Preface/Monologue2024年 3月


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箱根 浅間山から箱根湯本方面へ

ここまでのCover Photo:箱根 浅間山から箱根湯本方面へ

8 Mar 2024

茨城県の桜川市へ。真壁の五所駒瀧神社に詣で、街中にあまたある伝統建築物を眺めに。

「景勝地」と刻まれた石柱も立つ神社は山に分け入るあたりにあって境内には小さいながら川も流れ、よい雰囲気。
真壁城跡のバス停から少々歩くし道しるべもなさそうだったけど、のんびりした気分に浸れる。

往路を戻って真壁市街地へ。筑波山からきのこ山、足尾山、加波山と続く山並みを背に家々が立ち並ぶ。
つい先頃まで「真壁のひなまつり」が催されていて相当賑わっていたらしいけど、いまは好天の土曜だというのに観光客らしきも少なくひっそりとしている。

重厚な構えの門や、複雑に重なり合った屋根の縁、以前は自分の地元でも当たり前に見られた木造建築が、ここにはたくさん。
しかし残念なことに無住の家が多いように見える。家は使ってあげないと…。
シェアハウスみたいにして、つくば学園都市への通学地とかにできないものかしらかと。
(その際は、桜川市の運行するバスをつくば市まで行けるようにするとか、自治体域を超えた協同が必要だろうけど)

古い建物も魅力的だけど、あちこちにある和菓子屋のお菓子がまた愉しい。
白川菓子店のあんドーナツなんて絶品。店内の平台に置かれた菓子類の眺めも懐かしい。
山口屋の大福は買ってしばらくポケットに入れっぱなしにしていたけど、やわらかくて美味しい。
高橋菓子補ではあおやぎというのを欲しかったのだけど人気が高くて売り切れ。
かわりにふぶきという白皮のおまんじゅうにしたけどこれまた美味しかった。
買ったのを食べないうちに次の店で買うものだからどんどん甘味がたまる。一部は明日の山行の食事代わりに。

市街地には2011年に開館した真壁伝承館という複合施設が建っている。博物館や図書館、ホール、集会所から成り立つ。
多数ある窓の配置がランダムで見ていてリズムを感じ、外装は歴史的な感触を持ちつつモダン。これも見て愉しい。
バスの待ち時間に博物館や図書館で時間を潰させてもらうによい。とくにこの日は風が強く寒かったので助かった。

伝承館の目の前にある書店に入ったところ、珍しく硬派の歴史雑誌が置いてあったので今晩の宿での読み物に買った。
伝承館にお勤めのかたのためにとっているものだったそうだけど、追加注文するようお願いしてくださいと頼んでおいた。

バスに乗ってJR水戸線岩瀬駅へ。この日は駅前の旅館に泊まる。
この日は空いていたが、来たる桜の季節には部屋が埋まりつつあるという。このあたりは市の名にもあるとおり、桜の名所。

9 Mar 2024

宿で朝食を頂き、筑波山からの山並みの末端に取り付いて加波山を目指すべく出発する。

なお、ここから稜線を辿って筑波山を目指す人が年に何人かいるとのこと。驚異。
ある人は宿を朝6時に出たら、筑波山での最終バスに間に合わなかったとか。
その話を聞いた知り合いの方は、後日この宿に泊まって朝4時にヘッドライトを点けて出発したとか。
侮るべからず筑波山塊。

さて、かつて坂東三十三観音札所巡りで雨引観音を目指したのと同じ道のりをまずは行く。線路を渡って御嶽山(おんたけさん)に登り、多少下って雨引山を目指す。
途中でも、雨引山頂でも全身真っ白な富士山を遠望することができた。昨日からの風と寒さが空気を澄ませているらしい。
登りだした時間が遅かったせいか、間近に聳える筑波山の山腹からたなびく朝靄は見ることができなかったが、ここからの紫峰はやはり堂々とした見た目。

雨引山まではトレランの人やら雨引観音から上がって来る人やらで賑やかだったものの、雨引分岐を後に加波山方面に向かうとすっかり静かに。
まだ傾斜がゆるやかなうちから、一昨日に積もった雪が現れ、それが北面だけでなほぼ常時登山道を覆い出す。
道のりの傾斜が急になってくると加波山隣の燕山への登りで、雪の急傾斜をハイカーがおっかなびっくり下ってくる。
ほぼみなアイゼンを付けていて、久しぶりに山の世界に来たな、と。そういえば先ほどの御嶽山が今年初めての山頂だった。遅い登り初めだ…

燕山は狭い山頂で腰を下ろすと眺めもあまりよくなく、雪もあったのでそのまま下る。
すぐ下にアンテナ施設があり、脇の草地が日当たりよく乾いていたのでここで腰を下ろし、雨引山から二度目のコーヒー休憩。
傾いだ姿の筑波山を見やりながら、ほぼ4ヶ月ぶりの山行を祝う。

