趣味を失い活力も減った。パチスロがないとどうしようもない奴だった』


「!!!」


『30過ぎてもうリア充生活への転換は絶望の淵』


「!!!!」


『友達がいない』


「!!!!!」


『ボーナスが出たのにいつのまにか預金にまわそうと思っていたぶんまで金がなくなっていた』


「……」


『mixiで母親に「孫はあきらめろ」と言っていた事をばらされ、母親は親の友達一同に同情されていた』


「やめてぇ!! もう、かんにんしてぇ!! うう…うぅぅ…」



『どうだ、もうお前には生きる価値などないだろう? お前が死ねば世界で一人分の食糧が浮く。貧しいが心に活力の宿る発展途上国の子供たちにも良い影響が及ぶかもしれんだろう?』


この時、中年男性はすでに顔を上げる気力も残っていなかった。


下を向きへたり込み小便をたらし、何もいわなかった。言えなかった。


それを満足そうに確認した鬼は…いや、もうそこには鬼の姿をしたものはいなかった。鎌を持った禍々しいガイコツだけが中年男性の前にたたずんでいた。鬼はガイコツが化けていたものだったのだ!


そんなことはもとより、静寂の最中ガイコツは持っていた鎌を振った。




朝方。


敵役として地方巡業に出ていた鬼がこの区画を通りかかり、一人の中年男性の死体の前で立ち止まった。


『ぬ、これはむごたらしい死骸…。さては死神にやられて自ら命を絶ったのか…。生きていればいいこともあるかもしれないものを…。南無阿弥陀仏…。』



鬼も言っている。




『自殺、ダメ、ゼッタイ』