妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第四話:決闘、神崎すみれ流艶姿
 
 
 
 
 
 とりあえず、プールから上がってきた面々。
 現在はそれぞれ着替えて、応接室に集まっているのだが。
「嫌よ、ぜーったいにいやだからねっ!!」
「わたくしだって嫌ですわ、絶対に」
「あー、うるさい」
 別にアスカとすみれが喧嘩している訳ではない。
「シンちゃんが管理人になるのよん♪」
 と、ミサトに告げられたのだ。それも、ご丁寧に♪付きときた。
 元々総管理はフユノであり、家賃は口座からの引き落としとなっている。
 で、たまに見に来るのがミサトである。
 いいかげんでずぼらだが、その潜在能力は皆知っており、もめ事に−すみれとアスカが九割以上だが−居合わせた時にはミサトが止めたりしている。
 そのミサトがいきなり爆弾に点火したもので、応接室が一気に爆発したのだ。
 が。
 爆弾を落とした張本人が、現在何をしているかと言うと−
「もっと丁寧にやってよ、姉貴」
 猿のノミ取りじゃないけれど、濡れたシンジの髪を丁寧に拭いている最中だ。
 しかも、そのシンジのお茶を淹れているのはフユノである。
 これだけ見れば、どう見ても状況は明白となっている。
 とは言え、Tシャツを破かれてブラジャーを見られたアスカと、スカートをまくられて水玉のパンツを見られたすみれ、この二人が収まる筈もなく、
「ちょっとミサト!どういう事なのよ」
「どうって?」
 これでいい?とシンジの髪を拭き終えたミサトに、
「ちょっと、人の話きーてるの!」
「聞いてるわよ」
 静かな声に、立ち上がったアスカが思わず座った。
「言っとくけど、シンちゃんあたしよりよほど強いのよ」
「そんなのミサトの思いこみよ、そんなの」
 アスカに続いてすみれも、
「今回だけはアスカさんの言う通りですわ。いくらミサトさんが言われても…」
「だけって何よ、だけって」
 アスカが言いかけた所へ、
「儂の孫では不満かえ?」
 天声にも等しいフユノの声に、さすがのアスカとすみれも引いた。
 ある意味、彼らにとっては親よりもなお怖い存在なのだ。
「どうしても拒むのなら…ん?」
 
   
「真宮寺」
「え、え?」
「腕がいいのは分かったけど」
「はあ?」
「も少し冷静になった方がいいんでない」
「なっ!?」
「さっきの一太刀、あのまま行ってたら山岸も、無事じゃ済まなかったし」
「そ、そうですね…って、わ、私の名前を?」
「剣の達人は二人、真宮寺さくらと山岸マユミってそこの婆さんが言ってた。かなりの腕前なんでしょ」
「そ、そんな事は」
 ちょっと照れたが、とりあえず救われたのは思い出したらしいマユミが、
「あ、ありがとうございました」
「あ、いえいえ」
 そこへさくらが、
「あ、あのう」
「え?」
「ちょ、ちょっとかーっとなってたものですから。た、助かりました」
「まったくだ。ま、それにしてもいい剣す―」
 剣筋、と言おうとした時、
「何なごんでんのよ、あんた達っ!!」
 そう、フユノがシンジを見た時、談笑の最中だったのだ。
「人の話を聞かずに何をしておる」
「いや、ちょっと親睦を。で、何?」
「もうよいわ」
 視線を外して、
「さくら、マユミ」
 と、二人を呼んだ。
「『は?』」
「お前達、シンジが管理人では不満かの?」
 さくらは一瞬つまったが、
「私は、別に構いません」
 マユミはあっさりと言った。
 これにはアスカが、
「ちょっとマユミあんたっ」
「え?」
「この変態男に裸覗かれたんでしょっ」
「違うわ」
「『はあっ?』」
 声が重なったアスカとすみれに、
「この人が…碇さんが先にいたのよ」
「どーゆー事よ」
「ああ、ちょっと水質検査を」
「何ですの、それ」
「いや、だから温泉を占領しようと思って…あちっ」
 アスカの手から、ぴっと火が飛んだ。
「なーにが温泉よ、どうせ誰か来るの待ってたんじゃないの」
「そうでもないんじゃない?」
「レイ?」「綾波さん?」
 いなかったレイが、部屋の中に入ってきた。
「何でそんな事言うのよ」
「裸見たいんだったら、押し倒してると思うよ、全員」
「ぜ、全員?」
「ちょっと調べたんだ」
 レイはにっと笑うと、
「君、強いんでしょ?有名だもんね」
 シンジの前に来て、腰に手を当てた。
「レイ、どういう事?」
「この人ボクの水盾の連打をほとんどかわしてたもん」
(うそ!?)
 アスカ、すみれ共に驚いたが、無論声には出さない。
 まさか、あのレイの水盾連打を避けきるとは。
「じゃ、じゃあ、あんたはいいわけ?」
「条件付きだけどね」
「条件?」
 訊いたシンジに、
「ボクと勝負してよ」
 びしっと指をさして言い放ったレイ。
「…何でさ?」
「さっき君、全員に手加減してたでしょ」
 その途端、がたっと音をさせてアスカとすみれが立ち上がる。
「ちょっとそれ、どういう事ですの」
「レイ、聞き捨てならないわね」
 だが、二人の剣幕にも動じる事無く、
「言ったとおりだよ」
 ひらひらと、一枚の紙を取り出した。
 それを見た瞬間ミサトが、
「あっちゃー、またあの子」
 苦い顔になり、
「どういう情報管理してんだ」
 シンジがちらりとフユノを見た。
「レイ、それ何?」
「東京学園大学部ネルフ学院、今年の入試の成績表」
 じゃーん、とそれを高くかざすと、
「実技試験。満点…碇シンジ」
「『え?』」
「筆記試験。満点…碇シンジ」
 その刹那、室内の空気が確かに固まった。
 そして次の瞬間に、
「う、嘘よっ、何かの間違いよっ」
「そうですわ、そんな事あり得ませんもの」
 たちまち用紙は引ったくられたが、
「ほ、ほんとだ…」
「し、信じられませんわ」
 さっきから黙ってみていたアイリスが初めて、
「ねえ、おばあちゃん」
「なんじゃ?」
「あのお兄ちゃん、頭いいの?」
「お前達全員を足しても、シンジの足下にも及ばぬよ」
「へえ、そうなんだあ」
 と、素直に受け入れられるのは子供の特権であり、
「あ、馬鹿余計なことを」
 シンジが言った時にはもう、重たい音を立てて、すみれが薙刀の石突きで床を突いていた。
「碇さん!」
「は、はいっ」
「いいでしょう、あなたを管理人として認めますわ。ただし」
「た、ただし?」
「わたくしと勝負して頂きます。でも、負けても別に出て行かれなくてもよろしいですわよ」
「…え?」
 何を言い出すかと、噛み付こうとしたアスカとは対照的に、何となくシンジには想像が付いていた−すっごく嫌な予感が。
「このわたくしの、下僕になって頂きますわ」
「げ、げーぼっく?」
「そう、げ・ぼ・く」
 ご丁寧に一語一語を繰り返してから、
「まあ、馬車馬と同じ位には扱って差し上げますわ」
 今時そんなものいないだろ、とはシンジには言えなかった。
「ったくよっけーな事を」
 元凶にガン飛ばしてみたが、平然としている。
「ま、いいじゃないのシンちゃん」
「良くないっつーの」
「さっさと片づければいいんだし」
 全然聞いてない。
 しかも、
「他にシンちゃんと戦いたい子いるう?最優秀受験者と、手合わせできる一生に一度の機会よん」
「一生に一度?」
 聞き返したアスカに、
「二度目はないからよ」
「どうして」
「後悔するだけになるからよ−あの世でね」
 一瞬悽愴とも言える光が、ミサトの表情をよぎった。
 滅多にと言うか、まず見られない表情に、ほんのちょっと不安になったが、ここまで来ては引っ込みが付かない。
 でもって、
「あたしはやるわよ」
「ボクはさっき言ったからね」
「先頭はわたくしですわよ」
 これで三人。
「アイリスはやらないよ」
「私は…」
 さくらはちょっと首を傾げて考え込んだが、その脳裏には、殆ど渾身にも近い自分の一太刀を容易く、それもマユミを横抱きにして避けたシンジの姿が浮かんでいた。
「あ、私もいいです」
 でマユミも、
「私も、遠慮します」
 生乳触られたショック、と言うのもあったが、あの時自分はまったく動けなかったのだ。
 そしてマユミには見当がついていた。
 あの時自分が動けなかったのは、シンジの気に圧倒されていたからだということを。
 あの時シンジは、最初自分を誰かの式神だと思っていた。と言うことは、式神を前にすればあんな気が出ると言うことだ。
 生身の娘にどうするかは知らないけれど、マユミは確実な力の差を感じ取っていた。
 がしかし。
 実はマユミが感じたのは、シンジの気ではなかったのだ。
 ただ単に、いい湯質と知って機嫌がいい所へ、いきなり式神(と思っていた)に邪魔されて、ちょっと気分が削がれただけである。
 とまれ、思いこみでシンジは一難を逃れた。
 と言うより、このシンジまったくやる気がない。
 別に志願した訳では無いし、住人が嫌がっているなら、別に無理をする気など皆目なかったのだ。
「あ、あの〜」
「何よ」
「お前さん達が嫌だって言うなら、別に無理しても管理人しなくても…」
「逃げるんですの?」
 挑発的に言ったのは、無論すみれである。
「まあ、わたくしに敵わないからお逃げになるというのなら、それはそれで賢明ですけれどね。それにどうせ試験も、筆記はカンニングで実技はまぐれだったのでしょう」
 ピキ。
 あ、やばいと思ったのはシンジであった。
 すみれの言葉を聞いて、ミサトの顔から表情が消えたのだ。
 こうなった時、ミサトはかなり危険である。
 そしてフユノもまた。
 フユノは自分の事を婆と言われても、別段怒りもしないだろう。
 だが、シンジに関しては別なのだ。
 ミサトが危険な単語を口走る前に、
「そこまで言うのなら、少しだけ相手してやるよ」
 シンジはゆっくりと立ち上がった。
 さも怒っている、という感じに見せないと、ミサトが何をするか分からない。
 既にその精神状態は、レッドゾーン辺りまで行ってしまっている。
「ふん、逃げなかっただけ褒めてあげますわ」
 とその時、ミサトがすっと立ち上がった。
 一瞬びくっと身構えたが、そのまますたすたと出口に向かう。
 そして出ていく直前、
「広場に結界張っておくからね。シンジ、手加減したら許さないわよ」
 シンジの返事も待たずに出ていくミサト。
「あっちゃー、完璧に怒ってる」
 シンジが天を仰いだのは、数秒後の事であった。
 