ガイドマップでのコースタイムでは2時間とあった雨引山から燕山だが、距離が5キロを大幅に超えていたので今の自分にはそれは無理。
疲れもしたので加波山山頂往復は止めにして、新宮道を長岡バス停に下る。

しかし3時台のバスに間に合わず、目の前で岩瀬駅行きが行ってしまう。あ-。
しょうがないので時間つぶしかたがた、旧筑波鉄道跡のサイクリングロードを筑波山を正面にして真壁市街地に向かって歩いて行く。
いいねぇ筑波山。いつ見ても楽しい。名峰だな。

真壁駅跡から市街地に入ると、すぐそこに昨日訪れた菓子店の高橋菓子補が。
入ってみると、ほしかったお菓子のあおやぎが。来てよかった。
昨日、店主のかたと会話して、たくさん作っても近郷の人が買いに来て早くになくなってしまう、と言われていたので、今日はさらにたくさん作られたのかも。
お土産用に多めに買い込んで、昨日と同じく伝承館にバス待ちに。

図書館で、最新の『山と渓谷』の「膝痛」特集を読む。伝承館はほんとによいところ。

16 Mar 2024

気温の高い土曜日、”陸の松島”を展望するという大平山・晃石山から馬不入山への縦走を。

JR両毛線大平下駅から歩き出す。北方には本日辿る大平山から晃石山に至る稜線が左右に広々と伸びている。
最高点の晃石山でも419mだが、間近から仰ぎ見るせいか予想より高そうに見える。なにより頂上部が三角錐の形佳さが気を引き締めさせる。

とはいうものの大平山直下にある大平山神社までは高尾山1号路に少し山道を足しただけ、みたいな感触で、名物の三色団子や卵焼きを食しながらの道行きなので捗らないことおびただしい。とくに寿司屋で出てくる卵焼きを10倍は大きくしたようなのは甘くて美味しく、まるでケーキを食べているような気になる(奥まったところの”あづま屋”というお店で食べた)。山上から見渡す平野部の田にはまだ水が張られていないので”陸松島”の景観は想像で補わなければならないが、早い春の陽気に霞む岩舟山や三毳山を眺めれば気分は上々(しかし岩舟駅は遠そうだな)。

階段の参道を上がるルートに入りそびれて脇の車道を辿って神社に着く。この高さにしては規模が大きいのではという社に参拝し、大平山へ。開けてはいるが眺めのない山頂で、ここに建つ社の裏にある最高点を踏んだだけで先に進む。この時点ですでに13時。大平下駅を出たのが11時前なので、いかに寄り道したかがわかる(脇目を振らずに歩けば所要40分くらいか)。

晃石山へは寄るところがないので淡々と歩く。ここまで来ると観光客ではなくハイカーの世界。常緑広葉樹が目立つ稜線を辿り、左手後方に大平山の丸い山頂部が見えるようになると山塊最高峰は近い。山頂直下には晃石神社に向かう巻き道が左に分かれるが、直進するとやや狭い山頂で、地面の真ん中にやたら大きい三角点標石が出ている。見ると一等だ。なるほど大きいわけだ。見渡せば先ほど同様に三毳山方面の眺めがよい。空中に漂うパラグライダーを眺めながらコーヒーを淹れる。

立木に付けられた山名標識には日光・皇海・袈裟丸・榛名方面の山座同定図が描かれていてじつに親切。しかしこの日は暖かすぎて遠くの山はみな霞み、はっきり見えるのは日光白根山と皇海山くらいだった。前者はまだ真っ白、さすが奥日光は寒そうだ。

山頂から下った先の晃石神社を回り込むように馬不入山をめざす。4回コブを越えて、びっくりするような手すり付きの長い階段道を下ると桜峠で、そこから登り返して馬不入山。峠から山まで分県ガイドの地図には20分とあるが、本文中の記事には30分とある。先日の二股山といい、投書すべきなのだろうかと思えてくる。

馬不入山はこのガイドによると「本コース中随一の展望」とのことで期待していたのだったが、晃石山のほうが遙かに眺望がよい。きっと木が成長したのだろう。記事内容はいろいろ見直した方がよいのではと思える。

もう4時目前なので、岩舟山に寄るのは諦めて早々に駅に向かうことにする。一コブ越えて車道を横切り、関東ふれあいの道の標識に従って歩いて行くと駅が見えてくる。そして間の悪いことに小山行き電車が入ってくる。やれやれ。次は45分後だ。時間つぶしに岩舟山を巡る人車鉄道跡を歩き、こぢんまりとした”岩舟石の資料館”を見て回る。うむ、岩舟山もいつかまわらなくては。小さい山だから、足利の山の行きか帰りとかのついででもよいかも。三毳山とセットにするとか。

