分布定数回路とは? −同軸ケーブルの電磁気学−  オーディオの科学へ戻る

フィーダー線や同軸ケーブルの信号伝達特性を知るには、分布定数回路による解析が有効である。かなり難しい理論ではあるが、要点を解説し、抵抗成分を考えない理想ケーブルについて特性インピーダンスの意味信号伝達速度などについて説明する。また、オーディオ装置に使うディジタルケーブルスピーカーケーブルに適用した場合について解析する。

並行ケーブルや同軸ケーブルはそれ自身、直流抵抗値の他に、自己インダクタンス、線間静電容量をもっている。しかし、これらの成分はケーブル全体に分布して存在するため、1個のコイル、1個のコンデンサーとして等価回路を考えるのは正確でない。(これを集中定数回路 図(c)という。)

そこで考え出されたのが図(b)の分布定数回路である。

すなわち、ケーブルを微小区間に区切り、その区間での直流抵抗値 ΔR、自己インダクタンス ΔL、静電容量 ΔC として、それが連なったものをケーブルの等価回路とするもので、分布定数回路という。(厳密にはケーブル間の絶縁抵抗値も必要だが、ここでは無限大として省略してある)

方向に角振動数 ω(=2π高周波電圧V(x)、電流 I(x)が伝播する様子は微小断片についてのRLC回路として微分方程式の形で与えられ、それを解くことにより
V
(x) I(x)
が次式のように求められる。

V(x) = eiωt(V+e-γx + V-e+γx)  (1a)

I(x) = eiωt (I+e-γx + I-e+γx)/Z0 (1b)

ここで、
γ=α+iβ

α:減衰定数、 β:位相定数

具体的には、R, L, C をそれぞれ、1m当たりの直流抵抗、自己インダクタンス、線間静電容量とすると、

α=sqrt{0.5*sqrt[(ω2LC)2+(ωRC)2] -ω2LC}  (2a)

β=sqrt{0.5*sqrt[(ω2LC)2+(ωRC)2] +ω2LC
  (2b)

また、
Z0=sqrt{(R +iωL)/(iωC)}  (3)
は特性インピーダンスと呼ばれる量で,その意味は後述。

α、β、0  はいずれも 、C によって与えられ、それらはケーブルの断面構造によりきまる。具体的には、

(1) 平行線の場合; =0.92 log(d/a) μH/m、C=12.1*ε'/log(d/a) pF/m 
      (:平行線の中心間距離、:単線の半径、ε':有効比誘電率 ε<ε'<1)


(2) 同軸ケーブルの場合;=0.46 log(b/a) μH/m、C=24.1*ε/log(b/a) pF/m 
      (:芯線の半径、:外皮の半径、ε:絶縁体の比誘電率)

V+,I+ は右方向へ進行する電圧、電流振幅、V-I- は反射波の電圧、電流振幅を表す。

以上は一般的な式で、原理的には入力側(左端)の電圧と負荷のインピーダンスZ がわかれば、V±±、が求まり、従って任意の位置における電圧V(x)、が求まるはずである。しかし、実際にはγ、Z0 とも複素数であり、簡単には解けない。

そこで、近似解として、R =0 の場合を考える。後で具体的な数値を示すが、高周波ではL によるインピーダンスωL  は直流抵抗より十分大きいと考えられる のがその根拠である。

R = 0 無減衰回路の解

1. 伝播速度

(2a) (2b) 式より α=0、β=ωsqrt(LC) これを(1a),(1b) 式に入れると、速度 =1/sqrt(LC) で減衰せず進行する波として伝播することがわかる。ケーブルの構造をきめれば、L、C は求められ、それを使うと、波の伝播速度は
/sqrt(ε’) :光速、ε':有効比誘電率) 同軸ケーブルの場合はε' として絶縁体の比誘電率εを使えばよいが、平行線の場合は線間の空間が全て絶縁体で埋められるわけでないので、構造により 1<ε'<ε の値をとる。いずれにせよ伝播速度は光速より少し減少する雑学帳 7 電気の伝わる速さは? 参照)

ここで、伝播速度が周波数に依らないことに注意すべきである。すなわち、周波数による位相のずれの差が無く、かつ無減衰なので、波形の歪みは生じない。(無歪伝播)

2. 特性インピーダンス Z0

(3)式より、0=sqrt(L/C) で与えられる。従って、
平行線の場合; 0=256log(d/a) /sqrt(ε') (:平行線の中心間距離、:単線の半径)
同軸ケーブルの場合; 0=138log(b/a)/sqrt(ε):芯線の半径、:外皮の半径)
となる。

ところで、特性インピーダンスとはどのような意味を持つ量なのか?  

インピーダンスとは交流抵抗のことであり、長さや周波数に依存しないというのも不思議である。
もちろん普通の交流テスターでは測れない、ちょっとわかりにくい量である。

答は、出力端に の直流抵抗を負荷としてつないだ時反射が起こらない。したがっていくら長いケーブルを使ってもインピーダンス整合がとれておれば電磁エネルギーを100%出力側へ伝えることが出来る条件を決める量と理解すればよい。0 はインピーダンスのディメンションΩ(Ω/m でない!)を持つケーブルの特性を表す量であってインピーダンスそのものではない!

なお、実際のケーブルでは R 成分のため減衰が起こるが、信号強度が1/2 になる長さは =1.4Z0/R で与えられZ0が大きいほど減衰が少ないという意外な結果になる。 

たとえば0=70 Ωの同軸ケーブルの場合、=0.5Ω/m (表皮効果のため直流抵抗値より大きくなる)とすると、 =196 m となる。 10m のケーブルだと (1/2)^(10/196)=0.97 と 約 3% 減衰する。

また、特性インピーダンスの値自身も無減衰近似が正確には成り立たず(3)式に戻って考える必要がある。特に、周波数が低くなると、ωL に対して R が無視できず、Z0 に周波数依存性が生じる。即ち、低周波になるほど特性インピーダンスは大きくなる。

ディジタルケーブルの場合

CDのディジタル信号を伝達するディジタルケーブル(同軸ケーブル)は数メガヘルツのパルス信号を扱うので分布定数回路理論による解析が有効と思われる。

まず、 =0 近似の妥当性を考える。今取り扱う周波数を5 MHz とする。直流抵抗値はあまりデータがないが、0.5mmφ(a = 0.25 mm) くらいの芯線を想定し 0.1Ω/m とする。シールド線の半径を 2.5mm とすると、L = 0.46 μH/m を得る。ちなみに、この場合の特性インピーダンスは Z0 = 138 Ω となる。 5MHz でのインダクタンスによるインピーダンス(ωLは 約 15 オームとなり R の150 倍となり、R = 0 近似はそれほど悪くない。 伝播速度は絶縁体に何を使っているかによるが平均的な値 0.6 c =1.8×10^8 m/秒 とする。

無減衰近似がそれほど悪くないので、数メートルのディジタルケーブルではほとんど信号の減衰は無く、かつ歪みも無い。また、伝播速度から 5MHz の波長は 36 m となり、ケーブルの長さよりづっと長い。すなわち、5MHz のパルス信号は直流を ON/OFF して伝えているのと変わらない。

以上のことから、ディジタルケーブルによる伝播特性の変化は考えられない。
ケーブルを変えることによって音が変化したとすれば、物理的な原因としては、インピーダンスの不整合による反射などの影響が考えられるので、その点に注意すればよい。端子の接触不良には特に注意を要する。

スピーカーケーブルの場合

具体的に a = 0.5 mm (1φ)の銅単線を = 5mm の平行線とした場合を考える。有効誘電率は ε'=1 とする。
R,L,C は R = 22mΩ/m、 L = 0.9 μH/m、 C = 12.1pF/m となる。 この値は、本文に例示した最も安価な ケーブル A にほぼ等しい(線間容量が少し小さめ)

このケーブルについて、可聴周波数の上限 20 kHz の交流を伝える場合を考える。 L 成分のインピーダンス(リアクタンス)は 2π**L = 110 mΩ/m、 直流抵抗値はその約 1/5 であり R = 0 近似はあまりよくない。

このように、可聴周波数に対しては、無減衰近似は使えず、(1a),(1b) 式を解くしかないが、これは複素連立方程式なのでかなり面倒である。

そこで、便法として集中定数回路(図 c)で解析する。この場合高域の減衰に最も寄与するのは自己インダクタンスL である。 静電容量は負荷インピーダンスの一部と考えるが、その大きさは 1/(2π C) = 658 kΩ/m となりボイスコイルのインピーダンスにくらべ圧倒的に大きので負荷インピーダンスから除外する。(サセプタンスを0とする)

本文の自己インダクタンスの影響の計算はこのようにしてケーブルの自己インダクタンス L と負荷R のみからなる集中定数回路による解析であり、高域の減衰や位相遅れについては、分布定数回路で求まる値の上限をを与えるものと考えてよい。

その結果、自己インダクタンスの影響は50kHz 辺りまではほとんど無視できるということなので、実際にはさらに影響は少ないと結論できる。

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