櫟山の頂にて
夏休みの山を登るに当たって、負荷の高い山歩きを3ヶ月くらいしていないことに思い至った。日帰りででも身体を慣らしておこうと、丹沢の寄から雨山峠を経て鍋割山、というコースを考え、新松田駅からバスで寄に出た。歩き出してみると、車道脇を流れる寄沢の水量が尋常でない。昨日までの台風の影響だろう。本日のコースは広い河原を渡るところなどあって、この状態では前に進めないかもしれない。
なので雨山峠は諦め、尾根道を行くことにした。集落東側の山に取り付き、櫟(くぬぎ)山と栗ノ木洞を越え、後沢乗越から山頂を目指す。乗越からの登路は、かつて塔ノ岳、丹沢山、鍋割山の三山を巡ったときに下山路として使い、疲労した脚でずいぶんと苦労したコースだ。なので登りの訓練としてはむしろ目的にかなうことだろう。


寄の集落から、鍋割山を示す案内板に従って農道を上がっていく。本日向かう予定だった雨山峠は山陰になって見えないが、その左手に高まる檜岳山稜は、雨山こそ頭を出しているものの、檜岳はガスにのしかかられて頂稜が見えない。風がある日なので、稜線はだいぶ吹いているのだろう。茶畑を左右に上がっていく道ばたには真っ赤なグラジオラスらしきが咲いていて、いかにも夏の一日だ。
夏の色彩 背後は茶畑
夏の色彩 背後は茶畑
簡易舗装が尽きたところで茶畑の脇の細い踏み跡を上がっていく。こんなところを通ってよいのかと躊躇するようなところだが、その先には歩きやすい径が待っている。再び農道に合わさり、すぐに離れるところで、ようやく山道となる。分岐にある四阿で一息つき、すでに汗まみれの身体に水分補給して山へと入る。
しばらくは歩きやすい平坦な径が続く。よく歩かれているらしく荒れた感じはしない。いま歩いている道筋は前後に誰もおらず静かなものだ。少々遅れて出発したのと、下ってくるにはまだ早いからでもあるだろう。左右には植林が目立つが、葉の落ちる木々があるところではヒグラシの澄んだ声がよく響く。日陰に入ればほどよい強さの風が心地良い。
櫟山までは歩きやすい径
櫟山までは歩きやすい径
三廻部林道を越えると、少々急な登りののち、また穏やかなものになった。木々の合間に、行く手に高い山が見えてきた。櫟山らしい。この暑い中にこれを登るのかと思わせる傾斜だが、じっさいに登りだしてみると上手い具合に径が付けられていて予想よりは疲れることがない。草原の頂稜に達すれば山頂まではあと10分と標識にあり、右手に相模灘が見渡せるようになれば山頂はすぐなのだった。
山頂一帯も草原で、目に優しいのはよいのだが、腰を下ろす場所に困る。ヒルがいないか気になるからだ。それでも中に分け入り、倒木に腰掛けて食事休憩とする。本日は湯沸かし道具を持ってこなかったのでおにぎりとペットボトル飲料だけで昼食は終わりだ。背後から単独行者が追いつき追い越して行く。山中で会ったのはこれでようやく4人目。表丹沢にあっても、後沢乗越まではこの尾根は静かなものらしい。
櫟山山頂から秦野市街地を俯瞰する
櫟山山頂から秦野市街地を俯瞰する
手前の尾根は大倉尾根
(左奥の山は岳ノ台かな・・・中央奥は大山南尾根の高取山かな・・・)
その先の栗ノ木洞はさらに100mほど登る。櫟山への登りほどには急なところはなく、ゆったりと高度を上げて着く山頂は、雑木林を背景に植林の木々が立ち、眺望はない。だが平坦で見通しがよく、日差しも上手い具合に遮られている。周囲は相変わらずヒグラシの声が涼しく響き、風も通り、悪くないところだった。
栗ノ木洞山頂
栗ノ木洞山頂
栗ノ木洞からの下りは、初めは、かなり荒れた道のりだった。補強の木枠が崩れ、粘土質の路面は流れている。登ってきたのとは異なり、斜面にまっすぐに付けられているため、余計に崩壊が早まっているようだ。斜度が緩まると足下も落ち着き、落としてばかりいた視線を上げる余裕も出てくる。右手上空には鍋割山から塔ノ岳に続く稜線が高く、これから登り返す標高差を思い出させられる。左手には檜岳山稜が窺え、朝方は雲にのしかかられていた檜岳がすっきりとした稜線を見せていた。
檜岳山稜の檜岳(左)と雨山(右)
後沢乗越の手前で、檜岳山稜の檜岳(左)と雨山(右)を望む
稜線がだいぶ細くなると、後沢乗越だった。家族連れが休んでいた。暑い日の山なので、ここで下ってもよいかなと軟弱なことを考えてもいたのだが、本当にそうすると訓練にはならない。所期の目的は目的として達成しなければと、予定通り登ることにした。


