昭和30年代初めの一般家庭にしては珍しく、家には足踏みオルガンが
ありました。妹がピアノを習いたいというので、父が買ってくれた
ものです。
父にとってはピアノとオルガンは、白と黒の鍵盤が並んでいる点では
同じ楽器でした。ピアノが欲しいとむずかる妹に父は言いました「ピ
アノとどこが違うのか」。結局練習に熱が入らず、妹はいつのまにか
止めてしまいました。
そのうち父は「軍歌集」を買ってきて自分でオルガンを弾き始めました。
左手で4分音符を4つ刻み、右手で「父よあなたは強かった」「麦と兵隊」
などを器用に弾いていました。
あのころの家の収入からするとオルガンはかなり無理をして買ったもの
でしょう。父にしてみれば、お蔵入りになるのが忍びなかったのかもし
れません。
やがて鍵盤が黄色くなり、いくつかの音が出なくなると、真新しい電気
ピアノが家にやってきて、足踏みオルガンは処分されました。
その時やっと気付いたのです、足踏みオルガンの持つ音色の温かさ
と表現力の豊かさに。ペダルの踏み具合で自分の思う表現ができることの
素晴らしさを、失って初めて知りました。「楽器は音色、楽器は心の
表現」、たくまずして父の残してくれた大きな財産です。
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