ターシャさん再び  12/28
 今年も残すところあと4日。年内に片づけるべき仕事がようやく終わりました。あとは家事だ、掃除だ、年賀状だ。
 さて、月曜日(25日)、NHK総合でまたターシャ・テューダーさんの番組が放映されました。以前の『喜びは創り出すもの』の続編です。今回はその後の暮らしぶりと、
ターシャさんの91歳の誕生パーティーや、家族がそろって開くクリスマスの様子が取り上げられていました。放映日にうまく合わせた企画ですね。
 相変わらず驚かされるのは、すべてが手作りである点。パンもろうそくも樅の木も。ぼくたちのようにどこかのデパートでグッズを買いそろえるのではないのです。百年前の生活様式をかたくなに守り続けている。その徹底ぶりには驚嘆せざるを得ません。
 前にもそうだったけど、今度もやっぱり深く感動しました。ぼくはこんな生活にあこがれます。それは自然に囲まれた美しい環境と言う点だけでなく、ターシャさんの生き方(自然や仕事や生活をどう受け止め、どう実行していくかということ)そのものに教えられるところが多いと言うことです。日本でもアメリカでも、こんな生活を実践するのはいろんな点で困難が多いだろうけれど(だって現代文明から完璧に断ち切られた生活してますからね。ある種の覚悟がないとやっていけない。また実際上のさまざまな条件もかかわってきます)、その精神を見習って近づくことはできるだろうと思います。
 でもぼくはいつも思うんですよ。文明の発展なんてものに希望を抱いている人が
今どれくらいいるのかって。21世紀に入って、ますます世界は混乱し、生きにくくなっていくだけだと言うことを、誰もが肌で感じ取っています。だからこそ、ターシャさんのような生き方に多くの人があこがれるのだろうと思います。その証拠に、翌日NHKのサイトを見たら、検索語のトップは「ターシャ」でした。みなさん、番組を見てもっとターシャさんのことを知りたいと思っているのでしょう。そして再放送を待ち望んでいるのではないでしょうか。実はぼくもぜひ再放送を見たいと思っているのです。というのも、録画し忘れたものだから。なぜかこの人の番組はまともに録画できたためしがない。
 もしこの文章をお読みでまだターシャさんの番組を見ていない人がいたら、再放送をぜひご覧ください。心が洗われ、励まされます。一見華奢な体つきとは裏腹に、ターシャさんの生き方には何にも動かされない信念があることを、見るたびに感じます。ぼくがメモした言葉の一つを最後にご紹介しましょう。
 「大切なのは、自分を信じて待つことができるかどうかね」

イルミネーションよりも  12/23
 クリスマスです。
ここ数年、そこらじゅうの町でこの季節にイルミネーションをするようになりました。ニュースで見るたびに、こんなところでも景観の画一化が進んでいるんだと思ってしまいます。余計な心配かも知れないけれど、樹木が眠れなくなってしまいます。その悪影響が自然全体や人間に回ってくることも間違いないでしょう。
 照明デザイナーの石井乾子さんが仕事を始めた数十年前は、日本はどこも暗かったそうで、光に対する意識も低かったそうです。確かにそのころから見れば今はずいぶんあちこち明るくなったけれど、今のイルミネーションを見ていると、なんだか日本中ディズニーランド化しているみたいな感じです。それが果たしてクリスマスの光かというと、そうではないだろうなと思うのです。
 ぼくは素朴にろうそくの光を愛するのです。闇の深さと光の温かさを実感できます。それこそがぼくたちのそばまで降りてきた神さまの恵みなんじゃないかと。

ダ・ヴィンチの受胎告知がやってくる  12/20
 
ダ・ヴィンチブームは来年もまだ続きそうです。先月、イラスト制作に追われているとき、ラジオのニュースで、来年の春ダ・ヴィンチの「受胎告知」がやってくると報じられていました。おー、これはすごい。所蔵されているウフィッチ美術館から今まで外国に出たことがなかったんだとか。1月25日追記:実は過去に2度、外国に出したことがあるそうです。ウフィッチ美術館が24日に訂正を発表していました。
 フィレンツェのウフィッチ美術館には若いときに行ったことがあって、ここは例えばボッティチェルリの「春」やら「ヴィーナスの誕生」といったものすごい作品が展示されているのです。ダ・ヴィンチの受胎告知も見た覚えはあるのだけど、当時はまだぼくの意識がずいぶん低かったので(何に関してもそうだったけど)、しっかり鑑賞した記憶がありません。たまたま美術館で居合わせたアメリカ人がダ・ヴィンチのファンで、一緒に館内をまわりながら話をしていたら、ぼくがダ・ヴィンチには全く詳しくないものだから「君はいったい何を見に来たんだ?」と言われてしまったのを覚えています。
 だから今度はしっかり見ようと思っているんです。

