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永久戦争 (1993)新潮文庫
永久戦争


傍観者 The Chromium fence / フィリップKディック 訳:浅倉久志のあらすじ
初出 Imagination(1955.7) 原稿到着1954 短編 第69作

円盤が空を飛んでいた。通勤用の帰宅便。ドンは三人目の乗客だった。
定員は一杯だ。先客は既に新聞を読んでいた。

『全惑星の最終選挙は、月曜日!』
『自然党暴徒がシカゴを焼き討ち』
『清潔党員、妻が夫を惨殺。原因は政治論争』

「修正法案なんか、成立させんぞ!」
新聞を読んでいた隣の赤毛の男が、叫び出した。
ドンは知らん顔をした。また、『あれ』に巻き込まれたら...

「なあ、あんたはピュート請願書に署名したか?まだなら書け!自由のためだ!」
男がメタルホイルの請願書をドンに突きつけた。

「いや、けっこうです」
ドンは外を見た。

「やめなさい。その人は嫌がっているだろう。どうも君は『自然党員』のようだね。その体臭からすると」
穏やかな紳士が、仲裁に入ってくれた。
「なんだ、このカマ野郎!お前は『清潔党員』だろう。俺は自分の体に誇りを持っている。
   神が創ってくれた、そのままの体をだ!」
ドンは嫌になった。また何時もの光景が始まった。


「ここで降ります!」
ドンは停止コードを引き、円盤は地面へ着陸した。


「おい、署名をしないで降りるつもりか?」
赤毛の男は、ドンで腕を引っ張った。
「やめなさい!」
紳士が赤毛の男に掴みかかったので、ドンは降りることができた。
「ありがとう、恩にきますよ」
「いや、当然の事です。同じ清潔党員として...」
彼の顔は殴られて、歯がかけていた。

円盤は飛んで行った。
ドンは呟いた。「清潔党員ではないんだけれど...」


家に帰ると、息子が『フィネガンズ ウェイク』を読んでいた。
「食事中に本を読むのは止めろ」
「でも、すぐに読んで、出かけないといけないからね」
「どこに出かけるんだ?」
「党員集会さ」
息子は清潔党少年団の下士官だ。

「父さんもいい加減に、党に入ったらどうなの?党員でなければ、選挙の資格は貰えないよ」
「そうだよ。兄さん。素直に入れば良いんだ。『自然党』にね。今のあんたは無意識の清潔党
   シンパだ。世の中をダメにしている」
義弟が言った。また、今晩も始まる!

息子と義弟がにらみ合いを始めた。
「さあさあ、けんかは止めて、ご飯を食べましょう!」
「あんた達の体臭には辟易するよ。汗まみれの体で、近づかないで欲しいね」
「カマ野郎の法案なんて、叩きつぶしてやるだけさ。俺の汗腺は誰にも取らせん。頭髪の復元も
   願い下げだ。俺には自由がある。年を取るのも、太るのも、禿るのも、全部、俺の人生だ!」

「ともかく、二人とも、仲良くできんものかね。政治論争は、うちではしないでくれ」
「兄貴、あんたは一体、どっちの味方なんだ?」
「私は、どっちの味方でも、どっちの敵でもない」
「そういう日和見が清潔党の躍進を支えて来たんだ。あんたは立派な清潔党のシンパだよ」
「おじさん、そう言う事だからね。状況が理解できた?その禿頭で?」
「全く!清潔党の子供は、年長者への尊敬を知らん!」
「じゃあ、なぐって見ろよ。未成年を殴ったら懲役5年だ。
   俺達、清潔党が作った法律でね。未来は俺達のもんさ。まだ判らない?」


ドンはかかり付けの精神科医の所へ行った。
「チャーリー。困ったよ。一体、私はどっちの味方をしたら良いんだ。
   偏見のない君なら、力を貸してくれるよね。この馬鹿げた問題に」

ロボット医師は、金属とプラスチックの仮面で答えた。
「君は社会の一員なんだから、それなりの責任は付き物さ」
「僕はこう思う。体臭を取りたい人間は、そうすれば良い。
   そのままにしたい人も、そうすれば良い。それで何か問題があるかね?」

