概要: 引力圏からの脱出要件 

 

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万有引力からの脱出とは…:

 質量 $M$ の『星』の周りを質量 $m$ の『宇宙船』が運動しているとします。 『星』は静止しており,『宇宙船』はこの星の万有引力のみを受けて運動しているとします。宇宙船と星との距離が $r$ であるとき,宇宙船が受ける万有引力の大きさ $F$ ,およびその位置エネルギー $U$ は,万有引力定数を $G$ として, \[ F = G\,\bun{M\,m}{r^2} \\ U = - G\,\bun{M\,m}{r} \] で与えらえます。位置エネルギー $U$ の基準は無限遠とし,そのグラフは下図の紫色で示した曲線のようになります。


 万有引力は距離の2乗に反比例して小さくなりますが,星から十分遠方に離れていても万有引力は0(ゼロ)になるわけではありません。
 では,星の万有引力から逃れ出る(引力圏からの脱出)ということは,物理的にどのような条件を考えればいいのでしょうか?

 万有引力は保存力(仕事量が経路によらず一定となるような力で,位置エネルギーが定義できる力)ですので,力学的エネルギーの保存則が成立します。
 星から距離 $r$ 離れた位置における宇宙船の速さを $v$ とすると,その運動エネルギー $K$ は $K = \bun{1}{2}m v^2$ ですから,力学的エネルギーを $E$ として,力学的エネルギー保存則は次のようになります。\[E = K + U \\ \quad = \bun{1}{2}m v^2 - \bun{G M m }{r} \\ \quad = 一定 \]
 上のグラフを見てください。
 例えば, $E = -e_1 \lt 0$ のように,力学的エネルギー $E$ が負の値であった場合,\[-e_1 = K + U \\ \kern-1em \therefore r \lt r_1 の範囲では, U \lt -e_1\quad\therefore K \gt 0 \\ r = r_1\quad では,\quad\quad U = -e_1\quad\therefore K = 0 \\ r \gt r_1 の範囲では, U \gt -e_1\quad\therefore K \lt 0 \]となりますが, $ K = \bun{1}{2}m v^2$ ですから $ K \lt 0$ では宇宙船の速度 $v$ は虚数ということになってしまいます。速度は実数ですから, $ K \lt 0$ ということはあり得ません。つまり宇宙船は, $r \gt r_1 $ の領域には達し得ないことを意味します。逆に $ K \gt 0$ であるならば宇宙船は実数のある速度で運動していることを意味します。 $ K = 0$ なら,一瞬停止した後,再度引力にひかれて星の方に戻っていくことになります。
 すなわちこの場合宇宙船は,星からの距離 $r$ が $0 \lt r \le r_1$ の範囲で運動することになります。

 次に, $E = e_2 \gt 0$ のように,力学的エネルギー $E$ が正の値であった場合を考えてみましょう。この場合のエネルギー保存則は,\[ e_2 = K + U \] このとき,無限遠方での宇宙船の運動エネルギーを $K_{\infty}$ とすると, $ r = \infty $ において $U =0$ なので $K_{\infty} = e_2 \gt 0 $ となり,宇宙船は星から無限の距離離れていても運動していることになり,星からさらに遠ざかっていけることになります。つまり,宇宙船の運動範囲 $r$ は $0 \sim \infty $ となり,星の引力による運動範囲の束縛から完全に抜け出ている…ということになります。これが,『引力圏からの脱出』という意味です。
  $E = 0$ の場合も無限遠まで達し得るということで,引力圏からの脱出の限界…と言えます。

 以上より,星の引力圏から脱出できるか否かは宇宙船の力学的エネルギー $E$ の正負だけで決まり, \[\color{red}{\kern-2em \left \{ \begin{array}{rl} & \kern-1em E \ge 0 なら,引力圏脱出 \\ & \kern-1em E \lt 0 なら,脱出不可  →星の周りを周回 \\ \end{array} \right . } \] となります。

 惑星などについても同様なことが言えます。地球など太陽の周りを周回している惑星の力学的エネルギーは $ E \lt 0$ であり,太陽の周りを周回運動しています。これに対して,太陽系外から飛び込んでくるような非周期性の彗星などの力学的エネルギーは $ E \ge 0$ ということになります。

 宇宙船の力学的エネルギー $E$ で引力圏からの脱出の可否が決まることは分かりましたが,そのときの宇宙船が描く軌道と力学的エネルギー $E$ の関係を,もう少し詳しく調べてみましょう。
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 次のテーマ『力学的エネルギーと惑星の軌道』に続く。