賽の河原にて麦草峠、雨池、八柱山

夏の日の朝、茅野からの始発バスを渋ノ湯で下りて高見石へと歩き出した。北八ツとしてもこのコースは歩く人は少ないらしい。みな麦草峠に直接出るか、黒百合平を目指すのだろう。
ゆるやかな森の中から大岩の点在する見晴らしのよい斜面に出る。賽の河原というわりには明るく開放的な場所だ。大柄なお地蔵様が途中で単独行者を見守っていてくれる。険しさのまったくない稜線を見上げながら行けばさしもの広い谷も狭まってきて、再び森の中に入り込み、いつのまにか木々のあいだを縫うように歩いている。
山の中の喫茶店という雰囲気の高見石小屋にはハイカーが集ってにぎやかなものだ。ここから白駒池に下っていくと、そこは山の世界ではなくただの観光地で、とくに書くようなこともない。


意外なことに、白駒池と麦草峠との区間は短いものとはいえ静かで雰囲気は悪くない。峠に近づくと展望のよい草原となるのも好印象だ。池の近くは雑踏と言えるほどの落ち着かななさだったが、それに比べればバス停もある峠はだいぶましなほうだ。ここにある小屋で牛乳を買って飲み、青リンゴを一つ手に入れる。もうすこし落ち着けるところに行ったらごちそうとしよう。
麦草峠にて
麦草峠にて
雨池に続く道に入るととたんに人影がなくなる。ササを林床にしたコメツガに覆われた森の中は風が通らないが、下りか平坦かの道のわりには歩かれていないようだ。雨池は車道から往復するには遠すぎるということなのだろう。梢越しに、前方に白く光るものが広がっているのが見えてくる。どうやら雨池らしい。
端が干上がっている池の畔に出るとあちら側にどっさりと団体パーティが固まって、話し声がエンジン音のようにこちらに響いてくる。雨池もにぎやかになったものだ。時刻はとみるとちょうど正午。時間帯としては仕方ないが、ここまで来てうるさいのに悩まされるのもいやなので八柱山を往復しに再び森の中に入る。
ゆるやかな起伏を越え、背の高い針葉樹の森を抜け出て山頂とされるところに着く。ここは尾根突端のちょっとした高まりで、天気がよければ富士山も遠望できるとのことだから眺めはよいはずなのだが、今日のところは目の前にガスの白く重たい緞帳が下りている。すぐ脇には大きなアンテナ設備まであり、風情はほとんどない。だが誰もいないというのが貴重だ。シートを広げて腰を下ろし、お茶を入れ、麦草峠で買ったリンゴを剥いて食べる。
雨池に戻ってみると団体客はみな引き払っており、本来の静謐さが戻ってきていた。水を飲みに来たカモシカらしい足跡をあちこちに眺めながら池のほとりを半周し、森の斜面を上がって雨池峠に続く林道に出た。
静かな雨池
静かな雨池 
2002/7/28

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