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アジャストメント-早川文庫
アジャストメント


人間とアンドロイドと機械 Man,Android and Machine / フィリップKディック 訳:浅倉久志 のあらすじ
初出 Odditites(1984) 原稿到着1981 短編 第123作

[初めに]
これは、講演のようなものの一節で、作家としてのテーマ性の解説を語っているわけですが、
ディックはちょっと、調子に乗ってしまった様です。
ディックは本来、先見性に富む、弱い物に対する愛情に溢れた作家なのですが、ここでは、
『アンドロイド』=人間の振りをしたもの、への恐怖を語っている内に、自己撞着に陥ってしまったようです。

このHPで繰り返し述べている様に、ディックの作品に登場する多くの、人間ではないが、
人間の代わりをするもの=『機械』は、人間の役に立つものです。
しかし、恐怖を呼び起こす、人間ではない存在もあり、それを、ディックはここで、
『アンドロイド』=悪、『機械』=善、と定義しています。

では、それらの見分け方は?と言うと、ここが自己撞着の部分で、VKテストの様に、他者への感情移入とか、
魂があるとか、訳のわからん事を言い出すのです。ディック神学との関連も出てきます。

ディック自身の短編作家としての資質でもある「実務性」の切り口から攻めれば良かったのだと、思いますが、
発表時は、ディックが長編作家として、油が乗っている時期なので、

実務的なピューリタン的[=準体制的]な性格を良しとせず、
妄想と反社会的[:反体制]な性格への傾倒から、
ここでの主張の様な、ものに落ち着いたと思います。

前半の論旨によると、他者と言う存在を、人間とアンドロイドと機械、と三項仕立てにしており、

悪意のある機械を『アンドロイド』、誠実なる物を『機械』と分け、「自分のマントを他人に差し出す」のが
善なる行為で、アンドロイドはその逆だと言うのです。
おそらくアンドロイドは「他人のマントを奪い取るのでしょう」。

しかし、ここで、疑問が湧きます。

荒廃した未来戦争の後。ある冬の寒い日、あなたの子供が凍えています。その時、あなたの飼犬がマントを
咥えて、あなたに手渡します。そのおかげで、子供は凍え死なずに済みました。飼犬の行為は善でしょうか?

もしかすると、その犬が持って来たマントは別の二人の子供を温めていたマントであり、
この犬に取られてしまったため、その二人はその晩、死んでしまったかも知れません。

感情移入の有無と言う、当座の行為からの判断から、背景を含めての判断とすると、この例の様に、そのものの、
どこまでの行動を評価の対象とするかで、価値判断は大きく異なります。また評価する人の過去行動からも。
文律ではなく、経験を価値基準とすると、このように、判断は単純ではなくなります。

ただ、それが不都合なければ良いのですが、ここでのディックの主張は悪い方に転がっています。
論調自体が、赤狩り的な、様相を呈している事です。狩られる側ではありません。狩る側の論理です。

それを見るために、前半で述べられている、『アンドロイド』と言う単語を、『共産主義者』に置き換えて
見ましょう。この文章で、意味は驚くほど通じます。本質的な意味でも、です。そこで、いじわる、
になってしまいますが、わざとやって見ました。

ここでのディックの主張が、根本的な意味で誤っている事を、ご確認下さい。

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!注意! 以下の文章の前半部では、文中の
 『アンドロイド』と言う箇所を、『共産主義者』に替えてあります。
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宇宙には残酷なものが存在しています。私はそれを『共産主義者』と呼んでいます。
微笑みながら握手を求めるが、それは、死への罠なのです。そいつらは我々の生活に溶け込み、
見かけは変わりませんが。その、行動は異なるのです。

例えば『アンドロ羊』の中のレイチェルは顔は可愛いが、『共産主義者』なので、何かが欠けています。
また『あなたを作ります』(リンカーン シミュラクル)のプリスは、人間ですが、心に温かみがありません。
臨床的に言えば、”精神分裂症”であり、適切な感情を持っていないのです。彼女も『共産主義者』と同じです。
彼らは同胞が不運な目に合っても、超然とした態度を取ります。日常の事には無関心です。
精神的、道徳的に、離れ小島にいるのです。『人間』ではないのです。

