スピーカーの低域再生能力 − ヘルムホルツ共鳴と過渡歪 −  オーディオの科学へ戻る  2003.9.4 更新

本文のスピーカシステムの項にヘルムホルツ共鳴という言葉が出てきたがその原理を高校物理のレベルで説明する。
またその応用としてのバスレフ型スピーカーの原理、密閉型スピーカーとの違い。さらに、スピーカー特有の過渡歪と制動力について述べ、これら2つのタイプのスピーカーシステムの低音再生能力の優劣を論じる。

ヘルムホルツ共鳴の原理

右図 (a) はヘルムホルツ共鳴器の概念図である。

硬い物質で出来た内容量V0 の容器に、長さ ,断面積 S の細長いいパイプ(ダクト)が開口しているものである。具体的には、鶴頚花瓶あるいはビール瓶を思い浮かべてもらえればよい。

容器およびダクトの内部はもちろん空気で満たされているわけであるが、ダクト部分の空気を、図(b)に示すように、質量 のピストンとみなす。m は空気の密度×ダクトの体積で与えられるが、これが前後に動くとき、開口部付近の空気も引きずって動くため、ダクトの半径が の円筒状ダクトの場合、≒ρ・) で近似的に与えられるものとする。

ピストンに力がかかっていない状態では、容器内部の気体の圧力は外気圧と同じ 0 でその容積は0である。

ピストンを だけ内部に押し込むと、内部の気体の圧力は まで増加し、ピストンは =−(0) の反撥力を受ける。

ここで、ピストンは音の周波数で振動するので、圧縮・膨張はほぼ断熱状態で行われる*。従って、 は断熱条件での状態方程式

00γ γ

に従う。ここで、γは比熱比で空気の場合約1.4の定数である。

 0  で、

かつ S・x は 0 に比べ微少量なので、ε<<1 に対する近似式

(1+ε)a ≒ 1+a・ε より、

 0{1+(γS/V0)・x} 

従って、  = −P0(γ2/0)・

すなわち、(a) におけるダクト内気柱の運動は、(c) の バネ定数 =γP02/0 をもつバネの先端に付けられた質量 の物体の運動と等価である。 すなわち、振動数 =(1/2π)(γ02/mV01/2 で単振動する。

ところで、同じように、円筒内の気体を弾性体と見做して、圧力0の気体中の音速 を計算すると、

 =(γ0/ρ)1/2 が導ける。

この関係式を使うと、

 H =(/2π){/[0)]}1/2 となり、これがヘルムホルツ共鳴器の共鳴周波数となる。

* 箱内に吸音材を一杯詰め込んだ場合(アコースティック・サスペンション方式のスピーカーなど)吸音材が効率のよい吸熱材として働き、断熱条件が成り立たず等温条件に近ずく、すなわち比熱比γが減少することが考えられる。一方、箱の有効内容積は減少する(ただし、固体部の容積は重さを比重で割ったものであり意外と小さい)。バネ定数を与える式からわかるように、前者はバネ定数を小さくし、後者は大きくする。どちらが支配的になるかはケースバイケースであるが、バネ定数が減少する(共鳴周波数が低下する)という報告もある。つまり、吸音材を詰めることによりあたかも、箱の内容積が大きくなったような効果があり得る。(BBS hasida さんよりの情報により追加  2003.9.4 )

ヘルムホルツ共鳴の応用 − 位相反転(バスレフ)型スピーカー

ヘルムホルツ共鳴を利用した機器としてバスレフ型スピーカーシステムがある。

右図(a)はその概念図である。 単純な共鳴箱と異なる所は、当然ながらスピーカーがついていることである。 この場合も、気体はバネ定数Hのバネとして働き、ダクトは質量Hのピストンと見做してよい。スピーカーの振動板も質量Sのピストンと見なしてよいが、この場合はダンパーとエッジからなるバネ定数S のバネで箱に固定されている。

