Under the moon

「あなたは、どうするんですか?」
「は?」
「マイクロトフさんが僕と同じ選択をしたとしたら、あなたはどうするんですか?」
 カミューはジョウイの質問に、軽く肩をすくめた。
「アレン殿と同じ行動をとるでしょうね」
「……アレンと?」
「ええ」
 彼が望むのなら、彼の敵を演じよう。
 彼の『理想』を実現させるために必要ならば、それが誰であろうと殺めてみせる。
 笑い続けることなど、なんでもない。
 最後に自分が死ぬのが彼の『理想』に必要不可欠だというのなら、死んでみせる。
 彼の手にかかって死ぬのなら、後悔はしない。
 そこまで考えて、カミューは一つ思い当たった。自分が何故あんなにも、アレンのことが気になったのか。
 アレンは自分と似ているのだ。
 姿形ではない、境遇でもない。
 では何が似ているのかというと、それは。
 想い。
 大切な者のためならば自らを犠牲にすることも厭わないほどの、深い想い。
 ことの大きさは違うが、騎士団を脱退したことがいい例だ。
 マイクロトフは自分のせいでカミューも反逆騎士にしてしまったとしきりに気にしていたが、カミューにしてみればそんなことはどうでもよかったのだ。
 マイクロトフがいたから騎士団にいたのであって彼がいない騎士団になぞ未練のかけらもない。彼が反逆騎士になるというから、それにつきあっただけの話。
 騎士の風上にもおけない人間だと云うことはわかっている。だが、騎士団に所属して騎士団長であった時は騎士として生きていた。
 マイクロトフの中で「騎士」という言葉よりも「殺されてゆく流民」の方が大きかったのと一緒で、自分の中では「騎士」という言葉よりも「マイクロトフ」のほうが大きかっただけ。
 アレンもきっと同じ。
 ジョウイが望むから同盟軍のリーダーになり、ジョウイが望むからルカ・ブライトを討った。
 自我がないわけではない。
 おそらくジョウイの望みを叶えることが、アレンの望みなのだ。
「……貴方の選んだ選択肢が正しかったとしても、正しくなかったとしても。後悔は、しないでください」
 カミューの瞳が、まっすぐにジョウイを見た。
「貴方の後悔はアレン殿の後悔。貴方が後悔をすれば、アレン殿はまた心につくらなくてもよい傷をつくることになります」
 ジョウイは彼を見返した。
 そしてゆっくりと頷く。
 それを見届けて、カミューは湖の方を向いた。
「………いっそのこと、このままアレン殿をつれて逃げますか?」
 いきなり何をいいだすのか。
 涼しい顔をして、とんでもないことをさらりと云う。
 少し考えて、ジョウイは首を横に振った。
 そうできるものなら、そうしてしまいたい。
 でも、そうするにはもう遅すぎる。
「やめておきます」
「貴方がそうしたいというのならば、私は止めませんよ?……あなた達はよくやりました、後は大人が何とかします」
 冗談めいた云い方だったが、カミューが本気で云っていることがジョウイにはわかった。
 だから、本気で返事を返す。
「そうできたら、どんなに楽かわかりません。でも、もう僕とアレンだけの問題じゃないから」
 クルガン、シード、大勢の兵士達。自分を待っている人がハイランドにいる。
 アレンにだって、たくさんの仲間がいる。
「…………自分が開けた幕は、自分で引きます。……運命を受け入れる勇気が僕にはあると、信じていますから」
 自分に言い聞かせるように、ジョウイが云った。
 会話がとぎれる。
 そうしてどのくらいたってからか。
 カミューは腕を上げて、船着き場の方を示した。
「船着き場からではなく、洗濯場からはいるのがいいでしょう。……これを着て行くといい」
 その姿では、あんまり目立つでしょうから。
 云って、カミューは自分が着ていた上着をジョウイに差し出した。
 ジョウイが目でいいのかと尋ねる。
 カミューは微笑みでその問いに返した。
 いいも悪いも、自分の上着ではない。
 それをあっさりと他人に貸すあたりが、カミューのカミューたる由縁である。
「私の物ではないので、アレン殿の部屋にでも置いていってください」
 それでも一応付け加えて、カミューはジョウイを促した。
 深く一礼してジョウイが走り出す。
 その背中に、思い出したようにカミューが声をかけた。
「貴方の事情はよくわかりました。ですが、私たちはあくまでも同盟軍側の人間です。次に貴方とお会いするときは……多分…」
 カミューは皆まで云わなかった。いや、云えなかったという方が正しいかもしれない。
 その声が聞こえたのか聞こえなかったのか。
 ジョウイの背中は夜の闇の中に、溶けて消えた。


