オーディオの科学    

折り返し歪とCDの音

このページはCDソースに特有な折り返し歪(又は雑音、英語ではエリアシング歪み)についての解説です。ただし、主に録音側に関わる話で、ユーザー側の努力ではいかんともしがたいことなので、あまり役に立たないかもしれません。

いまやデジタルサウンド万能の時代である。しかし、いや、やっぱりLPの方がいいというオーディオファンも少なからずいるようだ。周波数レンジはともかく、S/N比やダイナミックレンジを比べれば圧倒的にCDの方が優れているのにもかかわらずである。確かに、一部の、特に初期のCDには聴きくに耐えない音がするソースがあるのも事実である。(もちろんLPにもそれ以上にあるが) その原因は色々あるだろうが、ここではLP(アナログ録音)にはなくて、CD(PCM録音)にのみ存在する音質劣化の原因である、量子化雑音折り返し歪(Aliasing Distorsion)について、特に後者は余りよく理解されていないようなので説明しておく。

ディジタル化によって生じる歪みとして誰もが思いつくのは、波形の縦軸を不連続に分割するために生じるいわゆる量子化ノイズである。これをリンク先の図のように誇張して描くと直感的にわかりやすく、いかにも音質劣化を招きそうな先入観を与えるが、16bit のデータ、すなわち2進16桁の最大数は、10進数では65,536に相当し、例えば波形をパソコン上に描こうとすると、縦軸解像度(約1000dot)の1/65 の精度を持つので充分になめらかな線となる。もちろん、音の場合はダイナミックレンジが広く極微少音では問題になるかもしれないが、量子化雑音による音質劣化を隠すために入れてあるディザノイズのレベルはLPレコードのスクラッチノイズに比べて100分の一程度と遙かに小さいのでCDが不利という根拠にはならず、さらにD/Aコンバート時に適当に処理することにより解決されるのであまり深刻な問題でない(これについて,詳しくはこのページを参照)。 より深刻な歪みは録音時(A/D変換時)に生じる折り返し歪みである。この歪みは自然界には存在しない純粋に人工的な歪みであり、人が聴いたとき高調波歪みや混変調歪みより強い不快感を与える可能性がある。ただし、残念ながらそれを示す定量的なデータは見あたらない。同じ数学的原理(サンプリング定理)により、再生時にも折り返し歪みは生じるがその現れ方、音質への影響は異なるので別々に説明する。

A/D変換時の折り返し歪み

上の図は24kHzと16kHzのサイン波の波形と、これを40kHzでサンプリング(その瞬間の電圧をデジタル量として記録すること)した時のシグナル強度()を表す。このように、2つの周波数の和の周波数で信号をサンプリングしたときその信号は一致し、これを記録すると元の周波数がどちらであったかは全く区別できない。言い換えれば、24kHzの信号も40kHzでサンプリングすれば16kHzとして記録されるわけである。一般的には、fs Hzのレートでサンプリングした時 (nfs± )Hz/2)の信号は Hzとして記録されてしまう。これを一般的に証明するにはフーリエ解析の知識がないと難しいが、上図のように具体的にエクセルの機能を使って計算し図に描いてみれば納得出来ると思う。

左の図の青線は、20kHz 以上の信号を含む音楽信号の周波数スペクトルを表わすが、これを40kHzでサンプリングすると、20kHz以上の成分は赤線のように/2=20 kHzを対称面として鏡面対称に折り返した信号として記録されてしまい、20kHz以下の元信号に重畳し黒線のようなスペクトルに変形してしまい、元の時間領域の波形は歪んでしまう。これを折り返し歪み(エリアシング歪み)とよぶ。

CDの場合は fs=44.1kHz なので例えば、可聴周波数以上の30KkHz の超音波が14.1kHz の音として記録されてしまい、音質劣化の原因となる。

このようにして生じる折り返し歪みは、左図のように、A/D変換する前のアナログ信号に、出来るだけ急峻なローパスフィルタ(LPF)をかけ /2 以上の成分をカットすることによって避けることが出来る。

最近ではデジタルフィルタにより急峻なフィルタリングが可能であり、CDのサンプリング周波数の場合、音質を損なわずに録音することは十分可能である。実際、20kHz以上の信号を急峻にカットした音とカットしていない音を聴き分けることは耳のよい人にもまず不可能であるというデータがある。

しかし、初期のCDの場合、アナログフィルタが使われていたことが多いようで、場合によっては、かなりの音質劣化を招いていた可能性は否定できない。また、最近では、録音時に192kHz・24bitといったハイビット・ハイサンプリングでデジタル録音し、それをソースとして、CDを作ることが多いようだが、この場合も、44.1kHz にダウンサンプリングするときに、折り返しによる音質劣化を起こす可能性があり注意しなければならない。

ちなみに、エリアス(またはエイリアス)偽のという意味で、これに起因する歪み又はノイズをエリアシング歪み(またはノイズ)とよび、デジタルオーディオの場合のみならず、デジタル画像処理の場合は、虚像が現れるなど、より深刻な画像劣化を起こす原因として知られている。日本語訳では意訳し折り返し歪みとよぶ。

D/A変換時の折り返し歪み

左図はデジタルオーディオの解説によく出てくる図で、左端の黒曲線が本来再生すべき音楽信号の周波数スペクトルを表わし、赤線は、折り返し信号のスペクトルである。当然、この成分はローパスフィルターでカットしなければならない。といっても、CDの場合は可聴周波数以上の成分であり、フィルターが不十分でもそれほど深刻な影響を与えない。


