OSTRACISM CO.
■ 開発日記 巻之十六(前編)

OSTRA / Takeshi Yoneki

 ハマったハマった。
 昨年(1996年)某ゾーンから5万円で手に入れたMICRONのAT互換機、ミレンニアには一昨年(1995年)の暮れにLaser5から発売されたLinux(Slackware)を入れていた。このマシンのネットワークホスト名はalephなので、以下alephとする。
 我が家にはもう一台デスクトップのAT互換機(ネットワークホスト名はmonado)があるのだが、主にalephをLinux、monadoをWindows95で使っていた。しかし、alephのビデオボードであるDiamond Stealth 64はS3 Vision 968というビデオチップを搭載しており、これがX-Windowと多少相性が悪いのであった。画面の右端が左端に表示されるのである。パラメータの変更でなんとかなるというハナシもあるにはあるが、私は成功していなかった。また、alephの方がmonadoより高速なCD-ROMドライブを搭載している(といっても4倍と6倍の差しかない)。1枚しかないモデムカードはWindows95に使うのだが、alephはPS/2マウスでmonadoはシリアルマウスなので、monadoでモデムカードを使うとシリアルが完全につぶされる。LinuxはサーバでWindows95はクライアントなのでキーボードをよく使うのはWindowsマシンだが、alephの方がキータッチが良い(差込口の形状が違うのでキーボードだけの交換はできない)。等々の理由により、alephをWindows95に、monadoをLinuxにしようと考えたのが悪かった。
 Laser5出版局からLINUX JAPAN創刊2号(CD-ROM付き)が送られてきたので、古いLinuxを消して新しいLinuxにするついでに、マシンの役割交代もすることにした。
 alephのディスクとmonadoのディスクを交換し、alephを単純に起動したが、もちろんWindows95は起動しない。まず、CD-ROMを認識できるDOS環境を用意してからWindows95の再インストールをしようと試みた。
 最後の環境設定のところでウィンドウがひしゃげて何もできない。どうにもならない。やはり上書きではダメかと、もう一度CD-ROMを認識できるDOS環境を準備してから(Windows95インストール時に勝手にDOSディレクトリからMSCDEX.EXEを削除するのは迷惑だぞ>マクロソフト)別ディレクトリにWindows95を入れたがダメだった。
 何度もCD-ROMを認識できるDOS環境を用意してからWindows95のインストールをしたがどうにも埒があかなかった。
 ビデオボードの問題であろうということで、monadoに入っているメーカ不明のS3 Trio64ボードを使ったがやはり同じであった。ビデオボード以外のボードを全部外しても同じであった。
 手が尽きたのでMICRON日本法人のサポートに電話し、米MICRONのURLを聞いた。BIOSのアップデータを手に入れるためだ。
 我が家のWWWブラウズ環境はWindows95にしかなかったのだが、急遽ethica(PM8500)にMacWORD CD-ROMからConfigPPPをインストールした。しかし、これが全くダイアルしない。モデムは「カチリ」と音を出すのだが、ダイアルしようとしない。
 しかたないので先日パシフィックハイテックから送られてきたInfo-Mac CD-ROMにあるFreePPP2.5をインストールした。これが設定もしていないのに一発でダイアルし、接続してくれた。ConfigPPPの設定を自動的に取り込んだようだ。これは賢い。
 MICRONのサポートに教えてもらったアーカイブをダウンロードし、BIOSのアップデートをした。BIOSのアップデートは、失敗するとそもそもマシンが起動もできなくなるという作業なので、かなり神経を使った。作業自体は単純なのだが。
 で、再びWindows95のインストールをしたが、結果は同じであった。ティアックのCD-ROMドライバも交換してみたがダメだった。ティアックのホームページはすでにNetscape Navigator 1.xxではどうにもならなものになっており、ethica(PM8500)に2.xxをインストールするハメになった。そんなこんなでethicaはいきなり急にインターネット接続環境が揃ってしまった(どうせまたすぐハズすだろうけど)。ともかくalephの5万円という安値はWindows95がインストールできないという意味を持った値付けだったのだ。

 結局ディスクを元に戻し、ビデオボードだけ交換して両マシンのセットアップをすることにした。まずmonadoに再びWindows95をインストールし、基本的な動作に問題がないと確認してからalephに新しいLinuxを入れる準備に取掛かった。

 BOOTディスクをCD-ROMのBOOTDISK.144から探すところから始まる。IDECDやATAPIをキーワードにして探すがどうも見つからない。ドキュメントを調べるとBAREがATAPI CD-ROMをサポートしていると書いてあった。あららら、ついにATAPI CD-ROMシステムは最も基本的な扱いになったのね。よく解説には「BAREを使えばたいていなんとかなる」と書いてあったが、ATAPIの出始めの頃はBAREでのATAPIのサポートなんてなく、いろいろと探したものだった。非常にマイナーな扱いを受けたものだ。
 BOOTディスクの起動は以前に比べかなり遅く感じる。逆にROOTディスクを入れてからは妙に速い。
 いつも通りsetupを実行し、基本コマンドとカーネルをディスクにインストールした。rebootすると特に問題もなく起動した。これで一安心。
 どうやらこのSlackwareではデフォルトでCD-ROMをマウントしてはくれないようだ。setupを継続するには自分でCD-ROMをマウントしなくてはならない。
mount -t -iso9660 /dev/cdrom /cdrom
 残り全部のソフトを入れて、JEもインストールした。rebootすると「ネットワークはこのカーネルではサポートされていない云々」とメッセージがでた。指示通りrc.moduleをモディファイしてNE2000を有効にしてから再びrebootすると、きちんとLANカードを認識してくれた。ethica(PM8500)にpingするときちんと反応があった。
ping 192.168.1.4
 今まではカーネルの再構築(再コンパイル)のみがデバイスドライバの追加方法であったが、すでに「まるでCONFIG.SYSを書き換える」程度の方法でできるようになっていた。これは驚き。いやはや伝統的UNIXの方法論には縛られてないね。さすが。デバイスの種類の多いAT互換機では特に歓迎される。
 xf86configをした後X-Windowも問題なく動作。環境を整える前提がやっとできた。
 S3 Vision968のWindows95向けドライバを手に入れなくっちゃ。

 ちなみに我が家のLAN
	aleph	MICRON AT互換機 Linux
	monado	PC-DIRECT AT互換機 Windows95
	ethica	PowerMacintosh 8500/150
	idora	PowerMacintosh 6100/60 AV
	organon	Macintosh IIcx
	chaos	Macintosh Classic II (LocalTalk)
 おかしいなぁ。Linuxのシャットダウン時にhlt後レジスタのダンプが表示される。これって正常じゃないよねぇ。

1997.03.04

To: Kenji Hori
Subject: To HORIGON
Date: Tue, 04 Mar 1997 18:36:35 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>そろそろ「ばいど」にはまっていることとよそくしてますがいかがでしょう?
>>わたしは「きんふ2」で「ぎーら」にあいました。(もうすぐクリアかも?)