 
 そして十五分後。
「つってもねえ」
 ばりばりの戦闘服に着替えたすみれと、シンジが結界の中で向かい合っていた。
「あ、あのさあ」
「なんですの」
「神崎の勝ちでいいから止めな…OUCH!」
 薙刀の柄の部分が、シンジの脇腹を直撃したのだ。
「あなたに呼び捨てにされる筋合いはありませんっ。それにその昼間から寝言を口にするような性格、今すぐに治して差し上げますわっ」
 言うなり、すみれは大上段から一気に振り下ろして来た。
 なお、刃はきっちり真剣である。
 当たったら、それだけでばっさり逝きそうだ。
 ひょいと避けた瞬間、いきなり曲がって襲ってきた。
 てい、と片手で地を押して、シンジは倒立みたいな格好で避けた。
 うふふふ、とすみれが笑ったのは次の瞬間であった。
「どしたの?」
「わたくしの攻撃を一度ならず二度までもかわすとは。やはり、ただ者ではありませんわね」
 あれ、納得したかと思った途端、
「これでこそ叩きのめし甲斐がありますわっ」
 さらに戦闘意欲が増したらしい。
 一層鋭くなった刃先が、シンジを次々と襲ってきた。
「ちょ、ちょっと待、待っ…いったー!」
 