最近、世界に起きている、もっとも大きな流れは、精神から機械(唯物)への変化です。
生を持ったもの(神によって作られたもの)と、生なきもの(神以外によって作られたもの)
の区分は困難になっています。

私が書いた、『ドクター ブラッド マネー』の登場人物ボビーは、
ほんの少しだけ、『人間』の心が残っていますが、大部分は『共産主義者』です。

さて、私が、これから話すのは、現実の問題です。『人間』対『共産主義者』ではなく、
人間的な行いについてです。

私の大半の小説には、親切な行為を純粋に行う機械システムが出てきます。ロボット タクシーなどです。
これらの機械には『人間性がある』と判断できます。『共産主義者』ではありません。唯物的に魂と言う
ものはありませんが、神のような、他者への思いやりを示すのです。

我々は、ものごとの表面とその奥に隠されたものについて考えなくてはいけません。パーマーエルドリッチの
真実の姿。金属の腕、歯、うつろな目。にこやかな仮面の下には、恐るべきものが隠れています。
『悪魔は金属の顔をしている』のです。

しかし、逆の場合もあります。私が夢で見た『戦の神』はおそろしいものでしたが、その顔は人間でした。
ですから、本当は『人間』と『共産主義者』を区別するのは、そんなに単純ではありません。
仮面の下の本質を見抜くにはもっと深い考察が必要です。

−さて、ここで、話は神学論へと進みます。正直言って良く判りません。テキトウに行きます−
(管理者注:『テキトウ』ってカタカナで書くと、『テイトウワ』ににてますね。...すまん!)

カバラの教典にこうあります。神は一つのもの(善)を作り、その大局に、もう一つのもの(悪)を作った。
善なくして、悪はなく、悪なくして、善もない。

聖パウロは、こう言っています。我々は現実をみたつもりだが、それは、ぼやけていて、おぼろげである。
私はさらに続けます。我々は宇宙を逆さまに見ている。これは、こう言う意味です。
宇宙には、ある時間の流れがある。人間はそれとは別の時間軸(直行した時間軸での時間概念)で、
判断を行い、その結果、印象を誤ってしまうと言う事です。

ダンテの永遠の時間率(管理者注:よくわかりませんが、時間律の間違いでは??)は循環的です。
LPレコードでは、針のある所の溝の音が、その瞬間再生されますが、隣の溝の音は、再生はされていないが、
存在しています。その『実在』はまるでユービックの半生者です。

時間の無限の層を考えると、直行、退行する事が考えられます。私の作品に様々に出てきます。宇宙は実体を
多く抱えた、プロティノス的宇宙観の様相を持ちます。生命はメタモルフォーゼします。
ただ古代人は時は単純に繰り返すと考えた。これは違います。生命力は成長し、時間的経験は蓄積されます。

多層の世界。しかし、それが崩壊した時、すべては混沌に包まれ、現実は溶けて行きます。夢の様に醒めるか、
怒りの日がやってくるかも知れません。
恐るべき日が、やってくるのです...と一般には思われています。しかし、私は違います。私は、それは、
微笑を伴っていると思います。変化は、春の日差しの様だと思うのです
(管理者注:ここの所、まるで、『非O』の科学者の様ですが...)

ヴェールが剥がされる事により、姿を現す悪もあります。しかし1974年にアメリカで専制政治が
崩壊した様に、患部が太陽の下にさらせれる事は、良い事です。正義と真実と自由が我々の生きる道です
(管理者注:ま、結局ピューリタンで、そんなに深くありません。ちなみに1974年の専制政治崩壊は
ウォーターゲート事件の事です。で、ディックの話は、次で核心に...)。

ル・グゥインの『天のろくろ』は素晴らしい小説です。夢の宇宙は素晴らしく、印象的です。私の読んだ幾つかの
本に、夢と脳の関係が語られています。人間には、左右の二つの脳があり、心も二つあるかも知れないのです。
左はデジタル、右はアナログ。左脳は我々の性格の中核ですが、夢は右脳(私ではないもの)を経由して、
我々に語りかけます。右脳の中の眠っている世界も、魅力的です。

『ブラッドマネー博士』の悪夢、無意識が、集団的無意識を型作ります。集団的な頭脳と成り、精神圏のような
巨大な知のネットワークを作り、実在します。その巨大な心は創造主に匹敵するのです
(管理者注:そして、暴走が始まりました。ニューサイエンスっぽく、なるんですね。
   現在の時点で考えると、最も古く、幼稚な『科学的思考』だと思うのですが...
   ちなみに『天のろくろ』は自分が宇宙の創造主だと気づいた人の話です)。

古代人は神を、宇宙の上位ではなく、宇宙の中にあると見ていました。宇宙は神の一部ではなく、
神そのもの、あるいは、エネルギー場です。

我々の複雑な脳のしわが、相互に放射・形成され、精神圏が作られます。あなたが19世紀的(唯物的?)
世界観を持っているのであれば、偉大な精神圏とは融合できません。動物・植物・人間、すべてを含む
生態圏の周りを、プラズマの精神圏が覆っています。

さあ、あなたの夢に耳を傾けましょう!そして、あなたも宇宙へ参加するのです。機械から真の人間へ!
(管理者注:前半の調子で行けば、ここは、『共産主義者』から人間へ!となります)

そこでは、人間は、いばらず、他人を支配せず、イオンとなって舞い上がるのです!生命を持ちながら、
他人に規定されず、真の自由を得る多様体は、宇宙と交信します。調和された宇宙と....


ある時、私は夢で啓示を受けました。私はある原理を教えられたのです。その機械は、左右に2つのモーターを
持ち、それぞれ逆に回転していました。その機械は、海水を真水にし、また水に高度のエネルギーを
与えてくれる装置なのです。しかし、神は人選を誤った。私には、それを作れなかった。しかし、何冊かの
工学書を買い込み、その理屈の正しさは理解できました。

時々、私は見ず知らずの人の訪問を受けます。彼らは、にやにやしながら、こう言います。

「あんたが、小説で書いている事、あれは、全て本当の事だろう?俺はお前の仲間だ。俺も宇宙人を
   見た事がある。実は、彼らと交信しているんだ。だから、あんたの話が作り話じゃない事が判る...」

私は曖昧な表情をして立ち去ります。私が書いた幾つかの小説が、彼らの主張の正当性を支えている様です。

我々の地球の精神圏は自然と言っても良いかもしれません。我々、人間の本質は、
「平等に生き、平等に自由で、平等に意識を持つ。万物は生きているのではなく、生かされているのです」

宇宙からの信号を増幅すれば、別の星からの通信が見つかります。しかし同じ信号は、地球のある種の蝶の羽の
紋様にもあるかも知れません。我々は宇宙のグリッドの一部なのです。

そして、今述べた事を元に、私は、『死者を脅かす』という本を書いたのです。


私は夢に啓示を重要に思いすぎているのかも知れません。夢を全て信じては、おかしな事になります。
しかし、啓示はあります。聖書の一節に、夢と驚くべき一致を見つける事もあります。

私はイエスが、こう語っていると思います。
「我々には友人がいます。彼らは我々に信号をくれます。愛の星から」


..............


前半は生活の中に溶け込む、異端者に対する恐怖を語っていたはずなのですが、後半は、ニューサイエンスにどっぷり浸かり、
最後は、「異星人さん、いらっしゃ〜い」状態になると言う、ディックの迷走振りです。
異星人は異端者じゃないのか?
変な隣人はイヤだが、もっと変な異国の人には憧れる、って事ですね。ま、良くある感覚ですが...


記:2012.09.12


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三分 小説 備忘録

  [どんな落ちだっけ?]




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