渓谷に大音量を轟かす旭滝尾白川滝巡り
晩秋にかかる頃合い、久しぶりに連れと山歩きにと、山梨県の日向山に向かった。やや遅い時刻に車で林道を上がって行くと、登山口周辺は車が鈴なりで、車を転回させるのも一苦労な状態だった。諦めて山を下り、すぐ近くの尾白川遊歩道を歩くことにした。
甲斐駒ヶ岳への登山口でもある竹宇駒ヶ岳神社の駐車場は広い。車を降りて靴紐を締め直していると、帰ろうとしている地元の方らしきから声をかけられる。雑談の果てに、昨日、渓谷遊歩道で人が滑落してなくなったと知らされた。「このコースでは、2年に一人は亡くなっているなぁ」。「黒戸尾根より危険だね」。よほど昨日の事故のニュースが衝撃的だったのか、両手を空け、渓谷側のコースは登りにだけ使い下ってはいけないと念入りに注意を受けた。自分たちはザックとウェストポーチ以外に手荷物はなく、足下は当然ながら登山靴、元から渓谷側を登りにとる予定でいる。あとは油断さえしなければ大丈夫、のはず。


駐車場からしばらくで神社に着く。先行客は遊歩道巡りか川遊びで河原に下りるかしているので人影は少ない。境内奥の吊り橋で尾白川を渡って対岸へ出るとすぐに尾根ルートと渓谷ルートとの分岐で、右手、渓谷沿いへの径に入る。
竹宇駒ヶ岳神社
竹宇駒ヶ岳神社
わずかな登り下りはあるものの、随所に手すり付きの階段があり、安全面への配慮が重ねられている。川面近くを行く分にはそう危ないところはなく、周囲も余裕をもって見回せる。谷間の紅葉は盛りを迎えてきつつあるようで、谷底の白い岩との対比が美しい。眺め下ろす水はじつに澄明で、いつ見ても名水百選にふさわしい清冽さと思う。磨かれた水という表現はここのようなものに使うべきなのだろう。
渓谷遊歩道の始まりにて
渓谷遊歩道の始まりにて
最初は穏やかな斜面
最初は穏やかな斜面
山道と川縁の岩棚が連続しているところではルートを外れて流れの中央近くに出られる。そんな場所の一つ、道ばたに小さく三ノ滝という表示があるところで空の下に出てみる。尾白川流域に突き出した岩の突端まで行ってみると、巨大な岩が真正面だった。これを乗り越えるように水流が二筋落ちている。水も美しいがなにより岩が大きい。いや大きい。いったいどこから現れてここに鎮座しているのか。水のそばにある巨石には、そうでないものに比べて畏怖を感じやすい気がする。
三ノ滝
三ノ滝
流れ近くを辿っていたコースが登りに転じる場所に旭滝という表示がある。表示を見るより前に、峡谷に響き渡る滝の轟音で足が止まる。これはなにかとあたりを窺ってようやく標識が目にとまる。さてどんなものがとルートを外れて水縁に出ても滝本体は姿を見せない。水面から跳ね返る水しぶきが見えるくらいだ。足下は滑りやすそうな岩場なので、ほんの少し心を決めて、慎重に岩壁を回り込んでいく。
わりと間近に現れた滝は、まるで噛みつくような勢いだった。滝壺に全水量を打ち付ける様は凶暴と言ってよいほどで、規模は小さいものの尾瀬の三条の滝を思い起こさせる。滝壺の手前に大岩があって直接水しぶきが当たらず助かった。この岩がなかったら、晩秋だというのに全身濡れ鼠となったことだろう。迫力は先ほどの三ノ滝をはるかに凌駕していて見応え十分、寄り道した価値はある滝だった。
旭滝から渓谷の下流を振り返る
旭滝から渓谷の下流を振り返る
旭滝からの登りは手も使って全身運動になる。渓谷遊歩道の名前だけで来てしまった軽装の観光客は相当緊張するにちがいない。ここを下ってくる人たちもいる。外国人の親子連れや、小さな子供を二人連れた普段着に近い恰好の母親もいた。下り出しでの自粛を求める案内が読めないか、目に入らなかったのだろう。


途中に一息つく場所があり、真下に深く広い淵を見下ろす。百合ヶ淵という名の釜で、非現実的と感じるほどのエメラルド色の水が怖いほどに広い。なにか出てきそうな雰囲気だ。釜の背後には見上げるほどの岩壁が立っている。傍らの案内板によればグドバ岩というそうだが、漢字だとどういう字が当てられるのか、まるで想像がつかない。
引き込む意志を感じる百合ヶ淵
引き込む意志を感じる百合ヶ淵
コースは山腹道を行くようになったが、足下はほぼ垂直の崖で、場所によっては足を踏み外すと50メートルくらい下の水面まで一直線に滑落しかねない。死亡事故発生という物騒な標識も二度ばかり見た。昨日の事故というのはこのあたりでの発生かもしれない。周囲はすばらしい紅葉だが、見渡すには必ず足を止める。一緒に歩いている連れにも気を散らすような言葉はかけない。鎖も張られたところが数カ所あるが、ここを滑りやすい靴で、両手のどちらかに荷物を持って下ったら、相当に危険だろう。
足下が危険な場所の紅葉
足下が危険な場所の紅葉
スリリングな道のりが再び登りになって、ひょっこりと出たのは神蛇ノ滝の展望台だった。かつて五月の連休時、雪が残っていて渓谷ルートが通行止めのときに尾根筋ルート往復でここまで来たことがあるが、そのときと同様に展望台近辺は人影が多い。昼近くのため10人以上があちこちで食事休憩していた。
優美に落ちる三段の滝を眺めようと、展望台の岩場の上に出てみると、肝心の滝は日陰になってしまっていた。初訪時に目にした光回る姿が見られないのは残念だ。帰宅後に調べてみると、五月の初訪時は12時過ぎにこの地に来ていた。今回は12時半過ぎなので、時刻にさほどの違いはない。そのさほどでない時刻の違いのせいだろうか、もしくは初夏以降に茂った葉群のせいかもしれない。
神蛇ノ滝
神蛇ノ滝
展望台周辺は腰を下ろすには落ち着かなかったので、少し離れた林のなかに平坦地を求め、落ち葉の上に携帯用のラグを敷いて座り、湯を湧かした。眺めといったら静かに広がる林だけだが、なかなか緊張感のあるコースを歩いた後だったので、連れとゆっくりコーヒーを飲めるだけでも十分満足なのだった。


不動滝は初訪時も寄らなかったが、この日も寄らずに終わった。神蛇の滝からは尾根筋コースを歩いた。滝はおろか水面さえほとんど窺えないコースだが、渓谷沿いのものを歩いた後だったのでじつに楽に感じた。多少気が抜けて、腕まで使って半日のよい運動になったねとか言いつつ、一時間かからず出発点に戻った。
比較的穏やかな尾根筋ルートを帰る
比較的穏やかな尾根筋ルートを帰る
2015/11/01

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