小豆島古江から内海湾を隔てて寒霞渓(左奥)と星ヶ城山

寒霞渓と星ヶ城山

瀬戸内海に浮かぶ小豆島には本州四国と結ぶ橋はないが、岡山、姫路、高松、大阪・神戸などと結ぶフェリー航路は数多い。ここには訪れるべき場所がいくつもある。『二十四の瞳』の舞台となった分教場もあれば、オリーブの木々が陽光に輝く公園もある。島内には霊場が本場四国と同じ数あって「島四国八十八霊場」と呼ばれ、遍路道が四国の十分の一の距離で取り付きやすいせいか巡礼に訪れる人も多い。


小豆島最大の景勝地は寒霞渓だろう。島の脊梁を為す山の稜線が浅く湾曲する奥に岩峰、岩壁、岩襞を連ね、険阻な山肌は急激に標高を落とし込んで港町に達し波静かな湾内に沈んでいる。妙義山、耶馬渓と並んで日本の三渓に数えられるのももっともな名勝だ。ここの景色を最大限に堪能するには中腹と稜線を結ぶロープウェイに乗るのがよい。起終点を結ぶ歩行路もあるが、ここは横着の誹りを恐れず文明の利器も利用しておこう。寒霞渓は妙義山などに比べて水平方向に広がる佳境であり、これを見渡すためには空中散歩をするしかない。浸食激しい支尾根は歩いて登ることは不可能だ。下方にあるロープウェイ駅から始まる歩行路は谷底の沢沿いを行くもので、どうしても視野は限られる。
ロープウェイから寒霞渓
ロープウェイから寒霞渓
稜線から見下ろす寒霞渓
稜線から見下ろす寒霞渓
とはいえ歩いて登ってみれば、常緑樹が優勢な木々のなか、道ばたに鎮座する奇岩怪岩を間近にできてこれも楽しい。表十二景と呼ばれる道筋は稜線の車道に出るまで簡易舗装路を一時間弱ほどである。冬のさなかに登ればおそらく歩く人は少なく、登り始めに出会う穏和なニホンザルの群れや、山の中程に咲く自生ツバキの赤い花が賑やかに感じるくらいだろう。秋ならば白い岩肌に紅葉が映えて見事なものとなるだろう。
稜線に出てからは車道脇の土の道をやや登り加減に山頂駅へとたどる。その間約15分ほどだが、途中途中に展望地があって進むにつれ迫力の景色が広がり歩みが進まない。稜線から岩襞が突き出し、その末端を垂直に谷底に落としているのだが、これが幾重にも連なっている。寒霞渓は1,300万年前の火山活動の結果だそうだが、柔らかい部分が浸食され尽くし、やや堅い部分が岩襞として残っているのだった。その岩襞というのも集塊岩が多く、クライミングしようと手をかけたらホールドが抜け落ちてしまいそうな危うさを感じる。
岩峰と椿
岩峰と椿
表十二景の一つ”層雲壇”
表十二景の一つ”層雲壇”
山頂駅周辺はレストハウスを含む公園となっており、車道がここまで通じている。当然のように賑やかだが、いずれの方角だろうと5分も歩いて離れれば静かなものだ。山頂といいながら背後にはさらに山が高まっており、歩いて上ればススキの原でベンチや東屋もある。ここまで足を伸ばす観光客はいるが、その先に続く道に入っていく人は見た限りではほとんどいない。
これは小豆島最高点である星ヶ城山の山頂に至るものだ。寒霞渓の表十二景とは違って舗装こそされていないが平坦な幅広のもので、道ばたに岩がごろごろしているわけでもなく、常緑樹に覆われたなだらかな道が続く。星ヶ城山は山の名が表すように山城であり、南北朝時代に戦時の城とされたそうだ。西峰と東峰とある山頂周辺には外濠や居館跡などが残る。今回は訪れなかったが清水がわき出る井戸もあるそうで、これがなければ築城されなかっただろう。眺めは手前の西峰からが優れている。足下から切れ落ちた断崖の上に立って四国方面を見渡せば、雄大な気分になれるというものだ。山頂にあたる東峰には歩き出してから40分ほどで着く。西峰ほどではないが見渡す海の眺めは悪くない。
星ヶ城山西峰にある阿豆枳(あずき)神社
星ヶ城山西峰にある阿豆枳(あずき)神社
星ヶ城山西峰から草壁港、内海湾を望む
星ヶ城山西峰から草壁港、内海湾を望む
城跡が目立つ山頂だが、いにしえの祭祀跡も見つかっているらしい。「岬の分教場」のある半島から内海湾越しにこの山を眺めると、寒霞渓の岩塔岩壁群を脇に従えてゆったり広がる姿は実際の高度以上に堂々と感じる。それもそのはず、1,000メートルに満たない高さとはいえ海面近くから見ればそのままの標高差だ。この山は瀬戸内の島々にある山としては最も高いという。古くに島に在った人々からすれば、尊崇するに十分な風格を感じたことだろう。


2004年の元旦、連れと二人で小豆島に渡った。その日のうちに車で寒霞渓の山上ロープウェイ駅に至り、喧噪を離れて星ヶ城山への遊歩道に入る。山中に何度か現れる社に連れはしきりに手を合わせる。聞けば健康を初めとしていろいろ祈願しているという。風はあったが樹林が遮ってくれて、終始穏やかな山歩きだった。翌日は表十二景を登り、ロープウェイで下った。裏十二景という遊歩道もあるが、これは次回の楽しみとした。山を下って海岸べりに出ると、車窓から見る海は澄み、星ヶ城山を背景にした海面の色は鮮やかな群青色で、連れはしきりに感激していた。
2004/1/1(星ヶ城山)、1/2(寒霞渓表十二景)

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue