妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第十七話:食事会は乙女の独断場
 
 
 
 
 
「マスター」
「んー?」
 呼んだ方も答えた声も、どこかのんびりして聞こえる。
 出かけるにはまだ間があると、主従揃って部屋でごろごろしている最中なのだ。
 なお、シンジの頭はフェンリルの脇腹に乗っているが、その手は白狼の毛を繕っているところだ。
「私に出ろって言わないのか?」
「ミルヒシュトラーセの者は、処分しておく。残しておく必要もあるまい」
 冷たい宣言は、毛先を触りながらである。
「で?」
 自分が行くのか、と言う意味らしい。
「いや、俺が行こう」
「どうして?」
「気が済まないからだ。本当は帰り道でも良かったが、さくらと山岸が心配だったからな」
「あれはマスターの気に中毒ったんだよ。まだまだ初な小娘だな」
「お前、その言い方は語弊があるぞ」
 シンジの言葉に、くっくっとフェンリルは笑ったが、何を想ったか半身を起こすとシンジの顔をぺろりと舐めた。
「塩味?」
 汚れていたかな、と本気で思ったらしいシンジに、
「マスター、やっぱり腕は落ちてなかったな」
「何の話だ?」
「ここの結界だよ。さっきあの小娘が放った剣伎、本当なら地面がかなり裂けている所だ」
「桜花放神って言ったあれだな、わかってるさ」
 うっすらと笑う。
「マスターの色に変わったから、あれは…百分の一位か」
「取りあえず当たって見たが、多分それ位だな…いて」
「当たってみた?お前に何かあったら私はどうする」
「冥土までお供しろ」
「やなこった」
「薄情なや…いでで、こら離せ」
「人に要求する前に自分が離すものだ、こら」
 主従がどたばた暴れ出した頃。
 
 
「マユミ、さっきはごめんね」
「いいのよさくら、私の方が言い過ぎたから」
 仲直りした二人は、温泉につかっている最中であった。
 マユミとは入りたくないさくらだが、仲直りが優先だと自分から誘った。
 ちら、とマユミの胸を見て、つい横を向くようにと言うか自分の胸を隠すようにしたさくらに、
「さくら、元気ないけどどうかしたの?」
 マユミの胸を気にしている、などと彼女は知らないが、それ以上に何か変だと見抜いたのだ。
「う、ううん、何でもないわ」
「私に隠すの?」
「え?」
「私はさくらに隠し事なんかしないのに…」
 マユミの言葉に慌てて、
「そ、そうじゃないのマユミ。ただ…」
「ただ?」
「私の剣がね、がた落ちしていたのよ」
「どう言う事?」
「私の奥義のことは知っているでしょう。その一つ、桜花放神の事は」
「ええ。それがどうかしたの?」
「さっき、全然威力無かったの」
「え!?ま、まさかあなた碇さんに使ったの?」
 いくらシンジ相手でも、そんな暴挙に及ぶとはマユミの予想外であった。これなら、決闘を挑んだ自分の方がよほどましに見える。
「だ、だって躰触るから…」
「ど、どこを!?」
 てっきり胸を揉みまくられたか、あるいはお尻をつままれでもしたに違いないと思ったが、
「わ、脇腹をくすぐられたの…」
「…さ、さくら…」
 マユミが乳房を触られたのは、つい先日の事である。
 しかもむにゅむにゅと好きなように。
 それがどうして脇腹を触られたら奥義になるのだ?
「わ、脇腹から下に来たの?」
 きっとそうだと思ったら、
「ううん、そんな気配はなかっ…あんっ」
 マユミがいきなり手を伸ばして、裸のさくらをくすぐったのだ。
 シンジが触ったのと同じ脇腹を。
「脇腹くらいでどうして奥義使うの!この爆弾む…やっ」
 くすぐられたままでは武門が廃ると思ったか、さくらがすぐにくすぐり返す。
「や、やられたままではいないんだから…きゃふうっ」
「や、やだどこさわって…あうっ」
 声だけ聞いてると、とっても危険な行為に聞こえる二人は、お互いにくすぐり合って湯の中で暴れている。
 少しでも相手をくすぐろうと、懸命に指を伸ばし合う姿は、後輩が見たら鼻血を出して卒倒するに違いない。
 ひとしきり暴れた後、
「多分結界よ」
 まだ顔は赤いが、息は平常に戻ったマユミが真顔で言った。
「結界?」
「御前様が、碇さんに変えたでしょう。多分そのせいよ」
「じゃあ、碇さんの結界が私の奥義も超えたって言うの?」
「能力は超一級なんでしょ。ミサトさんよりもだいぶ上みた…さくら?」
 うふふ、と笑っている友人に気が付いたのだ。
 それも胸をおさえて、うっとりとした顔になって。
「ど、どうしたの?」
「やっぱり碇さんすごいわよね…」
 ほわあ、と宙を見上げている友人に、マユミは突っ込むのを止めた。関わらない方が正解だと思ったのだ。
 が。
 さくらがこっちの世界に戻ってきた。
「と言うことは、私の力は落ちていないのよね?」
「え、ええ大丈夫よ」
 自信は無かったが、相づちを打っておいた。
 ただマユミの記憶では、小山程度なら容易く切り裂くさくらの奥義であり、それを完璧に押さえ込んだシンジの技量に、恐怖に似た物さえ感じていたのだ。
 碇邸の門前で、フユノに向けた壮絶な技をマユミは、はっきりと覚えている。
(でも、あれが碇さんの本性…)
 血の繋がった祖母にさえ死の刃を向ける、さくらとは違ってマユミの評価は、そっちへ傾き掛けている最中であった。
 確かに事実は間違っていない。
 あの時レニが来なければ、今頃フユノはこの世にいないどころか、跡形も留めていなかったろう。
 更に、レニを急行させたとミサトが連絡を受け、あらかじめシビウに出動を要請していなければ、これまた出血多量で死んでいた可能性が高い。
 ただし、そんな事をさくらに言っても聞きそうにないし、
「御前様は、それを一番望んでおられた…」
 孫の、シンジの手に掛かることを、フユノがどこか喜んでいるように見えたのを、マユミはさっき見ていたのだ。
 だとしたら、自分が口を出す部分ではあるまい。
 うっとりしているさくらと考えこんでいるマユミ。
 アイリスが呼びに来なかったら、きっと二人ともふやけていたに違いない。
 
