絵、なに?(63) アーツ&クラフツ展  1/29/09
 月曜日(26日)に東京都美術館へ「アーツ&クラフツ展」を見に行きました。24日に始まったばかりで、4月5日まで開かれています。なぜこんなに早く行ったのか。実は、朝日新聞のアスパラクラブで鑑賞会に当選したのです。2名まで
入場できるというので、娘と行きました。娘も子どもの頃から装飾デザインに興味を持ってきました。

 19世紀イギリスでタペストリーや壁紙のデザインで活躍した
ウィリアム・モリスが始めたアーツ&クラフツ運動と、それがヨーロッパに与えた影響、さらには日本における民芸も紹介しています。
 
装飾デザインが関わるのはプロダクトデザイン、服飾デザイン、工業デザイン、建築など、さまざまな分野に渡ります。世界中どこでも、生活に寄り添って生み出されてきた、名もなき人々による装飾デザインや工芸は、いわゆる絵画や彫刻などとはレベルの低いものと考えられてきました。生活に密着したものを低く見てしまうのは、誰にでもありがちなことです。でもこの展覧会を見ると、その生活をより美しくするために、人々はこんなにも力を注いできたのだと言うのがわかり、感動的です。

 鑑賞者は9割が女性。みんな「こういうのほしいわねえ」「これ、きれいねえ」と言う調子で、半ばデパートを回っているような感覚で鑑賞していたような印象もあり、男とは目の本気度が違いましたね。生活に彩りを添えるための情熱に満ちていました。そういう情熱が生活を向上させるのです。
 数年前からぼくも、装飾デザインには非常に興味を持っているのです。芸術家Artisteであるよりは職人Artisantである方がいいと、個人的には思うのです。去年の秋、
二科展を見に行きましたが、展示されていたおびただしい数の(それもやたら大画面の)抽象画を見たときに、正直言って「これって単なる自己満足じゃないの?」と思ってしまいました。まあ、作者はそれぞれの芸術観で制作をしているのでしょうが、僕からはかけ離れた世界。それに比べて、職人の創り出すものは、相手の役に立つもの、相手にわかるものを目指すわけだから、ずっとこっちの方がいいと思うのですよ。
 ちょっとしたイラストでも、そこに少し装飾を加えるだけで華やかさが増してきます。日本美術は装飾デザインとあまり区別せずに発展してきたところがあり、たとえば昔の絵巻物にしても、衣装や家具にひとつひとつていねいな模様が描かれています。こういう部分に気を配れるかどうかで、絵の見栄えは断然違ってくるのです。余談ですが、安野光雅さんの絵本も実に素晴らしい装飾が施されています。
 美を突き詰めた結果として何もないシンプリシティーに到達するのならいいけれど、デザイナーの中に最初からセンスも何もなくて装飾ができないシンプルだとしたら、それは貧しいだけでしょう。こういう豊かさはぜひ持っていたいと思います。なくてもいいけれど、あるともっといいもの、
でも、実はだからこそ、人生になくてはならない物――それが装飾でしょう。
 デザイナーにとってはモチーフの宝庫と言っていい、楽しい展覧会でした。

絵、なに?(62) 木版画を再開  5/26/08 
 
 去年の春に、NHK文化センターで浮世絵版画を受講していましたが、これは何十年も修行を積まないとやっていけない世界だということを、文字どおり肌で学びました。刷り上がった作品のあまりのひどさに意気消沈しましたが、でも木版画への興味は深まり、自分の中でずっと種火は消さないようにしていました。
 で、最近また木版画を始めたのです。オヤジの道楽と妻からは見られているようですが、自分としては新しい表現を開拓したいという願いもありました。コンピュータで制作する絵は、仕事としてはもちろんそれなりの価値があるのだけれど、そういうCGとは違うもの、手作りの感覚を大切にしつつ、手描きの絵ともまた違う表現をやってみたかったわけです。
 手始めが右に掲載した作品。彫りも刷りもまだまだアマチュアですが、今後の成長にご期待ください。これを作ってみて、去年やったことをまた思い出しました。
 どういう彫刻刀をどう使うか、どんな紙に絵の具をどう載せるか、どういう手順で行うか、などなど、版画を制作するためには、多くの技術を身につけ、あらゆることを考えて進めていく必要があることを改めて認識しました。わー、しんど。
 でも、しんどいながらも、コンピュータのようにキーの指定やマウス操作で進める作業とは正反対の、わずかな手の動きや天気といった偶発生に左右される不自由を、ぼくは楽しんでいます。


