妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第五話:美少女の茹で頃は食べ頃? 
 
 
 
 
 
「勝ったんだから、細かい事ゆーなってば」
 二秒で回復したシンジは、軽く首を捻りながら戻ってきた。
「たわけ、お前ともあろう者が…」
 フユノは言いかけて止めた。
 シンジが、フユノをじっと見ていたのだ。
「俺がどしたの?」
 先にフユノが視線を逸らし、
「お前の好きにするが良いわ」
「そうする」
 さくらを見て、
「悪いけど、神崎見ていてくれる」
「え?」
「傷は別にないから、ちょっとしたショックだけ」
「あ、あの」
「ん?」
「い、一体何をしたんですか?」
 シンジが言うとおり、確かにすみれには外傷はない。
 さくら達は知らないが、蔓は傷をまったく付けずにさんざん嬲り、これまた傷を付けずに撤退したのだ。
 従ってさくら達には、すみれがぐったりとなっている様しか分からない。
 ただし、達した直後のそれに近いとは、ここにいる乙女達には分からなかった。
 もっとも、本当のそれを未だ知らぬ身であれば、ある意味当然かも知れない。
「ちょっとこちょこちょの刑を」
「はあ?」
 冗談みたいな答えだが、それが一番近いかも知れない。
 が、それ以上の答えは得られないと知り、
「すみれさん、あのすみれさん大丈夫ですか?」
 起こそうとした瞬間、いきなり手を払われた。
「あ、あなたなんかに…くっ」
 完全に脱力しており、起きる事もままならない。
 普段なら、間違いなくアスカが冷やかす所だが、今は鋭い視線でシンジを見ている。
 普段は敵対国の間柄だが、それだけに相手の力量は知っている。シンジが、まぐれで勝ったのではないと、直感で察したらしい。
 さくらの手は払ったものの、起きられないすみれを見て、
「姉さん、よろしく」
「分かってるわよ」
 つかつかと近づくと、軽々とすみれを抱き上げた。
「ちょ、ちょっとあの…」
 さすがに降りようともがくが、やっぱり力が入らない。
 それに、
「あの技食らって無傷な方が珍しいのよ。折角シンちゃんが気を利かせたのに、無駄にすることないでしょ」
 耳元で囁かれたすみれから、ふっと力が抜けた。
「ミ、ミサトさんはあの…」
「え?」
「い、碇さんが何をされたか分かっていらっしゃったんですか?」
「私と、お祖母様しか知らないから安心しなさい」
 それを聞いて気が緩んだか、ふーっとミサトにもたれかかった。
 歩いていくミサトを見ながらレイが、、
「次はボクだよ。アスカ、先に行く?」
「あたしはいいわ。レイ、あんた先でいいわよ」
「ふうん」
 歩き出しかけたが、
「二人まとめての方がいいんじゃないの?」
 とシンジが言った−アスカを見ながら。
 一瞬アスカの眉が上がったが、すぐに元に戻すと、
「真打ちは最後って決まってるのよ。せいぜい、レイに溺れさせられないように気をつけるのね」
「ふーん、俺の事をしんぱ…あぢゃぢゃぢゃ」
「何、訳のわかんない事口走ってるのよっ」
「まったく…冗談のわからないやつだ」 
 ぴきぴき。  
 アスカの額に、危険な音を立てて怒りのマークが浮かんだ。
「あんた…相当私に殺されたいようね」
 ゆらーり、と立ち上がると、
「レイ、悪いけどあたしも入れてもらうわよ」
「ほえ?」
「合体であいつ、ぶっ殺してやるんだから!」
 物騒な事を言いだした。
(ちょっとあおり過ぎたかな?)
 挑発と言うよりまとめた方が早い、そう考えたシンジだったが、予想外の手応えにちょっと引き気味である。
 やっぱりまだ、やる気が出ないらしい。
「碇シンジ」
 妙に冷たい声でアスカが呼んだ。
「え?」
「あんた、ここからは絶対に出て行かせないからね」
「ぜ、絶対?」
「あたしはすみれ程弱くないからね、あんたを奴隷にして一生働かせてやるわ」
 すみれは下僕と言った。
 今度は奴隷になったらしい。
 どっちが上かは分からないが、何となく奴隷の方がやな感じである。
「あの、一生?」
「そう、一生よっ!」
