Poem

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浦島太郎とその妻

 

 

昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。その二人が話してくれた話を書いてみましょう。

おじいさんとおばあさんは、二十三歳と十九歳のときに結婚しました。二人はとても愛し合い恋し合って結婚しました。結婚し二人は、これからの二人の生活をいろいろと思い描き、未来の夢は大きく膨らんでいました。

おじいさんは、一流会社のサラリーマンでした。おばあさんも働いていました。彼女は保育園の保母でした。二人とも働いているので、経済的に困るということはありませんでした。

結婚したときから五年たって、二人の間には一人の女の子が生まれました。そしてその後、二人の男の子が生まれました。二人は力を合わせ働き、三人の子供達を育てました。七五三のときには子供達を着飾らせ、端午の節句や、ひな祭りも、子供のための行事は、すべて一通りのことは済ませました。

二人にとってはそうすることが当たり前であり、幸せの本当の姿だと思えたからです。世間にはウーマンリブが流行したこともありました。ですが、愛し合っている二人にとっては、さして大きな問題ではありませんでした。なぜなら、おばあさんは結婚生活の中で、十分な幸せを得ていたので、あまり共感しなかったのです。職場も結構楽しいものでした。

女性が、職場で役職につきずらいという問題と、女性の誰もが役職につかなければならないということは違っています。それは男性のすべてが役職に付いているわけではないという事実からわかります。おじいさんとおばあさんの幸せな生活は続きました。

長女は短大に入り、男二人は大学生になりました。短大を卒業した長女は、二〜三年経って結婚する計画を立てていました。その間だけでも、母親のように職場に勤めようとしました。働いている母親の影響もあったのでしょう。そして希望通り勤めることになりました。金融機関の事務でした。大学に入った男の子二人も、大手の証券会社と製造会社に就職しました。

おじいさんとおばあさんは話を続けます。

子供は育ち成人し、それぞれの道を歩み始め、子育ての終わった彼らは、子供が結んでいた夫婦というものから、本当に二人だけになったのを知りました。未来の夢で結ばれ、子供に結ばれていた二人が、今度は本当に二人ぼっちになったのです。二人を結んでいた外在力はみな、無くなっていたのです。二人が二人だけの力で結ばれていく以外に無いのです。それは、二人がともにしてきた時間、二人だけの歴史でした。今度は二人を、二人の歴史が結んでいるのでした。二人がすごしてきた歴史を元にして、これからは、二人だけで生きて行かなければなりません。未来は今までほど永くなく、子はもはやかすがいの役を終えてしまったのです。

この頃にはもう、おばあさんは仕事を止めていました。退職していたのです。おじいさんも後十年くらいで定年でした。長女は結婚し、初孫が生まれていました。長男、次男も結婚していました。おばあさんは、長女の家に遊びに行くたびに、子供の育て方をいうのですが、年代の差で、育て方への意見が合わないことがしばしばです。でも、孫が病気になったときなど、おばあさんの助言は何度も役立ちました。おばあさんは、それだけで、自分には存在意義があるのだといっていました。

長男、次男も結婚した後、二人とも幸せそうに暮らしていました。おじいさんも、自分の子供に負けまいと、会社へ通っていました。会社勤めの苦労などでは、おじいさんのほうが経験豊富で、二人の子供の話相手くらいは、十分できるおじいさんでした。おじいさんは毎日、通いなれた道を会社に向かいました。会社の同僚は言いました。「お子さん達も立派になったじゃないか!」おじいさんはうなずくのでした。確かに、二人の息子達は、自分の期待を裏切らない成人となっていたのです。そこまで、この二人の夫婦は、人間としての役割を果たしたのです。

息子達にも子供が生まれ始め、孫の数が増えてきた頃、おじいさんは退職の時期を迎えました。課長としての肩書きで終わる退職でした。おじいさんはそんなある日、退職金を袋に入れて、帰宅しました。おばあさんが言いました。「その袋の中身は何?」おじいさんはこう答えたそうです。「給料支払い係の乙姫様がわしにくれたのさ。」おじいさんはそういいながら、袋の中身を引き出しました。するとどうでしょう。手の切れるような一万円札が何枚も飛び出してきたのです。おばあさんは言いました。「ああ、今日がその日だったのネ!」袋から出てきたお札を眺めているおじいさんは、いくぶん年老いたように見え始めました。楽しかったはずの人生の証明が、この袋いっぱいのお札であらわされているように思えたからです。働くことを別にいとわなかったおじいさんにとっても、何がしかの感慨が沸く退職金だったようです。

その後おじいさんは嘱託として会社に通い続けましたが、彼を目にする周りの人々の口からは、「以前より白髪が増えたようだよ」という声が聞かれるのでした。

 

                           '81.11.15.作

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