 残念ながらまだほとんどバイオハザードはやっていない。シェアウエアの改
造やらリリースやら新マシン(PowerMac8500)の整備やら環境の移動やら旧マシ
ン(IIcx)の音楽専用化やらLANケーブルの増設やら5万円PentiumマシンにWin95
が入らなくてBIOSアップデートしたやらそれでも動かないやら結局最新の
Linuxを入れるはめになったやらLinuxシャットダウンでレジスタのダンプが出
るやらいろいろあってなぁ。

Takeshi Yoneki

 Western Digitalが1.6GBディスクの問題点をWWWで公開している。発生率は低いものの、発生したらドライブが認識されなくなることもある。テスト用ユーティリティを改良中で、当該のディスクのユーザはアップロードされたらテストして欲しいそうな。
 これはAC31600という型番のIDEディスクで、昨年の夏頃市場に出回っていた。で、昨年9月にmonado(PC-DIRECTのAT互換機、主にWindows95で使用)に増設したディスクがドンピシャだった。あらららららら。最近ついてないなぁ。
 PM8500で動かないディスク(キャラベルのAV1000HG)やらWindows95が動かないAT互換機(MICRON)やらのトラブルに引き続き今度はディスクで問題がでる可能性が判明したわけだ。まいったな。

 Linuxをmonadoの方にも基本部分だけ入れたが、フロッピーでのブートのスピードがalephに比べ断然速い。フロッピー装置の違いかBIOSの違いかわからないが、あんなに違うのは何故だろう。PC-DIRECTって案外良心的なメーカなんだろうか。もともとショップだしなぁ(しかもニュージーランドの)。
 monadoでもシャットダウン時にレジスタダンプが表示される。これはこのバージョンのLinuxの特徴なんだろうかねぇ。

 あらかじめバックアップしてあった個人環境のアーカイブostra.tgzを戻した。vje辞書を元にしたcanna辞書も戻して、muleを使う環境は復帰。fvwmは設定ファイルが変わってしまったようで、設定が反映されない。しばらくはtwmでいいや。ずっとtwmでもいいし。あの枯れた味わいは旧き良きX Windowだよな。

1997.03.05

注釈:
 Linuxでのレジスタのダンプは後にカーネルの再構築(コンパイル)をしたらでなくなった。いまだ理由は謎である。

 y-tokuさんがHUNDOSHI-EDIT向けHTML作成JGAwkスクリプト集を公開するそうだ。結局はJGAwkスクリプトなんだから特にHUNDOSHI-EDIT向けとする必然性はないはずなんだが、エディタとの連携という観点ではHUNDOSHI-EDITが唯一の環境であり、この連携を前提とした細かい機能の集合体になっているのではないかと思う。いや、まだ見てないからなんともいえないけどね。
 後藤さんの引用符プラグインに引き続きy-tokuのスクリプト集の登場で、使う人が強化できるという部分が活用されていると確認できるのはたいへん嬉しい。

1996.03.06

 以前仕事で16bit版のLHAファイル展開でLHA.DLLだったかUNLHA.DLLを使ったことがありますが、関数にコマンドラインを渡すというDOS版インターフェースをモロに継承していました。これなら移殖もそんなに難しくはなかったでしょうねぇ。16bit WindowsのLHAはDOS版からそんなに変化はなかったと予想されます。DLLってのは多少の癖(16bitでは多くのC標準ライブラリ関数が使えないなど)はありますが簡単に開発でき、単純な仕組みなわりにかなり効果的な環境を用意できます。おかげでWindowsではDLLが爆発的に増え、ネーミングのバッティングも発生しています。
 32bit版もAPI説明を見たらたいして変わっていません。一応VFAT(長い名前)に対応しているはずなんで、これはかなり手が入っているでしょう。

 マックでDLL的なものといったらShared Libraryですね。Shared Libraryって現在68K向けはできたのかなぁ。
 でなけりゃStuffIt Engineのように独自のインターフェースを作り出すしかないでしょう。これはシンドい。
 エンジンもアプリにしてAppleEventでやり取りするなんてのも考えられるけど、これってやっぱ間抜けだよね。でもこれが一番確実なんだろうか。
 エンジンが用意できたら六角さんが格好良いUIを作ってくれるでしょう(と勝手に振る)。

1996.03.06

To: Kenji Hori
Subject: To HORIGON
Date: Fri, 07 Mar 1997 19:16:43 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>ほりけんへ

>>あくのおやだまのりゅうですよん。
>>
>>ところでこのほど、りそうSFふぁんくらぶがほっそくしそうなんですけど「えんだ
>>ぁのげぇむ」をごとうさんがしらないようなのでよませたいんですけど、よねきさん
>>たしかもってましたよね。
>>あと、ばらーどの「う゛ぁーみりおんさんず」ありませんか?
>>いま、ぜっぱんみたいです。
>>

 ああ、もうあの龍までいったのか。あの透き通って見える面はすごいよなぁ。
確かに次世代って感じがしたもんなぁ。
 「エンダーのゲーム」は駄作だと思ったが、評価高いの? どのみち駄作に
は違いない。いま、ウチでは本は全くアクセスできない。物置と化している部
屋の発掘作業をしなくてはいけない。ああ、気が遠くなる。

Takeshi Yoneki

To: Satomi Yoneki
Subject: Re: MSMSMSMSMSMSMSM
Date: Mon, 10 Mar 1997 16:01:19 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>よねきさとみ(旧姓なかの)
>>實篤ダウンロードしました。家庭内で何やってんだか。
>>
>>PS. ComNiftyのダウンロードリストを作るのは、實篤からAppleScriptで
>> DownList.libを開いて自分で書き込むのがいちばん確実で簡単かもしれな
>> い。そう思って書きはじめたけど、Finderでファイルを(プロパティとデ
>> ータつきで)作る方法がわからない (^^;)。あとでAppleScriptの本みせ
>> てね。

