妖華−女神館の住人達
第十八話:余裕のヒトと大苦戦のヒト
碇シンジに負けた。
まあ、一度くらいはいいだろう。
天才だって木から落ちるんだから。
が、今度は裸を見られた。
いや、べつに覗かれたんじゃなくて、勝手に自分から見せた訳であり、バスタオル一枚であんな技は繰り出すモンじゃない。
とは言え、見られたアスカにそんな意識はなく、
「あんちくしょー!」
殿方に聞かれたら、一生お嫁に行けそうもない台詞と共に、校内で憂さ晴らししていたのだ。
邪魔されるのがいやだから、携帯の電源は切って置いた。
五時をやや過ぎた頃、ようやくストレスが少し取れたアスカは学校を出た。
近くのコンビニで、中華まんを四つばかり買って口に入れた直後、サイレンが鳴り響いたのだ。
「このサイレンは…降魔の!?」
東京学園の生徒なら、誰一人知らない者はいない。
このサイレンが鳴ったなら、直ちに付近の住民の避難を助けるよう、徹底的に訓練されているのだ。
四つ目をもぎゅもぎゅと口に押し込み、リスみたいに口をふくらませて嚥下するのと同時に、携帯の電源を入れた。
レイ達に電話を入れようと思ったのだ。
と次の瞬間、携帯がけたたましく鳴った。
非常時専用の鳴り方で。
「あたしよ」
「アスカ、今どこにいるの?」
「中央公園裏のコンビニの前よ。すぐに戻るか…」
言いかけたアスカに、
「そこ動かないで。ボクがすぐそっちに向かうから」
「ちょ、ちょっとレイ?」
「ちゃんと待っててよ」
一方的に電話は切られ、
「まったく、何考えてるのよほんとに」
ぶつくさぼやくのと、アスカの周囲に怪光線が起きるのとがほぼ同時であった。
「ん?」
瞬時にアスカの顔に緊張が走り、その手に炎が宿る。
「来たわね」
異形の気を、アスカの感覚は感じ取っていたのだ。
来た!
一斉にわき出した機体は、既に幾度も授業で見せられた脇侍その物であり、その数およそ二十体。
がしかし。
こっちを向くと思ったアスカだったが、そいつらは自分を見ようともしない。
脇侍の戦闘特性については、アスカは何も知らなかったのだ。
「ちょっと何あたしを無視し…!?」
こっちから攻撃してやろうと思った瞬間、赤子を抱いて飛び出して来た母親が目に入った。
そして、ゆっくりと脇侍の刀が振り上げられるのも。
「あぶないっ!」
放った炎の矢が、恐怖のあまり座り込んだ母親に向けられた脇侍の腕を直撃した。
ぐに、と変な方に腕が曲がり、その直後にゆっくりと腕が落ちる。
だがそれを見た時、瞬間的にアスカはミスを悟った。
確かに腕は落ちたが、それは刀を持ったままだったのだ。
落ちた刀は、母子の数センチ横に落ちたが、逆に数センチずれていれば、母子共に間違いなく死んでいた筈だ。
「危なかった…」
胸をなで下ろしたアスカだが、その顔が蒼白になっている事に、自分でも気が付いていない。
すぐに母親の元へ駆け寄り、
「大丈夫っ!?」
うつろな目で、
「あ、ありがとうございます…」
ぼんやりと礼を言った母親をぐいと引き起こし、
「ここにいたら危険よ。さ、あっちに逃げて」
腕を落とされた仲間を見て、他の脇侍が一斉にこっちを向いた。
一カ所だけ開いた方向を指して、
「さあ、早く」
「で、でも…」
恐怖におびえたのか、足が進まない。
(な、何してるのよもうっ)
怒鳴りつけたくなったが必死に抑えて、
「あんた、赤ちゃんがどうなってもいいの?子供を殺したくなかったら、あたしが引きつけている内にさっさと逃げなさいよっ!」
結局最後は怒鳴ってしまったアスカだが、赤子と言う単語が利いたのか、母親の足が動いた。
動く物を追う習性でもあるのか、そっちをギギギと向いた脇侍達に、
「あんた達の相手はこのアスカ様がしてあげるわっ!」
夜空に大火輪が咲いた。
「どうして誰もいないのっ!?」
エヴァの格納庫横に、移動用の指揮車も置いてある。
タイヤをきしませて、あやめとかえでが飛び込んできたが、館内はひっそりと静まり返っている。