 
 
 
 
「はい、全員整列…あれ?」
 時間通りに皆出てきたが、シンジは首を傾げた。
「綾波レイ」
「ボクはここにいるよ」
「アイリス」
「はい、おにいちゃん」
「さくら」
「はい」
「山岸」
「はい」
「ひのふのみの…なんか足りないぞ」
「アスカはまだ帰ってないよ」
 レイの言葉に続いて、
「すみれさんは、なんか寝込んでおられて起きられないみたいだったから…」
 と、さくら。
「じゃ、帰りに何か買ってくるとしよう。で、どこへ行く?」
「アイリス、おにいちゃんと一緒でいいよ」
「私は、大方の物は大丈夫ですが」
「私も好き嫌いは別に」
「どうする?」
 残った一人、レイに皆の視線が向いた。
「ボクは…」
 ちょっと考えてから、
「麺がいいな」
「麺て、ラーメンとか?」
「ううん、パスタ」
「嫌な人いる?」
 見回して、誰も異存が無いのを確認してから、
「じゃ、そっちにするか。と、その前にアイリス」
「え?」
「そのぬいぐるみ、置いてきなさい」
 シンジの部屋に夜ばいを掛けてきたり、キスをせがんだりと、なかなかおませなアイリスだが、熊を持っていると実年齢より小さく見える。アイリスの熊もまた、そんなに小さくはないのだ。
 とは言え、アイリスに取ってそれは離れたくない仲間であり、他の者もそれは知っている。
 一瞬アイリスの顔色が変わり、他のメンバーも口を出しかけたが、
「いいね?」
 異論を許さぬ口調に、アイリスの眉が上がった。
 が、怒ると言うより泣くに近い。
 アイリスが泣くのは殆ど無いが、さくらは見たことがある。
「碇さん、別に持っていっても」
 そう言い掛けた時、
「いいよ、おにいちゃんの言うとおりにする」
「『え?』」
 さすがに全員耳を疑ったが、アイリスはぱたぱたと中へ入っていった。
「ちょっとシンちゃん、いくら横暴じゃな…いたっ」
 げんこつ。
「俺をちゃん付けで呼ぶなっつーの。何回言ったら分かるんだ。大体、あの医者にばれたら分解されるぞ」
「いいじゃない、親愛の情なんだから」
 平然と言ったレイに、さくらの眉がぴくりと動いたが、口にはしなかった。
「深海の魚じゃないのか、まったく。で、何だって?」
「だから、いくらアイリスがなついているからって、あのぬいぐるみはアイリスが…あれ?」
 言い終わらない内に、アイリスが戻ってきた。
 走ったと見えて、その息が少し上がっている。
「置いてきたよ、おにいちゃん」
「よし、いい子だ」
 と頷いたが、人形離れが意図にあったのか、あるいは単に連れの自分が目立つからなのかは判らない。
 そのシンジに、
「でもおにいちゃん、世の中は全部ギブアンドテイクなのよ」
 小難しい事を言い出した。
「は?」
「おにいちゃんの言う事聞いてジャンポール置いてきたんだから、おにいちゃんもアイリスの言う事聞いてよね」
「いいけど、何?」
「アイリスと手繋いで」
 言うが早いか、きゅっとシンジの手を握ったアイリス。
 一瞬自分の手を見たシンジだが、母のおっぱいから離れるとき、よく子供は代替品をほしがる癖がある。
 その一種かと、ふりほどこうとはしなかった。
 何より、その手にかすかな緊張があったから。
「いいよ、アイリス」
 嬉しそうに笑ったのを見て、
「で、綾波」
「何?」
「どこ行くの」
「ああ、ここの地理知らないんだっけ。ボクが案内してあげる」
 先に立って歩き出したレイに、うぞうぞとついて歩き出した。
 代用品がお気に召したのか、ご機嫌そうに歩くアイリスだが、繋いでいるシンジの方は何となく居心地が悪い。
 無論、背中にちくちくと刺さってくる視線のせいだ。
 ミサトでもいれば、こんな時に何とかして貰うのだが、生憎ミサトはいない。今は病院で、フユノに付いている筈だ。
 人間、救いがないとなったら自分で何とか出来るモンである。シンジも同様で、うーんと首を捻った挙げ句、マユミに何やら囁いた。
 そしてその結果、片手は空いたままだが、妙な加減で近づいたさくらを帯同して、店まで歩くことになった。
   