 ダウンロードありがとうございます。
 先日褌・エディットもアップしましたので、そちらも併せてご活用ください。

 Finderではファイルは作れないと思う(Scriptでなくてもできないよね)。
 實篤にファイルを作らせるの一応正しい方法だとは思う。新しいWindowを作っ
てそこにテキストをInsertしてSaveするという、ようするにマックアプリをユー
ザが使う一般的方法のスクリプト化ってことになる。プログラムでのファイル
I/Oなんて下衆な機能はAppleScriptにはなかったと思う。
 ま、その下衆な機能が最も必要だってことに最近気づいたようで、いろんな
拡張機能ライブラリがデフォルトで準備されるようになったから調べてみると
いいかもしれない。

Takeshi Yoneki

To: Kenji Hori
Subject: To HORIGON
Date: Tue, 11 Mar 1997 17:37:19 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>ほりごん

 最近はシェアウエアのリリースがあってその調整やらLinuxを入れ替えた環
境整備やらWindows95入れ替えたんでソフト全部入れ直しだやだなとかLinuxで
PPPとEtherNetが共存できるのかとか結構テーマは尽きない。

Takeshi Yoneki

 さてLinuxだ。
 シャットダウン時のレジスタダンプはalephだけでなくmonadoでも発生するため、とりあえずは無視してて良いかなと思っている。変な動きはないしね。
 fvwmの古い設定ファイルが効かなかったのはテンポラリに何かが残っていたのが原因。それを削除するときちんと動き、元の環境が復元された。設定ファイルを少しいじくってウィンドウの右上のボタンをMotif風に変更。これで外見的にMotifそのものとなり、なんとなく高級(^^;)。
 monadoに刺さってた14400のモデムカードをalephに突っ込み、Linuxでモデムを使えるように設定変更。目標はPPP。いわゆるダイアルアップIP接続。
 Linux本を頼りにいくつか設定。ppp-onをするとどうやら接続したもよう。/var/adm/messageにもコネクトしたと記録されている。しかし、pingが飛ばない。もちろんtelnetもできない。何かがおかしい。
 EtherNetカードでのLANの設定を無効にするとPPPは動き出した。デフォルトのままではPPPとEtherNetは共存できない。まいったな。
 翌日http://www.linux.or.jp/からPPP関連の情報を探してまわり、http://jf.gee.kyoto-u.ac.jp./JF/JF-ftp/other-formats/PPP-HOWTO/PPP-HOWTO.htmlにたどり着いた。EtherNetカードがデフォルトルートになっているとPPPがルーティングできなくなるようだと判明。あれ? この文書はLinux Japan 2号のCD-ROMのJFに入ってるぞ。ヒントはあったのねぇ。
 NET-2-HOWTOを見ながらEtherNetカードがデフォルトルートにならないように/etc/rc.d/rc.inet1を変更。リブートしてからppp-onして、接続したらroute add default gwをし、そしたらpingが飛ぶようになった。
ping s3.com
 /etc/ppp/ip-upで自動的にrouteするよう加えると、もうppp-onだけでインターネットと接続できる。よかったよかった。モデム初期化コマンドもきちんと調整。
 NCSA Mosaicはトロいと聞いてたけど、こりゃマジにトロい。グラフィックバリバリのページばかりだとやってられない。
 でも最終目標はaleph以外のマシンからalephのPPPを通じてインターネット接続することなのである。どうやったらこれができるのか、そもそも可能なのかはまだ全然わからない。

1997.03.13

注釈:
 他のマシンからサーバを通じてインターネットへ接続するのはIPマスカレードというソフトを使うと後に知る。まだIPマスカレードは手を付けてません。

株式会社アップル・コンピュータ御中

 新しいOSを開発するタイミングということで、現在の不満を一つだけ挙げさせてください。
 一言でいえばWYSIWYGと72dpiです。この問題は判っている人にはこれだけで通じるとは思いますが以下詳しく説明いたします。

 ワープロ等を用いて文書を作成するときに、最終的な印刷イメージを確認しつつ文章を書くのがマックでの流儀で、それをWYSIWYGと表現しているものと解釈しています。しかし、普通印刷に使う文字のポイントは10〜11ポイントが多く、その画面での表示イメージは非常に小さくなってしまい、文章を作成するという目的にはあまり適していないのが実情です。
 これはマックが最初に開発されたときに決めた画面解像度72dpiが、そのまま制約になっているのではないかと思われます。プログラムを開発するという観点からは画面解像度が72dpiで固定されていることは開発を楽にする要因になっていることはわかります。しかし、もうそろそろこの画面解像度を72dpiで固定にするのは放棄すべきなのではないかと思います。
 ここで他社の例を出すことをお許しください。
 Windows95では画面解像度はユーザが決めることになっています。実際にはデフォルト値でないとうまく動けないアプリケーションもあるようですが、そもそも多くの場合デフォルト値は96dpiとなっています。単純計算で、マックでは10ドットで表現しなくてはならないフォントを13ドット使って表現できるようになります。実際、Windows95のワープロで10.5ポイントのフォントを使って文書を作成しても文字が小さいと思ったことはありません。
 結局私は文章の作成と印刷を別ソフトで行うという解決方法を模索することになり、入力作業を快適にするためのテキストエディタを自作いたしました。もっともこれは非力なマシンでも使える快適なワープロがなかったことも一因ですが。
 ワープロを印刷だけでなく、本来の文書作成に使えるようにしたいのです。そして、それを阻んでいるのはやはり、72dpiのWYSIWYGなのです。

 いろいろと勝手を述べ、失礼いたしました。

OSTRA / Takeshi Yoneki
米木 武
1997.03.22

 GripGrop Boogieeeeの制作でわかったのだが、Master Tracks Pro 6をMIDI Managerで使うと、やたら何かのMIDI信号が出る。シンクロのための信号のようだが、Pro 4.5ではPro 6ほどは出ない。何かの実装が変わったようだ。
 それにどうもPro 6はPro 4.5に比べ不安定のようだ。制作途中で何度かデバッガに落ちた。実害はなかったものの、これでは安心して使えない。やはりPro 4.5を使い続けるしかないのだろうか。Pro 4.5ではノートオフが送られないことがあるという問題があるので、できればPro 6に移行したかったのだが。

1997.03.25

 IIcxでPro 6をPassportのオリジナルドライバで動かすぶんには、あまり問題ないように思える。しばらくこれで稼動させることにしよう。めったに使わないんだが。

 OpenTransportを1.1.2にバージョンアップし、OT/PPPのSDKのExtraにあるモデム設定を作るツールでPM8500につながっているモデムの設定をした。ATコマンドを入れるところでATをつけて入力したら、スクリプトでATATとなってた。あれはいらないのね。
 TCP/IPの設定をPPPにしてPPP設定をするとPM8500はインターネットに接続できるようになった。とりあえず最初はhttp://www.apple.co.jp/。
 PPP接続は今日の実験の前提条件でしかない。物置と化している書庫部屋から、埃を被ってたハンディカムを引っ張り出してきてPM8500に接続した。
 TCP/IPの設定をEtherNetに戻してCU-SeeMeを起動すると、でたでた、自分の画像がキャプチャされて画面に表示されている。AVマックって、いいねぇ。
 そんなわけでTCP/IPの設定をPPPにして深夜の友の会CU-SeeMeチャットに参加できた。これはね助の江幡さんが用意してくれたリフレクタを使って行われる。

 マックってLANとPPPの両立ってできないんですか?

1997.03.27

Subject: CU-SeeMe
Date: Thu, 27 Mar 1997 12:05:51 +0900
From: Takeshi Yoneki

 ゆうべ、PowerMac8500/150にSONYハンディカムを接続し、PPPの設定をして、
知人の用意したリフレクタを使ってのCU-SeeMeの実験をしました。
 さすがに144のモデムではキツイキツイ。でも相手の画像のあるチャットっ
てなんとも時代が変わったもんだと思いました。

 そんだけです(^^)。

Takeshi Yoneki

 Western DigitalのCaviar AC31600という型番のディスク(EIDE)で異常が発生する可能性があるとかでチェックツールの完成を待っていたが、あんまりWestern Digitalを見なくなってた間に完成していた。WDDIAG.EXE。
 PC-DIRECTマシン(monado)の増設に使っていたので、DOS 6.2で起動しようとしたところ、F4キーが無視されてWindows 95が起動してしまった。あれれれ。
 しかたがないのでとりあえずはConsole Mode(実体はDOS 7相当?)で起動してディスクのチェックをした。問題はなし。本当にこういうツールで問題が発見できるのかの方が疑問だが、まあ、しょうがないか。他に手はない。
 DOS 6.2で起動できないのではゲームマシンとしての価値がないので、復旧しなくてはいけない。どうせパラメタひとつだ。
 システムのディレクトリにある.txtファイルを調べると、MSDOS.SYSファイルの[Option]セクションにBootmulti=1を加えるとあった。そういえばそんなのあったなぁ、もうすっかり忘れている。
 monadoとalephのハードディスク交換の失敗で荒れたCONFIG.SYSとAUTOEXEC.BATを調整し、とりあえずMSFS5とDOOMが動けるようにした。より細かい調整は後で。

1997.04.01

 風邪で会社を休んだ日の晩、お姉ちゃんが帰ってくると「PC CLUBが落ちてたよ、あれどんなパソコンかなぁ」と異な事をいう。「え〜と、あ、EPSON 286マシンだ!」ということでさっそく拾いに行った。
 EPSONのPC CLUBは、当時すでに386の時代になっていたにもかかわらず余った286を売るために作られた、入門機という名目の低能力パソコンだ。「初心者にこそ最高のスペックを」なんて考え方は当時まだ一般的ではなかった。
 当時としては非常に珍しいキーボードと本体の一体型パソコンで、PC-8001と見紛う外見である。もちろんハードディスクなんてない。286も10MHzで、たしか既に16MHz 286マシンがあったはずだが、ちゃんとケチられている。
 マルチスキャンモニタに接続し、電源を入れるとEPSONマシン特有のシステムを要求するメッセージが表示される。ROMは生きている。EPSON DOS 3.3を入れるときちんと起動した。起動は速い。さすがはROMで漢字を持っているマシンだ。
 スロットは1基空いており、もともと何かが入っていたと思わせる。たぶんSASIかSCSIのインターフェースボードだろう。たとえDOSでもハードディスクなしでは実際の運用はキツい。メモリも640KBポッキリ。
 はてさて、思わず98互換機が手に入ったが、こんなマシンを何に使えってんだろうなぁ。やはりゴミかなぁ。

SONY HITBIT F900 (MSX2 Z-80 4MHz)(電池要交換)
Macintosh Plus (68000 16MHz)(モニタ要交換)
Macintosh IIcx (68030 50MHz)(専用シーケンサ)
Macintosh Classic II (68030 16MHz)(最近電源入れてない)
PowerMacintosh 6100/60AV (PPC601 60MHz)(お姉ちゃんのメインマシン)
PowerMacintosh 8500/150 (PPC604 150MHz)(私のメインマシン)
EPSON NOTE 386W (80386SX 16MHz)(液晶要交換)
DEC HiNote Ultra (80486SX 75MHz)(バッテリー要交換)
PC-DIRECT SiS5100 (Pentuum 100MHz)(Windows 95)
MICRON (Pentuum 100MHz)(Linuxサーバ)
EPSON PC CLUB (80286 10MHz)(今回の粗大ゴミ)

 あ、嘘じゃないからね。

1997.04.01

拾ってきたEPSON PC CLUBで古いWTERMを起動し、RS-232Cのリバースケーブルで
接続したAT互換機のLinuxにログオンして書いている。使っているエディタは
Muleで、もちろん日本語はCANNAを使って入力している。
どうも、さっき、表示がおかしくなった。WTERMの設定にはVT100という言葉が
全くなかったのだが、端末としてはVT100コンパチとは言えない部分が
あるのだろう。
Muleのリドローコマンドはなんだったけかな。ときどきリドローをかけないと
いけないのだが、思いだせない。
まあ、ともかくVT100コンパチの端末ソフトさえあれば、使うことは可能なわけだ。
単なる端末としてだけど。
良いVT100端末ソフトが見つかると良いね。
リドローはControl-Lで代用できると判明。
しかし、この9600bpsの端末スピードは、ロクな端末を使わせて貰えなかった
昔の仕事を思いだす。2400bpsのモデムを接続した98Noteで電話回線経由で
見たこともないワークステーションに接続してエディット&コンパイルなんて
気違い技もやったことがある。あれは地獄であった。しかもそのワークステーションに
数十人ぶら下がってたわけだ。コンパイルを始めたら全く反応が返らなくなる。
年末も押し迫るとさすがにコンパイルだけは軽くなった。このときの仕事だけは
社長を怨む。バカバカしい仕事であった。あのシステムが稼働したという話は
聞かない。そもそもシステムの全貌を知る機会もなかったが。
某所での別の仕事では、FM16βをシリアルでUNIXにつなげて端末にしてた。
そこの会社の人はちゃんとしたUNIX端末かワークステーションを使っていたのだが、
外注に冷たく、さすがに私も見たことのなかったとてつもなく古いFM16βを
あてがわれていた。後にも先にもFM16βを使ったのはそのときだけである。
当時富士通のパソコンはすでにFMR70で386だったはずだ。
しかも端末の設定がイマイチで、非常に苦労しながら慣れないviとdbxを操っていた。
しかもdbxがキャッシュの関係か、ときどき変数がきちんと設定されなかったりして、
いったい何のデバッグをしてるんだかという最悪な環境であった。ま、しばらく
したらクライアントのところでX端末を使えるようになったからまだマシだが。
X端末ってのも変な機械だよなぁ。
結局仕事で自立したワークステーションを使えるようになったのは、
SONYの仕事が初めてだった。
でもSONYではNEWSをメーラとしてしか使ってなかったんだよな、贅沢!
(ちゃんとサーバのチェック等にも使ってたんでご安心を)
でも68030のCISC NEWSは重かった。Pentium 100MHzのLinuxを使っちゃうともう
戻れないね。

1997.04.01

 桜も葉っぱが見えてきた今日このごろ。
 半年間引越しのときのまま放置されていた物置^H^H書庫部屋の整理をこの週末に決行した。
 お姉ちゃんのお母さんから送られてきていた大量の意味不明荷物を全て解き、ゴミと非ゴミに分類した。以前にも一回やったのだが、そのときはお姉ちゃんの怒りが爆発して「こんなゴミ送り返す!!」と言い出したため捨てるに捨てられなかったのであった。半年経って狭い家ではいかに空間が大切かが身に染みたらしく、今回はすんなりゴミをゴミとして破棄できた。
 エキスパートという名称の引越し業者がお姉ちゃんの本棚を壊したため(まだ弁償は受け取ってない、払うつもりはないようだ)3つほど本棚を新調しなくてはいけない。私の書籍は全部本棚に置く事ができたのだが、お姉ちゃんの書籍は大部分段ボールに入ったままだ。おかげで押し入れが全く使えないため、もともと収納性が低い家なのだが、少ない収納性すら犠牲になっている。
 なんにせよ、ようやく書庫が多少書庫らしくなった。そもそも人が部屋に入れるようになったのは画期的だ。廊下にあった段ボール箱も一掃した。ああ、嬉しい。部屋が増えた〜〜。

1997.04.07

To: Kenji Hori
Subject: To HORIGON
Date: Tue, 08 Apr 1997 18:23:05 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>>> 兜の鍵が見つからなくて久しい。
>>おもいだしました。(あそこだぁ)
>>...
>>これからです。こ・れ・か・ら!!

 昨晩どうにか烏の画廊を解決して外に出たんだが、もうインクリボンが残り
少ないんで、一回やり直さないと先には進めそうもない。日数をかけて少しず
つ進めるゲームじゃないんだねぇ。こんなところで遊びかたを規制してもしょ
うがないのに、そこも気に食わないところの一つだな。
 弾ももう足りないし。

>>ところで「きんふ3」がおわりました。
>>れべる43でじゅうぶんだったとみえて「けん」だけでたおせてしまいました。
>>けっきょく
>>
>> ようせいのいし、せいじゃくのつえ、おるらでぃんのはり、こはくのうでわ、
>> いびるりんぐ ...
>>
>>これってなんだったのでしょう?
>>ひとがばたばたしにました。
>>「えるふのおんなのこ」もしにました。(いきかえりはなし、したいもなくなった)
>>「れおん」がどっかいっちゃいました。
>>しゅうりょうごの「らいる」もおかしくなっちゃったらしいです。
>>なんかしゃくぜんとしません。
>>まるで「え○゛ぁんげりおん」みたいです。
>>よねきさんもおなじでした?
>>ちがうならやりなおしたいんですが ...

 妖精の石を使ってないってことはたぶん手に入れてない何かがあるんだろう
ね。妖精の石はたしか王家の墓(KF I部分)のところで使うんじゃなかったか
な。
 静寂の杖はたしかアンデッド系を倒すのが楽になるって程度のモノ。あのト
ラップだらけのダンジョンで骸骨と闘うときに多少楽になるだけ。
 針はなんだっけ、魔法の力を一時的に強めるやつじゃないよな。学者は何か
説明してくれなかったんだろうか。
 琥珀の腕輪はたいしたアイテムではなかったはず。何かの防御力を高めるだ
けだと思う(違うかなぁ)。

 ライルがおかしくなるようなエンディングは知らないなぁ。たぶん妖精の石
を使って手に入れる何かがないとダメなんだろう。私は普通に終わったぞ。
 マルチエンディングだと聞いてたが、気違いになるんじゃいい気はしないわ
な。
 妖精の石で手に入るのは剣なんじゃないかな。重要な剣は合計3本あったよ
うな気がする。剣が少ないなら要注意。
 木の秘密は解けたんだろうか?
 無茶苦茶広い神殿にちゃんと行ったか?
 椅子に坐った骸骨の頭を付けてあげたか? 魔王の首だっけ。

 女の子の死には何のフォローもなかった。シナリオ上必要な死かどうかはか
なり疑問。レオンも帰ってこない。

 KF IIIはKF IIに比べかなり悪い評判も目立った。Wizardryで育った私は好
きなんだがねぇ。

Takeshi Yoneki

 MacTech Japanの創刊号に附属していたMkLinuxをPM8500/150にインストール
してみた。
 B'sCrewでA/UXをを作ろうとしたところどうにもそれができないソフトなのでは
ないかと気づかされた。B'sCrewは好きなフォーマッタなのだが、できないんじゃ
しょうがない。MicroNetのフォーマッタを使うことにした。
 多少ソフトが言うことを聞かない場面があったものの、無事A/UXパーティションを
用意して、MkLinuxのインストールだ。
 設問に答えていくと自動的にインストールが始まった。かなり待たされた後、
きちんと終了し、あとはリブート待となった。
 マックでIBM PCに似たフォントが表示されるのはなんとも気持ちが悪いが、
Xを起動するまではコンソール画面を表現しなくてはいけないので、まあ、しかたない
のかなぁ。それでもフォントは選びようがあるとは思うが。
 Xを起動すると、やはりでかい。予想してた通り、640x870の15'ポートレートモニタ
では普通にXを使う分には解像度が荒すぎる。AT互換機のLinuxでは15'モニタを
1024x768で使っている。多少文字が細かすぎるきらいはあるが、ワークステーション
でのXはたいてい細かさという点ではそのくらいで使うことが一般的だ。
 そんなわけでやはり不自然であることは否めない。マックはつくづくMacOS向けの
マシンなんだなぁ。
 あ、でもBeOSを載せたらどんな印象だろうね。早く見たいなぁ。

1997.04.08

 先日購入したHUCOM-EXがおかしい。28.8Kの製品を33.6Kにアップデートして販売していたものをT-ZONEミナミにて購入した。
 MNPでしか接続できないように設定し、NiftyServe ROAD 4に接続しようとすると、MNPのネゴで問題があるらしく、しばらくするとNO CARRIERになってしまう。MNPネゴできなくても接続できるようにすると、接続後ゴミデータがワッと表示される。圧縮されたデータなんだろうなぁ。
 しばらくガチャガチャしてると、突然接続できるようになる。接続できるときには特徴があり、モデムから聞こえる音が接続できないときに比べ大きくなっている。この大きいという状態が本来なんじゃないかと思うのだが、この状態にする明確な方法は確立されていない。
 株式会社ヒューコムのサポートにE-Mailしたら、E-Mailでのサポートは3月末で終了したという自動の返事が来た。え〜〜〜?? なんだって? このご時勢にE-Mailでのサポートをやめるってのは何? モデムのメーカでしょうがぁ。
 普通の電話でのサポートにはまだ接続できない。
.....
 やっと電話が通じた。どうも対応の手慣れた感触からするとかなり多くのロットで問題が発生している模様。電話が通じないのもそのせいだったかもしれない。ともかく送り返しての修理という事になった。面倒くさいなぁ。他社の製品を買えば良かった。

1997.04.11

To: modem@hucom.co.jp
Subject: HUCON-EX Trouble
Date: Fri, 11 Apr 1997 11:32:39 +0900
From: Takeshi Yoneki

 トラブッています。解決方法をご教授下さい。

■ 環境

モデム:HUCOM-EX 288を336にROMアップデートしたもの(ROMアップデート
は購入前にされていました)
パソコン:PowerMac 8500/150
端末ソフト:ComNifty, Terminal-J
システム:MacOS 7.6, OpenTransport 1.1.2
初期化コマンド:ATE1Q0V1X3W2&D0&K3&Q5\N5%C1
接続先:NiftyServe LOAD 4 (144)

■ トラブル内容

 NiftyServeと接続する際、どうやらMNPのネゴでコケてしまうようです。
 上記初期化コマンドでは\N5なのでネゴ後しばらくするとNO CARRIERになり
ます。\N3で接続するとゴミデータが大量に表示されます。NiftyServeと
HUCOM-EXでMNPの有無が合っていないような現象です。
 ときどき\N5で接続されることもあり、何度か経験してわかったのは、接続
されるときにモデムから聞こえる音が接続できないときよりも大きいことです。

 ときどき起きる、音が大きい状態が常になればいいのですが、そこへもって
いく方法がわかりません。また、ときどき音の大きさが変わるというのは安定
していない証拠なのですが、そもそも音が小さいときの(NiftyServeに接続で
きない)状態は正しいのでしょうか?

 ではよろしく。

Takeshi Yoneki

Date: Fri, 11 Apr 1997 11:37:11 +0900 (JST)
From: MODEM
Subject: Infomation_from_HUCOM

拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
平素は格別のお引き立てを賜わり、誠にありがとうございます。

ユーザの皆様からご好評をいただきましたE-Mailによるサポートに
付きましては,都合により3月末日を持ちまして終了させていただく
事になりました。

なお電話/FAXによるサポートは従来通り継続させていただきま
すので,何卒御了承下さいますようお願い申し上げます。

今後とも弊社製品をご愛顧賜りますよう、よろしくお願い申し上げ
ます。

■お問い合わせ先
ご質問、ご相談は、弊社モデムサポートセンターまでどうぞ。

※ FAXの場合 (03)5306-7336まで。(24時間受付)
製品保証書裏面の「トラブルご相談用紙」にご記入の上,弊社宛にご
送信ください。  
※ お手紙の場合
「トラブルご相談用紙」にご記入の上,弊社下記住所宛にご郵送くだ
さい。
※ お電話の場合 (03)5306-7399まで。
「トラブルご相談用紙」にご記入の上,お電話ください。
(サポート時間:午前10:00〜12:00 午後1:00〜4:00。
ただし、土日、祝日、年末年始はお休みです。)

〒166 東京都杉並区梅里1-7-7 新高円寺ツインビル
株式会社ヒューコム モデムサポートセンター
TEL(03)5306-7399 FAX(03)5306-7336

To: Satomi Yoneki
Subject: =?ISO-2022-JP?B?GyRCRnxLXDhsJT8lJCVIJWskTkZ5JE8kNEhTJEcbKEI=?=
=?ISO-2022-JP?B?GyRCRnkbKEI=?=
Date: Fri, 11 Apr 1997 19:19:37 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>今日は、韓国から買ってきたカルビだ。1kgもあるので、ほかのお肉はなし。
>>生のサンチュ(レタスみたいなやつ)とサンチュ用のみそがあれば、
>>買ってかえる。カクトゥギも楽しみにね。

 にくににににににく〜
 にくにくにににくにくににくくくく〜
 に〜にくにくくくにくくくににくにく
 肉肉肉にくくくににに肉くくにににく肉く
 焼肉肉焼焼焼肉肉肉焼焼肉肉肉肉焼肉にく
 焼焼やきやき肉肉にくにく焼肉焼肉焼やきにく肉

OSTRA / Takeshi Yoneki

To: Kenji Hori
Subject: To HORIGON
Date: Tue, 15 Apr 1997 11:58:32 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>ほりごんへ

>>わたしもおなじところで「ふつか」ほどすごしました。
>>みんなおなじおもいをしているようです。
>>
>>「ほん」を「ひらく」ことがひつようです。

 いやはや、昨晩ようやくプレートを出してジルでの攻略が終わった。
 ヒントいろいろありがとう。全部自力でどうにかしてからヒントを読む事に
なったわけだが。
 ALONE IN THE DARKをやった後にすると動きとかセンスとか非常に良いゲー
ムなんだけどねぇ。バイオハザードは私にゃやっぱ合わん。
 ALONE IN THE DARKも合わん。
 これでトゥームレイダースを始められる。

>>... まだまだつづきますょん!! 「りぼん」も「たま」もあるょん !!

