オーディオの科学へ                                      2017.10.10 改訂

ハイレゾは必要?

 最近ハイレゾという言葉をよく耳にする。いうまでもなく、ハイレゾとはハイレゾルーション(高分解能)の略語で、通常のCDの規格であるサンプリング周波数(fs) 44.1kHz(収録可能音域の上限: 22.05 kHz)、分解能(ビット深度) 16ビット(収録可能 ダイナミックレンジ:96dB)を上回る規格を持つデジタル録音方式のことをいい、通常 fs= 96kHz または 192kHz、ビット深度 24 ビットのPCM方式か、いわゆるSACD のことをさす。(くわしくはここを参照

 しかし、CDの規格は人間の聴力の限界を厳密で大がかりななテストで調査した結果、録音した音楽信号を再生した場合、高域限界は16kHz あれば十分で、それ以上の成分をカットしても、いわゆるブラインドテストでは区別出来ない という事実を基に決められたもので、CDはこれを大きく上回った規格でありこれ以上音質が向上するかどうかはなはだ疑問である。ここでは、その後の客観的な検証を紹介し、その当否を論じる。なお、この件についてはAudio BBS で活発な議論が行われここに収録してあるのでこちらも参考にして下さい。

とりあえず結論を先にいうと、

  1. 音源(いわゆるマスター音源)が同じならハイレゾとCDの音質の違いは聴いてもわからない。
    これは以下に述べる、通常の瞬時切り替え法によるまっとうなブラインドテストの結果で証明されている。
    ただし、超音波成分を強く含む音源(越前琵琶など)を長時間(2分程度)聴き比べると、まれに聴き分ける人もいるそうである。また、テストに当たって、聴き分けの訓練をすると聴き分ける確率が大きくなるという報告もある。
  2. ハイレゾとして売り出されているソフトは、高音質のマスター音源を選択するなど、それなりに注意して作られているだろうから、高音質のソフトに遭遇する確率は、玉石混淆のCDより高い。(これは私の推測)また、ハイレゾの方がCDより高音質であると固く信じている人が聴いた場合、心理効果で実際そのように聴こえることは十分あり得る(8ーA項参照)

ブラインドテストの結果

  1. CD規格設定に先立って行われた大規模なブラインドテスト
    Muraoka, T., Yamada, Y, Yamazaki, M. ; “Sampling-frequency consideration in digital audio” J.Audio Engineering Soc. Vol.26 (1978) pp.252-256.

     この論文は入手困難で、直接手に取って見たわけでないが、次に紹介する学位論文(文献 3)で要点が記載されているので紹介しておく。

     被験者は音響技術者を中心とした176人(15〜56歳)で、オープンリール型のテープレコーダに収録された楽音を、14、16、18、20kHz をカットオフ周波数とする ローパスフィルターにより帯域制限をかけ、原音と比較して弁別出来たかどうかを回答する方式を採っている。試行回数は20回でその結果を図1に示す。
     

    図1 カットオフ周波数別の正答数の分布。縦軸は正答回数で横軸は、その正答数に対応する年齢別の人数を示す。20回の試行なので、正答数 10 はでたらめに答えた数に相当する。16kHz 以上では10回を中心としてほぼガウス関数的な分布を示しており、典型的な聴き分け不能のパターンを示している。

    この結果に対し、後に紹介するハイパーソニック効果の提唱者である大橋力氏は、その著書「音と文明」においてリンク先のような異議を唱えている。

  2. NHKの実験
    NHK 技研 ノート No.486
     詳しくは上のリンク先ですでに述べているが、いろんな楽音について、20 kHz 以上の成分が入っている場合と、20kHz 以上をカットした場合を聴き比べ、有意差があるかどうか調べた。この実験に先立って行われたハイパーソニック効果の結果も踏まえ、被験者には単純な瞬時切り替え法でなく、納得できるまで何度も聴き比べてもらうという方法をとっている。結果は最初のテストでは17歳の女性がわずかではあるが有意レベル(72%)を超えた正答率(75%)を出したケースを除いて、やはり有意差は認められなっかた。比較的正答率が高かった被験者については再度追加テストを行ったが、その場合は有意差は認められなかった。