すぐに全員の携帯に連絡を入れたが、アイリスとさくらは電波が繋がらず、すみれに至っては、電源すら入っていないと来た。
「かえで、全員の部屋を見てきて」
「分かったわ」
飛び出して行ったが、まもなく戻ってきた。
「駄目、全員いないわ。それにすみれが」
「すみれが?」
「高熱出して寝込んでるの」
「何ですって、こんな時に…」
とは言え、体調も操作性に影響するエヴァは、熱出し娘を乗せる訳にはいかない。
さすがに二人の顔から血の気が引いた時、
「大丈夫よ」
「ミサトさん!?」
「あの子達は今、シンちゃんと食事に行ったわ」
「食事?」
「シンちゃんが一緒なら、必ず無事に帰ってくるから、それよりエヴァの発進準備に取りかかって」
「で、でも…」
「いいから、早くしなさい」
有無を言わせぬミサトの口調に、二人が慌てて飛び出していった。
「さあてと」
ぐるぐると腕を回したミサトは、来る途中に十体ばかり始末してきた所だ。
「シンジ、怪我でもしてシビウ病院の世話になんかなったら許さないからね」
この非常時にも、そっちの方が重要らしい。
参勤交代、と言う制度が昔の日本にはあった。
幕府が大名の力を削ぐのと、俺は偉いんだと言うことを誇示するため、地方の行列に派手な仮装をさせて江戸へ向かわせた物だ。
歴史の授業と習った時、
「下に〜下〜」
の声で大名行列が通った時、相手を問わずして道は空いたという。
ふと、さくらとマユミはそんな事を思い出していた。
別に現実逃避した訳ではない。
悠然とシンジが歩く所、次々と脇侍の骸が転がっていったのである。
何の気負いも見せず淡々と、文字通り殲滅して歩くシンジに、三人の少女達は熱い視線を向けていた。
まさか、ここまでやるとは思っていなかったのだ。
なお、フェンリルはまったく姿を見せておらず、シンジの力だけで片づけている。
主を見捨てたのではなく、この程度で出るまでもないと現在寝ている最中だ。
もっとも、数で言えばシンジ達に取って、あまりにも微々たる数字と言えた。
どれもこれも、シンジには傷一つ付けられずに滅んでいくのだから。
ただし。
シンジとフェンリルが組んだ場合、それは人と妖狼であろうと、長身の青年と美女の組み合わせであろうと、共通する事がある。
すなわち、背中合わせになった時の絶対的な信頼感だ。
特に圧倒的な数を相手にしたとき、背中の信頼感の役目は絶大な物がある。
しかし、今のシンジにそれはない。
さくらとマユミはともかく、アイリスが完全に足手まといになっているのだ。
いくらシンジでも、こんな所で超能力を使わせる訳にはいかないし、何よりもそれには限界がある。
魔力を使うのとは、訳が違うのだ。
「どうしたものかな」
ふと首を傾げると、地を蹴った脇侍が三体、刀を振りかぶって襲ってきた。
「邪魔」
「きゃっ」
誰かの声がしたが、首を傾げた姿勢を崩さぬまま、両手から繰り出す炎で撃退した。
どっとそれが地に落ちて、中身がどろどろと溶け出す。
既に、周囲の連中は住民を襲うのを止めている。
無論改心ではなく、シンジにその狙いを絞ったのだ。
じりじりと包囲の輪が狭まってきており、その数およそ百体。
シンジに取ってはどうと言う事もない数だが、さくら達は違う。
やはり数が恐怖心を喚起するのか、
「碇さん…」
「おにいちゃん…」
アイリスとさくらに加えて、マユミまでもシンジの服をぎゅっと掴んでいる。
「大丈夫、下っ端の集まりだから」
が、これは逆効果であった。
シンジ自身はまったく焦っていないし、むしろ楽しんでいる節すらあるのだが、他の三人は違う。
シンジの力に、絶対の安心感をもてるようにはなっていたが、やはりこれだけの数に囲まれると、雲霞のそれにも見える。
「台詞を間違えたか」
シンジが内心で呟いた時、
「おにいちゃあん…」
アイリスの泣きそうな声に、シンジは即断した。
「風裂」
十体ばかり、仲間と鉢合わせするのを見ながら、アイリスを振り返った。
そして、その顔を両手で挟んだのだ。
「な、なに?」
「いいかい、よく聞くんだ。多分館の方では、エヴァの発進準備を進めている筈だ。だからアイリスはこの二人を連れて」
そこまで言ったとき、数体が一斉に飛びかかってきた。
「いやあっ」
アイリスの悲鳴に、とっさにマユミがアイリスを抱き込み、神速を見せたさくらの手に抜かれた荒鷹が脇侍を唐竹割にした。
見事なコンビネーションに加え、その手をすぐさま薙払ったさくらの前に、突っ込んで来ていた仲間がどっと崩れ落ちる。
四体を片づけたさくらに、
「さくら、お見事」
シンジの声に、
「い、いえそれほどでも…」
照れてるが、そんな場合でもない。
シンジが真顔になると、
「この二人を連れて、家まで瞬間移動するんだ、アイリス、出来るね」
だがアイリスは、いやいやと首を振る。
「だ、だっておにいちゃんを一人残すなんて嫌だもん」
しかしそんな事を言ってる間にも、次々脇侍の包囲網は狭まってくる。
「たあっ!」
裂帛の気合いと共にさくらの手が一閃するが、やはりシンジには及ばない。
何よりシンジ自身に取って、彼等が邪魔なのだ。
やむを得ないと、シンジの双眸がアイリスを捉えた。
「子供」
子供呼ばわりを一番嫌がるアイリスが、その言葉にびくっと肩をふるわせた。
「二度、俺に同じ事を言わせるな」
異論はおろか、逡巡さえ許さぬその口調に、アイリスがこっくりと頷いたが、目には涙がいっぱいたまっている。
「おにいちゃん…絶対無事に帰ってきてね…」
だがシンジはそれには答えず、
「急げ」
冷たく促して、
「さくら、山岸」
「『はいっ』」
さすがに息が荒いが、
「アイリスに送らせる、さくらはエヴァで出撃しろ。山岸は綾波達を見てやって」
その言葉に、揃って頷いた。
アイリスが二人の手を取り、泣きながら消えていくのをシンジは見ていなかった。
わずかながら手間取ったせいで、包囲網が狭まってきたのだ。
付近の被害がない、と言う意味では理想的だが、これでは分が悪い。
「上だ」
軽く跳躍し、黒髪を揺らしながら五メートルばかり上に飛んだ。
無論風を利用しての物だが、標的を見失って一瞬脇侍達の視線がさまよった。
「雹魔乱舞」
風と水の精を利用しての合わせ技−人間の拳位もある大きさの雹が、一斉に降り注いだ。
たちまち身体を貫かれ、中の液体を吐き出して脇侍達が倒れていく。
屍山を作り、その中にふっとシンジ降り立った。
「これでスペースは空きましたよ、と」
辺りを取り囲む脇侍との隙間は、五メートル四方もない。
それでもシンジの顔に緊張は見えず、うーんとのびをした。少なくとも、気を遣わなければならない護衛はもうないのだから。
「高い高いでもしてやるか」
低い声と共に、ゆっくりとシンジの周りに風がわき起こっていった。
「次から次と雑魚ばっかり…こ、これじゃきりがないじゃないのよっ」
シンジのような台詞を口にしたアスカだが、こっちはそんな余裕ではない。
既に制服はあちこちが破れ、全身の傷は十を越えている。
特にさっき、太股をかすめられたそこはずきずきと痛む。
だが、退くの二文字はアスカにはない。
すでに学園の生徒達が、近隣の住民達を学園内に避難させ始めており、脇侍達も抗さぬ彼等より、徹底抗戦を見せているアスカを狙い出している。
アスカの周りには、現在十体ばかりが転がっているが、いかんせん一撃で片づけられないのが痛い。
小指一本で倒すシンジとは、あまりにも大きな差なのだが、無論アスカはそれを知らない。
しかも脇侍達が、アスカを疲労させる作戦を採ったのか、深くは攻め込んでこなくなったのだ。
それでも、浅い一撃とは言えまともに食らったら無事には済まないし、相手せざるを得ない。
明らかな狙いに、アスカはちっと舌打ちした。
「乙女の肌に傷付けた報い、きっちり取ってもらうわよっ」
両手を宙に向け、左手で右手の手首を押さえる。
「烈火乱舞!」
とりあえず一体倒せば、少しでも楽になれるだろうと、渾身の力で放った奥義。
だが。
「かわされたっ!?」
既に攻撃パターンを読まれたのか、寸前でそれはきれいにかわされてしまたのだ。
脇侍達の間を通ったそれは、停めてあった車に命中し、次の瞬間爆音と共に凄まじい炎が上がった。
必殺の一撃は失敗し、脇侍達はうぞうぞと近寄ってくる。
「これまで、かな…」
アスカが弱気な事を呟いた次の瞬間、信じられないような勢いの水盾に、脇侍が数体まとめて吹っ飛んだ。
「レ、レイ?」
普段のレイからは、信じられないような力にアスカが唖然とその顔を見た。
「アスカってばいないんだもん。ボクに手間取らせた報いは大きいんだぞ」
にっこりと笑ったが、アスカの傷を見た途端その顔色が変わる。
「アスカ…その傷…」
「ちょ、ちょっとしたハンデよ、ハンデ」
「許さないっ」
向けた手のひらからは、凄まじい勢いの水が矢と化して吹っ飛んでいく。
十体近くをあっという間に片づけたレイに、
「あ、あんたいつの間にそんな力を…」
半ば呆然として訊いたが、
「ボクってば友達のピンチには、力が出るタイプなんだよね」
レイは、シンジがここに差し向けた事は言わなかった。
当然のこととしてアスカは、その腕にはめられたブレスレットに、気づくこともなかった。
そしてそれが、レイに普段の十倍近い力を与えていることも。
身体の奥が熱くなってきて、それを放出するように水の矢を撃ち放っているレイなのだ。
ただし、レイもまた、その放っている物が熱湯となっている事までは、気づいていなかった。
「ミサトさん、出撃準備は完了しました」
「いつでも大丈夫です」
その言葉を聞いて、ミサトは軽く頷いた。
「じゃ、後はアイリス次第ね」
「え?」
「脇侍達の出現分布はどうなっているの」
ミサトの言葉に、あやめがすぐパネルをたたいて、
「戸山町と中央公園、それに内藤町に光点が」
「一番大きいのはどこ」
「大きいのは内藤町です。あ、また光点が大きくなってっ」
あやめの言葉に、
「じゃ、私のシンちゃんは新宿御苑にいる訳ね」
「『私の?』」
「うるさいわね、文句ある?」
じろりと睨んだ瞬間、空間が不意に色を変えた。
「ん?あらアイリス、お帰り」
わき出した三人を、ミサトは平然と出迎えた。
かえでが何か言おうとするのを、
「すぐエヴァで出撃して。行き先は、この戸山町よ」
ミサトは、アイリスが目を腫らしているのを見ていたのだ。
シンジが強引に送ったに違いない、とすぐに想像が付いた。
「ミサトさん、でも光点は」
「いいのよ、ボスはほぼ間違いなく戸山公園にいるから」
何故か、断固として言い切ったミサトに、
「分かりました。じゃ、二人ともすぐに出て」
「あ、あのすみれさんは?」
「風邪で寝込んでるのよ。無理はさせられないわ」
「分かりました」
さくらはたたっと格納庫へ走って行ったが、アイリスは元気がない。
「アイリス、何をして…え?」
す、とそれを制して、
「がんばったら、シンちゃんが褒めてくれるわよ」
その途端、ぱっとその顔が輝いて、
「ほ、本当におにいちゃんが?」
ゆっくりと頷いたミサトに、
「アイリス行ってきまーす」
放たれた矢のごとく飛び出して行くのを見て、
「ミ、ミサトさん一体何を…」
「秘密のおまじないよ。さ、マユミはなんて言われたの?」
「私は、レイちゃんの方に向かうようにと碇さんが」
「そうね。じゃ、すぐそっちへ行って。それから、あやめとかえで」
「はい?」
「私はここに残るから、現場へ向かって指揮を執って。任せたわよ」
「『分かりました』」
揃って返事したのは、ここの重要性もまた知っているからだ。
すなわち、ここの敷地内に何が置かれているのかを。
数分もしない内に、アイリスとさくらはエヴァに搭乗して、かえでの運転するトレーラーに運び込まれていた。
自力でも移動できるが、運搬した方が早いのだ。
