仙丈ガ岳(長野県/山梨県)

せんじょうがたけ 標高3033m。

 仙丈ガ岳は、南アルプスの高峰であり、深田百名山に選ばれている。
 深田久弥は、「日本百名山」の中で、 「私の好みで、日本アルプスで好きな山は北では鹿島槍、南では仙丈である。」 と書いて、姿がよいことを理由に挙げている。
 そこで筆者も、これまでにいろんな方角(北岳、間ノ岳、甲斐駒ガ岳、アサヨ峰など)から撮った 仙丈ガ岳の写真を引っ張り出して見比べてみた。 その結果、個人的には間ノ岳あたりからの姿が最も整っているように思う。
 では、筆者の山行記録を紹介しよう。
 最初にこの山に登ったのは、学生時代の1968年10月で、 探検部の仲間とテントを持って、戸台から北沢峠に上がり、仙丈ガ岳を越え、塩見岳まで縦走した。 2回目は1972年9月で、会社の山仲間K君と、戸台から北沢峠経由で頂上を踏んだ後 仙丈小屋に泊まり丹渓新道を歩いて戸台に下山した。 これは、年末に予定していた仙丈ケ岳の登山ルートの下見を兼ねていた。 3回目は1972年12月31日で、北沢駒仙小屋(旧北沢長衛小屋)に天幕を張って頂上を往復した。 このときは、会社の山仲間および探検部の現役学生と一緒である。 そして4回目が2010年なので、3回目から40年近いブランクがあったことになる。 入山方法も大きく変わった。 前3回のときは、まだ北沢峠へのバスが運行する(1980年)前で、 戸台から歩いて入山しているのだ。

