稜線東方より仏果山の山頂部を望む仏果山

2001年4月に運用が開始された丹沢の宮ヶ瀬ダムは、宮ヶ瀬湖という巨大人造湖を誕生させた。その東に峰を連ねる小山脈があり、そのなかで最も標高が高い(747m)のが仏果山(ぶっかさん)である。稜線を伝って南東にある経ヶ岳ともども抹香臭い名前だが、こちらはその昔仏果(ぼっか)上人というひとが座禅を組んだことが名の由来だそうである。
丹沢の焼山あたりから見るとこれらの山が急激に立ち上がっている様子がよくわかるが、標高のわりに山の斜面が急なのは北側の藤野木―愛川構造線と南側の牧馬―煤ヶ谷構造線という2本の断層に挟まれているせいらしい。仏果山であれば少し前までは北東にある半原の町から登るのが一般的だったようだが、最近では西にある宮ヶ瀬湖畔からの登路も地図に載っている。しかしいずれも密になった等高線を越えていくものであり、歩行時間はそう長くはないとはいえ一汗も二汗もかかせられることだろう。


このあたりの山々は丹沢大山と並んで私にとっては出かけて行きやすいところで、日の短い季節に半原から仏果山を往復したり、残暑の季節に経ヶ岳まで細い稜線を歩いたこともあった。だがいずれもかなり前のことで、とくに稜線の印象はかなり薄れてきた。そこで思い立って、稜線の様子を確認しようと暑い盛りにでかけてみた。寝坊したので、家を出たのは昼前だった。
本厚木から神奈川中央バスで三度目の訪れとなる「撚糸(よりいと)組合前」停留所に着く。このあたりは養蚕が盛んだったところで、いまでも産業として撚糸工業が盛んであるらしい。半原は山の中の町だが意外と大きい。単なるベッドタウンなのではなくて、確固たる地場産業があるせいなのだろう。
登山口の半原神社
登山口の半原神社
町中には夏場のセミの声があたりいちめんに響き渡っている。山道に入るまでは松葉沢という沢の流れに沿って集落の舗装道を行くが、この流れがじつに速く、水音が涼を呼ぶどころかやかましいくらいだ。しかしマイナスイオンが発生しているせいか、橋で沢をまたぎ越すときはとても涼しい。八月の遅くまで日の照るときが少なかったせいもあり、この日、久しぶりに夏らしい夏を感じさせられた。


だから回覧板を手にした男性の甚平姿も季節感十分なのだった。道の上から下りてきたひとは気さくに話しかけてくる。「これから山?」「そうです。一日のいちばん暑い時間帯に登るわけですが…」「今日は暑いから、ヒルが出てくるかもね」「え?ヒルですか?」「このあたりは多いよ。気をつけて」。そう、すっかり忘れていた。夏はヒルの季節だということを。しかしこのあたりにも多いというのは初耳だ。
帰ろうかな、と思いながらなおも舗装道を上がっていくと、集落が途切れた先の路面に、木ぎれにしては不自然な長いものが横たわっている。何かを飲み込んだ直後らしいアオダイショウだった。それも1メートル半はある。こちらに気づいて脇の草むらに逃げ込むまで、しばらく立ち止まって待っていた。そのすぐ後にもさらに一匹、今度は50センチほどのだが、斑模様のあるやつにお目にかかった。
だいぶ意気阻喪して登っていくうちに山道に入り、常緑樹も混じるヤブが被さったなかを進む。もちろん足下に目を凝らしながらである。とはいえそのうち疲労が勝ってきて、蛇はともかくヒルなどどうでもいい気がしてきた。なにより暑いのがこたえる。ときおり密やかに吹いてくる風がとてもありがたく感じる。
中腹で見られる自然林
中腹で見られる自然林
未舗装の林道を越え、やや広くなった踏み跡をしばしで送電鉄塔を右下に見送る。このあたりは半原から仰ぐと山頂のように見えるがいわば仏果山の肩で、植林を左に、涼しげな雑木林を右に見るようになってようやく風が通り始める。しかしどうも本日は身体が重い。昨日プールで久しぶりに泳いであちこち筋肉痛になったのが効いているようだ。それ以上に頭が重い。家を出る前に風邪薬と鼻炎薬を飲んだのが効いているようだ。加えて暑いものだからちょくちょく休憩をとる。そのうち3時になってしまったが、まだ山頂には着いていない。こうして何度目かの休憩中に、仏果山往復だけすることに決めたのだった。
山頂手前には宮ヶ瀬方面が開けた平坦な稜線歩きがあり、登り一辺倒の山行に変化をつけてくれる。しかしもう3時半、最後の急登を経て到着した山頂には誰もおらず、たくさんのベンチとテーブル、それに10メートルはあるという展望台の鉄塔が建っているばかりだった。それに登ると、眼下には暑気に霞む中にダム湖の水面が光っており、上空には丹沢主稜線が展開している。だが山並みは夏の光のなかに溶け込んでいて、どれがどの山だか判然としなかった。


今回の仏果山は、鍛錬としての山だった。「山の訓練は山に行くこと」と言われるがまさにその通りだと、膝が笑いかける状態で下っているなか思ったものである。なお、けっきょくヒルには出会わなかった。ヤブの中に踏み込まなければ大丈夫なのではと思う。しかし蛇には都合4回出会った。見るたびに種類が違ったが、驚かされたことに変わりはなかった。
半原の撚糸組合前バス停に戻ると、あと40分は待たなくてはならなかった。来た道を少しばかり戻って、豊富に湧き水が出ているところで顔と手を洗い、さっぱりしたところでバス停手前の半原神社でストレッチをして時間をつぶした。時刻は5時をまわり、境内の木々の葉はそよとも動かず、セミの声はまだあたり一面に溢れていた。
2003/8/24

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