妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第五十五話:DD9−危険なデートの仕上げ
 
 
 
 
 
「そう、そう言うことでしたのね」
 言いながら黄童子達を見据えたすみれだが、その口調に僅かなかげりがあるのにシンジは気付いた。
 ただし、シンジが何を思ったかは不明である。
「よろしいでしょう、わたくしの実力をとくとご覧になるといいわ――宮田!」
「はっ、ここに」
「ほうほう」
 シンジの感心したような声は、むしろ黄童子の間を縫って駆け込んできた事にあったのかもしれない。
 恭しく差し出したそれを取ると、ぶんと一閃させた。
「もういいわ、お前はお戻り」
「いえ、私がお嬢様をお守り致します」
「邪魔だと言ったのよ」
 忠実な家僕に対し、すみれの言葉は冷ややかそのものであった。
「碇さんはわたくしの実力を、と言われたのよ。お前が居ては邪魔になるだけよ」
「お、お嬢様…」
 思わぬ言葉に一瞬すみれを見上げたが、すぐにシンジへ向けた視線は、文字通り憎悪で固められていた。
 その老体が突き飛ばされたのは、次の瞬間であった。
「邪魔よ、お退きなさいっ」
 あまりの仕打ちと言えたが、秒と経たないうちにそれが自分を庇ってと知った。
 脇侍よりも更に手足の太いそれが、瞬発力を増して二人に襲いかかったのである。
「たああっ!」
 二体の腕を瞬時に叩き落としたそれに、シンジがほう、と洩らした。
 しかも、すみれは重たいコートを着たままなのだ。
「重いのに」
 と呟いた途端、
「碇さんお持ちになってっ」
 飛んできたコートを受け止めたシンジの視界に、明らかにすみれに庇われている宮田が映った。
「自分が荷物と知っているから荷物――知らないのはただの不燃ゴミだ」
 冷たく口にすると、すっと地を蹴った。
 襟首を無造作に掴むと、せき込むのも構わず宙に飛翔する。
「き、貴様何をっ、離せっ」
「ちゃんと飛べる種族…夜香ならどうするんだろう」
 はてと首を傾げたが、その取った行動は極めて物騒な物だった。
「寝てろ」
 手加減無しに撃ち込んだ拳に、がっくりと老人が首を折る。
 それを見ようともせずに、
「戻ったか」
「ついさっき」
 空中から聞こえた声に何を思ったか、シンジはぽいと放りだしたのだ。
 十メートルも無いとは言え、深雪ではなく、まして失神している人間とあらば無事には済まない、そう思われたのだが老人の身体は宙でふっと消えた。
「…あ?」
 それを見ていた金剛は、魔装機兵「大日剣」の中で首を捻った。
 確かにシンジは荒っぽく放り出したのに、それが途中でふっと消えたのだ。
「あのじじいどこ行きやがった?まあいい、なかなか面白い事するじゃねえか」
 にやっと笑って戦況に目を移す。
 一体が倒されたそれを見ても、何故かその笑みは止まらなかった。
 
 
 
 
 
「宮田の発信位置が消えた?どう言うことだ」
「さ、さあそれは…」
 執事の様子がおかしいと、重樹がそのスーツに発信器を付けさせたのだ。
 それでも尾行を付けなかったのは、信用と言うよりもその身を案じた方が近い。
 大体、すみれの我が儘に付き合うとろくな事がないと、重樹はよっく知っている。
 一応トレースさせて置いたが、それが消えたと知りその表情がわずかに揺れる。
 あり得るのは、発信器を見つけて壊す事だが、宮田はそんな事をする性格ではない。
 神崎重工で、と言うか重樹が極秘で作らせたそれを、宮田とて分かるはずだ。
 だとすればそれが何を意味するのか、分からない宮田ではない。
「人をやってみますか?」
「いや、もう少し待とう。或いは…すみれに見付かった可能性もあるからな」
 僅かに苦笑を見せた重樹だが、まったく見当外れだと言う事には、無論気付く由はなかった。
 
 
 
 
 
「なっ、なんですのこれはっ!」
 十体を倒した時、その口から悲鳴にも似た物が上がった。
 さもありなん、倒した筈のそれがまた生き返ってきたのだ。
 あるものは胴を撫で斬りにされ、またあるものは真ん中を深々と貫かれている。
 なのに…それなのにその連中がまた生き返ってくる。
 しかも傷口はそのままだから、不気味なことこの上ないし、何よりも戦力的に不利な度合いが増してくる。
 ぶうん、と伸びたそれをかわしたものの、髪の毛が数本持って行かれた。
「おのれ無礼なっ!」
 腕と一体化したそれが跳ね上がり、黄童子が一体腕を切断された。
 だがその間にも、他の連中が次々と押し寄せてくる。
 同じ脇侍でも、こちらは明らかに改造しているだけに、しかも不死身と言えるだけあって、もはや趨勢は明らかなようにも見えた。
「こ、こんな所で…い、碇さんに見て頂くのにっ…あっ」
 気合いが先走り、ずるっと足が滑ったが、二重の意味でそれは幸運であった。
 一つにはお尻から落ちた途端、頭上を太い腕がかすめて行った事、そしてもう一つは止まらぬ腕が回転し、黄童子の脚を断った事であった。
 ごとん、と音がして倒れ込んだそれには目もくれず、すみれはすっくと立ち上がったが、既に全身に疲労がまとわり付いている。
 何よりも、不死身の相手と言う事が大きかったろう。
「くっ…ま、まだまだっ」
 言い聞かせるように声を上げたそこへ、
「すみれ、首だ」
「えっ?」
「お前が倒せないのは、首を落としてないからだ。首を打ち落とせ――こうやって」
 言い終わると同時に、シンジの手から烈風の矢が飛来し、黄童子が一体、首を宙高く舞上げた。
 ドスン、と重たげな音を立てたそれが、みるみる溶けていくのを、すみれは呆然として見つめた。
「以上模範演技終わり。後は自分でやる?それとも俺が?」
 別段からかった口調はなかったが、
「わ、わたくしで十分ですわっ」
 差し込んだ光明に力を得たか、ぐっと握りしめた柄にも力が入る。
 が、当然面白くないのは金剛だ。
「野郎、余計な事言いやがって…」
 あまり広くないコックピットの中で、ぎりりと歯が鳴った。
 