 びしっと指をさしたアスカだが、結構あれな台詞である。
 でもって、折良く戻ってきた女が一人。
「ふうん、シンちゃんと一生いるんだ、アスカは」
 冷やかしだが、その顔は何故か笑っていない。
 たちまちアスカが赤くなり、
「な、な、何言ってんのよっ、そ、そ、そんな訳ないじゃないっ」
「当たり前でしょ」
「へっ?」
「シンちゃんは一生私が…あっつーっ」
 自己消火したが、あちこちから水蒸気が上がっていて、とっても熱そうである。
「勝手に人の一生を決めるな、まったくどいつもこいつも」
 ふとアスカに、
「で、惣流」
「な、何よ」
 今まで、呼び捨てにされたのなどこいつが初めてである。
「俺が勝ったらどうするんだ?」
「あんたが?あり得ないわね」
「あったら、と言っておる」
 横からフユノが口を挟んだ。
 その膝の上には、アイリスがちょこんと正座している。一応だが勝って、フユノの精神状態も元に戻ったらしい。
「あんたが勝ったら…そうねえ、私を好きにしていいわよ」
 これには回りが色めき立ち、
「ちょ、ちょっとアスカっ」
「そ、そんなふしだらな宣言をっ」
「わー、アスカだーいたん」
 色々反応は分かれたが、
「でもなあ…水色のストライプを…」
 言いかけた途端、
「火球連打」
「あっぢー!!」
「ふん、いい気味よ。そのまま、燃えちゃえばいいんだわ」
 が、あっさりと消火。
「あー、ウェルダンになるかと思った」
 ちっ、とアスカが舌打ちした時、
「ねえ、シンちゃん」
「は?」
 シンジの表情の原因は、ミサト以外がそう呼んだ事にある。
 すなわち、レイが。
「まだ消えていないから、ボクが消してあげる」
 言うなり突き出された手から、水の盾が飛んできた。
 何か変だ、と思った瞬間、
「あぢあぢあぢっ」 
 水かと思ったら熱湯が飛んできたのだ。
 間一髪かわしたが、完全には避けきれず、シンジの体からはまるで、ストーブに水でも落としたかのように、濛々と水蒸気が上がった。
「あっはっは、単純だよねえ」
 大笑いしているレイに、
「そろそろ、始めようか」
 顔を拭おうともせずにシンジが言った。
「ふーん、やる気になったんだ」
 レイが挑発的に言ったが、フユノとミサトの表情は変わらない。
「半分かの?」
 訊ねたフユノに、
「うーん…30パーセント」
 首を傾げながらミサトが言った。
「ね、ミサトお姉ちゃん」
「なあに?」
「30って、なあに」
「ああ、シンちゃんのやる気よ」
「そんなに少ないの?」
「ああ、少ないね」
「でもおばあちゃん」
「なんじゃ?」
「さっきはシンジお兄ちゃん、本気じゃなかったの?」
「だったら、困っておるわ」
 苦笑にも似た物を浮かべて、
「あんなの、シンジなら夢を見ながらでも出来ることじゃ」
 フユノの台詞に、
「へえ、そうなんだあ」
 何やら、顔を少しばかり赤くしてシンジを見ているアイリス。
 先に気が付いたのはフユノだったが、先に口を開いたのはミサトであった。
「あれ、アイリスどうしたの?お顔赤いわよ?お熱かなー?」
「ちっ、違うもん、これはその…」
「んー?」
 冷やかすように顔を覗き込んだミサトへ、
「おやめ」
 さっさと視線を追っ払ってから、
「シンジが初めてお前に会った時、なんと言ったのかい?」
「あ、あのね…」
 愛らしさの残る顔をぽうっと赤く染めて、
「初めまして、きれいなマドモアゼルってゆったの」
 マドモアゼル、とはフランス語でお嬢さんの意である。
「口にしたのかい?」
「え…あっ」
 思い出したように首を振ると、
「思ってるのが伝わって…お、お兄ちゃん私のこと知ってたの?」
「シンジはそういう男じゃよ。だから、儂の自慢なのじゃ」
 それをどう取ったのか、
「そうだよね。お兄ちゃんかっこいいもん」
 目元まで赤く染めて、シンジの事を見つめているアイリス。
 おまけに指先まで何やら、もじもじと絡み合わせているが、その腕の中にいつもの相棒はいない。
 フユノの膝に抱かれている時、アイリスはその時だけのんびり出来るのだ。
 いや、ありのままの自分でいられる、と言った方が正しいかも知れない。
 
