草津白根山より弓池を前景に本白根山(右奧)本白根山

百名山を登ろうとする人で、深田久弥が選定した「草津白根山」とはこちらの方と理解されている方が少なくないようだが、実際に「日本百名山」を読むとちょっとニュアンスが異なる。深田久弥はもちろん本白根のほうが高いことに気がついていて、こちらのほうを本峰とみなすべきかも、と弱気な発言もしているものの、湯釜を抱く草木のない方の草津白根山を主要な山とみなしている。

彼自身は一度の山行で両方の頂に立っているので、深田百名山完登を目指す方は本来は草津白根の方にも登るのが本道と思われるが、実際にはこちらは火山性ガス発生の危険性があるため登山禁止なので、結局は本白根だけで我慢しなくてはならない。上の写真にも出ている弓池周辺の車道をたどって右奧の山頂部を越え、反対側の万座まで下ったとしてもコースタイムでは3時間くらいで、そう大した行程ではなさそうである。

だが当然のように一般の観光客は目前の月世界のような草津白根の方ばかりに目が行く。昔も今もこういう態度は変わりないようで、深田久弥がこの山を百名山に入れたのもこの光景の特異性の故だろう。きわめて珍しいこの山の姿を駐車場のあるレストハウス近辺で呆然と眺める観光客は多いが、その背後に高さでは勝るものの樹木に覆われた地味な本白根があることなど、たいていの人は知ろうともしないと思う。それが悪いというのではなく、あまりに草津白根が強烈すぎるのだ。山を歩く身にしても、本白根は行程上も短そうだし、そのためだけに一日を割いて遠路はるばる出掛けるものでもないと思っていたのだった。要するにこのあたりは観光で行くだけだと。



状況を変えたのは最近上梓された小泉武栄「山歩きの自然学」(山と渓谷社)である。ここに掲載された草津白根および本白根の航空写真を見て評価がやや変わった。本白根は樹木の有無を除けば草津白根と双子と言っていいほど似ている。特に山上部に一番大きな火口を据えて、その両脇に一直線にそれよりやや小ぶりな火口を配しているところなど、偶然だろうが驚くほどの相似性だ。火口の並ぶ方向が少し違うので、各々の山の弱線は異なっているらしいが....現在草津白根に登れない以上、このあたりの火山地形を観察して楽しむには本白根は好適な山のようだ。登山道は火口の縁を辿っているし、樹木がそれほど邪魔をしなければ遥か昔の噴火活動に思いを馳せることが出来るかもしれない。

こういうわけで自分のところでは本白根への評価はやや上がったのだが、その反動で、「1984年秋に初めてこのあたりに行ったときに本白根に登っておけば、この目でこういう火山地形が確認できたかもしれないのに」と悔やまれるのだった。弓池から本白根への登り口まで車道を少々散歩気分で歩いたのだが、等高線のある地図を持ってきていなかった私は時間はたっぷりあったのに途中で引き返してしまった。不勉強は損になるという見本である。
1998/10/19記  敬称略

万座温泉から本白根山

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