 
 
 
 
「こっ、この反応はっ!?」
 魔のエネルギー反応を、最初に感知したのはかすみであった。
 その数も正確に把握すると、
「御前様に…いえミサトさんと碇さんに連絡を!」
「了解っ」
 すぐに電話に飛びついた瞬間、その全身が硬直した。
「なっ、何ですかあな…ぅ」
 まず椿がかくっと首を折り、続いて由里とかすみもその後を追った。
「兄上、片づけました」
「ご苦労」
 軽く頷いたのは、全身を漆黒に包んだ青年であった。
「シンジさんの時間は、妨げてはならぬ。なにより、あの程度は昼寝しながらでも片づけられる相手だ。麗香、私は碇さんの所へ行ってくる。お前はこの娘達を寝かせて置くように」
「はい、兄上」
 一礼した麗香の前で、もうその姿は消えている。
 羽ばたきの音を耳にしながら、麗香は三人娘を寝かせる場所を探しに掛かった。
 
 
 
 
 
「こ、これで最後…くうっ」
 ほとんど、全身の気力を使い果たしながら、すみれはやっとの事で二十体すべてを倒した。
 ただし、これはあくまで雑魚である。
 ボスは健在で、そこにでんと構えているのだが、
「ふむ、お見事」
 シンジは素直に褒めた。
「こ、これが…わ、わたくしの実力ですわよ…」
 既に息は荒く、立っているのもやっとの感がある。
 シンジが居なかったら、おそらく倒れ込んでいたに違いない。
「ところであのさ」
「な、何ですの…?」
「あそこの金ぴかの奴、あれはどうする?」
「わ、わたくしが少し休めば…す、すぐに…」
 言ってる側から倒れそうなすみれを見て、
「ちょっときついかも知れないな」
 そう言うと宙に浮かんだまま、
「黄帽子は全部やっつけた。お前の名前を聞いておこうか」
 その途端、金剛の眉がぴきっと上がる。
「帽子じゃねえ、童子だ。それと俺の名は金剛、五精鋭の一人よ」
「五?まだ他に居る訳?」
「そう言うことだ。ま、どれも俺様よりは劣るがな」
「ほう、ではついでに聞いとこう。お前らは何しに来た」
「何しに?ふふん、知らねえな」
 嘲笑ったがすっと収めて、
「葵叉丹様は無論、今度こそこの帝都を手に入れられるだろう。だが俺の目的はな」
「目的は?」 
「こいつよ!鬼神轟天殺!!」
 その途端、大日剣が持っていた木刀みたいな筒から、強力な光線が迸った。
 見るからに凶暴そうなそれだが、シンジには随分ゆったりした速度であり、方角を見極めてからかわした。
「何だ、大した事ないじゃな…!?」
 その顔が刹那、強ばった。
 シンジは知ったのだ――その光線が、目標を自由に変えうる代物であることを。
 そして、ちょうどシンジの下にはその標的となりうる娘がいる事を。
「すみれ避けてっ!!」
 思わず叫んだシンジに、
「え?…あっ!!」
 ちょうど、ぐいと曲がった光線が、神崎家のベンツを貫いた所であった。
 そしてそれはそのまま…一直線にすみれに向かってきた。
「風牙っ!」
 叫ぶような声と共に、一陣の風が舞い降りる。
 だが消えない。
 一瞬阻まれはしたものの、あたかも障害物に当たった濁流のごとく、それは二つに分かれ、また太い帯となってすみれを襲った。
「きゃあああああっ」
 シンジにとってはスローでも、すみれには瞬時の出来事であり、次の瞬間にすみれの肩が大きく裂け、血潮の中でどっと崩れ落ちるのがまるでスローモーションのように見えた。
「ふは、ふはははは、いい様だな碇シンジ!女を連れ回してこの有様か?何が五精使いだ、笑わせ…あ?」
 哄笑が途中で止まり、ゆっくりと大日剣の首が動く。
 そこには、根元から断たれた右腕が落ちており、
「ぎゃああああ!」
 テンポの遅い悲鳴が響き渡る。
 無論、地に刺さった風をそのままずらして断ち切ったなどと、機体の中の大男が知るすべはない。
 駆け寄ったシンジが胸元をかき開くと、肩口から右の乳にかけてばっさりと裂けている。
 間違いなく致命傷のそれだが、
「間に合ったか」
 シンジの声がほっとしているのは、これならまだ範疇だからだ。
 安堵の息をついて乳房に掌を当てかけた時、
「その役、私が代わりましょう」
 涼しげな声がした。 
 
 
 
 
 
(つづく)

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