20 Mar 2024

仕事やら確定申告やらで多忙。

それでも山行は復活。
それでまた多忙に…

22 Mar 2024

この土日は天気がよくない。
山に行く選択肢がなくなる分、いろいろ用事をこなす気になる。
仕事もしておこうかとも。ワーカホリックか。


山口耀久氏が今年の1月10日に亡くなられていた。享年97歳。

山の本をたくさん読んだわけではないけれど、『北八ツ彷徨』の清涼感溢れる文章はおそらく群を抜くはず。こんなふうに山を愉しめればよいなと。

先月号の『山と渓谷』に掲載の三宅修氏による追悼文で知った。
ご冥福を。

23 Mar 2024

かなり久しぶりに連れとシネコンで映画を観る。
"ナショナルシアターライブ"『ディア・イングランド』。現実のサッカ- イングランド代表チームの蘇生の物語。舞台芝居のライブ映像なのだけど、カメラワークが秀逸で引きも寄せも変化に富み、見ていて飽きさせない。


国際大会でPK戦になると必ず負けていたイングランド代表、それでも1966年の自国開催ワールドカップでの優勝が呪縛のようにまとわりつき、常に優勝候補と囃し立てられる。そして敗退すれば非難の嵐。かつてPK戦で最後のキッカーとして失敗した経験を持つサウスゲートは、監督に就任するに当たり、なにを望んだか?

どんな脚光を浴び、どれだけ稼いでいようと、選手も人間であり緊張もすれば重圧に晒されて悩みもする。新しいチームは、人を人として扱い、自己責任として放置しない。それは甘やかすことではない。それはサポート。その思考は、選手を単なるプレイヤーとして見るのではなく、誰とも異なる個人として見る。

サウスゲートの改革により、イングランドはPK戦で初めて勝ち、苦手だったドイツにも勝ち、EURO2020では決勝の舞台にも立った。残念ながらイタリアに負けたが(しかもPK戦で)。物語はまだ続く。しかし分厚い壁を拳で殴って崩そうという物語ではない。ケアと信頼とに基づいた物語。


この芝居、何ヶ月もイングランドで上演されただけあって話が面白いのは当然として、出てくる役者さんが実際の監督や選手によく似てる。サウスゲートはもちろん、選手で言えばハリー・マグワイアなんて紹介されなくても分かるし、ラッシュフォードもハリー・ケインもよく似せている。笑えるのはなぜか出てくる過去の代表監督で、スヴェン・エリクソンとかカペッロとか、思わず上映中に隣の連れに説明したくなる。

30 Mar 2024

足利の大小山と大坊山を繋いで歩く。両毛線富田駅から向かう山の麓のお寺(大小山鳳仙寺)では、仏画が堪能な住職が河鍋暁斎の作品をトレース台の上でトレースされていた。希望される方がいるのだという。着色した百鬼夜行図を見せて頂く。付喪神が多いんですよねとかお話を伺ううちに、天狗がいたという大小山の印象がさらに少しばかり神秘的に。


大小山は山頂直下に大小の漢字の板がかけられていて、なんかキワモノ的な印象があったのだけれど、登ってみると当然ながられっきとした山で、しかも山頂部は純然たる岩山で手も使うし眺めもよい。

眺望はガイドにあるとおり四囲遮るものなし。日光表連山は朝のうちは霞んでいたのが午も廻った頃の山頂では明瞭に。その左奥には相変わらず日光白根が真っ白。その左にある皇海山と袈裟丸山は対照的に黒々としている。さらにさらに左手には赤城山が雄大。(初見では浅間連峰か?とか思っていた)

東に目を向ければ先日歩いた晃石山が三角錐の姿でよく目立つ。400メートル台の標高とは思えない端正さ。その右手、平野部に島のように浮かぶ三毳山の上には、うっすらと筑波山から加波山に連なる山稜が。こちらを眺めながらしばし休憩。(晃石山の左方には三峰山西面の大規模採掘場が見えて心苦しいのだけど…)


大坊山への縦走路に入ると人影がだいぶ減る。山道は大小山と同じく明瞭で不安はないものの、岩稜帯の尾根筋はなかなか緊張させられる。大きく丸い目玉もある"がま岩"が見下ろす場所など岩場を越えるのに一苦労。この縦走路は葉の落ちた季節では周囲の展望がじつによく、足下に注意していかないと。

縦走路は馬蹄形を成し、さきほど歩いた大小山山塊を左手に見るようになると大坊山は近い。足利行道山の稜線も右手遙かに見えてくる。この大坊山、ときおり煤けた匂いが漂っていた気がするが、かつて足利の大規模な山火事が起こった場所だった。なので足利市では条例で山中の火の使用が禁止されている。ガスバーナーも禁止。暖かいものを飲みたかったら家からマグボトルとかに入れてこないと。


山を下りて、足利病院から来るバスに乗って富田駅に戻る。4時間ほどの歩行だったけれど、内容が濃かったミニ縦走。


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