1998.08.15初出
SCENE.4 奇蹟の三角
その後、どうなったかと言えば、ずっと、麻衣はナルの側にいる。
旧校舎事件の時、リンが怪我をした現場に居合わせたのを良い事に、責任を取らせる形で無理矢理助手として雇った。本人はその時の一回きりだと思っていたかもしれないが調査の後、無期限でもう一度してみないかと声をかけたのは自分だ。
これにはリンに随分驚かれた事を覚えている。
だから、それ以降ずっと彼女は側にいる。もっとも、それと同時に麻衣のオプションのごとく、事務所に出入りする人物が何名か増えてしまったのはナルの意図した所では無い。
本当は麻衣とジーンが知り合いだったのかどうか、確かめておきたいところだったのだが、時が経つにつれてどうでも良い事のようになり、結局聞けずに現在に至る。
時折、麻衣の発言はナルの意表をついて驚かせてくれる。
突然、「ナルちゃん」と呼び捨てにされた時には、やっぱりジーンを知っていたのじゃ無いかと疑ったが、それが「ナルシストのナル」の略だと知って目眩を覚えさせられたのは可愛い方だろう。
その後、妙に勘の良い所を見せたり、感情移入が激しく、明確な霊視をしてみたり、まるで誰かのようだと思った。
どのみち、心臓に悪い事にかわりは無い。
夢の中だけでは彼女の性格までは把握出来なかったが、現実の麻衣を知るにしたがってジーンに似てきたんじゃないかと錯覚する。結果 論から言えば麻衣とジーンが会っていた事は無かったのだから、そんな事はあり得ないのだと分かっていてもそう感じてしまう。
どうやら、リンやまどかも似ていると思っているようだ。
実際には、もとから麻衣とジーンは性格が似ていたのだと思う。ただ、始めてあった時には見えなかった部分が多すぎて、気付かなかっただけだろう。
一緒に過ごす時間が多くなれば当然、麻衣の方も地が出てくる。
そして、夢はジーンが居なくなってからは一度も見ていない。
今は麻衣、当人がすぐ側にいる所為だろうか?
◆
「それは、僕じゃない。……ジーンだ……」
ナルが麻衣にそう告げたのは夏。8月の事。
どうやらジーンは夢を通して麻衣と会っていたらしい事、麻衣は麻衣で、夢に現れるジーンをナルと勘違いしていた事など、この時初めて知った。
死んでから出逢うとはやっぱり迂闊で間抜けだ。
おまけに、麻衣が勘違いしている事を分かってて指摘もせずに、人の振りをして……
この事実を知った時は目眩さえ覚えたものだった。
その後、ナルは鏡を通してジーンと接触する事に成功している。ジーンの言葉によれば、ホットラインが切れてしまって、麻衣の方が接触しやすかったと言うが、こうして鏡を接点としてはなせる所を見ると、単に手を抜いただけか、嫌がらせの方が説得力が有る。
麻衣の知らない所で、ジーンから接触してきた事が有る。
いきなり「嘘つき」と言われた。
何に対してかと言えば、麻衣の夢の事に対してだ。
麻衣の夢を見ていた事を黙っていたのが気に喰わないらしい。
確かに見た事が有るとは言っていないが、見ていないと言った覚えも無い。
「だから、兄ーちゃんとしてはナルの事、放っとけなかったんだよ」
麻衣は言いながらナルの前にティーカップを突き出している。早く受け取れという意思表示だろう。仕方なくナルは手に持っていたものを一旦テーブルの上に置いて、カップを受け取った。
なみなみと注がれた紅茶にはゴールデン・リング。
いつもの光景。在り来たりの日常。
「あいつに心配されるような仕事はしていないつもりですが? 谷山さん」
そして一度テーブルに置いた物をもう一度拾い上げる。
それは以前、ルエラが『忘れていった』、今は麻衣の『拾得物』の写 真。
「あのねぇ〜! なんであんたはいつもそうなの?
あー言えば、こー言う。ほんっと、性格悪いよね」
「おかげさまで長生きしてます」
下らない会話だとナルは思いつつ、何故だか無視し難い。
そうして何のかんのと言いながら、麻衣の台詞には律儀に返事を返すナルを見て苦笑を隠し切れない保護者×2名+いつものギャラリィーの面 々。
麻衣がジーンを好きだと言った事実は変わらない。
だけど、『今』は確実に向かって変化しているし、ホットラインなど存在しなくても意志の通 じる人に巡り合えた事は現実だ。
そんなナルと麻衣の行く末を楽しみにしている人々に見守られて、友達以上になりつつある二人だけがその事実に気付かない。
幽霊でさえ、気がついているのに。
もっとも、この幽霊、現状を楽しんでいる節が有るので、これからも一騒動有るのは間違い無いだろう。
朴念仁の博士と、呑気者の少女と、悪戯好きの幽霊と……
これから何が起きるかは誰にだって分からない。
だがしかし、きっとこれから起きる騒動だって日常の日々の中に埋没していくに違い無く……
この奇妙な三角関係は、まだ、終わらない。
≪
BACK
|