その様子を図(b)に示す。

スピーカーに音声信号が入力されると、振動板が左右に振動する。この振動は空気バネHを通してH すなわちダクト内の空気を揺らす。 

このとき、その振動数がヘルムホルツ共鳴周波数に等しい場合、右側バネが共鳴しダクト内の空気が激しく振動する。さらに、その運動の方向は図の赤矢印で示すように互いに逆方向なので、スピーカーおよびダクトから外部に放出される音圧は同位相となり互いに強めあう。(実際は、スピーカの振動板の重さと、バネの運動が加わるので、逆位相で共振する周波数(反共振周波数)は本来のヘルムホルツ共鳴周波数とは異なる)このようにしてヘルムホルツ共鳴周波数Hをスピーカー自身の共鳴周波数 0 (バネSと振動板Sできまる振動数)より低くなるようにスピーカーボックスの内容積、ダクトの形状を選んでおくと 0 よりかなり低い周波数の音を能率よく放射することが出来る。

振動数が共鳴周波数と異なるときはどうか?

周波数が十分小さい場合を考える。 スピーカーの振動板をゆっくり左方向に動かすと当然H も左方向へ同じ速度で動く。すなわち、振動板とダクト内空気は同位相で振動し、外部に放出される音圧は逆位相となり打ち消される。このようにして、ヘルムホルツ共鳴周波数より低い音圧出力は急激に減衰する。(18dB/Oct)

逆に、周波数がH より僅かに高い場合は共鳴状態と同じく逆方向に振動し、放射される音圧は同位相になり強めあう。

このように、バスレフ型スピーカーシステムから放射される音は、H を境にして位相が大きく変化する。

それに対し、密閉型スピーカーは図(c) に示すように、ボックス中の気体は同じく空気バネとして働くが、一端が固定されたバネと見做せ、スピーカの支持バネ(ダンパー・エッジ)と一体となり、単一の周波数で振動する。その振動数は当然単体スピーカーの共振周波数 0より高くなる。さらに、バスレフ型のようにダクトからの増強も無いので、低音の出力音圧はバスレフより弱くなる。 ただし、0 以下での出力音圧の低下は緩やかで(12dB/Oct)、アンプで低音増強することにより保障できる。また位相変化が小さく、群遅延時間が短い。

過渡特性と制動力

スピーカーの性能を表すときに重要なのはこれまでに述べてきた周波数特性のほか過渡特性がある。本文では、スピーカーに矩形波を加えたときの図で説明したが、右図は、サイン波を急激に切ったときの特性を示す。

一般に、入力信号を急激に0にしても、振動系はすぐには静止せず、しばらく振動する。このときの、入力と出力のずれを過渡歪という。もし、振動系として、上に述べたようにバネと重りのみからなる場合を考えると、入力信号の周波数が振動系の共鳴周波数と一致しているときは振動はいつまでも持続する。これではスピーカーとして使えないので振動にブレーキをかける必要がある。これが制動力である。金属製のバネの場合などは制動力は小さく、振動はかなり長く持続するが、それでも時間が経てば静止する。これは、空気との摩擦抵抗や金属材料自身の持つ内部摩擦により振動のエネルギーが熱エネルギーとして散逸するためである。

スピーカの場合、ダンパー(本来制動体という意味)やエッジに繊維質の材料など内部摩擦の大きい材料(繊維質の場合は変形すると繊維同士が擦れ合い発熱しエネルギーを吸収する)を使用することにより制動力を大きくする。

しかし、最も大きな制動力を示すのは電磁制動力である。

右図はスピーカーの駆動の原理図である。アンプの出力電圧V によりボイスコイルに電流が流れ、磁石が作る磁場によるローレンツ力をうけ左右に動く。

逆に、V=0 のとき、振動板を外力で動かした場合を考えてみる。

この場合はボイスコイルに誘導起電力が生じる。スピーカーがアンプにつながれていない場合(R=∞)は回路に電流が流れないので、振動板の制動は機械的制動力しか働かない。

アンプにつなぐと、閉回路を形成し回路に電流が流れる。この電流はやはりローレンツ力を受け、振動板の変位を阻止する方向に働く。つまり、制動力が働く。 もし、R ≒ 0 なら、無限に大きい電流が流れ、振動板はびくともしない。この場合、交流電圧V ac をかけると振動板は振動するが、電圧を0にした瞬間に運動は停止する。すなわち、自由振動はせず過渡歪みは生じない。

ちなみに、R = 0 にするには、回路を全て超伝導体にすればよいが、もちろん実現不可能である。そこで、電流正帰還により打ち消し電流を増幅し、振動板の自由振動を阻止する特殊なアンプを使うことにより、見かけのR を0にすることが出来る。 ヤマハのASTスーパーウーファー(最近はサブウーファというらしい)はこの方法によりスピーカーの振動板に対する制動力を無限大にしている。この方法は、いわゆるMFB(モーショナル・フィードバック)に他ならない。その原理(私の想像)ここに書いておく。

通常のスピーカーシステムでは、有限の抵抗値R をもち、制動力はR に反比例する。その抵抗成分として、スピーカーのボイスコイルの抵抗RV、ネットワークのコイルの抵抗RN(マルチウエイシステムの場合) 、アンプの内部抵抗 RA そして、スピーカーケーブルの直流抵抗 Rc からなる。それらの大きさは、RVRN>>RARC である。ユーザーが変えることが出来るのはスピーカーケーブルのみであり、抵抗値が小さいケーブルを使うことは制動力の強化につながる。ただし、その抵抗値はボイスコイルの抵抗値(数オーム)に比べ100分の1程度であり、それほど効果は期待できない。

最後に、空気バネの制動力を考える。空気バネの圧縮・膨張はほぼ断熱的(外部への熱の流出・流入が無い状態)に行われるが、完全な断熱状態ではなく、振動エネルギーは一部熱エネルギーとして放出される。このため、空気バネはそれ自身一定の制動力をもっている。さらに、箱内の吸音材も熱エネルギー・振動エネルギーを吸収するので制動力に寄与する。 また、バスレフ型の場合、ダクトの内壁とダクト内の空気の摩擦力も制動力に寄与する。

以上の議論から、バスレフ型、密閉型スピーカーシステムの制動力の大小について考える。
密閉型の場合は、空気バネの制動力を無視すれば、0が上昇し、いわゆるQ(共鳴の鋭さ)が大きくなる。これは、0における制動力の低下をまねく。しかし、空気バネの制動力を考えると必ずしも制動力が低下するとはいえない。一方、バスレフ型の場合はfoの上昇が無いため、fo 付近の過渡歪に関しては密閉型より有利といえる。しかし、ヘルムホルツ共鳴周波数付近の制動力については、電磁制動力が働かず空気バネの制動力のみが頼りなので過渡歪みが生じやすい。すなわち『「しまりの無い』低音になる可能性が高い。

ということで、制動力を重視すれば密閉型の方が引き締まった低音が再生できる。ただし、周波数特性では低音が不足気味になるので補強してやる必要がある。私の場合は、ヤマハのASTスーパーウーファを使用している。これは、0付近の制動力を専用アンプで無限大とし、約40Hz 以下にヘルムホルツ共鳴周波数を持つバスレフ型である。従って、この付近の制動力は弱い懸念がある。ただ、そもそも40Hz以下の周波数の音源を考えると、パイプオルガンや大太鼓のように楽器自身制動の効いていない音源が多いのであまり気にならない。

なお、最近はMFB(モーショナル・フィードバック)と大出力内臓アンプを組み合わせた密閉箱型のスーパーウーファーが売り出されており、制動能力に関してはこちらの方が有利である。ただし、超低音での音圧出力に関しては、バスレフ型の方が有利であり、効果も大きい。

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