Mt.Daisen from south大山

大山の稜線は年々崩壊を続けていると聞く。かつては稜線を子供が走って最高点まで行けたということだが、いまや走ることはおろか歩くことさえままならない。外国人向けガイドだったかに書いてあったが、この山の稜線こそは一般登山者がたどるものでは最も危険なものだという。その記載からさらに年数が経ち、さてどんなものかと登ってみた。
朝、前泊した宿を出て、光に満ちた新緑のブナ林を抜けていく。ほぼ垂直に落ちる岩壁を左手に眺めて登るうちに、それまで急だった山道がようやく緩やかになった。ハイマツに似たダイセンキャラボクが地べたから出迎えの枝を延ばし始め、さらに登れば一面の濃い緑の海となって初夏の日差しを鈍く照り返す。周囲の下界が見渡せるようになった。家に畑に平地林。木道の突端まで歩ききると大山(だいせん)の「頂上」とされる弥山(みせん)である。三角点の近くまで行って腰を下ろした。
四方が開けているものの、肉をえぐり取られたような山肌の光景に視線は固定される。絶え間ない崩壊が表土を流し去った骨のような色の急斜面。支尾根の縁をわずかな草が彩った幾重にも重なる白い三角形だ。御幣のようではないか....。細く危険な稜線が,これらの頂点をつなぎながら、何度も曲がり、さらに上下しつつ遠く高く伸び、最高点である剣ヶ峰に達して天に消える。これは魅力的で危険を感じさせる眺めだ、1700メートルを超える程度とは思えない。
かすかにだが、あちこちから頻繁に落石の音が聞こえてきていた。稜線ではそれほど強い風が吹いているわけでもなかった。微妙なバランスが崩れるだけで何百メートルもの高さを落ちていくのだろう。かつての縦走路の名残が稜線上に見えるが、地図上からは消えて破線のルートすら記載されていない。崩壊地の上端を通っている部分は歩いただけで足元から崩れそうだ。落ちれば必ず死ぬそうだし、しかもよく落ちるという。だがここから見る剣ヶ峰の眺めはやはり素敵だ。あそこまで行きたくなってくるのだった。
大山は三つの方向に岩壁をまとっているため「男性的」と形容されることもあるが、さしずめ弥山からの剣ヶ峰は「死の淵に誘う美女」というところだろう。魅了されて長いこと座っていると、左右で何かが同時に飛び去る激しい音がした。ツバメが二羽、仲良く並んで空中を滑っているのが目に入る。しばらく目の前を右へ左へと優雅に旋回し、やがてはるか下に広がるブナ林めがけて下りていった。まるで「お前には家に残してきた連れがいる。早く下りろ」と言っているようだった。
弥山頂上から最高点の剣ヶ峰を仰ぐ 
弥山頂上から最高点の剣ヶ峰を仰ぐ
2000/5/24

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