 
「あの愚か者が…」
 すっかり不機嫌なフユノに、可哀相にアイリスは怯えきっている。
 なにしろ、こんなフユノは見たことがないのだ。
「お、おばあちゃん…」
 アイリスの声に、一瞬元に戻って、
「おお、怖かったの」
 頭を撫でてくれるが、すぐまた元に戻ってしまう。
「こ、怖いよう」
 さすがに見かねてミサトが、
「私が抱いてるわ」
 膝の上に乗せたが、これもあまり変わらない。
「さっさと片づけなさいよもうっ」
 と、機嫌が悪いことこの上ない。
「のう、ミサト」
「え?」
「ここの娘共を人質にでもすれば、シンジもやる気になるかの?」
「あ、それいいわねえ」
 とんでも無いことを言い出した。
 そして、
「シンジよ、もしお前が負けたら…むっ」
「だまれ」
 火球がフユノを襲い、ひょいと右に避けた。
「まったく血の気が多い老婆だ」
 ぶつぶつ言いかけた所へ、
「いやああああっ!!」 
 すみれの渾身の一撃が襲い…
「…切れた」
 数本がはらりと落ちた髪を、手に持って眺めたシンジ。
「ふん、このわたくしを前にして油断などなさっているか…!?」
 咄嗟に薙刀を構え直したのは、シンジの雰囲気が変わったような気がしたのだ。
「よくも俺の髪を…うぬぬぬ」
 激怒しているようにも見えないが、ちょっとだけ雰囲気が危なくなっている。
「ちょっとムカッと来たぞ…5%位」
 それを聞いた途端、すみれの眉がつり上がり、
「ど、どこまでこのわたくしを愚弄すれば…きゃあっ」
「『と、虎っ!?』」
 誰もがそう思った−フユノとミサトを除いては。 
「烈火猛虎演舞」
 シンジの右手、その五本指から飛び出した五匹の虎が一斉にすみれを襲う。
 思わず後ろへ跳んだ瞬間、
「あ、熱っ」
 結界が壁になり、ぶつかった所へ一匹が突っ込んだのだ。
 一瞬蒼白になったが、
「散っ」
「え?」
 すみれを含めて、全員が呆然とその光景を眺めた。
 そう、一斉に虎の形をした火の玉が地に落ちるのを。
「な、何をしたんですの」
「次は水−水矢連打」
 火の上に水が落ち、そして当然のように。
「ちょっとっ、何も見えないじゃないっ」
「あの技、ボクの水盾より強かったよっ」
「あれは…煙幕の応用かしら?」
「でもなんか、すっごくきれい」
 どれが誰の反応かは置いといて、
「い、碇さん何の真似ですのっ」
 一寸先も完全に見えないほど、結界の中は濃い水蒸気に包まれた。
「俺はどーこだ?」
 薙刀を構え直した途端、その身体に何かが巻き付いた。
「五精使い、その一つにはこれもあるの」
 蔓だ、と知る前に、すみれの身体は地に引き倒されていた。
「な、なにをっ」
 言いかけた瞬間、
「なっ、あ、ちょ、ちょっ、お放しなさっ、い、いやっ、そ、そこはっ、あああっ」
 転がろうにも転がれぬほど、既に蔦は巻き付いており、服の隙間から一斉に内部へと侵入した。
「気持ちいい?」
「んんっ、い、いやあっ、あ、ああんそ、そんな所にっ、ゆっ、ゆるしま、ふあっ」
 くねくねと身をよじる姿には、普段のそれが微塵も見られないだけに、とっても色っぽくてえっちである。
 ちょうど二分後、ぐったりしたすみれを見て、シンジは軽く手を上げた。
「ま、こんなもんだ」
 すみれの顔は真っ赤に上気しており、息も異常な程に荒くなっている。
「は、はあっはあっ…よ、よくも…この…」
 くてっ、と首を折った時、一斉に蔓達がその肢体から離れた。
「まずは一勝」
 シンジが歩き掛けた時。
「あれ?」
 地中に一斉に退却しかけた蔓が、すみれの薙刀を途中から真っ二つに。
 でもって舞い上がったそれが。
 ゴチン。
「OUCH!」
 ぱたっ、とシンジが前に倒れ、二人仲良く横になった時、結界内の霧が晴れた。
「すみれの薙刀が真っ二つよっ」
「でもあっちも…倒れてる」
「つまり、相打ちって事?」
 
 
「このおおたわけが!!」
 フユノの怒気を帯びた叫びが、辺りに木霊した。
 
 
 
 
 
(つづく)

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