男鹿三山 右から真山・本山(最高点)・毛勝山

男鹿の山と言えば半島付け根のところに位置する寒風山が眺望の良さで有名だが、この男鹿三山も晴れてさえいれば日本海を眺めながらの山歩きができる。それに全行程を通じて故事来歴の類が多いのも楽しい。三山というとたいそうな響きだが男鹿半島西端に南北に並ぶ低山の列で、縦走するとしてもハイキング程度だ。もちろんなめてはいけない。不心得者は縦走開始地点の神社でなまはげに追い払われることだろう。



ある年の7月初旬、北に位置する真山神社からスタートし、その本殿が鎮座する真山、次いで自衛隊のレーダー基地となっている本山を経て毛無山を越え、五つの社が建ち並ぶ五社堂に出てその下の石段を下って終わる。本山までは自然の豊かな道だが、そこから先は左手にレーダー、登山道には敷き詰められた丸石、と色気のないことおびただしい。特に砂利舗装には「そんな必要があるのか」と思う。この日は朝から雨模様で、期待した洋上の景色は皆無、ただ波音だけがかすかに稜線に届くだけだった。

眺めは得られなかったものの、なまはげが下りてくるという真山神社拝殿横の秋田杉並木はガスが漂っていると神域の雰囲気十分である。下った五社堂下の石段は999段あると言われ、鬼が一晩で作ったといういわれを持つ。三方を海に囲まれた半島のはずれに屏風のように立つ三山は小ぶりながら「地の果て」のイメージを醸しだし、何かが潜んでいると思わせるのだった。

古くから信仰の対象となっているというこの三山を歩くのは「お山がけ」と言われ、地元では通過儀礼的な扱いを受けていたらしい。真山神社隣にある真山伝承館という名の民族博物館を見学したあと、「これからお山ですか。お気をつけて」と案内係の若い女性に送り出された。山ではなく、「お」山なのだった。

ところでこの博物館は彼女と民俗学の先生とが交代で案内を勤めているそうだが、ぜんたいに若い人は来ないという。私は彼女にとっては久しぶりの若者(?)だったそうで、かなり親切に案内してくれた。都会育ちには見ただけでは用途がまるでわからない民俗道具を差して「さて、これは何に使うものでしょうか?」「うーん、ふとんたたきかな?」「違いました。藁束をたたくものです(記憶はやや曖昧)」などと遊びながら先人の工夫を学ばせてもらったのだった。それはともかく、また彼女に会いたいと思う。楽しい人だった。

1991/7/2

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue