妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第十六話:桜花放神−いきなり奥義を放つ娘
 
 
 
 
 
「あの碇さん」
「ん?」
 マユミとさくらが並び、その横をシンジが歩いている。
 公安の連中がいなかったら、ろくでもない目に遭ったかもしれないと、シンジは内心で自分の幸運を褒めていた。
 シンジを阻んだ者達が、死を招くことなく済んだのは、実はそのせいもある。
 本来なら、瞬時に焼死してもおかしくはないのだ。
 何より、碇邸の誇る機動部隊(メイドさん)が出動してきたとしても。
 さっきの危険な気が、まるで幻だったかのように、のんびりとさくらを見た。
 が。
「碇さん、レニの事よく知っておられたんですね」
 ちょっとだけ棘がある。
「知らないって言った?」
 正論だが、乙女回路にそれは通用しない。
「だ、だけど許嫁とかって…」
 妙に絡んでくるさくらを見ながら、シンジは内心で感心していた。
 あれだけの物を見れば、普通は怯えるはずだ。
 いや、その方が普通の反応と言えよう。
 それなのに、さくらがさして動じた様子もなく絡んでくるのは。
(武道の成果か、実家でもっとすごい物を見たかどっちかだな)
 それを口にはせず、
「だから、あれはレニが勝手に言ってただけで俺は別に」
「本当に?」
「本当だって。第一、レニとはお医者さ…あややや」
 お医者さんごっこをした、のは事実だが、シンジは口にした瞬間後悔していた。
 さくらが、じと目でシンジを睨んだのである。
「碇さん…今なんて言ったんですか?」
 言葉は穏やかだが、背景には穏やかならざる炎が立ち上っている。
「い、いやお医者さんに一緒に行った事が…」
 言いかけるのと、
「嘘ですね」
 断定されるのとが同時であった。
「お医者さんごっことか言ってレニの体を触って、責任取ってとか言われたんでしょ。いいえ、そうに決まってます!」
 荒鷹を振り上げて力説するさくらに、
「さくら、お止めなさい」
 マユミがすっと片手で制した。
「でも…マユミ?」
 その時になって初めてさくらは、マユミの顔が赤いのに気がついた。
 それも熱ではなさそうだ。
「マユミ…顔赤いけれどどうしたの?」
「え?」
 あからさまにうろたえて、
「そ、そ、そんな事はないわ。べ、別に気のせいよ」
 見るからに怪しい。
 そのマユミがちらっとシンジを見た時、シンジはピンと来た。
(やっぱり)
「あのう…碇さん…」
 顔を赤らめたままシンジを見たが、二人の反応は異なっていた。
 ぴくっと眉が上がりかけたさくらに対し、シンジは次の言葉が分かったような顔をしている。
「シビウの事だな」
 こくんと頷いた時、さくらの表情が元に戻る。
「よ、よくお知り合いなんですか?」
「知ってるよ」
 が、これもさっきシンジにキスした事を思い出したのか、さくらがじろっとシンジを見る。
 何か言いかける前に、
「今度紹介しようか?」
「い、いいんですかっ!?」
 うわずった声に、
「別に俺は構わないが、気に入ったか?」
 変わらぬ口調でシンジは訊ね、さくらは無言でマユミを見た。
 ま、まさかマユミあなた…
 口にはしないが、目ははっきりとそう言っている。
 目は口ほどに、とはよく言った物である。
「そ、そうじゃなくてあの…い、医術を少し教えて頂けたら、と思って…」
 一応理屈になってるが、赤面したままでは無理がある。
「それは分からないが、俺が頼んでおけば、多分大丈夫だろ」
 恩を着せた訳ではない、シンジが言ったのは本当の事だ。
 高田馬場の保健所跡にシビウの病院はあるが、普通の病院長とは、存在からしてそもそも異なっている。
 しかも、金で動く性格ではないから、つかみ所がない。
 要するに、報酬で動くタイプではないのだ。
 いや、あえて言うならシンジを報酬にすれば別か。
 とまれ、マユミがいきなり行ったとしても、院長室以前に玄関で門前払いが決まっている。
 面通りすら叶いはすまい。
 が、マユミにそこまでは分からない。
 単に、シンジが自慢していると思ったのだ。
「随分と、よくご存じなんですね」
 どこか甘いるようなさくらの声とは違い、かなり冷ややかな声でシンジに言った。
「それっと嫉妬?」
 つい洩らした途端、マユミがさくらの手から刀をひったくった。
 さくらが構える暇もないほどの出来事であり、そのままシンジに叩き付けてきた。
「ちょ、ちょっと待っ…げ!」
 とっさに白刃取りで受け止めたが、仰向けに転んだ所へ、上から脚が落ちてきた。
 辛うじて避けて、ぐいとマユミの手を引っ張る。
 たまらずシンジの上に倒れ込み、シンジと絡まるような格好になった途端、
「な、何してるんですかっ!」
 さくらが引き離すのと、
「さわらないで下さい!」
 脇腹に肘が入るのとが同時であった。
「OUCH」
 マユミの一撃に、脇腹を押さえながらシンジが立ち上がる。
「山岸」
 ちょっと冷たい声でシンジが呼んだ。
「何ですか」
 こっちはもっと冷たい。
「今からシビウに電話しておく」
「電話?」
「山岸マユミにいじめられたって。どうするか楽しみだ」
 その瞬間、マユミの表情が一変した。
 すうっと血の気が引いた顔に、
「い、碇さんそんな…」
 さすがにさくらが口を挟んだが、
「…分かりました」
「マ、マユミ?」
「碇さん、あなたに決闘を申し込みます!」
「『はあ?』」
「あなたが勝ったら諦めます。でももし私が勝ったら…」
「勝ったら?」
 シンジの冷たい口調が跳ね返す。
「さくら、俺の手足縛っといて」
「え?」
「片手足縛っておかないと、ハンデにならないからな」
 花嫁を賭けた決闘じゃあるまいし、第一マユミとシンジでは勝負にならない。
 だから慌てて、
「マユミ、いくらなんでも無謀よそれは。どんなにハンデを付けても碇さんには…」
 シンジを、ではなくマユミを心配しての言葉だったが、
「さくらは黙ってて」
 はねつけるような口調に、さくらの眉が上がる。
「…何ですって」
「さくらには関係ないわ。せいぜい碇さんの応援でもしてるといいわ」
 
 ちょっと待て。
 この風向き危険だぞ。
 
 なんか危険な雰囲気にシンジが間に入ろうとした瞬間、
「マユミ、あなたそう言う事言うのね」
「事実を言っただけよ」
 みるみる双方の間に険悪な空気が漂い、
「碇さん」
 さくらが、キッとシンジを見た。
「え?」
「その決闘、私が受けます!」
 (やっぱりー!)
「な、何でさくらが…」
「馬鹿にされたのは私も同じです。マユミなんかに、碇さんが出る事はありません。私で十分です」
 その言葉に今度はマユミが、
「十分?それは私の台詞よ。碇さん、交代の必要はありません」
「肩慣らし?」
 多分そうだと思って聞いたら、やっぱり首を縦に振った。
「さくらなんか、私には肩慣らしにしかなりませんから」
 その途端、ビシッと宙に亀裂が走り、さくらの手が瞬間的に伸びた。
 平手はまっすぐマユミをねらっている。
 と、同時にマユミの手が伸びた。
 勢いを付けた平手は、これもさくらの顔を一直線に。
 が。
 パーン、と音がしたが、それはお互いの頬ではなかった。
 少女達のクロスカウンターを、シンジがひょいと押さえたのだ。
 無論、間に入ってそれを受けるほどシンジは間抜けでもないし、技量無しでもない。
 交差する寸前の手を捉えて、それをぶつけたのだ。
 二人の手のひらがぶつかって、宙で甲高い音を立てる。
「つうー!」
 ビリビリするのか、二人とも自分の手首をおさえている所を見ると、結構本気だったらしい。
 それを見たシンジが、
 ぽかっ。
 ぽかっ
「いたっ」
「な、何をっ」
「こんな所で、しかもそんな事で喧嘩するなっつーのまったく」
「だ、だって碇さん…」
「だってじゃない。二人が真剣にやり合ったらどうなるか、素人同士じゃないんだからそれくらい分かるでしょ。それと山岸」
「…何ですか」
「子供の喧嘩じゃないんだから、いい年した娘同士で決闘もないだろ」
「も、元はと言えばあなたが…」
 言いかけた言葉が止まったのは、シンジが見ていたからだ。
 睨み付けてもいないが、マユミの全身が硬直する。
「俺に勝てる、そう思って言ったか?」
 シンジはむしろ、穏やかに聞いた。
「それは…」
 俯いたマユミが、ぎゅっと唇を噛みしめる。
 瞬間的に血が上ってしまったが、到底敵わぬ相手だと、本能が悟りきっているのだ。
 それに万が一シンジに勝ったとしても、シンジに傷でも付けたなら、シビウがどういう反応を見せるかなど、最初から分かっている。
 俯いたまま肩をふるわせたマユミを見て、
「分かった、分かった」
 シンジが、マユミの頭に手を置いた。
「え?」
 後二秒、放って置いたら乙女の涙が見られたに違いない。
 が、別に見たいものでもないし、さっさと状況を打開する事にして、
「シビウには、俺から言っておこう。一晩くらいなら、空けられるかもしれんぞ」
「ほ…本当ですか?」
「問題ない」
 さも大変そうな事項だが、別にシンジの頼みなら全く問題はない。
 それどころか、一ヶ月預かってと言っても、シビウは妖艶に微笑んで頷くだろう。
 問題は、シンジであった。
 そう、シビウがその見返りに何を要求するのか。
 院長としてのシビウは、決して暇な訳ではない。
 時間を空けたなら、間違いなくシンジに何かを要求してくる。
 すなわち、シンジにしか支払えない何かを。
 だからシンジは気乗りしないだけなのだ。
「ありがとうございます…それと…ごめんなさい…」
 シンジは軽く頷いたが、それ以上言わなかったのは原因が分かっているからだ。
 男と付き合った事のない、あるいは純潔重視の家庭で育てられたりした娘には、シビウの美貌は危険きわまりない。
 特に、シンジの前にした時に見せる、その妖花のごとき微笑は。
 初対面のマユミが中毒ったのも無理はないし、二人が喧嘩しかけたのも、シンジの気に中毒られたせいだ。
 シンジの気ともなると、側にいるだけでおかしな影響を受けたりする。
 その点では、シビウの妖貌と似ていると言えるかも知れない。
 シンジもそれは分かり切っているから、
「二人とも、仲直りして」
 穏やかな、しかし有無を言わせぬ口調で告げると、二人の手を取って重ねた。
 握手させたシンジだが、別に青春ドラマもどきを好んだ訳ではない。
 その証拠に、シンジが二人の手に自分のそれを重ね、わずかに力を入れた刹那、二人の表情からふっと険のような物が落ちたのだ。
 まるで、憑き物でも落ちたように。
 それを見たシンジが、
「さて帰るか」
 二人を促して、また三人で歩き出した。
 ただし、今度の陣形はちょっと変わっており、マユミとさくらが、シンジを挟むようにして歩いていたのだが。
 
 
 
 
 
 二人は仲直りしたが、シンジは平和だった訳ではない。
 さくらとマユミが揉めだした、訳ではなく、
「碇さん、あの医師(せんせい)とどんなお知り合いなんです?」
 と表情はおだやかに、そして指はシンジをきゅっとつねりながら、さくらが訊ねたのだ。レニの場合と違い、唇を楽しまれたのを目撃されているから、こっちは簡単には行かなかった。
「前に知り合ったんだよ」
「…どこで」
「ドイツの片田舎にある古城でね」
 シンジはそれ以上言わなかったが、
「ただのお知り合いですか?」
「イエス、マドモアゼ…OUCH!」
「どうしてただの知り合いが、治療代にキスするんですか!」
「それはほら…色じょ…」 
 漢字で三文字の単語を言おうとして、マユミの視線に気が付いた。
 左門の虎、右門の龍に挟まれたのに気づいたシンジは、散々さくらにいじめられながら帰ってきた。
 シビウが知ったら、問答無用で分解すると言い出すに違いない。
 何とか帰ってきたシンジだが、難はそれだけでは済まなかった。 
「おにいちゃん、女の人の知り合いが多いのね」 
 極地の氷みたいな声が、シンジ達を出迎えたのだ。
「ど、どうしたのアイリス」
「お客さんがさっきから待ってるよ」
 単語の一つ一つに、棘が百本くらい刺さってるような声で言うと、さっさと中に入ってしまった。
「客?ああ、あの時の」
 シンジの姿を認めて頭を下げた三人を見て、思い出したような声でシンジが言った。
 無論、シンジが闖入して除霊してのけた、あの娘である。
「せ、先日はありがとうございました」
 あの時は顔を見なかったせいか、娘の顔はぽうっと赤くなっている。
 シンジの容姿に気が付いたらしい。
 180を越える長身で、黒髪を妖しく揺らしている姿は、それだけでもどこか妖気に近い物を放っている。
 深々と腰を折った母娘に、
「中へどうぞ」
 招じ入れると、
「紅茶を二つ頼む」
 さくらに囁いて中へ入っていった。
 やって来た娘が、なんかシンジと訳ありに見えて頬を膨らませたさくらだが、
「持っていったついでに偵察してきたら」
 とマユミに言われ、それは名案だとこれもぱたぱたと入っていった。
「せ、先日はあり…ありがとうございました」
 再度娘が頭を下げたが、その顔が赤いのはやっぱり羞恥もあるせいだろう、
 何せ処女の娘が、限界まで脚を開かれて、その間に手を差し入れられたのだ。
 無論、本人は意識がなかったから覚えていない。
 後で両親から、幾分事実を縮小されて伝えられただけだ。
 ただし、殆ど全裸に近い格好になる必要がある、とは最初から聞かされていた。
 だから見られた事は覚えていたのだ。
 出来るだけシンジを見まいとしながら、それでも視線はちらちらとシンジをうかがっている。
「摘出が無事に済んで何よりでした」
 シンジは静かに告げた。
「ところで、ここはすぐに?」
「幸運だったと、術師の方に言われました」
 母親の言葉に、
「術師?」
「あの時おられた方です。碇シンジさんは、当代並ぶ者のない程の方だと教えられました。魔道省へお礼にお伺いしたら、こちらを教えて頂きました」
「魔道省へ?」
 一瞬シンジの表情が動いた。
 霊気を通り越して妖気の巣みたいな魔道省へ、素人が立ち入ったらまずただでは済まない。
 政府内部の治外法権、と言われるゆえんの一つもそこにあるのだ。
「こっちへ来られて正解でした」
 シンジがそう言った時、扉がノックされてさくらが入ってきた。
「碇さん、お持ちしました」
 すっと身を屈めた仕草には、これも洗練された物があるが、娘の顔を確認するのは忘れない。
(け、結構きれいだわ)
 おっとりした雰囲気だが、事情を知っていればさしたる事はない…筈だ。
 事実、それはシンジが娘に取り憑いた霊を祓ってやった、と言う事である。
 ただし、全裸も見ているし、まして胎内に手を入れたという一文は付いているが。
 一体どんな関係なのかしらと思った時、 
「ありがとう、さくら」
「え、あ、あ、はい」
 シンジの声で我に返ったさくらは、ここは退出する事にした。
 自分を紹介されて、ただの知り合いですなどと言われてはたまらない。
 別にシンジとは恋人でも何でもないが、娘の頬が赤らんでいるのをさくらは見抜いていた。
 小さなことでも、女同士は大変なのだ。
 失礼します、とさくらが出ていった後、
「今の方は?」
 娘の方が聞いた。
 これも女の感覚で、さくらが自分を見ていたのは分かっている。
 さくらも、決して醜貌ではない。
 可愛い、と言えば大抵が納得するだろう。
 納得しないのは、綺麗だと分類する側だ。
 この娘も内心で自分と比較していたのだ。
「真宮寺さくら、私の友人です」