「しかし、その主張は、どちらの会派とも合わない。だから君は社会全体に反対しているんだ」
「反対しているんじゃない。賛成していないだけだ」
「君の行っている事は形而学的な問題で、机上の論理としては成り立つが、
   実生活ではまるで役に立たない。世の中は、AかBか、なんだ」
「私が社会に順応していないと言うのか?」
「そう言う事になるね。君以外の社会の全員が考え方を変えるのと、
   君が考え方を変えるのと、どっちが早い?どっちが現実的だ?」

「私は自分に対して『誠実』なだけだ」
「心理学では、その事を『幼児性』とも言うよ」
「わかった。わかった。結局は、僕自身の問題だと言うんだ?」
「ああ、人間は社会の中でいつもでも、どちらかの立場を選ぶ。傍観者ではいられんないさ」

ドンは部屋を出た。
振り返って、今いた部屋の看板を見ると、『精神科医チャーリー:共有財産』とあった。
結局、ここも社会の一部なのだ。おれの悩みは誰が聞いてくれるんだ?


三日経ち、選挙が行われた。清潔党が圧勝した。修正法案が通るのだ。体臭は禁止になる。

家では、義弟が大騒ぎだった。

誰もが、脇の下の臭いとか、髪の毛の量ばかりを気にする。
マスコミは、その話題ばかり。一体、政治って奴はどうなったんだ?

兆候はあった。テレビで、汗の臭い、白い歯、禿げ、体重、そんなことばかりが繰り返される様になった時だ。
始めは、新商品を売りたい産業界の思惑だったのだろう。しかし一人歩きし始めた。
本当に、それが人生で一番大事な事だ、と思う人々を大量に作り出したのだ。

これから、汗腺のある人間と、取った人間の間で戦争まで起きそうだ。


今晩は息子達はパーティだ。
外に出ていた義弟が戻って来た。
「ご飯は出来てるわよ。あら?」

義弟は、髪はふさふさ、歯はピカピカ、息も汗の臭いもない。
「更生権さ。清潔党の党員証も作った。ここで逆らうのは自殺行為だ。自然党から、順応要請が出たんだ」
「しかし、何だってまた!突然?」
「でも、私はこの方が良いと思うわ。この方が戦いもなくなって、貴方もうれしいでしょ?」

そこに、警官がやって来た。
「ここは自然党員の家だな。調べさせて貰う」

義弟が調査された。
「よし、お前はOKだ。次!」
ドンが調べられた。
「お前には体臭があるな。しかし髪は綺麗に手入れされ、歯も白い」
そこに息子が帰って来た。

「父はただの自然党員のシンパです。犯罪には当らないはずです」
「確かにそうだ。矯正処置対象だな。じゃあ、一緒に来てもらおう」

ドンは巡査部長の顎を殴った。他の警官が驚いて銃を抜いて、発砲した。
ドンは逃げ出した。

「父さん!逃げるな!僕が話をつけるよ!逃げるな!」
しかし、ドンは出口へ走って行った。


「いったい何があったんだね。ただ事とは思えないが?」
ドンの顔を見たロボット医師は言った。ドンは今日の事を説明した。

「君の今までの抑圧が一気に開放された結果だ。よし、警察に合ったら、これを見せたまえ。
   連邦精神医学局発行の証明書だ。罪になる事は免れられるだろう。
   君のリビドーは開放され自由になったんだ。もう大丈夫さ」


病院を出ると、警官がいた。
「お!あいつは指名手配中の奴だ」
「こっちから、いま行くさ」

ドンは警官に近づいた。そして手の中の、今貰ったばかりの証明書を握った。
それから、それを両手で千切り、風に飛ばした。

「何をしたんだ?」
「さあな?紙くずを捨てただけさ」
「こいつの様子は変だぞ。見ているとムカムカする」
「ああ、現場処置が必要な例だな。おい、ここに入れ!」

警察車両の後部扉が開いた。ドンの体はそこに投げ込まれた。
扉が閉まると、高圧電流がドンの体を灰にした。

「次の、通報があった。今日は忙しいぞ!」
車両は次の現場へ出て行った。


..............

なかなか、好きな作品なんですが、どうでしょう?しかし、フィネガンズ ウェイクねえ〜。世の中は逆になってますよね。
幸いにして、我が家のバカ息子達は、フィネガンズ ウェイクを読むような、イケスカネエ野郎ではないんですが、それは、それで、大きな問題です...


記:2012.07.20


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三分 小説 備忘録

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