無論トレーラーは、その辺の物ではなく、文字通り移動要塞並に改造されている。
エヴァを積まずとも、一個師団くらいなら相手に出来る程の装備だ。
爆音と共にトレーラーが出ていくと同時に、白袴に着替えたマユミが降りてきた。
りりしく襷を締めて愛刀を手にした姿は、さくらのそれに勝るとも劣らない。
何よりも、つい視線が行ってしまう重量感たっぷりの胸は、さくらではどうやっても真似できない。
「ミサトさん、行って来ます」
「頼んだわよ」
これも飛び出して行ったマユミを見送った後、ミサトはパネルに目を向けた。
エヴァを指揮する場合、現場で取る場合とここで取る場合と両方ある。
格納庫の横にあるこの部屋は、妖気を感知するシステムをパネルに直結させ、この帝都内はすべて映し出せるようになっている。
映像化も可能なのだが、そうなると全体像が見られないため普段はしない。
そのパネルの一点、新宿御苑の辺りを見たミサトは、
「光点が変わった…降魔のお出ましね」
鋭い声で呟いたが、その声に不安は微塵も感じられなかった。
「エヴァの方は大丈夫だろうなあ」
のんきな事を言ってるのは、無論余裕が残っているからだ。
ミサトの言った通り、シンジのすぐ後には区名物の御苑が広がっている。
なお、今シンジは戦っていない。
面倒になったのか、木々の蔓を呼び出すと、倒れている脇侍の鎧にからみつかせ、それを自在に操っているのだ。
「よし、強くなった」
褒めるような口調には、緊張感の欠片も感じられない。あるいは、育成ゲームを楽しんでいるような気分すらあるのかも知れない。
雑魚が自分に集中すれば、後のボスはエヴァ組に任せるつもりでいたのだ。
無論、ボスが自分を襲撃しても構わないが。
脇侍同士が激しく斬り結んでいるが、やはりシンジ印の方が強い。
きっと、造物主の能力が関係しているに違いない。
だが、次々と現れるそれに、さすがのシンジも少しうんざりしたような顔になった。
数にしては、もう百体以上も片づけているのだ。
そろそろボスが出るか、或いはエヴァチームがボスをやっちゃってくれないと困る。
ふわあ、と両手を上に伸ばしたその時。
「ん?」
斬り結んでいた脇侍が、揃って吹っ飛んだのだ。
「ボスか?」
何故か嬉しそうに言ったシンジだが、その眉が寄った。
ボスキャラではないと気づいたのだ。
「グゲゲゲ」
人間にしては屈強な身体−おそらく鬼をベースにしたに違いない。
そしてそこに乗っているのは黒山羊の頭であった。
間違いなく合成された生き物であろう。
数は十体だが、いずも脇侍とはけた外れの妖気を持っている。
「ボスのつゆ払いか。まあいいや」
ゆっくりとシンジが立ち上がり、その身を妖気が覆っていく。
殺気が周囲を取り囲み、そして不意に静かになった。
山羊頭を取り囲む脇侍達の後方で、突如静けさが訪れたのだ。
まるで海の水を割ったかの予言者のように、誰かが脇侍達の間を進んでくる。
その姿を見たとき、シンは少し眉根を寄せた。
「何しに来た」
「待ちきれなくて、来てしまったのよ」
黒衣に身を包んだ美女−シビウは妖艶に笑った。
「お手伝いするわ」
そう言って、何故かシンジの首に腕を伸ばした途端、その身体ががくんと後ろへ引かれた。
予期せぬシンジの動きに、一瞬シビウの表情が動き、それがすぐに変わった。
敵対心へと。
「シビウ、私のマスターに何する気だ」
これは白狼ではなく、シビウに張り合うような肢体へと変えたフェンリルが、双眸を光らせて女医を睨んでいた。
「思い人に何をしようとあなたには関係ないわ」
シンジが、シビウを唯一呼び捨てに出来る男なら、フェンリルはそれが可能な唯一の女であったろうか。
その妖艶な肢体には、月すらも赤面したかも知れない。
文字通り、妖美が衣服を纏ったようなその肢体には。
降魔達の群には目もくれず、シビウとフェンリルは静かに対峙した。
シンジを間にして。
なお、ボスは依然健在である。