 
 
 
 
「災難だったな…って、元気そうだな?」
 運転手に町中の暴走を命じ、吹っ飛んできた冬月コウゾウ。
 なお、彼の肩書きは警視総監であり、これがばれた日には職権乱用だと、また週刊誌が騒ぎ出すに違いない。
「ここのドクターには、あまりにも簡単な傷だったらしいよ」
 そう言ってフユノは、両腕をぐるぐると回した。
 この腕が折れていた、などと世界中の誰もが信用しないに違いない。
「入って」
 シビウが促したのは、地下の一室であった。
『破壊と創造を』と記されたプレートのある部屋で、いかなる事が行われたのか、知り得る者はいない。
 じつは、当のフユノですら判っていなかったのだ。
 入った瞬間に意識が遠のき、四時間後に目が覚めたら個室のベッドにいた。
 しかも、傷は綺麗にふさがっていたのである。
「さ、さすがはドクトルシビウ…」
 冬月が畏敬の念を込めて、その名を口にした。
 なお、ミサトは今部屋にはいない。フユノの着替えを取りに、いったん戻ったのだ。
「で、退院はいつに?」
 訊ねた時、
「せっかちなお巡りさんね」
 妖花のようなシビウの声がして、黒衣の女医が室内に入ってきた。
「これはドクターシビウ、お久しぶりです」
 一国の警視総監が、こんな所で一女医に最敬礼しているなど、部下は決して想像出来まい。
「ボーイフレンドがすっ飛んでくるとは、まだまだ元気なお婆さんね」
 冬月が暴走してきたのを、ちゃんと知っているらしい。
 冬月の顔がわずかに変化しかけたが、フユノは表情を微塵も変えず、
「腐れ縁のせいさね。ところでドクター」
「何かしら」
「街の妖気、今宵は一段と高くなっているね」
 静かに言ったが、その双眸には凄絶な程の気が漂っている。
 シビウはそれには答えず、フユノの肩を押して横にならせ、上から布団を掛けた。
「元気なお巡りさん」
「…え?」
 聞き慣れぬ呼称に、冬月の反応が一瞬遅れる。まさか、この地位でそんな風に呼ばれるなどと思っていなかったのだ。
「どんなに星が増えてもお巡りさんには変わらなくてよ。それより、退院はもう少し先ね」
「そ、そんなに重傷で?」
 すっと血の気が引いた冬月に、
「完治したわ」
 シビウはあっさりと言った。
「右上腕部の筋肉が、何カ所か断裂していたのを繋いだわ。もっともこれは、添え木が良かったせいね」
「添え木?」
「シンジの後をつけていた子に、木刀を出して貰ったのよ。何をしている子か知らないけど、霊験は高かったわ」
 こんな所で褒められたとマユミが知ったら、きっと欣喜するに違いない。
「普通なら全治四ヶ月、ましてこんな婆がよく直ったモンだよ」
 自分の腕を揉みながら、
「コウちゃん」
「え?」
「今夜は、街の警備を倍にしておおき。それも、全員特殊部隊に切り替えてね」
 冬月の視線が、一瞬鋭くなる。
 友人の見舞いモードから、警視総監モードへ瞬時に切り替わったらしい。
 どうしてとも言わず携帯を取りだし、
「おっとここでは」
 院内と思い出して出ていこうとしたが、
「構わないわよ」
「え?」
「携帯程度で影響が出るほど、やわな機器は置いていないわ。好きに使いなさい」
 携帯を耳に当てた冬月から視線を逸らし、フユノを上からのぞき込んだ。
「シンジに逝かせて貰えたら、本望だったのにね」
「あれは、儂の望みをよく知っておる。だが、それを叶えるような性格にならなかったのは、教育違いだったかの」
「させないわよ」
 フユノの手首をシビウがそっと握った瞬間、フユノの顔は歪んだ。親指と人差し指、その二本で挟んだだけなのに、全身に激痛が走ったのだ。