 
「まずはお礼を」
「『は?』」
「ただでさえ醜いのに、水も滴る不細工にランクダウンした」
「そうなの?」
「そんな事ないと思うけど」
 なにやら、ひそひそ話しているのはさくらとマユミである。
「そうよね」
「うん」
 頷き合っているのが聞こえたかは不明だが、
「風裂」
 さっき巨大な火を放ったその手から、今度は鋭い風を送る。
「きゃあっ」
「ちょ、ちょっとやだっ」
 慌てて服を押さえた時にはもう遅く、アスカとレイは揃って白い脚をにゅうっと露出させていた。
 ミニスカートにしてはかなり短い。
 何しろ、膝上何センチと言うより、股下何センチで数えた方が早い位なのだから。
「ちょっぴり太…あ」
 何か口走りかけた所へ、先にアスカの火が飛んだ。後ろは結界だから、避けても困る事はない。
 ほとんど体勢を変えず、次々と避けていくシンジ。
 それに従って、火球が次々と結界に阻まれて消滅していく。
 実際の火にもかかわらず、それが地に落ちていない。
 そして、さっきシンジが放ったのは、結界にぶつかると地面に落ちた。
 結界を張ったミサトの能力もさる事ながら、すでにこの時点で両者の能力差は歴然としている。
 で、それに気づいているのはシンジでありフユノであり、ミサトである。
 当然、気づいていないのが他の全員だ。
 事実形勢だけ見れば、シンジが押されているように見えない事もないのだから。
 二十メートル近くもあるドーム型の結界の中で、端から端に飛ばすには結構霊力が必要とされる。
 そして、先にアスカの方が息が上がってきた。
「あ、あんた…はあっ、はあっ、こ、攻撃して…き、来なさいよっ!」
 ひときわ大きな火球が飛んだ時、初めてシンジが動いた。
 それがぶつかる寸前、地を蹴ったのである。
 初めての反応だったが、その理由はすぐに知れた。
 そう、それが音を立てて地面を抉ったのだ。
「あっぶなかった」
 シンジの黒髪が妖しく揺れるのと、レイがちぇっと舌打ちするのが同時であった。
「惣流一人に任せる振りして、最後の一撃に自分の力を乗せるのって、ちょっと狡くないか?」
 空中から訊いたシンジに、
「勝てばいいんだよーだ」
 続けざまに水盾を投げつけるレイ。
 そして、
「爆風」
 風裂とはまた違う、凄まじい風圧を起こして、簡単に跳ね返すシンジ。
 レイはともかく、アスカはまだ息も荒く座り込んでいる。
 慌ててレイが、
「アスカ避けてっ」
 アスカの手を引っ張って、間一髪逃げた。
「レ、レイあんたねえ」
「だーって、アスカが一人で張り切ってるから任せたのに」
「あ、あんたももっと早く協力しなさ…!?」
 ぶつぶつ言いかけた所に、ゆっくりとシンジが降りてきた。
「なっ、何よっ」
 と言っても、ぺたんと座り込んでいるアスカと、引っ張った直後で体勢が悪いレイでは、全然迫力がない。
 二人とも分かってしまったのだ。
 そう、目の前の男が、自分たちの手に負える相手ではないと言うことを。
「さっきはとっても熱かったよ。レイちゃん」
 シンジが危険に笑った。
「あ、あうあれはっ」
 固まったレイから視線を外し、
「アスカちゃん」
 もっとやばい声で呼んだ。
「なっ、なにようっ」
「さっきはもう少しでウェルダンに焼けちゃう所だった。ううん」
 と首を振って、
「少しミディアムに焼けたみたいだ」
 ほら、と自分の髪を手に取った。
「はあ?」
「真っ黒に焦げてる」
「なっ、何言ってんのよっ、そっ、それは元からじゃないのっ」
「いーや、今のせいだ」
 まるでガキンチョみたいに首を振ると、
「黒炭と土左衛門どっちが好き?」
 まじめな顔で訊いた。
「国産とドラえもん?ボクはドラえもんがいいな」
 意味も分からず言ったレイを、
「あっ、バカ」
 アスカが袖を引っ張った時にはもう遅い。
「生足を黒こげにするには勿体ないか」
 ちらっと二人の脚に目を向けて、
「み、見ないでよっ」
「ど、どこ見てるのよエッチ、スケベ!」
「OUCH!」
 アスカが最後の力で放った火球が、へろへろながらシンジを襲った。
「じゃ、ごゆっくり」
 にょっと結界から出たシンジは、両手だけ結界の中に突っ込んだ。
「何してるのよ…って、何であんたミサトの結界から出られるのよ」
「シンちゃんがあたしの結界、破れないわけないでしょうが」
 小さなミサトの声は、無論アスカには届かず、
「渦水」
 呟くのと、ほとんど鉄砲水が飛び出すのとが一緒であった。
「ちょ、ちょっとなにすんのよっ」
「溺れちゃうよっ」
「土左衛門がいい、さっきそう言ったな」
 少しだけ意地悪な口調だけど、顔は笑っている。
 結構楽しいらしい。
 結界の中、たちまち渦を巻き始めた水は、慌てて立ち上がったアスカとレイの膝あたりまで達し始めた。
「ボ、ボク達を殺す気なんだ…」
 レイの声に初めて、アスカの背に冷たい物が走った。
 