絵、なに?(61)
 はなむけの言葉
  
3/12/08 
 今日、女子美大付属高校の講演会に娘と一緒に行って来ました。講師は女子美大準教授の大森悟さんと資生堂アートディレクターの成田久さん。

 いい意味でのものすごいカルチャーショックを受けて、生きていて良かったなあ、これからも元気に生きていけるぞって思える、刺激に満ちたいい会でした。それがどういうショックだったかを文章で説明するのに困難を覚えてしまいます。
 成田さんは多摩美から東京芸大に進んで資生堂に入った人です。現在37歳。会場に姿を見せたとき、まずその風貌が強烈なインパクトを与えます。ピリケンのようなヘアスタイルと服装(実はその服は自分でデザインして縫ってきたのだと、あとで言ってました)。そして語り口やしぐさは完全にオカマ。しかしビデオで紹介されるその仕事はプロそのもの。テレビCMではMaquillage やMa Cherieのシリーズを手がけています。また歌手ボニーピンクのCDジャケットデザインもされたそうです。
 まるで女子高生のおしゃべりみたいな口調で話すのですが、よく聞いていると、随所にただ者ではないことを感じさせるコメントがちりばめられています。次のような言葉。
「こう見えてもぼくは努力家なんですよ。継続は力なりって思ってやっているんです。日々コツコツやることが大切だから。ライバルはピカソなーんて思ってやってきたの。昔からこの格好(服装やヘアスタイル)でやっているけれど、それを貫くためには、もちろん実績作んないとって思いましたよ。みなさん(女子美の生徒)はこれからこれからどんどん素敵なことをする人たちなんだから、わたしたちは大人よりもっと素敵なことをするもん、でやっていけばいいんですよ……」
 語り口と見てくれにごまかされてはいけない。言ってることはきわめてまともなのです。この人はいつかぜひNHK「プロフェッショナル」に出ていただきたいと思います。茂木さんとの話し合いが盛り上がること間違いなしです。
 もう一人の講師、大森さんは38歳。東京芸大油絵科出身で(卒業制作が大学買い上げになるくらいの実力の持ち主)、今は女子美大準教授をしながら現代美術をやっていらっしゃるそうです。略歴によると、ぼくの郷里の福井大学で4年間助教授、今も非常勤講師をやっていらっしゃる。
 その制作姿勢の根本にあるものは、考える姿勢、哲学です。ダ・ヴィンチやクレーも好きらしくて、話を聞いていて、考え方に共感する部分が数多くありました。また質疑応答での誠実な回答ぶりを、ぼくは尊敬の念をもって聞きました。
 作家としてやっていく途中で挫折しそうになったときにお二人はどう克服してきたかという質問に対して、こんなふうに答えたのです。「私も挫折したり迷ったりすることがあります。結果だけで判断されてしまうと不安になります。でも少ない材料でも自分を説明(プレゼン)していく必要があるでしょうね。私はある時期、2年間ほど何もせずに過ごしたことがありました。その時、作品づくりにこれとこれをすればいいという技術的なことではなく、今まで自分に教えてくれた人たちをもう一度「人」としてとらえていこうと思い直しました。するとその人たちが、自分が思っている以上に命がけで生きていることがわかり、自分が作家という仕事を、選択肢の一つとしか考えていなかったことを恥ずかしく思ったんです。2割程度しか力を出していなかったなと。今は10割の力を注いで、寝ても醒めても作家としての生活をしています。逃げも隠れもしないで。」
 すごい励ましの言葉ですよね。若い人へのいいはなむけの言葉になったことと思います。ぼく自身が感動しました。今日の講師はずいぶん毛色の違ったお二人で、ぼくはどちらかというと大森さんの姿勢の方が自分により近いと感じていますが、面白さと刺激という点ではどちらも同レベルの素晴らしい話と作品を見せていただきました。ぼくはまたしても心躍る1時間半を過ごすことができたのでした。娘が高校在学中に、この学校で、親のぼくもこんなふうにいい体験が何度かできたことを喜んでいるのです。
 

絵、なに?A(1〜13) B(14〜25)  C(26〜30) D(31〜34) E(35〜40) F(41〜46)
G(47〜50)  H(51-60)


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