 ジョウイの背中がすっかり見えなくなるまで見送って、カミューは踵を返した。
 さて、と呟いて歩き出す。
 ずいぶんとまたせてしまった。
 カミューの云ったとおりに、マイクロトフは彼らからずいぶんと離れたところで待っていた。
 辺りは静まり返っていたから話し声は聞こえてきただろうが、会話の内容までは聞き取れていないはずである。
 できることならばマイクロトフには、自分の胸の内を知られたくはない。カミューの彼に対する気持ちが、彼の重荷となることがあってはならないから。
 マイクロトフが会話の内容を聞いてきたら、なんと答えるべきか。
 近づくカミューの足音に、マイクロトフが振り返った。
 ランプをカミューの方に心持ち差し出して、彼が自分の隣に並ぶのを待っている。
 並んで歩き出して、しばらくはどちらも口をきかななかった。
 そうして、いいかげん自分とジョウイの会話には触れてこないだろうとカミューが思いはじめたころ。
 マイクロトフがいきなり立ち止まった。
「………どうした?」
 つられて立ち止まって、カミューは首を傾げた。
 何事か思案するようにカミューの顔を見つめて、やがてゆっくりと口を開いた。
「もしも………………俺がジョウイ殿と同じ立場になったとしたら」
 マイクロトフの言葉に、カミューが顔を強ばらせた。体が、びくんとふるえる。
「たくさんの人を救うか、お前の手を取るか。二つに一つしか選べないのならば。俺はきっと考えて考えて、頭がおかしくなるくらい考えて」
 聞きたくない、そう思ったのが顔にでたのか。
 マイクロトフは安心させるように、あいている方の手でカミューの肩をつかんだ。
 そしてことさらゆっくりと云った。
「……俺はお前の手を取る」
 嬉しかった。
 たとえそれが嘘でも嬉しかったのに、
「嘘を……つくな…」
 そう返してしまった。
 カミューの言葉に、マイクロトフは笑う。
「嘘じゃない。…俺は臆病な大人だからな。子供達のように、大胆な行動はとれんよ」
 大切な者を手に入れてしまうと、人はそれを手放すことができなくなる。
 特に歳を取ると、手放した後もう一度手にすることができないのではないかと…ことさら臆病になる。
「……全部聞いていたのか?」
「いや。このあたりだけだ」
 マイクロトフは即答した。
 嘘だと、カミューは思う。
 だが、聞かなかったことにしてくれるのならばそれでいい。マイクロトフが聞いていないというのならば、彼は一生聞かなかったことにしておいてくれるはずだから。
 あの会話を聞いていて、彼が何を思ったのか。
 何を思い、何を考え、話を聞かなかったことにしたのか。
 それはわからないけれど、聞かなかったことにしてくれるのはきっと彼の優しさ。
「しよう」
 唐突に、カミューが云った。
 本当に唐突な言葉に、マイクロトフは目を瞬かせる。
「しよう。マイクロトフ」
 何を。
 と、までは云わなかったが、カミューの云いたいことを理解して、マイクロトフは掴んでいた肩を引き寄せた。
 バランスを崩して、カミューがマイクロトフの方に倒れ込む。
 それを器用に片手で抱きとめて、マイクロトフは腕に力を込めた。
 言葉の意味を理解しても珍しく赤くならない。
「そうだな。俺もお前が抱きたい」
 そして本当にめずらしいことに、自らも欲望を口にした。
 カミューがマイクロトフの背に自分の腕をまわした。
 瞳を閉じて、唇の重ねようとする。
 それに応じかけて、思い出したように問いかけた。
「…………もう、考え事はいいのか?」
 この二日間、カミューがアレンの事を考えて鬱々としていたことに気がついていたらしい。
 ベッドで何か云いたそうだったのは、このことだったようだ。
 カミューはくすりと笑った。
 そして、それには答えずに深く唇を重ねた。

                                                  END
 

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