 ベレッタの弾は腐るほど余ったが、ショットガンやマグナムの弾がギリギリ
だった。動きののろいゾンビはベレッタで戦うべきだったんだろうね。

>>>  KF IIって返してもらったっけ?
>>うちにあります。

 あればいいんだ。どこにあるかわかればいい。

>>しかし「ようせいのいし」の「つかいかた」はどうしてわかったんですか?

 忘れた。取説に書いてなかったか? でなきゃ誰かがヒントをしゃべってる
はずだが。

Takeshi Yoneki

 ようやくジルでの「バイオハザード」が終了した。
 結局私は「バイオハザード」があまり好きになれなかった。アクション部分はまだしもアドベンチャーとしての謎解きの謎の無意味さが嫌いなのである。「MYST」や「Dの食卓」や「GADGET」が嫌いなのと同じ理由だ。とはいえ、バイオハザードの謎解きは「MYST」ほど予想できないものでなく、「Dの食卓」ほど唐突で無神経ではない。まだしもゲーム世界での統一感を保ったものだったことが救いだ。
 最近のアドベンチャーゲームの特徴ともいえる無意味な謎解きは必要悪なのだろうか? あれがなくてはアドベンチャーゲームにならないのだろうか。そもそもこの無意味な謎解きはアドベンチャーゲームというジャンルが初期から抱える長所あるいは短所(特徴だな)だったのであろうか。
 おっと、どこのどういった点を無意味な謎解きと表現しているか具体的には書いてなかった。
 私の嫌いな無意味な謎解きの代表例として「Dの食卓」の最後のほうに出てくる「何だかよくわからない、何をするのかわからない、ただ単に侵入を邪魔するためだけの変な機械」がある。これはかなり典型的だ。そこにそういう相応しくないゴツい無意味な機械があることが私を呆れさせ興醒めさせるのである。「相応しくない」という点が重要だ。「Dの食卓」では最初にでてくる数字を合わせにくい箱も同様で、最初から嫌気がさしていた。
 「MYST」の謎解きには音を使うものがいくつかあり、新鮮な驚きもあったが、多くはやはり操作しにくい無意味なゴツい変な機械を操作するものであった。
 「バイオハザード」では変なバッジのようなものを集めさせられる点が相応しくなく、興醒めする。後半のMOディスクを使ったパスワード云々との落差も激しい。薬品の調合やバッテリー探しなど頷けるものもあるのに残念である。
 これはしかたのないことなのであろうか? ゲーム世界の統一感を求めることはいけないのであろうか。「ドラゴンクエスト」はそうだったか? 「キングスフィールド」はそうだったか? 「Wizardry」は凶悪なゲームだけれど、統一感だけは抜群であった。「Wizardry IV」は最低だとは思ったものの。
 「ベルトロガー9」の謎解きは完全にゲーム世界の統一感にプラスに作用していた。まだ終わってないが「トゥームレイダース」では今のところ興醒めな謎解きはない。「プリンス・オブ・ペルシャ」も謎解きはゲームにマッチしていた。
 RPGやアクションにできてアドベンチャーにできないことではないと思うのだが、どうしてこんなふうになっちゃったんだろう。

1997.04.16

To: Satomi Yoneki
Subject: =?ISO-2022-JP?B?GyRCS1xGfCROJDRIUyRPRnxLXDhsJE4lPyUkJUgbKEI=?=
=?ISO-2022-JP?B?GyRCJWskKCRDJFgkcxsoQg==?=
Date: Mon, 21 Apr 1997 18:06:26 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>え〜〜、ウワサの東急ストアをみつけることができませんでした。
>>駅の地下にある食料品店街で、とりあえず今日のご飯の材料と明日の
>>シチューの肉だけは確保しました。
>>牛肉が渋谷より安かったので、今日はすき焼きです。
>>体力のある人は楽しんでください(?)

 くうぞくうぞくうぞ!

 六角さんの載ってるキーボードマガジンを立ち読みした。
 彼の本業の新作のシンセサイザが、お兄ちゃんの欲しがってるDSPシンセだ。
 うふうふうふ。

Takeshi Yoneki

To: Kenji Hori
Subject: To HORIGON
Date: Wed, 30 Apr 1997 11:22:23 +0900
From: Takeshi Yoneki

 あららら、巷でクソゲーと評判のマクロスを買ったのね。マルさんに見せて
もらったんだが、私はパス。あの難易度ではとてもやる気はでない。

 九龍城はセーブ時に付く数字が30を超えた程度だ。最低の操作性、意図不明
なシナリオ、腐った戦闘システム、吐気の3Dダンジョン、一人よがりのトラッ
プ、一歩進むのに10秒もかかるムービー等々、クソゲーとしての要素は完全に
揃っているのになぜか続けている。いや、断じて九龍城の魅力ではない。一度
始めたら終れるものは終らないと気持ち悪いだけだ。MYSTもD食もクソゲーに
は違いないがきちんと終った上でクソゲーと断定している。九龍城も長いクソ
ゲーの歴史の一部となるのであろう。
 長いムービーの後に唐突に始まる戦闘に負けたときはまいった。あの長いムー
ビーを結局3回見せられた。最低のゲームだという印象はもう揺るぐまい。
 マップから外れた暗いところに閉じ込められてグチグチ愚痴を言われるのは
勘弁して欲しい。

Takeshi Yoneki

 5/4、マルさんちで朝までかかってエヴァを見た日の夕刻、PowerMacintosh 8500/150が返ってきた。ほぼちょうど2週間で返ってきたことになる。
 修理明細を見るとロジックボード交換とあり、これで完全に別物になったはずだが、一応念のため不具合の試験をしてみた。困ったことに試験はパスできなかった。
 問題の現象は全く解消されておらず、ロジックボード交換で直らないものであることが解った(アップルの修理センターが間違いなくロジックボード交換をしたと信ずればだが)。もはや疑える部分は電源ユニットくらいしかない。
 翌日は子供の日、再びT-ZONEに電話して、再修理の依頼をした。秋葉原でのお姉ちゃんの買い物(DEC HiNote Ultra用バッテリとメモリ)に付き合って帰ってから再びレポートを書き、宅配でPM8500を送り出した。