とにかく疲れないように、歩幅は短く、足を上げる高低差は可能な限り小さくを旨に、息が上がらない速度で登って行く。路面状況を観察し足を置く場所を選ぶ。二度ばかりあった平坦地を含めて、急登を一度の休憩だけで登り切り、傾斜の緩んだ尾根に出た。見ればガスが流れている。先ほどまで晴れ渡るとばかり思っていたが、どうやらこの日の朝から吹いている風は雲をつくるものだったようだ。
明暗のコントラストが弱まった中を上がっていくと、行き先に小屋が見えた。頂上に出てみると、予想以上に人がいる。中学生か高校生の団体がいるためか、よけいに賑やかに見える。鍋割山には日が傾きだした頃に来ることが多かったので、人の多い山を見るのはなかなか新鮮だ。どこに腰を落ち着けようかと場所探しをしながら、あらためて人気の山であることを認識する。
ガス覆う山頂
ガス覆う鍋割山頂
小屋近くでは大きな土鍋に具沢山の鍋焼きうどんを食べている人が多かった。うどんが名物であることは知っていたが、これほど人気であるというのはこれまた初めて知った。疲れて食欲のない自分は空いている場所に移動して腰を下ろし、やや甘めのイオンサプライ飲料を飲むくらいで休憩とする。うどんは涼しい季節に考えることにしよう。
山頂からは往路を戻った。やはり急な降りは足と膝に来るが、前回とは異なり歩行時間がやや短いのでバネが効いている状態で後沢乗越まで下ってこれた。乗越からは大倉へ向かう。ところどころ急なところを経て、山道の終端近く、小さな滝を正面にする沢際に出ると、昨日までの雨のせいか水量がやや多い。流れで顔を洗っていると若い男女二人組が追いついてきて立ち止まり、水量の多い沢を前に方向を決めかねているようだった。どうするのかと見ていると、スマホを見始めた。地図を見るのかガイドを読むのか、沢沿いでスマホとはと驚いた。きっとなんらかの文書が格納済みだったのだろう。
林道終端部、木道を沢水が覆う
林道終端部、木道を沢水が覆う
林道に出てみると普段とは異なり賑やかだった。見ると、山頂にいた中学生か高校生の団体が水遊びに興じていた。挨拶してくれる男の子に挨拶しかえし林道を歩き出す。ところどころで左手の山あいから沢水が路上に溢れ出している。その水量も、今まで見たよりは多少多い気がした。


大倉までの林道歩きは、今まで通りに長かった。長時間歩行のブランクのせいか、足裏が痛くなった。これはこれで、上り下りと合わせて、よい訓練になったものと思う。文字通り足慣らしという意味で。
大倉に着いてみるとバスが来ていた。満員のに乗り込んで渋沢駅に出た。
2015/07/19

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue