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日本版オムニ1984年1月号 旺文社
日本版オムニ1984年1月号


ラウタヴァーラの場合 Rautavaara's Case / フィリップKディック 訳:仁賀克雄のあらすじ
初出 Omni(1980.10) 原稿到着1979 短編 第121作

浮遊球体EX208の中には3人の技術者がいた。彼らは星間磁界を観測していた。
その球体に高速で飛来した岩が当った。2人の男性は、即死した。
一人残った女性技師ラウタヴァーラは、ヘルメットを被る事ができた。
しかし呼吸管は絡まり、結局、彼女も窒息した。

我々は、地球人を救いたかった訳ではない。
ただ、決められた規則に乗っ取って行動しているだけだ。

我々はロボットを派遣した。ロボットは2名の男性の脳波が停止している事を告げた。
そして、ラウタヴァーラだけがかすかな脳波を出していた事を。

我々は、蘇生を指示したが、適切な指示ができたかは判らない。

新鮮な酸素をラウタヴァーラに送る必要があった。ロボットは酸素を送った。
適切な栄養を送る必要があった。しかし、それはロボットも持っていなかった。

そこで、ラウタヴァーラの体を元に栄養を合成した。これが後で問題となった件である。

プラズマ体である我々に地球人の体の事は正確な知識がない。
仲間の男性の体を使う事もできたと言うが、既に彼らは放射能に
汚染さえていたので、不適切だったのだ。

これが、我々が地球人へ連絡した時の状態である。


我々は、男性技師2名の死亡と、我々の処置による、女性技師の脳活動維持を伝えた。
「体を削って、脳に栄養を与えている??やめてくれ!
   君達、擬似生物は体細胞生命を何も理解していない!」

『擬似生物』と言うのは我々に対する蔑称である。我々は、女性を助けて、侮辱されたのだ。


ラウタヴァーラは周りを見た。男性技師達は肉片となって漂っていた。空気はなく、温度も低い。
(私は、どうやって生きているのだろう?)
ラウタヴァーラは頭があった場所に手を当ててみた。

時間が逆行した。
岩は飛び出し、バラバラだった二人の男性の体はくっついた。キャビンは元の姿に戻った。

男性技師のトラヴィスが言った。
「僕達は助かったんだ!」
「でも、私達は岩に当ったのよ。また来るわ!」

「磁界に問題があったのかも知れない。ところで、もうヘルメットは取れよ」
「また衝撃が来るわ!私達はあの事故を繰り消すのよ」
「じゃあEX208を少し動かそう。それなら岩に当る事もない」

「見て!」
3人の前に人影が現われた。キリストだった。

白い衣に髭、まるで3Dホログラムの様だった。
「あなたは本当にキリストですか?」
「私は道であり、真実である。私を知ると言うことは、創造主を知ると言う事だ...」

エルムズは言った。
「ミスター キリスト。私はクリスチャンです。でも、このトラヴィスは違います。
   ラウタヴァーラの事は知りません」

「くだらん、お喋りは止めろ」
トラヴィスが言った。
「僕はこれから救援信号を送る」

キリストは言った。
「たとえ私の言葉を聴かず、守らないからと言え、私は咎めない」


ラウタヴァーラは思った。
(我々は事故に遭ったのだ。だからキリストはここにいる。二人は死んだのだ)
ラウタヴァーラはキリストに言った。
「トラヴィスに時間を下さい。彼はまだ、自分の状態が理解できていないのです。
   貴方には既にお判りだと思いますが、全知全能なんですから」
「キリストはうなずいた」


我々と地球の諮問委員会はラウタヴァーラの脳を調べた。
しかし、結論は一致しなかった。地球人は、我々の行為を無益とし、
我々は、彼女の脳を通して彼らの神と接触できた、素晴らしいものと考えた。


地球人は言う。彼女は幻覚を起こしている。
彼女には何も、感覚データがない。しかし、神と話している。幻覚だ。無意味だ。

しかし我々は言う。彼女は『幸せ』だ。価値は大いにある。

地球人は言う。無意味な脳活動は、即刻停止すべきだ。

我々は言う。彼女は来世を見ているのだ。この経験は重要だ。


結局、ラウタヴァーラの見る全ての映像と音声は記録される事になった。

私が、興味を持ったのは『救世主』と言う人間の考え方である。
善悪の鏡となる判りやすい価値基準だった。
我々は『救世主』と言う概念を学んだ。


ラウタヴァーラの脳は、生命を維持する機械につなげられた状態で今、
プロクシマと太陽系の中間の中立地点にある。


私はある提案をした。ラウタヴァーラの脳に、我々の魂の概念を注入し、
幼稚な人間の神の概念との差を見るのだ。地球人は文化的な侮辱と思うかもしれないが、
そうではない。これは『ゲーム』なのだ。

トラヴィス、エルムズ、ラウタヴァーラに向かって、その者は手を上げた。
「我は蘇りし者。我を信ずる者、死しても蘇り滅びる事はない。お前は信じるか?」

「はい。信じます」エルムズが言った。
「バカらしい」トラヴィスは言った。
「私には判らない」ラウタヴァーラは考えた。

「我と共に行こう」
「はい」とエルムズが言った。
「行きましょう」ラウタヴァーラも答えた。
トラヴィスは何も言わなかった。

キリストはトラヴィスに近づくと、彼の体を食べ始めた。


「こんな馬鹿げた事は止めろ!彼女はおびえている!」
「しかし、貴方達は、パンやワインを肉や血の象徴として食べているじゃありませんか」


「主よ。私には、貴方の事が判りません」
「彼は私の血となり肉となった。。我々には肉体はない。しかし彼の肉体を獲る事で
   永遠の生命を得る事ができたのだ」

そのキリストの様なものは本当にキリストなのか?
あれは、プロキシマの生命体だ

エルムズはレーザー銃でキリストを撃った。よろめき、血を吐き崩れ落ちる。
でも、その血は肉体はトラヴィスのものだ。


それは、瀕死で横たわっていた。そして、
「神よ、私を見捨てるのですか...」と叫び死んで行った。

「トラヴィスを殺したのは僕だ」
エルムズは反射的に自分に向かって銃を引こうとした。
それはラウタヴァーラに押さえられた。


地球人の諮問委員会は、ラウタヴァーラの脳の生命維持行為の中止を決めた。
我々は失望した。これは偉大な化学実験であった。ある種族の神を他の種族へ移植する。

我らプラズマ体にとっては、肉を食う事が、永遠の命を得る事に成る。
上級者は下級者を食う。それは本来の姿だ。


ラウタヴァーラの脳波が止まった。
異質の星系で過ごす者同士は、埋められない溝を持つらしい。

しかし、我々は、パンとワインを食う時に見せた、
ラウタヴァーラの驚愕にはどうも理解が出来ないのである。



..............

ラウタヴァーラは、ディックが"まともに"書いた最後の作品です。
たしかに、それに相応しい、複雑な感覚があります。


記:2012.05.20


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三分 小説 備忘録

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