砥石山  
ここもまた札幌に出張のついでの山歩きである。本当は後方羊蹄山を登ろうかと思っていたのだが、日本上空にいつまでも居座って動かない気圧の谷のおかげで雨ばかり降るので、札幌からだと一泊二日かかる予定は苦労の割に益なしと諦め、札幌中心部から取り付きまでそれほど時間がかからず、しかもあまり俗化されてなさそうな砥石山を選んだのだった。
日本のあちこちに同じ名前の山がある中で、この山が一番高いというものの827メートルしかない。親しみやすい名前の山は脅かすような高さのものではないようだ。またこの山の近くには硬石山(かたいしやま)という山もあり、このあたりは文字通り硬い石の産地だったと思わせるが、真偽のほどは定かでない。


地下鉄真駒内駅からバスで北の沢会館前バス停というところまで行き、そこから山に向かう脇道の車道に入って林間に点在する家を眺めながら進む。車は通らず静かなものだ。天気はよくないが雨はまだ降っていない。犬がよく吠える農家の横を右手に入ると木立に囲まれた小さな広場に行き着き、奥には正面から来る沢水が小さな滑滝になって落ちているのが見える。ここから山道だ。
砥石山登山口近くにて 登山口近く。正面は砥石山にあらず。
道は優しげな沢の流れに沿ってゆるやかに始まり、足下を流れる静かな沢音を道連れに散歩風情で歩を進めていく。谷底を歩くとは言え暗い感じはせず、ところどころ色づいた木々の葉が頭上に見えるものの紅葉にはちょっと早いらしい。沢に沿って広葉樹が続き、全てが色づいた頃はかなり美しいだろう。札幌は町中から眺める紅葉もいい。札幌大通公園から見る手稲山の紅葉は壮絶と言っていいほどの見事さだった。都会のビルが作り出す黒と灰色の影が衛兵となって立ち並ぶ奧に、上から下まで赤と黄色に彩られた山がまさに屏風のように立っている。札幌の人たちには毎年秋になると見られるので慣れたものだろうが、私にとってはそれは蜃気楼のような、自分のいる場所とはうまくつなぎ合わさっていないかのような光景だった。


登山口からの道は沢岸を辿り続けるが、小さな橋を渡って山腹を絡み出すと上り下りのある道になる。このへんから道ばたに茸が増え始め、本州では見たことのないようなものがあちこちに生えているのが見える。地域によって菌の種類は異なるということだが、実際そのようだと納得する。着いた山頂には先客の中年男性が一人。その人が立ち去る際、「この先には熊が出るから行かない方がいいよ。道も荒れているし」と教えてくれる。徐々に密度を増してくるガスを眺めつつ、大都市近郊の低山なのにこんなに街から遠く感じるのはそもそも札幌が自分の街ではないからだろうか、などと考えた。下山する頃にはとうとう雨が降ってきた。傘をさして山道を下った。 
1994/9/23

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