富岡の集落からデン笠(左)と金ピラ山
陽春の日曜、軽く山歩きをと考え、秋山山稜の主稜とは離れた金ピラ山、デン笠なる小ピークの連なりを歩くことにした。ガイドマップに朱線が引かれてから気になっていたのだが、比較的近場ながら、あまりに地味に思えたせいか、なかなか足が向かないでいた。それほどの負荷でもなさそうなコースで、近ごろ運動不足の身のリハビリにはよかろうというわけなのだった。


冬がシーズンのはずの山域なので、だいぶ暖かくなったいまとなっては静かな山が期待できるだろうと朝の上野原駅に来てみると、驚いたことに人でごったがえしていた。案内に耳を傾けてみると坪山にカタクリを見に行く人たちで混雑しているらしく、バス会社のかたが人の流れを整理していた。そんな喧噪を横目に無生野行きバスに乗り込む。かつては普通の大きなバスだったような気がするが、いまは座席数12のマイクロバスで、すでに立ち客がいる。今日は多い方か少ない方かどちらだろうと思ううちにバスは動き出す。
桂川を渡って狭い谷間を縫っていき、秋山川の広い谷間に出ると、本日の降車停留所の一古沢はすぐだった。周囲は見渡す限り新緑の山、斜面や麓ではまだ盛りの桜が青葉若葉を引き立てている。街中に住んでいると、紅葉は想像できても新緑はあまり実感が湧かない。新緑こそは量が必要なのかもしれない。
新緑と桜が入り交じる里
新緑と桜が入り交じる里
金ピラ山とサイクリスト
金ピラ山とサイクリスト
あらためて周囲を見渡してみるとバスが走り去った方向には顕著な山笠型の小ピークがひときわ目を惹く。これがデン笠だろうかと訝しむものの、このときははっきりしなかった。(後日、阿夫利山を登りに行った際に金ピラ山らしいとわかった。)
停留所から山に上がっていく舗装路を辿り、農害獣よけのフェンスを開閉してひとけのなさそうな山中に入っていく。好天の下でそこここに山桜が花弁を散らしており、意図せず花見山行になっている。このあたりでさっそく湯でも湧かそうかと思えたほどだったが、まだ歩き出して半時も経っていない。さすがにもう少し歩いてからにしよう。
そここに山桜
そここに山桜
案内標識に従って稜線を辿っていく。まだ季節は浅く、ヤブも被さっておらず歩きやすい。雑木で眺めはないが明るい葉群を眺めているだけでも楽しく、さほど労せず桜井峠に到着する。上がってきている舗装道の脇に細い山道が延びていて、これに入ると針金の牧柵に沿って山腹を巻いていく。眼下は畑地が広がっており、秋山の谷間が広く見渡せる。穏やかに点在する家々の上には小ピークを連ねる阿夫利山がそれほどの高さに見えない姿で立ち上がり、背後には頭を雲に隠した丹沢山塊が控えている。ゆったりした眺めに気分は上々だった。
桜井峠を越えて阿夫利山(左)を眺める
桜井峠を越えて阿夫利山(左)を眺める
のんびり歩いているうち、ふと、足下の土が柔らかいわりには先行者の足跡がないのに気づく。本日は日曜、本日はともかく、昨日も誰もここを歩いていないのだろうか。ほんとうにこのルートでよいのだろうかと心配になってくるうち、とうとう下りだしてしまった。見上げれば稜線は高い。正しいルートを歩いている自信がなくなってきたので、右手の笹藪が切れ、植林帯になって林床を歩けるようになったのを幸い、むりやり直上することにした。その結果、稜線にでたものの、徐々に岩がちになり、ヤブも被さり気味になって、やはりこのルートは人の訪れが少ないのだろうと思ううち、ちょっとした鞍部に下ったところで左手から明瞭な山道が上がってくるのを目にする。
ひょっとして、と、この上がってきているのを下ってみると、先ほどコースを外れて登りだした植林帯の脇を通っている。どうやら針金の牧柵のルートは間違っておらず、いったん下ってから植林帯の脇を上がって稜線に出るものらしい。余計なところで時間を使ってしまったが、これもまた山遊びと自分を納得させて稜線に戻る。


多少傾斜はあったものの、一登りで金ピラ山の山頂に着いた。真っ先に目に飛び込んできたのは潰れた祠のトタン葺き屋根で、さすがに少しもの悲しい。しかし丸く開けた山頂部は祠以外は荒れたところがなく、むしろ清潔感があった。頭上から日がまんべんなく差し込んでいたからかもしれない。木々が周囲を隠して開放感は不足気味ながら、心地良く腰を下ろして湯を湧かし出せた。
金ピラ山を下り、デン笠を眼前にする
金ピラ山を下り、デン笠を眼前にする
やや長めに休んでいたものの、昼のさなかだというのに誰も来なかった。明るい静けさに浸れた金ピラ山を辞し、少々下ってデン笠に登り返していく。右手の梢越しに高柄山が見えてくる。あちらもだいぶ新緑が明るい。名の知れた山なので、こちらと違って山頂はきっと賑やかなものだろう。秋山山稜の主稜線が見えなくなるとデン笠の山頂で、金ピラ山とは異なり通路途中の風情が強い。休憩から間もないことでもあるし、少々立ち止まるだけにした。
下っていくと金山峠に出る。木々に囲まれているとはいえ明るい場所で、ガイドマップには峠名があるだけで山のどちら側にも麓に繋がる朱線表示がないが、現地には左右両側とも行き先表示があり、稜線から見る限りでは歩きやすそうな山道が始まっている。見通しのよい冬場にでも越えてみたい峠ではあった。
金山峠
金山峠
秋山山稜主稜線に出る前に出会った桜の木
秋山山稜主稜線に出る前に出会った桜の木
稜線はゆるやかに高度を上げながら秋山山稜主稜の新大地峠を目指す。あいかわらず雑木林が続き快適な山歩きである。まだ葉の色も薄く、密集度も少なく、垣間見る遠く近くの山も何の山であるかの見当はつく。こうして新大地峠に出るまで、右手に高柄山、左手に丹沢の大室山や檜洞丸など遠望しつつ、静かな山を歩いて行った。


新大地峠からは四方津駅に続く長い尾根を歩いて下山した。予想外なことに、主稜線に出たあとも誰にも出会わなかった。高柄山や倉岳山の近辺は人が多そうだが、そのあいだの稜線は歩く人は少ないのだろう。
人には出会わなかったが、想定外の光景には出会った。妙に新しい舗装林道ができあがっていて、残土捨て場にも見える場所も広がり、山がだいぶ荒れたように見える。おそろしく急な傾斜の山肌の下に車道を通しているところもある。そのうち山の斜面がセメントで固められてしまうかもしれない。周囲の眺めは開けてよいのだが、眺めがないままでよかったと思える車道だった。
2017/04/23

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