 今回(2010年10月)は、本当のところ、北アルプスのどこかに登ろうと 目論んでいた。 というのも、夏に久しぶりに登った北アルプスの常念岳の印象が良かったので、 秋にもう一度北アルプスを歩くつもりでいた。 しかし、登山を予定していた日に限って、晴れの天気が長続きしそうもないという予報で、 実行が延び延びになり、わりと手軽に登れる仙丈ガ岳に目標を変えたのである。
 出発日の早朝、新宿発の特急「あずさ」に乗って、甲府へ向かう。 甲府から広河原行きのバスは、平日のため、がらがらである。 広河原から南アルプス市営バスに乗り換え、北沢峠へ。 途中の車窓からカモシカが見え、窓越しだったが写真を撮ることができた。
 仙丈ガ岳に登るのは39年ぶりだが、そんなに長いブランクがあったようには感じない。 というのも、2001年にアサヨ峰に登ったときに、やはりバスで広河原から北沢峠に入っているし、 北沢峠ではないが、その前の1992年から1994年にかけて、3年連続で、 クモマツマキチョウを求めて広河原から大仙沢/小仙丈沢まで歩いているからだ。
 この日の天気予報は、曇りのち晴れだったが、青空は広がらず、 雲が空を覆ったままだった。 峠で一息入れてから、13時に歩き始める。 馬の背ヒュッテに宿泊の予約を入れてあるので、薮沢経由で登ることにする。 いったん、大平山荘まで下ってから登りになる。 登山道は深い樹林帯の中につけられている。 南アルプスらしい雰囲気だ。 針葉樹に混じって、広葉樹が紅葉しているが、あまり鮮やかでない。 猛暑続きの夏が終わっても、暖かい日が続いているせいかもしれない。
 大平山荘から一時間ほど森の中の道を登ると薮沢の流れの近くに出、視野が開ける。 道が右岸から左岸に変わる場所で一休みする。 沢に手を入れると、痛いほど冷たい。
 このときほんの一瞬、甲斐駒ガ岳の上部の雲が切れ、花崗岩の真っ白な頂が見えたが、 すぐに次の雲がやってきて、また見えなくなってしまい、 この日はもう姿を現さなかった。
 大滝ノ頭5合目からの道が合流すると、 馬の背ヒュッテはすぐだ。 小屋のまわりは、鹿の食害防止のために背の高いネットが張り巡らされている。
 15時20分に小屋着。 夕食まで時間があるので、缶ビールを買って、時間をつぶす。 この日の宿泊者は、若い単独の登山者が2人と筆者の計3人だった。 翌16日の宿泊者受け入れで、今シーズンの営業は終わりとのこと。 にぎやかな夏山シーズンが終わりに近づき、静けさの中に寂しさが漂っている。 夕食はカツカレーでおいしかった。 小屋の部屋は、広々している。 2段ベッド方式でないので天井が高いのと、宿泊者が3人だけなので余計広く感じるようだ。
 翌日は5時に起きて、小屋を出た。 山の上から日の出の瞬間を見たかったからだ。 暗闇の中をライトをつけて登る。 気温が低いと見え、手の指が冷たくなる。 10分ほどで尾根に出、このころまわりが明るくなり始める。 とりあえず仙丈小屋を目指す。 途中、甲斐駒ガ岳の展望がよいところがあれば、三脚を立てて写真を撮るつもり で高度を上げていったが、気に入る場所がなく小屋に着いてしまった。 上空には薄雲がかかっていてどうも日の出を見られそうもない。 それでも、もし朝日が出て、甲斐駒ガ岳が赤く染まる瞬間を逃したら後悔するので、 先を急ぐ。 小屋からは小仙丈ガ岳に通じる道を取り、尾根道に合流したところが、 一番写真を撮るには良さそうなので、荷物を下ろしカメラを構えて、朝日が 甲斐駒ガ岳に当たるのを待った。 しばらく待ったが、弱々しい日差ししか届かず、諦めて仙丈ガ岳頂上に向かった。 頂上は風が冷たかった。 日差しは薄雲に遮られていたが、眺望はよく、恵那山から中央アルプス、御岳山、 北アルプス、八ヶ岳、鳳凰三山、南アルプスの山並みが見渡せた。 おかげで、1時間以上頂上にいても、景色を見あきることがなかった。 馬の背ヒュッテで同宿だった男性も頂上で一緒になったので、世間話をして時間をつぶす。
 これ以上待っても、光線の具合がよくなりそうもないので、 8時過ぎに北沢峠を目指して下山を開始。 広河原行バスの発車時間が13:05なので、急ぐ理由がない。 ゆっくり写真を撮りながら歩く。 12時過ぎに北沢峠着。 あとは、北沢峠からバスを乗り継いで甲府に出て、さらに高速バスを利用して 帰京した。
 今回の山行では、日の出が見られなかったのは残念だった。 でも穏やかな好天に恵まれて、山頂からは360度の眺めが得られ、 久しぶりの南アルプスの山歩きが楽しめた。

 歩行記録 2010/10/15 登り2h20m(北沢峠−馬ノ背ヒュッテ)  10/16(馬ノ背ヒュッテ−仙丈小屋−頂上−小仙丈ケ岳−北沢峠)

 カモシカ
 広河原から北沢峠に向かうバスの車窓から撮影。(2010/10/15)
 以下、2010年の写真はすべてCANON 5D Mark2・EF-24-105mm F4L IS USMで撮影。

 大平小屋
 北沢峠周辺は、紅葉する木が針葉樹に混じってきれいだった。 (2010/10/15)

 仙丈ガ岳頂上からの北アルプスの眺め
 左に乗鞍岳が、右側に槍穂高の山々が見える。 手前の平地は伊那谷。(2010/10/16)

 仙丈ガ岳頂上からの中央アルプスの眺め
 左端に丸い形で見えているのは恵那山、右端の背後には御岳山がある。 (2010/10/16)

 仙丈ガ岳山頂から薮沢カールを見下ろす。 カールの下に仙丈小屋、そして、小屋のすぐ上には三日月状の ターミナルモレーンが見える。 背景は鋸岳で、右奥に霞んでいるのは八ガ岳。
 馬ノ背ヒュッテも小さく見えている。 (2010/10/16)

 小仙丈ガ岳から振り返って見上げた仙丈ガ岳東面。 小仙丈カールが広がっている。(2010/10/16)

 小仙丈ガ岳から、前日に泊まった馬ノ背いヒュッテがよく見える。
 まわりのダケカンバはすでに葉を落としているのがわかる。 (2010/10/16)

 小仙丈ガ岳からの鋸岳と甲斐駒ガ岳。 その向こうには八ガ岳がある。

 甲斐駒ガ岳とアサヨ峰(右)
 アサヨ峰は高さが2799mもあるのに、山容が平凡で甲斐駒ケ岳と比べらると だいぶ損をしている。

 甲斐駒ガ岳


 では、次に1972年に訪れたときの写真を紹介しよう。
 当時は、夜行列車で伊那北駅まで行き、そこからバスで戸台の登山口に入った。
 9月の山行は、年末年始に予定していた仙丈ガ岳と甲斐駒ゲ岳を登るための、 ルートの下見が目的だった。 23日に戸台から北沢峠、小仙丈ガ岳を通って仙丈ガ岳の頂上を踏み、 仙丈避難小屋に泊まった。 翌24日に丹渓新道経由で丹渓山荘に下り、戸台へと戻った。
 右の写真は、戸台のバス停にあった「戸台食堂」。
 写っている人物は、このとき一緒に登ったK君。
 ここから北沢峠に向かって、長い河原歩きが始まる。(1972/09/23)

 1972年当時、北沢峠にあった長衛荘。 現在の近代的な建物とはまるで違っていて、昔ながらの板張りの山小屋だった。
 写っているのは、同じくキスリングを背負うK君。 当時は山行のザックといえば、キスリングが一般的だった。(1972/09/23)

 仙丈ガ岳頂上で現れたブロッケン現象。(1972/09/23)

 仙丈ガ岳頂上から、夕日を浴びる富士山、北岳、間ノ岳を見る。(1972/09/23)

 旧仙丈避難小屋(1972/09/24)
 頂上を踏んだあと、薮沢カールにあるこの小屋に泊まった。 今の仙丈小屋に比べ、ずいぶんとこじんまりしている。 翌9/24に、馬ノ背、丹渓新道経由で、今は営業していない丹渓山荘に下り、戸台に戻った。 この写真は、24日朝出発前に撮ったもの。


 1972年はもう一度仙丈ガ岳に登っている。 お正月休みを利用した山行だった。 12月30日に戸台から北沢峠に入ってテントを張り、 ここをベースにして、12月31日に仙丈ガ岳に登り、翌1月1日に甲斐駒ガ岳に登った。 1月2日には、戸台経由で下山した。 天気に恵まれたため、予備日を使わずに山行を終えている。
 以下に紹介するのは、その時に写真である。
 左の写真は、仙丈ガ岳の頂上を踏んだのち、小仙丈ガ岳から甲斐駒ガ岳を 正面に見て、北沢峠へ下山しているところ。 歩いているのは、我がパーティの面々。(1972/12/31)

 仙丈ガ岳に登った翌日の1973年1月1日に甲斐駒ガ岳に登り、 頂上で記念撮影。 前列右端、ロシア製の毛皮の帽子をかぶっているのが筆者。(1973/01/01)

 甲斐駒ガ岳から北沢峠に向かって下山途中、仙丈ガ岳が大きく見える。 (1973/01/01)

 ここで紹介した1972年の2回の山行で使っていたカメラはNIKOMAT FTnで、 レンズは50mm F1.4である。 フィルムは1972年9月のときがKodachrome、1972年12月のときはEktachrome を使っている。
 今回久しぶりに当時のカラースライドを取り出してみたわけだが、 40年近くたっても大きく褪色していないのは驚きである。
 スライドの保管に特別な配慮はしていない。 カビが生えにくい場所に置いているだけである。 コダックのフィルムが、当時からいかに優れていたかを物語っている。
 同時期にフジのポジで撮った写真と比較すると、 差は明らかだ。

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