ドリアン助川さんが“生きる意味”について講演〜生涯学習大会 2024.2.20

著書を片手に講演を行うドリアン助川さん。

 2月11日(日)午後1時30分からグンエイホールPAL(笠懸野文化ホール)において、みどり市教育委員会主催による「第18回みどり市生涯学習大会」が開催されました。

 大会には180人が参加。顕彰、生涯学習活動発表、生涯学習講演会が行われました。

 顕彰は、「とまり木」(代表=山同嘉子さん)が、放課後の居場所づくり・学習支援・食事提供などの特色ある優れた功績が認められ令和5年度「家庭教育支援チーム」文部科学大臣表彰を昨年12月に受賞したのを受けて、みどり市教育委員会表彰となりました。

 生涯学習活動事例発表は、昭和60年に結成され今年で38年目を迎え、地域の祭りやイベント、子ども八木節教室の指導をするなど、地域の伝統文化の継承に活動している「笠懸恩知会」が八木節発表を行いました。

 生涯学習講演会は、「私たちはなぜ生まれてきたのか?〜小説『あん』でハンセン病回復者の人生を描いた意味〜」と題して作家・歌手のドリアン助川さんが講演を行いました。

 ドリアン助川さんは冒頭で、「疎開で過ごした藤岡に初恋の彼女がいました。その人を探しましたがこれまで見つけることができませんでした、それが今日、その方の母親がここに会いに来てくださいました。またもう一人、30数年前に大学のコンサートで舞台のPAをしてくださった方が会いに来てくださいました。このようなことがあるのですね」と話し、講演を始めました。

 「まず私のことをお話ししましょうか。最初の試練は、大学時代の就活だったといいます。学生時代、演劇や芸術に傾倒していたことから、卒業後の進路はテレビ局や映画配給、広告・出版業界を目指すも、色覚異常のハンディキャップがあったため、就職を断念せざるを得ませんでした。そこで、アルバイトをしたり、塾講師をしたりした後、20代のほとんどは放送作家として活動することに。30代でパンクロックバンドを結成、同時期に中高生向け相談番組のラジオパーソナリティを務めていたころ、その公開録音の場で、いじめなど悩んでいる彼らに問いかけをしました。その際の答えは全員が(ほぼ即答で)『私たちは、社会の役に立つために生まれてきた』『社会の役に立たないのであれば、生きている意味がない』と、いったものでした。その答えに、違和感を覚えました。その背景に、ハンセン病患者のみなさんの存在がありました。1996年4月に『らい予防法』がようやく廃止されましたが、病気が治っているのに療養所から出てくることができない、社会に出てくることができないみなさんに対して、この考え方はあまりにも一方的で暴力的だと感じたのです。そして、施設に足を運んだこと。元ハンセン病患者のみなさんと触れ合ったこと。さらには、直接、話を聞くことができたことが大きなきっかけとなり、2013年の著書『あん』、2015年の映画化へとつながっていきました」
 「ただ、出版化されるまでの道のりも決して平坦ではありませんでした。3年間で11回の変更を重ね、12回目でようやくOKになりましたが、突然、出版できなくなるという困難もありました。それでも、出版にこぎつけ、その後、河瀬直美監督や樹木希林さんとの感動的な出会いがあり、日仏独合作での映画化。その想いは世界の多くの人を巻き込み、強く伝播していきます」
 「2015年カンヌ国際映画祭の上映の際に、ハンセン病は日本では隔離政策が1996年まで続いましたが、すでに1940年代にプロミン等の治療薬が開発され、ハンセン病が治る時代を迎え、隔離政策は廃止されていました。『あん』を知らないのではと不安になりましたが、初日に異例ともいえる40か国以上での上映がその場で決まるほどの評価でした」
 「『あん』の最後、主人公である徳江さんの手紙を紹介しましょう。手紙の詳細は、著書で確かめていただきたいですが、最も心に残ったのはこの一説です。『私たちはこの世を観るために、聞くために、生まれてきた。この世はただそれだけを望んでいた。だとすれば、教師になれずとも、勤め人になれずとも、この世に生まれてきた意味はある』。その言葉を聞いて、なんて深い言葉だろうと感じました。徳江さんが言うように、この世に生まれてこなければ、目の前の美しい月も、木々のざわめきも感じることはできない。何も存在しえないということであり、その存在があるのは、自分たちに生があるからなのです。そう考えたならば、小さくして心臓病で亡くなった赤ちゃんも、10代で亡くなってしまったお子さんも、元ハンセン病患者のみなさんも、生まれてきた、生きてきた意味を見出すことができます。同時に、『私たちは、社会の役に立つために生まれてきた』『社会の役に立たないのであれば、生きている意味がない』というのはあまりにも一方的な見方だと考えることができます。そして、生を受けこの世を認識したときに(この世が)生まれ、亡くなるときにこの世がなくなる。つまり本当のビックバンとはみんなが生まれたときだという『単独で存在し得るものはない。すべては関係性のなかにある』。自分のことだけを考えては『自分探し』という迷路にはまり込んでしまいます。自分だけを見続けていると苦しく、何も見えてこない」

 自分のことだけを考えるのではなく、他者との関係性を大事に生きる、その大切さをドリアン助川さんは伝えてくれました。

 終演後、桐生市から来館したという3人の男女は、アンケートに記入しながら「今日の講演も良かった」と感想を話していました。

【ドリアン助川氏の経歴】 1962年東京生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学科を卒業後、雑誌ライター、放送作家などを経て、1990年に「叫ぶ詩人の会」を結成。ラジオ深夜放送のパーソナリティーとして放送文化基金賞を受賞。小説『あん』は河瀬直美監督により映画化され、2015年カンヌ国際映画祭のオープニングフィルムとなる。また小説は24言語に翻訳されている。2017年、小説『あん』がフランスの「DOMITYS文学賞」と「読者による文庫本大賞」(Le Prix des Lecteurs du Livre du Poche)の2冠を獲得。著書に小説『新宿の猫』ほか、第67回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した『線量計と奥の細道』など多数。2019年9月より明治学院大学国際学部教授に就任。

【『あん』の紹介】 2015年日本映画。「やり残したことはありませんか」。訳ありの過去を持つどら焼きやの雇われ店長が、おいしいあんの作り方を知っている老女や訳ありの女子中学生との出会いを通じて生きる意味を見出していきますが、老女には壮絶な過去がありました。ドリアン助川の同名小説を『萌の朱雀』『殯の森』などの河瀬直美監督が映画化。差別や偏見にも屈せず、己の信念を貫いた元ハンセン病患者の老女と周囲の人々の心のふれあいをていねいに描きあげたヒューマン・ドラマ。主演の樹木希林は、孫である内田伽羅と2度目の共演を果たしています。 

 

 

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