窓から差し込む蒼白い月の光が、小さな花の上にふりそそいでゆく。
花は白夜のように広がる白い闇の中で、花の色をわずかに変化させて不思議な色に染まっていた。
静寂は空間に満ち、すりガラスを透して重なりあう二人の身体の上に、ベールをかけるような月の光が白い影を落としてゆく・・・。
部屋の中を白い夜が支配し、漂い流れ、求めあう二人の肌を透明な色に染めて浮かび上がらせていった。
淡い光の波長は屈折して蒼く漂い、幻想的な空間をかもしだし、それは庸介の脳裏に深い湖の底を連想させた。
庸介の記憶の彼方に眠る、あの雪と氷に閉ざされた枯れた木立の眠る湖を・・・。
そして庸介が抱く倫子の身体は、さながら湖の底で揺れつづける水の流れのように、やわらかくしなやかなうねりとなり、庸介の熱い身体を優しく包み込んでいった。
庸介の思考の波が、倫子の波に呑まれて沈んでゆく・・・。
水の妖精のようにも感じる倫子の白い身体に身をゆだねる庸介は今、彷彿となりゆく意識の中で、生まれて初めての至福の夢を見ていた。触れることのできなかった、触れてはならなかったはずの倫子のすべてを知り得る実感は、庸介の感覚のすべてを開放し、溶けるように包み込み、それとともに甘美な時の流れが蒼い湖の底で揺れうごいていった。
風の音が聞こえる・・・。凍りつく大地、遠く・・・庸介の脳裏に雪の降りしきる音とともに、揺れる波音が響く・・・。
それは彼にとって、まるで死と隣りあわせになっているかような熱く激しい性のいとなみであったけれど、庸介はまるで自覚していなかった。気がついていたとしても、もうひき返す余裕はなかった。このまま倫子の身体に溺れて呑みこまれ、命が尽き果てたとしても後悔はないと思う。
二人の身体は、淡い光がおりなす白い闇の中で蒼ざめて浮かび上がり、繰り返される湖の波涛ように揺れながら、やがて二つの肉体はひとつの波へと溶け合っていった。
おしよせるいくつもの波の流れの中で彷徨い、呼吸をあわせるように溶け合う二人の身体は旋律を繰り返し、激情のすべてが光の中で弾けた瞬間、満ちてゆく意識のかけらとともに深い水の底へと吸い込まれていった。それが若い二人の燃え尽きる瞬間だった。
一瞬の光とともに消えていった意識の波は、やがておとずれた余韻の中で、ゆっくりと二人の脳裏に浮かんでくる・・・。
嵐に波立つ湖が、再びその静けさを取り戻したかのような静寂が、優しい時の流れとともに、庸介と倫子の心を凪いでいった。結ばれた感動は二人の心の中をゆっくりと満たし、そして甘く潤してゆく・・・。
庸介は腕の中の倫子を見つめた。
蒼白い光に染まった小さな額に、みだれた細い髪が落ちている。
庸介は指先で倫子の髪を直してやりながら、そっと頬に手を添えた。かすかに紅潮している頬はやわらかく艶やかで、水に潤んだ瞳が庸介を見つめている。
庸介は倫子の額に口づけをし、そして唇を求めた。そっと身体をずらし、細い身体を抱き寄せる。
煌々と輝く月の光が、すりガラスを透して抱き合う二人の肌に優しくふりそそいでゆく。
倫子は庸介の腕の中で、彼の胸に顔をうずめたままじっと動かなかった。軽くうつ伏せになったまま、庸介の胸に顔をおしつけるようにして、小さな呼吸を繰り返している。
嵐のように感じた緊張感は今、倫子の中でゆっくりと解けてゆき、優しい安らぎへと変わっていった。胸の熱い鼓動を意識しながら、そっと庸介を見ると、目を細めて白い闇を静かに見つめている。
倫子は溢れるような幸せの中で、庸介の胸の鼓動を心の中で聞いていた。かすかに伝わるその音は、倫子に庸介と結ばれた実感を確かなものにさせてくれる。
それでも庸介の腕の中に抱きしめられていることが、倫子には夢のように思えてならなかった。
自然に瞼の奥が熱くなった。瞳を閉じた時、ひと雫の涙が庸介の胸にこぼれて落ちた。