 ま、まさかね…い、いくら何でもそんな事は…え!?
 
「この中は、あと二分でいっぱいになるよ」
 シンジはにっこりと笑ったのだ。
 さすがに二人が蒼白になると、
「ちょ、ちょっと冗談は止めなさいよねっ」
「こ、殺したら殺人罪になるんだよっ」
「お婆にもみ消してもらうからだいじょーぶ」
 振り向いて、
「大丈夫?」
「国一つまでなら、滅ぼしても大丈夫さ」
 胸を張ったフユノに、今度はさくら達が慌てた。
 立ち上がろうとするそれを、
「手出しするなら、私を片づけてからにしてもらうわよ」
「それと、無論儂もじゃ」
 見事な連携に阻まれ、近づけない。
 なお、シンジはと言うと、
「水温、冷たくない?」
「わ、分かったわよっ、あ、あのさっ、そ、そのあたし達が悪かったからっ、ねっ」
「ボ、ボクも言い過ぎたから、ご、ごめん、あやまるよ」
「どうしようかな」
 んな事を言ってる間にも、水は二人の胸まで達した。
「お、お願い、も、もう止めてっ」
「お、お願いだからっ」
 抱き合っている二人が、半分泣きかけた瞬間、
「『あ、あれ?』」
 ぴたりと水は止まった。
 が。
「『よ、良かった…』」
 と、いくら力が抜けても座り込めないのだ。
 つまり、水かさは変わっていないから、立ったままでいるしかない。
「『あ、あの〜』」
「なに?」
「だ、出してもらえるとその…あ、ありがたいんだけど」
「じゃ、俺の奴隷になる?ハウスメイドなんかいいな」
「なっ!?」
 アスカの顔がかーっと赤くなり、
「だ、誰があんたなんかの夜の相手になんかなるもんですかっ」
 真っ赤な顔をして叫んだ。
「よ、夜の相手?」
「そうよっ、だいたいメイドって言ったら、『まーた花瓶を割ったな、本当に悪いメイドだ』『ご主人様、私は悪いメイドです。いっぱい、いっぱいお仕置きしてください』とか言って、あーんな事やこーんな事までされちゃうんだからっ。しかも夜って言ったら、『これもメイドの務めです』って、それはもう欲望の限りを尽くされちゃうんだからっ」
「…んなことするの?」
 何故かさくらに訊いたシンジだが、
「し、し、知りませんよっ」
 これも真っ赤になって首を振った。
「しないよなあ」
 首を傾げたシンジ。
 どうやら、知り合いにメイド持ちでもいるらしい。あるいは違うソースを持っているのか。
「絶対に嫌よっ!」
 叫んでいるアスカに、
「何でそんな事知ってるの?」
 たちまちアスカが茹で蛸のように真っ赤になって、
「だ、だってこの前小説見せられたらその中に…」
 ごにょごにょ言ってるアスカを見て、
「良い案がある」
「一人だけ茹だってるのは反則だ」
「『ま、まさか…』」
 とはさくらとマユミ。