  3. ハイレゾリューションオーディオの研究
    http://ir.lib.uec.ac.jp/infolib/user_contents/9000000355/9000000355.pdf
     これは電通大に提出された博士学位論文で、かなり長大である。著者は 上の 文献2 の共著者であり、一つ目の実験は、上のNHK の報告と同じである。ただ、長時間(2分前後)聴きこんで比較した時、筑前琵琶という超音波成分のエネルギーが大きい楽器の場合、13名中若い2名の被験者(20歳代、30歳代の音大学生)に有意差が認められたと報告している。ただし、これらの被験者も20 kHz 以上の音が聴こえているわけでなくハイパーソニック効果の可能性を示唆している。もう一つの実験として、フォーマットの異なる音源が聴き分けられるかどうかを調べるため、同じ楽音を 48kHz-24bit、192kHz-24bit、DSD(SACD) で録音再生した音源を比較したが有意差は認められなかったとしている。

  4. 外国の報告 BBS過去録に上の文献3と外国での報告が引用されています。

  5. 事前訓練による聴き分け率の向上
    A Meta-Anslysis of High Resolution Audio Percepttual Evaluation
     MetaーAnalysis とは過去の論文や報告を、著者の視点から解析し評価する手法で、この著者はハイレゾに関する18編の論文を取上げ解析している。その結果、通常のブラインドテストによると、ごくわずかに有意差が認められる報告もあるが、事前に聴き分ける訓練をすると聴き分ける確率が大幅に向上するとしている。このことは論文中の図2(下図)を見るとよくわかる。その他、年齢差、男女差、経験差による違い、思い込みの影響、テスト方法、音源の違いなど色々論じている。


    図2 横軸は正答率(点は平均値、その大きさはサンプル数に比例する。横棒は偏差)。上半分は事前訓練無し。下半分は事前訓練を受けた場合を表す。ざっくり見ると訓練無しではほとんどの例で50% ライン(でたらめに答えたときの平均正答率)にかかっており、聴き分け不能と思われ、訓練を施すと聴き分け能力が向上すると思われる。

  6. 長時間聴取、事前訓練による結果
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjiiae/1/2/1_52/_pdf
     事前訓練と長時間聴取を行ったブラインドテストの一例。訓練の内容は、あらかじめ聴き分けるためのポイントをリストアップしそれを参考に30分間聴き分けの事前訓練を行うという方法である。音の呈示時間は30秒の休止時間をおき2分間呈示した。被験者は27名で各自2回の試行を行っている。この場合でもハイレゾ音(192kHz 24bit)とCDの差を正答した人の割合は57.4 % でABXブラインドテストの解析法に従って解析するとp値が0.3となり有意差無しの範疇に入る。

  7. ビット深度の違い
     上記 2、3 の実験はいずれも20 kHz 以上の成分の有無が聴き分けられるかどうかの実験でありビット深度についてはいずれの場合も 24bit で行っている。ビット深度はダイナミックレンジに関わる量であり、リンク先ににいろいろな場合のダイナミックレンジを図示するが、図に示すように 聴覚の上限と一般居室の闇騒音を考えると、CD の規格である16 bit (96dB) のダイナミックレンジは十分余裕のある規格で(CD の規格を決める時14bit で十分であるという意見が強かったそうである)これ以上ビット数を増やしても聴き分けられるとは考えにくい。実際、これについてもブラインドテストによる検証が行われており、別ページで示したように(資料、聴き分け不能であるとの結論が得られている。

  8. アマチュアによるブラインドテスト
     以上のテストは統計処理も考慮した、学会レベルの検証にも耐えられる、いわば「まっとうな」ブラインドテストの例であるが、アマチュアが行ったテストもネット上で散見できる。以下にいくつかのサイトを紹介する。