さらに、このようなスペクトル(上図赤線は、時間領域の波形としては、左図の赤縦線のように s Hzでサンプリングした信号をD/A変換し、インパルス電圧として出力した場合の周波数成分に相当するが、実際のD/Aコンバータのフィルタリング前の出力電圧は左図の青線のようにサンプルホールドされたヒストグラム波形となっているはずで、その周波数スペクトルは上図青線のように折り返しの次数が上がると減衰する。

さらに、現在では、いわゆるオーバーサンプリング技法により、例えば2倍オーバーサンプリングにより、上図の を中心とする折り返し成分が除去され、緩やかなアナログLPFでも充分折り返し歪みを除去することが出来る。最近では、オーバーサンプリングは4倍、8倍とエスカレートし、いささかオーバースペックとなりつつある。

いずれにせよ、D/A変換時の折り返し歪みは、A/D変換時のそれと比べ、可聴周波数域での音質劣化は小さく、実際CDプレーヤの音質をブラインドで比べると14bit機を除いて有意差は認められないようである。

SACDでは?

SACD(SuperAudioCD)とはアナログ信号を 刄ー変調をいう手法を用い、48=2.8224 MHz という高いサンプリングレートで1bit DSD (Direct Stream Digital) 信号に変換する技術であり、再生時にはこの信号をアナログフィルタを通すだけで高品質の再生音が得られるとうたっている。以下に公式サイトを紹介しておく。(ただし、このサイトはメーカーサイドのサイトであることに留意してほしい)

http://www.super-audiocd.com/aboutsacd/format.html

少し難しいが、刄ー変調についての解説は

http://www.okuma.nuee.nagoya-u.ac.jp/~murahasi/dsm/feature.html



この場合、サンプリング周波数が充分高いので、録音時、再生時ともにエリアシング歪みは考える必要はない。ただ、刄ー変調法の問題点として、量子化ノイズが高周波数領域に掃き上げられ、高域のノイズレベルが高くなることである。左図は-90dBの1kHz信号を、SACD、CD、24bitPCM で録音再生したときの周波数スペクトルであるが、確かに6kHz以上ではSACDのノイズレベルはCDより高くなっている。とはいっても-90dBの信号は16bitでは最下位バイト(LSB)が変動するレベルのノイズであり、とても聴いてわかるような差ではない。

ちなみに、LPのノイズレベルは約 -50dB(約100陪)と高く、この図では遙かに上にはみ出してしまうレベルである。

なお、このデータの出典は、Stereophile 誌 の
http://www.stereophile.com/digitalprocessors/105dcs/index5.html から取ったものである。

アナログ録音(LP)では?

アナログレコードでは当然のことながら折り返し歪みなるものは存在しない。アナログレコードで問題になるのはノイズレベルの高さである。よく知られているようにLPレコードでは低域のレベルを落とし、高域を増強する、いわゆるRIAAイコライジング曲線に従って録音される。低域を落とすのは、同音量の信号の振幅は周波数が低いほど大きくなり、そのままのレベルで録音すると隣の溝にはみ出してしまうか、そこまでいかないまでも隣の溝に影響を与えるいわゆるプリエコー現象を引き起こすからであり、高域を増強するのは、再生時に不可避な、針が溝の壁を擦ることによって生じるスクラッチノイズの影響を小さくするためである。

当然、再生時には低音を増強し高音を低減する必要がある(イコライジング)。低音を増強するため、ディスクの回転むらから生じるワウフラッタノイズ、モーターや軸受けなどで発生する低域振動まで増強され、信号対雑音(S/N)比が低下する。S/N比を大きくするには重いターンテーブルを使うなどかなり費用をかける必要があり、CDプレーヤーと異なり、一般的に高級品はそれ相応の性能を示してくれる。

一方、高域のS/N比は、RIAA特性により改善されるが、それでもスクラッチノイズは強いのでS/N比はCDに比べ2桁は小さくなる。LPレコードのメリットとしてCDではカットされてしまう20kHz以上の音も録音されていることがいわれるが、実際にはこの辺りの信号はほとんどがノイズであるといっても差し支えない。いずれにせよ、忠実度という尺度からいうとCDの方が圧倒的に優れており、LPレコードの方が「解像度が高い」、「情報量が大きい」などということはあり得ない。

で、結論は

  1. 本来CDの規格は、可聴領域の音を録音再生するには充分な能力を持っており、注意深く作られたCDはSACDに比べて劣るということはないだろう。実際、同じソースから作られたCDとSACDをブラインドで聴き比べ、SACDの方が優れているということを示したデータにはお目にかからない。
      
  2. しかし、聴くに堪えないような低音質のCDが多く存在するのも事実であろう。その原因の一つとして折り返し歪みによる音質劣化が考えられるが、録音時に音質劣化を招く原因は、マイクの性能、テープ録音のからのマスタリングの場合はテープレコーダの性能、ミキシング技術、その他無数にあり、折り返し歪みが原因となる音質劣化がどれくらいの割合あるかということを知ることは不可能である。
      
  3. 結局の所、いい音で音楽を聴きたければ、高音質のCDやSACDを選ぶしかないという当たり前の結論になってしまう。

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