電気の伝わる速さは?  オーディオの科学へ戻る

もちろん光速30万キロメータ/秒である。何をいまさらといわれそうだが、Webページ上でしばしば誤った記述が見られるのでここで復習をしておく。

確かに、電気伝導に関わる速度は電界変化の伝わる速さ(=光速)、だけでなく、電子の速度(=フェルミ速度約1000 km/秒)、電子の平均速度(=流動速度 電流に比例 0.1mm/秒/A 程度)、さらには、フィーダー線や同軸ケーブルを通る高周波信号の速度光速の数十%程度など、色々あって紛らわしい。

始めに、もう少しイメージし易いパイプ中を流れる気体を例にとって説明する。

右図(a)は左側のピストンを押して右側のピストンを押し出す様子を表す。電気回路でいえば直流電圧をかけた場合に相当する。

図中の矢印を付けた点は空気分子とその運動を表している。分子は熱エネルギーに相当する速度であらゆる方向に飛び回っている。その絶対値の平均<||>は常温で約 500m/秒 である。これが電子の速度に相当する。

ちょっと考えると、左のピストンを押した瞬間に右のピストンが動き始めそうだが、実は少し時間がかかり、伝わる早さは圧力の伝わる早さ、すなわち音速(340m/秒)である。電圧の伝わる速さ、すなわち光速に相当する。

最後に、ピストンの動く早さは、気体の流動速度に等しく、これは気体の平均速度に等しい。電子の平均速度に相当する。

図(b)はピストンを左右に高速に動かした場合、実際にはスピーカーから出た音が伝わる場合を表している。交流電圧をかけた場合に相当する。

ここでは分子の運動の代わりに、気体の密度の分布(音波)を縞で表している。当然これは音速で伝わる。このとき、気体分子の速さの平均<||>は上の場合とほとんど変わらず、速度の平均は0である。

では、本題の電気の伝わる速さをこれと比較して見てみよう。

右図(a)は左端の電池で直流電圧をかけ右端の抵抗に電流が流れる場合を表す。日常的な経験の範囲では、スイッチを入れた瞬間抵抗に電流が流れると考えてよいが、正確にはスイッチを入れたという情報(電界の変化)は光速で伝わる。導線の長さが10mとすると、3億分の1秒かかるわけである。これが、本来の電気が伝わる速さである。

さて、電流を実際に運ぶのは電子であるが、金属中の電子は、電圧がかかっていなくとも、高速で走り回っている。電気伝導に関わる電子の速さは、量子力学で与えられ、(フェルミ速度という)銅の場合、約1600 km/秒 という超高速で動き回っている。(といっても光速の200分の1)この場合、空気の運動と異なり温度によらず、絶対0度でも変わらない。ところで、この電子の速さは、気体の場合の熱運動に相当するわけで、決して電流の速度でない。音速を考える場合、気体の熱運動の速さをいちいち気にかけなくてもいいように、電気伝導を考える際にも考慮する必要はない。なぜなら、電池から抵抗に電気が伝わる際、なにも電池の所にあった電子が抵抗の所まで行って仕事をしなくても、電気抵抗の所にあった電子が電圧変化を感じ、仕事を請け負ってくれるわけである。フェルミ速度は電気抵抗の原因などを微視的立場で議論するときのみ必要となってくる量である。

次に電子の平均速度(流動速度)であるが、これは高校の物理にも出てくるようだが、形式上 <v >=I / (e*n*S )  (I :電流、:電子の電荷、 :電子数密度、:導線の断面積)で与えられ、例えば、断面積 1mm2 の銅線に1A の電流が流れている時の平均速度は 0.075mm/秒 となり『カタツムリ』の動きより遅い。どうも、この速度で電気が伝わるとイメージしている人もいるようだが、これが誤解のもとである。そもそも、この流動速度というのは、電流の値(単位 A=単位時間に運ばれる電荷量 クーロン/秒)を形式的に速度の単位で表したものにすぎず、この速度で動いている電子があるわけではない。平均速度というより、むしろ電流方向とその逆方向に動いている電子(いずれも超高速)の数の変化としてイメージすべき量である。というわけで、この平均速度を持ち出しても、なんのメリットもないばかりか誤解を生むだけである。

交流電流の場合も基本的には同じである。異なるのは、音波の伝達の場合と比較すればわかるように平均電子速度が時間平均すると 0 になる点のみである。

ただし、図(b) のように、高周波電流がフィーダー線や同軸ケーブルを伝わる時は少し異なる。この場合、信号が伝わる様子は電流が導線を流れるというよりも、導線の作る電波がケーブルの間に閉じ込められ減衰なく伝播して行く、とイメージした方がより正確である。従って、信号の伝わる速さは、比誘電率εの絶縁体を電波が伝わる速度、/sqrt(ε) で与えられる。例えば、ポリエチレン(ε=2.3)を使った同軸ケーブルの場合光速の約60% となる。いずれにせよ、オーディオ機器が取り扱う周波数範囲では伝導速度は十分速く電気は瞬時に伝わると考えてよい。(ちなみに、ディジタル信号を伝える光ケーブルの場合もケーブルを伝わる信号速度は同じ式/sqrt(ε) に従い、石英ケーブルの場合(真空中の)光速の約60%となる。

ということで、結論はやはり電気は光速で伝わり、その他の速度は忘れてしまった方がよい

ただ、同軸ケーブルを伝播する高周波信号については、光速より少し遅くなる。
また、オーディオ信号が並行2芯線を伝わる速度は光速と考えてよい。理由は別項(分布定数回路)参照のこと