「シンジに送らせる、そんな望みは私が許さないわ。このシビウの名に賭けてね。わざわざ地下の部屋を使ってあげたのもそのせいよ」
 言われずとも、フユノには判っていた。
 地下の治癒室は、患者の治療になどまず使われる事はない。
 むしろ、死人の研究や秘薬の開発など、やや異種の目的に使われている事が多いとされている。
 にも関わらずシビウがそこを使ったのは、絶対にフユノを殺さないためだ。
 そう、シンジの手によっては決して。
 シンジに送ってもらいたがっている者が、その望みを叶えるなどこの女医には許せないのだった。
 シビウが手を離すと、そこはくっきりと痣になって残った。
 おそらく、当分は消えないはずだ。そのまま首筋に指を吸い込ませると、フユノが首を折った。
 寝息が聞こえた時、冬月が部下に指令を出し終えて電話を切った所であった。
「これで準備は…」
 す、とシビウが唇に指を当てた。
 静かにしろ、との意味だ。
 それだけの仕種に、何故か双眸は吸い寄せられたが、何とか意思の力で抑えて、冬月は音を立てずに退出した。
 その出ていった後には目もくれず、
「さ、シンジ。苦戦して、怪我の一つもして来院なさい。たっぷりと、この私が手当して差し上げるわ」
 医者らしからぬ台詞を口にしたが、その視線の先は何故か、シンジ達が向かった店の方向をはっきりと向いていた。
 
 
 
 
 
「うーん、久しぶりに食べ過ぎたかな」
 ぽんぽんと、行儀悪くお腹を叩いているのはレイである。
「アイリス、もう何にも入らないよう」
 口元にちょっとクリームが付いているのはアイリス。
 
 
「何をどれだけ頼んでもいいよ」
 と言うシンジの台詞に、乙女達の食欲リミッターは一斉に解除された。
 シンジを入れて五人だが、シンジはあまり口にはせず、実質四人で平らげたのはおよそ二十人前。
 大皿から取り分けるタイプだったのも、彼らの食が進む原因になったらしい。
 個別の皿だと、次々頼むのは躊躇われる。
 しかし、大皿であれば目立たないため、箸も進みやすくなるのだ。
 海鮮のがいいとか、ボンゴレだのペペロンティーノだのと、一人が一種類頼んでも最低五皿は来る。
 しかも。
 デザートの食べ放題、なるメニューがここの店にはあり、フルーツにケーキにアイスと、およそダイエットの天敵がずらりと並んでいる。
 一皿当たり三人前入っており、それだけでもシンジは多いような気がしたが、女性陣が押し切った。
 最低十五人前なのに、更にレイが追加してのけたのだ。
 シンジが、むしろ呆然と見守る中で、次々に皿が空になっていった。
 もっとも、シンジの関心事はそこには無かった。
 仲良く食事している、それだけである。
 帝劇メンバーと、それ以外で折り合いが悪いと言うような事を、フユノがシンジに言っていたがこの分なら、
「やはり神崎と惣流か」
 シンジは小声で口にした。
 プライドの高い同士、やはりぶつかることも多いのだろう。
「何とかなるか」
 内心で呟いた時、こっちを見ている少女達に気が付いた。
「ん?」
 そして、その視線が自分とある所を行き来している事にも。
「デザートの食べ放題コース…これ?」
 目の前の大量料理に、それだけで満腹になっていたシンジだが、一応訊いた。
 こくこく。
 揃っての反応−マユミまでも−に、シンジは手を上げてウェイトレスを呼んだ。
 バイキング形式になっているそれに、一斉に向かっていく彼らに、
「行ってらっしゃーい」
 夫を見送る新妻のように、ひらひらと手を振った。
 無論その心中は、
「あの身体のどこに入るのか」
 と言う疑問で一杯になっていた。
 
