詰将棋には、いろいろな条件の長手数記録、短手数記録、駒数の記録や繰返し回数の記録など、
たくさんの記録作品があります。
それらの作品を一望に見ることができるコーナーが記録に挑戦!です。
山にも手軽に登れる山からエベレストのような高い山までいろいろあるように、
記録にもまだあまり開拓されてなく挑戦しやすい項目もあります。
現在の記録作品をじっくり見て、記録更新に挑戦してみてください。
本作は作者名と「ビンボーグリス」という名前から想像できるように、
「アンバーグリス」の貧乏図式版です。
アンバーグリスは盤面成駒なしの長手数記録作品でしたが、
本作もまた貧乏図式(単玉)の長手数記録作品(417手)になっています
(双玉の貧乏図式では、佐々木恭閑さんの「無銭旅行」645手があります)。
作者 「「アンバーグリス」方式の持駒変換入り置駒消去を用いて単玉貧乏図式の記録更新を狙ったものです。
玉方の手駒に香は2枚しかありませんが、11歩12香を取りに行く際に計3回の香捨合が入ります。
これにより、非常に簡素な図ですが、10往復、400手超えを達成することができました。
玉方53とのスイッチバックはちょっとした遊び心です。
20手目と398手目の局面を比べてみると面白いかもしれません。」
一見、単に龍追いで右上の置駒を取っていくだけの趣向に見えるのになぜこんなに長手数になるのか、
もう少し詳しく作者の中村さんに解説していただきましょう。
新機構『アンバーグリス式持駒変換入り置駒消去』について
まず最初に、これがどういうものか一言で簡潔に述べると、
『2サイクルで1枚消去する置駒消去』です。
従来の置駒消去(例:黒川一郎作『竹生島』)では、1サイクルで1枚消去でした。
新機構では、1枚消去する過程で1回持駒変換が入って、2サイクルを要します。
(本作の11歩、12香消去と前作『アンバーグリス』の22歩、12歩、13香消去がこの新機構です。
また、『アトランティス』の21歩消去手順も理由付けが少し異なりますが、これに類します。)
では、どのようにしてこれが成立しているのか。
その答えが捨合(による持駒変換)が行われる仕組みと持駒を消費する折り返し部分にあります。
まず、この機構において、玉方が捨合をするのは、攻方の強要によるものではなく、玉方の自由意志によるものです。
これはどういうことかというと、たとえば、伊藤看寿作『寿』において、
玉方が37に桂や銀を捨合をしなければ、25龍以下の手順ですぐに詰んでしまいます。
これは、「捨合しなければ詰む手順がある → 玉方が捨合でその手順を阻止 →
攻方が獲得した捨合を活用して新たな別手順で詰める」というものです。
しかし本作において、32香合や33香合は省略したとしても、
『寿』と違ってすぐに詰んでしまう手順があるわけではありません。
また、攻方が香を獲得しましたが、それを活用した新たな別手順は発生していません。
結局、この獲得した香は持駒変換前の歩の代用として用いられるだけ、ということになります。
つまり、「捨合してもしなくても同じ詰め手順 →
玉方はそれならばと捨合して1サイクル分の手数稼ぎをする」というものです。
ここまでは前例があります。
山崎健作『表参道』における香捨合がまさにこれです。
また、『アンバーグリス』の最初の2回の香捨合、『ビンボーグリス』の1回目の香捨合は
『表参道』の香捨合と理論的に同じものです。
しかし、これだけでは、玉方の持駒の香をすべて攻方の歩と変換して、玉方の香が尽きればそこまで。
玉方の香の枚数分のサイクル数しか稼げません。
新機構では、玉方の香が尽きると同時に攻方も歩切れとなり、
次の折り返しに今もらったばかりの香を使うことになります。
ここで、持駒を消費する折り返しの仕組みが重要になってきます。
よくある折り返しでは、攻方が持駒を打ったとき、玉方がすぐにそれを取って折り返します。
たとえばすでに挙げた『寿』『竹生島』『表参道』は全てそうです。
しかしこの折り返し方では、攻方が歩切れになって香を使って折り返すと、その香がすぐに取られてしまいます。
そして、その香はもちろん再び捨合として用いることができるので、
「玉方が(最後の)香捨合 → 攻方が(歩の代わりに)香で折り返し、
玉方が香を獲得 → 玉方が再び香捨合 → ・・・・・・」
となって、これではついに目的の置駒を消去することができず、千日手になってしまいます。
しかし、新機構では、攻方が香を折り返しに使っても、香が玉方にすぐには取られず盤上に残ります。
玉方がこの香を取ることができるのは1サイクル後です (ちなみにこの折り返し方自体は前例があります)。
そして、この1サイクルの間に、攻方は目的の置駒を消去することができるので、千日手になりません。
さらに、攻方が目的の置駒を消去した後、玉方は、攻方が1サイクル前に打った香を回収します。
そこで、攻方が置駒歩を消去(獲得)して次の置駒を消去しに行く際に、再び1回の捨合をすることができます。
「攻方が(最後の)歩で折り返し → 玉方が(最後の)香捨合 → 攻方が香で折り返し →
玉方が香切れ、置駒1枚消去に成功 → 玉方が香を獲得 → 攻方が(最後の)歩で折り返し →
攻方が次の置駒を消去しようとするのに対し、玉方が再び香捨合 → ・・・・・・」
となって、最後の1枚の香が攻方と玉方を何度も行ったり来たりして持駒変換と置駒消去が有機的につながり、
かくして、新機構『2サイクルで1枚消去する置駒消去』が成立したのです。
私がこのたび『ビンボーグリス』を発表したのは、記録の更新はもちろんですが、