    1. オメガの会レポート SACDとCDの聴き比べでお遊び的なテスト。

    2. 駄耳証明 ダブルブラインドテスト(二重盲検法) 個人のブログの記事。24bit/192kHz のハイレゾ 音源と 16bit/44.1kHz 音源を比較したものだが、結果は有意差なしとなったとのこと。このブログにはテスト開始前には十分聴き分け可能と思っており、テスト中も確かに聴き分けていると思っていたのに、ふたを開けてみると全くそうでなかったという体験談が書いてあり大変興味深い。

    3. ハイレゾ音源は人間の耳で聴き分けられるか? 禁断のブラインドテストで検証!
       最後の結論は聴き分けられる人もいたということになっているが、これは業者サイドのサイトであり統計処理もせず、なんとか聴き分けられるという結論を出したいという強いバイアスがかかった試みである。信憑性は読者にお任せする。

    4. http://z-sound.biz/melmaga/pdfreport/blindtest2017.pdf 
      Audio BBS に投稿された本格的なABXブラインドテストの結果です。市販のハイレゾBlu-rayとCDがペアーになった音源を使い、7名の被験者について行われた。その内一名はp値(正答率の50%からのずれが統計的揺らぎにより説明出来る確率)が臨界値0.05(5%)にかなり近い値を示したが、追加テストをすると有意差なしとなったそうで、全員聴き分け不能という結論です。

ハイパーソニック効果

 これは、上に述べたようなブラインドテストによる音質評価の結果に納得せず、超音波成分を強く含む音源を聴くと脳波や脳血流に影響を及ぼすということを示したもので、ハイレゾ録音の優位性を示唆する唯一の科学的根拠とされておりメーカーの宣伝などにも利用されている。これについてはこのサイトでもここに簡単な説明をしており、提唱者大橋力氏の論文(英文)ここで見られる。これについての私のコメントはここに書いておいた。 いずれにせよ、この報告は音質の差を調べる実験でなく、超音波成分を強く含む特殊な音源が脳に与える影響を調べたものといってよく、これについては以前からもオルゴール療法などの例も有り、何らかの作用があることは否定できないだろう。上に書いたように、超音波成分を強く含む音源の場合、特殊なブラインドテスト(長時間呈示)で差を感じる人がまれに見られるのはこの影響かも知れない。通常の音楽ソフトでもこのような効果があるという例はまだ見つけていない。

 これに類する報告として、最近ハイレゾ音源をヘッドホンで聴いた場合に安心感を与えるといった報告があるが、学術論文として公表された報告でなく、宣伝的要素が大きい業者サイドの記事なので信頼性に欠ける。

デメリット

 ハイレゾ録音は物理的にはCDに比べ高い特性を持っているが、デメリットもある。以下箇条書きにすると、

  1. 現時点では価格がCDに比べかなり高い

  2. ファイル容量が大きくなることで、CDに比べ数倍、高音質の圧縮音源(256kbps AAC)に比べると数十倍のファイルサイズとなる。つまり携帯プレーヤには向かない。

  3. スピーカー(トイター)の非線形性により 20kHz 以上の高音成分の相互変調歪み成分が可聴周波数帯に現れ音を濁す可能性があるということである。上で取り上げたブラインドテストではこの影響が現れないように注意を払っているため、音質差としては検知されていないが、一般のシステムではこの限りではなく、実際、相互変調歪みが検知されるという報告がある

まとめ

 ということで、最初に書いた結論に至るわけであるが、聴いて分かるような差が無いとすれば、それほど普及するとは思えない。私自身はむしろ確実に効果のある映像付サラウンド音源に移行している。

参考

 ハイレゾ音源を簡単に体験するにはONKYOのサイトの e-onkyo music のページから無料サンプル音源をダウンロードして、96kHz-24 bit 対応のソフト(Windows Media Player ver.12 など)を使って聴くことが出来る。

 またアマチュアがいわゆる生録をする場合は、クリッピングを避けるため24 bit マシンを使うのは意味がある。