 
 十万を少し超えていたが、レジに行く前に娘達を全員外に出した。
 金額を知らせる事も無いと思ったのだ。
「碇さん、ご馳走様でした」
「ごちそうさま」
「おにいちゃん、ありがとう」
「ありがとうございます」
 出てきたシンジに、四人が一斉に頭を下げた。
「いや…」
「え?」
「俺としては金額より、どこに入ったのかが不思議だよ」
 奇妙な物でも見るような視線に、
「シンちゃん、女の子にそゆ事は言わない物よ」
 偉そうにレイが講釈すると、
「そうですよ、碇さん」
「おにいちゃん、女の子の事知らないんだから」
 全員宙に舞い上げてやろうかと思ったが、地にべしゃっと落下しても困るので止めておいた。
「別にいい」
「え?」
「この中から彼女なんか作らないから」
 ぷいっと歩き出したシンジに、慌てて後を追った。
「い、碇さん冗談ですよ、冗談」
「そうだよ、アイリスおにいちゃんの事大好きなんだからあ」
「えーい、触るな」
 振りほどいたシンジを両側から、ぎゅっと捕まえた。
「駄目、逃がしてあげません。ねー」
「ねー」
 意気投合している二人に、
「何なんだこの物体は」
 ぶつぶつ言った次の瞬間。
「あんっ」
「あ〜ん」
 シンジが、アイリスとさくらをきゅっと抱きしめたのだ。
 正確には、二人を抱いて後方に飛んだのである。
「お、おにいちゃん?」
「碇さん?」
 シンジの表情が変わったのに気付き、訝しげな顔になった二人だが、その数秒後、一斉にサイレンが鳴り響いた。
「これは!?」
 さくらが、これも緊迫した面もちになると、包まれた荒鷹をぎゅっと持ち直した。
 木刀を構え直したマユミと、ちょこまかした気は消えたレイとが、シンジの元に駆け寄ってくる。
「さくら、このサイレンは」
「降魔出現時のそれです」
「来るな」
 ふむ、と頷いたシンジの姿には、緊張感が全然ない。
 それを見て、娘達からも急速に力みが取れていく。
「さっさと片づけて帰らないとな。ところで綾波、惣流の居場所は分かるか?」
「アスカの?携帯持ってるから多分」
「すぐ行ってやれ」
「え?」
「一人で苦戦してもあれだからね」
「ふうん、シンちゃん優し…」
 スパン!
「さっさと行きやがれー!」
 仮借のない一撃に、
「い、痛いよう」
 頭をおさえて走りだしたが、
「あ、ちょっと待て」
「え?」
「これ使え」
 ポケットから取りだして投げたのは、シルバーのブレスレット。
「これは?」
「お守りだ。さ、早く」
 凄まじい魔力を持ったそれだとは、レイは知る由もないが、ともかくと身を低くして走り出した。
「碇さん、綾波さん一人で大丈夫ですか?」
「知らない。が、お前さん達は行かせられないから」
「え?」
「エヴァまで、俺がエスコートしないとならないでしょ」
「あ…」
 言われて気が付いたらしい。
「急ごうか」
「『はいっ』」
 揃って答えた瞬間、四人の回りを一斉に奇妙な物体が取り囲む。
 脇侍だ。
「このっ」
 さくらが鯉口を切った瞬間。
「はい、邪魔邪魔」
 自分に言われたかと思った刹那、すっと突き出された手から強力な風が放たれて、五体がたちまち吹き飛んだ。
 さくらとマユミはともかく、アイリスはシンジの力量を知らない。
「すごい…」
 呆然と見つめるそれへ、
「今道開けるから、ちょっと待ってるんだよ、姫様達」
 その言葉に、何故かマユミまでもが赤くなって、こくっと頷いた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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