1997.05.06

To: Satomi Yoneki
Subject: Re: HiNote Ultra BIOS 1.41, etc.
Date: Wed, 07 May 1997 12:02:07 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>HiNote Ultra用のBIOS 1.41をダウンロードしました。95をインストールする
>>場合はこれを使うと書いてありました。

 すでにダウンロードしたんだが、ま、念のため持ってきて。
 1995.12.14のファイルなんで、Win95がでてから1ヶ月ほど遅れたのね。
 これなしにインストールしてたら路頭に迷ってたなぁ。

 アイロンかけてね(^^)

Takeshi Yoneki

To: Satomi Yoneki
Subject: PCMCIA
Date: Thu, 08 May 1997 18:24:14 +0900
From: Takeshi Yoneki

>>Ethernetだけだと、9,800円から15,000円くらいまででいろいろ出ています。
>>モデムといっしょのは、30,000円から40,000円くらいまで。
>>モデムのみだと、28.8Kも33.6Kも20,000円から30,000円あたり。

 結局買うのね。なんでもいいっす。Ether接続するならケーブルも一緒に買
うように。まだ使ってない色はなんだっけ? 黒かグレーは使ってなかったか
な。伝統的な黄色でも可。

>>広告を見てたら「SCSIカード(Zip対応)」とわざわざ書いたのがあった。
>>普通のPCMCIA SCSIカードだとだめってことかな。

 とりあえず、キャラベルのサイトにあるの95向けドライバ(1種類しかない
んで現行製品と旧製品と共通なのではないかと思う)をインストールしてみる。
 iomegaのサイトにある95向けドライバってのも試してみたい。ZipToolsディ
スクが必要だとは書いてない。

Takeshi Yoneki

 お姉ちゃんがWWDC出張でノートパソコン(DEC HiNote Ultra、ホスト名ur)を使いたいということで環境整備をした。ともかくPPPを使えることが必須なので、Windows95をインストールしなくてはいけない。
 引っ越し後ほったらかしにしたせいでバッテリが完全に死んでいた。そこでまず、秋葉原にバッテリとメモリを買いに行った。DECのサポートに聞いた店はGWで休みであり(秋葉原商売根性!売る気ないねぇ〜)、バッテリはT-ZONEミナミ、メモリはツクモで買うという素人な買い物をした。どうせ素人ですよ。
 バッテリもメモリも問題なく動作し、まずはバックアップだ。つぶれたウィンシステムのコニーリョMOドライブは故障で修理のためベスタにお出かけしているので、使いようがない。必要なときにないのがバックアップ方法だ。しかたがないので、AT互換機(PC-DIRECT、ホスト名monado)のハードディスク(問題の発生する可能性があると報告されたWESTERN DIGITALのCaviar AC31600、もちろんチェックソフトでは問題は検出されなかったが)に一時待避することにした。InterLinkを使うしかない。
 monadoをWindows95の「ケーブル接続」でサーバにしてurをDOSのInterLinkのクライアントにしても何の反応もない。「ケーブル接続」とInterLinkは同じモノと勝手に思い込んでいたが、どうにも接続できないところからどうやら違うプロトコルだとわかった。
 両方DOSで起動し、InterLinkにしたら、いきなり接続できた。InterLinkの問題点はCONFIG.SYS段階でドライバをロードするため、AUTOEXEC.BATに記述のあるCD-ROMを認識できないってことだ。方法は...ないだろうなぁ。
 フロッピー程度のスピード(LocalTalk程度のスピード方がわかりやすいか?)しかでないが、ま、シリアルなんでこんなもんだろう。一時待避はバッチファイルで抛っておいて就寝。
 翌日、CD-ROMのDOSをインストールしたかったのだが、どうもurのPCMCIA SCSIカードではきちんと動かない。CD-ROMドライブがかなり古いマック用2倍速だからかもしれない。ときどきディレクトリやファイルを表示できるのだが、なんとも安定しない。
 かなりの時間を費やして試行錯誤したがどうにもならなかった。結局monadoのハードディスク経由でDOSのインストールをした。DOS用PCMCIAドライバ等をインストールして(このフェーズはお姉ちゃんがした)、次はWindows95のセットアップ用ファイルをInterLinkでmonadoからコピーした。これも抛っておいて就寝。
 さらに翌日、DECのサイトからダウンしたBIOSのアップデータをかけて、Windows95のインストールを開始した。特に変なこともなくインストールは完了した。これでやっと「ケーブル接続」を使える。
 「ケーブル接続」はInterLinkとは全くの別物で、LANプロトコルをダイアルアップと同じドライバでサポートするというスグレモノであった(きちんと動けば)。試しにファイルのコピーを始めたが、なんともスピードがでない。シリアルの設定を変更して試したら倍ほどはでたが、InterLinkよりはスピードはないようだ。LANプロトコルのオーバヘッドがあるんだろう。でも、urからmonado経由でaleph(MICRON、LinuxのSamba)まで見えるのはスゴい。
 通信端末ソフトをコピーし、PCMCIAカードモデムのテストをした。きちんと動作した。ま、そもそもWindows95がきちんと認識できたモデムだからあたりまえか。
 Windows95にサービスパック(単なるバグフィックスのアップデータ)をあてようと、再び「ケーブル接続」しようとしたが、どうにも接続できなくなってしまっていた。いや、メッセージでは接続はできているのだが、共有資源の探索時に「monadoなんてやつは居らんぜよ」とのたまう。困った。
 しかたがないので、再びmonadoとurの両方をDOSで起動し、InterLinkでサービスパックを含めたバグフィックスアップデータをコピーした。なんだかんだいってDOSのInterLinkに頼るハメになってしまった。「ケーブル接続」はスグレモノなんだが、きちんと動かなくてはおハナシにならない。
 PPPの設定をしてプロバイダへの接続試験をするが、問題なく動作。勤務先のサーバにtelnetして私のMailBoxを見た。ちゃんと動いている。とりあえず私の役目は終了。
 インストールに苦労しているところを見たせいか、お姉ちゃんが「Etherカード買う」とか言い出した。安物でいいなら買ってあげると前から言っているのだが、モデムと兼用のカードを狙っているそうな。DiskManタイプのCD-ROMも欲しいとかのたまっている。勝手にしなさい。いま金欠なんじゃなかったか?

1997.05.08

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「読まなくてもいいよ16(中編)」
OSTRACISM CO.
OSTRA / Takeshi Yoneki