 すぐつねる変な娘、と言うのが正解だったが、さすがにそれは口にしなかった。
「そうでしたか」
 と、なぜか安心したように言うと、娘はカップを手に取った。
「頂きます」
 母親が続く。
 室内にちょっと沈黙が流れた後、母親がハンドバッグから分厚い封筒を取りだした。
「あ、あの失礼かと思いましたがこれを」
 すっとシンジの前に出したそれを見て、
「これは?」
「娘を助けていただいた、せめてものお礼です」
 封筒の厚みは、ざっと三百万か。
 退魔ランクでは高い方だが、シンジを引っ張りだした場合としては安い。
 百万単位なら、ミサトがまず受けさせないからだ。
 では、と封筒を受け取って、
「これだけ頂きます」
 適当に抜いたように見えたが、きっちり十枚だけ抜き取られていた。
「で、でもそれでは…」
「娘さん、まだ未婚でしょう」
「え…は、はい」
「結婚の支度金にでも、使っておあげなさい。あの場に私が行ったのは、娘さんの幸運です」
 と言われても、まだちょっと心配そうにしているから、
「いい人に会えるといいね」
 娘の方に、すっと封筒を押した。
 君が持っていくように、との意味である。
 娘もシンジの意を察したか、
「じゃあ…お言葉に甘えます」
 素直に受け取った。
 会えるといいね、の言葉で踏ん切りが付いたらしい。
 すなわち、外向的な言葉の中には、厳然たる壁があるのだ、と言う事に。
 五分ほど話してから、親子は館を辞した。
 玄関まで見送ったシンジに、
「あの方、碇さんのお知り合いですか?」
 訊かれると思った質問が後ろから来た。
「この間、ちょっと淫魔を取っ払ってやったのさ」
「淫魔を?」
 声が少し硬くなったのは、女に憑く時、どう憑くのか少しは知っているらしい。
 その反応にはかかわらず、
「胎内型だったが、簡単だったからな」
 シンジはそう言ったが、退魔師の懸命の儀式が行われており、それをシンジはあっさりと台無しにしてのけた。
 手順など面倒だと言わんばかりに、無造作に霊を片づけて見せたのだが。
「胎内ってまさか…」
 が、言いかけた言葉が途中で止まる。
 シンジが、くるりと振り向いたのだ。
「憑かれた方は、自分の意志外で操られるからな、本人も周囲も相当な苦しみだ」
 シンジの静かな声に、アイリスもさくらも何も言えなくなってしまった。
 特にアイリスは、自分の力のせいで忌まわしい過去を持っており、シンジの言葉が特にこたえたのだ。
 ただし、シンジには説教などする気はないから、
「それはそれとしてアイリス」
「なあに?」
「今日の食事当番はアイリスだったね」
「うん」
「晩は用意しなくていいよ」
「おにいちゃん、また食べないの?」
 自分の作った物を食べてくれない、そう取ったらしいアイリスに、
「そうじゃなくて、今日は外で食べる。俺が全員分出すから、後の連中に言っておいてくれるかい」
「ほんとに?」
 嬉しそうな顔になったアイリスへ、
「屋台でもホテルでも、どこでもいいよ。アイリスが好きに選ぶといいさ。六時に出るから、全員に伝えておいで」
「うんっ」
 ぴょんぴょんと、スキップするように入っていったアイリスだが、その手にぬいぐるみが無いことに、さくらは気が付いた。
「あの碇さん」
「ん?」
「ここのみんなって、七人もいるんですよ。お金、大丈夫ですか?」
「さっき、お礼にってもらったから大丈夫」
「え?いくら?」
「内緒」
「もー、ちゃんと教えて下さいよ」
 シンジを捕まえようとした途端、その姿が消えた。
「あ、あれ?碇さ…きゃっ!?」
 ささっと後ろに回り込んだシンジが、さくらの脇腹をつうとなぞる。
「さくらが俺を捕まえようなんざ…ぐはっ」
 袴の上からは衝撃も弱いのか、強烈な肘が飛んできた。
「いででで…あ、こらそれは止せ、さくらちょっと待…」
 さくらが、すらりと荒鷹を抜き放つと青眼に構えたのだ。
「エッチな人にはお仕置きを。碇さんには死を」
 とんでもないことを言い出すと、
「桜花放神」
 ぼそりと呟き、えいやっと一気に振り下ろした。
 斬りかかって来れば、さっさと避けただろう。
 だが、まさか遠距離攻撃で来るとは思わなかったシンジ、あっさりと食らった。
 
 「ウギャーッ!!」
 
 桜の花びらに包まれ、放物線を描いて飛んでいくシンジを見ながら、
「また、つまらぬ物を斬ってしまいました」
 チン、と音を立てて剣を鞘に戻す。
 一見のんびりした光景だが、揃って食事に出かけたこの晩が、とんでもない晩になることを、まだ誰も気が付いていなかった。
 そう、彼らの実力が試される晩になる、と言うことは。
 
 
 
 
(つづく)

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