谷川俊太郎・太田大八の詩集  12/15
 
きのう、青山ブックセンターで、谷川俊太郎さんの新刊詩集『詩人の墓』(集英社)の朗読・トーク・サイン会がありました。谷川さんというだけでもすごいのですが、ぼくにとって嬉しかったのは絵を描いたのが太田大八さんだということ。この二人に会えるのなら、迷ってはいけない。万難を排して行って来ました。
 実はこのサイン会に出るためには、事前に青山の本店で詩集を買って整理券をもらわなければいけませんでした。先着70名だったかな、確か。先週新聞広告で見たその日に買いに行きました。この本を買うだけのために青山に行くってのも、もったいないなと思いましたが、背に腹は代えられない。仕事が混んでいることも考えて、他のことには目もくれずこの本だけを買ってきました。
 そしてきのうのサイン会。楽しいおしゃべりでした。トークは主に、集英社の女性編集者のインタビュー形式で行われました。詩のできあがるまでのいきさつや恋愛観、人生観なども語ってくれて、そういう背景を聞いたことで、詩を深く鑑賞することができるようになりました。谷川さんはお話が上手ですね。
 太田さんももちろん来ていましたが、高齢であること(まもなく88歳)に主催者側が配慮してでしょうか、最後の方でほんの少し壇上に上がって話しただけでした。ぼくはあの詩から太田さんが絵をどんな風に描いていったのか、制作過程や画材のことなど具体的なことをもっと聞きたかったのですが、残念でした。
 残念と言うことなら、もうひとつ付け加えたいことがあります。店員の仕事ぶりにどうも不手際が多かったのです。
ここでいちいち話しませんが、一等地でのしゃれたお店の割には、店員教育が少し足りないような気がしました。対応が横柄とか勘定が間違っていた、と言うところまでひどくはありません。ただ、すごく素人っぽく、未熟な感じがするのです。プロジェクターの調整を開会の時になってやっていたし。マニュアル人間にすらなっていないような印象を受けました。もう少し温かみや手際の良さを見せていただきたい。

 ま、そういうことはあったけれど、いいサイン会でした。宝物がまた一つ増えました。そして今日12月15日は谷川さんの75歳の誕生日なのです。

武士の一分  12/4
 あっという間に12月。見たかった「仏像展」(東京国立博物館)は、時間がなくてとうとう行けずに終わってしまいま
した。もうほんとに残念。「ボストン美術館展」(江戸東京博物館)も今週で終わりですよ。どうしよう。ダリ展やら何やら、たくさん見たいものがあるんだけど、仕事の催促の電話も怖いし。
 実は映画も見たいのがたくさんあるのです。ここ数年とんと行かなくなりました。ビデオも見なくなったし。いま特に気になるのが「硫黄島からの手紙」(クリント・イーストウッド監督)と「武士の一分」(山田洋次監督)。今日はこの「武士の一分(いちぶん)」のお話を。山田監督の前作にはがっかりしたのだけれど、新作は藤沢周平三部作の締めくくりだし、今回はちょっとキムタクに注目しているので、見ようかな、と。キムタク、以前はぼくの関心外だったけど、「ハウルの動く城」を見てびっくりしました。あ、こりゃプロだと思わせる見事な声の演技。尊敬しちゃいました。この時代劇でどんな演技を見せているのか、興味があるのです。

 今朝の朝日新聞「CM天気図」で天野祐吉さんがこの「一分(いちぶん)」について面白いコメントを書いています。今、この言葉を知っている人はほとんどいないだろうというのです。ぼくも知りませんでした。映画の原作である短編
のタイトルは「盲目剣谺(こだま)返し」。ぼくも去年読んではいましたが、もうほとんど内容を忘れていたので、先日もう一度読み返してみました。
 その中に一度だけ、決闘のシーンでこの「一分」という言葉が出てくるのです。注意深く読まなければ、読み飛ばしてしまう言葉です。へえ、こんなところに。で、そのあと、ぼくは辞書で意味を調べました。「一人前の存在として傷つけられてはならない、最小限の威厳」(新明解国語辞典)。つまりプライドですね。いい言葉だ。
 天野さんはこんな風に言っているのです。「一分や面目(めんもく)にとらわれすぎるのは困りものだが、かといって、それがまったくなくなってしまうのもどんなものか。山田監督はそんないまの世間の失くし物”に光をあ当てるために、あえて「武士の一分」という通じないタイトルをつけたのかも知れない。」
 さて、拙者もイラストレーターの一分を立てて仕事をしてゆきたいものぢゃ。

11月の「ごあいさつごあいさつ」