 シンジの意志が読めたのだ。
 案の定、
「劫火」
 水の中に火を入れ…いわゆる追い焚き状態に。
「熱っ、あっついじゃないかっ」
 文句を言ってるのはレイである。
 シンジは、レイのすぐ側に火を入れたのだ。
「二人まとめて効率よく煮ないと」
 とんでもないことを言い出したシンジに、
「い、碇さんっ」
「なに?真宮寺」
「あ、あのいくら何でも…」
「はいはい」
 と、今度はミサトに、
「姉さん、よろしく」
「分かってるわよ」
 指が鳴らされると同時に、みるみる水位が減り始める。
 結界を壊したのではなく、下の地面に吸い込ませていたのだ。
 ちょうど膝くらいまで来た所で、
「ストップ」
 手で制止すると、
「水温は41度。ちょっと熱いけどごゆっくり」
 誰がごゆっくりするものですかと、さっさと出ようとしたが…
 ゴツン。
「いったーい…」
「いたたた」
「そうそう、一時間は出られないからね」
 愕然とする二人に、
「少し茹だってくるといい。茹で惣流と茹で綾波なら食べ頃だし」
「ど、どういう意味よっ」
 かーっと赤くなった二人に背を向けると、
「終わった、終わった」
「まあまあ、と言うところかの」
「ちょっと血の気多いぞ」
 膝の上のアイリスに、にこっと笑ったシンジに、
「あのね、シンジおにいちゃん」
「ん?」
「あ、あの…え、えーとね…お、おにいちゃんかっこ良かったよ」
「そう?ありがとう」
 背を向けたシンジを、アイリスは赤い顔で見つめた。
「管理人レベルとしては合格?」
 さくらとマユミの前に立ったシンジが、結界を眺めてから二人に訊いた。
「え、ええ」
「トップで通過、と言うのは本当だったんですね」
 感心していた二人に、
「じゃ、よろしく」
「は、はい」
「こ、こちらこそ」
 と、さくらは僅かに頬が赤らんでいる。
 ふっと沈黙が漂った時、フユノがちらりと膝上を見ると、ぷーっと頬を膨らませている。
「アイリス、どうしたのじゃ?」
「う、ううんっ、何でもないよっ」
 慌てて首を振ったアイリスに、フユノはうっすらと笑った。
 よしよし、とその頭を撫でた時、さくらが空気を破るように訊いた。
「あ、あの碇さん」
「何?」
「今年の春からは学院生になられたんでしょう?管理人のお仕事、される時間はあるんですか?」
「たっぷりと」
「やっぱり余裕なのですね」
 と、これはマユミ。
「じゃなくて」
「え?」
「落ちたから、時間は腐ってるんだ」 
 一瞬沈黙があってから、
「『え!?』」
 二人して、素っ頓狂な声を上げた。
 
 
 
 
 
(つづく)

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