龍追いにおけるサイクル稼ぎとしてのこの新機構の優秀性を改めて示したかったというのが大きいです。
基本的な構図は従来の置駒消去とほぼ同じでいいので、利用しやすいと思います。
また、龍追いの最も伝統的なサイクル稼ぎの一つである
『置駒消去』の細分化にはまだまだ可能性があるかもしれません。
最後に、もしこの新機構を使ってみたいという方がいらっしゃったら、
私に連絡など一切不要ですので、ぜひ使ってください。
そのようにしてできた新作品を見るのは楽しみであり、また発案者冥利に尽きます。
長文失礼いたしました。
さて、それでは実際の手順を見ていきましょう。
1周目: 環境整備。 63に逃げられないよう塞いでおくのがポイント。
75桂、52玉、62飛、43玉、42飛成、34玉、33龍、25玉、
24龍、36玉、26龍、47玉、37龍、58玉、48龍、69玉、
59龍、78玉、89龍、68玉、69歩、58玉、78龍、47玉、
48龍、36玉、37龍、25玉、26龍、34玉、24龍、43玉、
33龍、52玉、42龍、61玉、71香成、同玉、83桂、61玉、
63香、同と、51龍、72玉、
2周目: 31桂奪取。
31龍に62玉、51龍、72玉とすると2手伸びそうですが、62玉には71龍で逆に2手短くなります。
81龍、62玉、71龍、52(53)玉、51龍、43玉、42龍、34玉、
33龍 ・・・ 69歩 ・・・ 42龍、61玉、31龍、72玉、
3周目: 21歩奪取。 32龍に42歩の捨て合は同角成で簡単です。
81龍、62玉、71龍、 ・・・ 69歩 ・・・ 33龍、52玉、32龍、61玉、
21龍、72玉、
4周目: 11歩の奪取を32香中合で阻止します。
81龍、62玉、71龍、 ・・・ 69歩 ・・・ 33龍、52玉、22龍、32香合、
同龍、61玉、41龍、72玉、
5周目: 11歩の奪取をもう一度32香中合で阻止。
これで受方は持駒の香を使い切りました。
81龍、62玉、71龍、 ・・・ 69歩 ・・・ 33龍、52玉、22龍、32香合、
同龍、61玉、41龍、72玉、
6周目: 11歩奪取。
詰方は歩を使い切ったので69に打つ駒は香になります。
81龍、62玉、71龍、 ・・・ 69香 ・・・ 33龍、52玉、22龍、61玉、
11龍、72玉、
7周目: 受方は69で香が取れたので、12香の奪取を33香捨て合で阻止します。
81龍、62玉、71龍、 ・・・ 69歩 ・・・ 23龍、33香合、同龍、52玉、
42龍、61玉、51龍、72玉、
8周目: 12香奪取。
81龍、62玉、71龍、 ・・・ 69香 ・・・ 23龍、52玉、12龍、61玉、
21龍、72玉、
9周目: 13桂奪取。
桂が2枚になったので、53桂、同と、とと金を53に戻します。
81龍、62玉、71龍、 ・・・ 69香 ・・・ 24龍、43玉、13龍、34玉、
24龍、43玉、33龍、52玉、42龍、61玉、53桂、同と、
51龍、72玉、
10周目: 53が塞がったので、81龍に62玉は51角成で簡単。
やむを得ず63玉に75桂と打って83を閉鎖すれば、そのまま1周して収束します。
81龍、63玉、75桂、52玉、51龍、 ・・・ 69香 ・・・ 42龍、61玉、
51龍、72玉、71龍 まで417手
香の中合、捨て合により3往復を加え、 龍追い10往復で単玉貧乏図式の長手数記録353手を64手更新しました。
作者は更に、この新機構を活用して、清貧図式の長手数記録作品(293手)も創作しました。
作者 「11歩、12香消去に『アンバーグリス式持駒変換入り置駒消去』を用いて清貧図式の記録も更新してみました。」
記録に挑戦!のコーナーに掲載しましたので、こちらもご鑑賞ください。
それでは、みなさんの感想を。 解答到着順です。
なお、若干手数が作意と違う解答もありましたが、概ね解けていると判断できれば正解として扱いました。
- しまぎろうさん:
- 「アンバーグリス」を参考にして解けました。
長手数は初めて解けたので嬉しいです!
- 金少桂さん:
- このPNの自分がいうのもなんだが、
ネーミングセンスだけはなんとかならなかったのかとつくづく思う。
- 占魚亭さん:
- 貧乏図式でもこの順が実現可能だとは。傑作だと思います。
- 長谷繁蔵さん:
- 歩を取りに行ったのに香合で手数が長くなるのにビックリ マイッタマイッタ
12香を取りに行っての33香合かと思った
- 隅の老人Bさん:
- 記録展に出題だから、何かの新記録なのでしょうね。
さて、それは? ハイ、さっぱり判りません。
- 山下誠さん:
- 香合をからめて、軌跡が毎回微妙に異なり、ひと苦労。
- 小山邦明さん:
- アンバーグリースの解説を何回も読みました。
今回の作品は初形が更にすっきりしてとても良い感じです。
解答の方は手数を含めて自信はありませんが、作意の方は、理解できたつもりになっています。
- 池田俊哉さん:
- 貧乏図式最長手数でしょうか。
アンバーグリスに比べて持駒変換のニュアンスが少し減ったようで、
貧乏図式と相まって薄味になったように思います
- S.Kimuraさん:
- 玉が転回するところはシンプルになっていたので,
2枚目の桂馬を取るところまではたどり着きましたが,
その先が分からず,時間切れになってしまいました.
もう少しでした。惜しい。
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