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宇宙の操り人形 (1992)ちくま文庫
宇宙の操り人形


宇宙の操り人形 The Cosmic Puppet / フィリップKディック 訳:仁賀克雄のあらすじ
初出 Satellite Science Fiction(1956.12) 原稿到着1953 短編 第54作(→原型のA Glass of Darknessの情報)

第1章
「まだ着かないの?」
ペギーはテッドに文句を言った。随分と長いドライブだった。

「俺の故郷は、もうすぐだよ。18年振りなんだ。リッチモンド!
   ペインズ先生や、庭師の黒人ドクター ドーランはまだいるかな?」
「もう、この世に居ないんじゃないの?ああ、散々な休暇だわ。きゃあ!」
土埃が彼らのオープン カーを襲った。

「ミルゲイトの町は谷の底さ。出入りする車も少ない。閉ざされた町。
   この道一本だけだから、迷う事も無い。ほら!あれが、僕の町さ!」
「ふ〜ん。これが、あなたの故郷なの。何の変哲も無い町ね...バー
にホテル、ドラッグストア...ねえ、どうしたの?」
「...あの丘、あれは間違いない...だけど、この町は...見た事がない...俺の生まれ育った町じゃない!」

第2章
「すいません。ここには、どのくらいお住みですか?」
突然の不思議な質問に、金物屋の主人は怪訝な顔をした。
「これだよ」
主人が指す、おんぼろレジには製造日が書いてあった。1927年。26年前だ!
「もう、この町には40年いるよ」
「じゃあ、僕の顔をご存知ですか。小さい町だから、昔はみんな顔見知りだった。
   僕はテッドです。よく、隣の公園で遊んでいました」
「すまんな。忘れてしまった。それから、隣が公園だった事なんてないよ」
「だって、ここは、パイン ストリートでしょ。その隣は、ダグラス ストリートだ。みんな覚えている!」
「いや、その、パインもダグラスもこの辺りの道の名前じゃないね。今日は暑いから、混乱しとるんじゃろ」

テッドは思った。そんな?忘れる訳がない。子供の頃の楽しい記憶と共にある町。向かいにあったのは...
そうだ、食料品店。その隣は靴屋じゃないか。でも、全部すっかり変わっている...別の人に聞いてみれば...


誰も知らなかった。彼は生家の前に立った。もちろん、違う家が立っていた。
この路もパイン ストリートではない。フェアマウント ストリートだった。

「ねえ。もう帰りましょうよ」
「いや、ともかく、新聞社へ行こう!」


「すいません。1926年6月の新聞はありますか?」
「倉庫に保管されていますよ。こちらです」

1926年6月16日、彼の誕生日の出生欄を見た。しかし、そこにあったのは、父ジョーの名ではなく、
ドナルド、母の名前もルースではなくサラ。住所もデタラメだった。全てが歪曲されていたのだ。そして、思う。
では、引越した時の新聞は?

「1935年の10月号の転居者リストを...」
しかし、その月の新聞を見て驚いた。
『しょうこう熱発生、ドナルドとサラの息子テッドが死亡...』

「もう帰ろう...俺は死んでいたんだ。じゃあ、この今の俺は、俺の記憶は何なんだ?」

第3章
 二人の子供が遊んでいる。
「ピーター!その粘土に触って良いって、誰が言った?」
「でも、ここは僕の庭だよウォルター。それに、もう出来た。ほら、人間だよ」
「随分、不恰好だな?まだまだ、僕達の仲間には入れないよ。お家に帰りな」

しかしピーターは帰らず、彼らは、そのまま遊んでいた。少しすると、ピーターの作った人形がそうっと、
起き上がった。歩き出した。ウォルターは驚いて、人形を指差した。
「こらっ!」
ピーターは人形を踏み潰した。そして、ウォルターに微笑んだ。ウォルターは怯えていた。


ピーターがホテルを営む家に帰ると、見知らぬ男が母と話していた。
「テッド バートンです。数日、滞在したいのです」

通された部屋は快適だった。食事も出してくれる。ここで数日、調べてみよう。
その時、後ろに気配を感じた。振り返ると、小さな少年だった。
「やあ!」
「おじさん、何しに来たの?どうやってバリヤを抜けて来たの?」
「バリヤって何の?...いや、おじさんはバリヤを抜ける方法を知っているのさ」
「へえ?じゃあ、教えて。どんな方法で、抜けて来たの?」

テッドは、この少年に興味が湧いた。
「君のほうこそ、バリヤを超えられるのかい?」
「もちろん」
「じゃあ、どんな方法で?」
「...」
 餌には食いついて来なかった。

「その時計、見せて!」
「ほら、最新の21石さ!」
「すごい!僕は時を止められるけど、時計は持っていない。あと、"それ"を操れるけど」
「"それ"って何だい?」
「だから、"それ"さ。いつもいる奴だよ。"それ"の手先の事だよ」
「操っている様子を見てみたいな」
「いいよ。だけど、おじさん、手伝ってくれないかな。この町の人は、みんな、"向こう"の人なんだ。
   僕は特大のゴーレムを作りたいんだけど、だめなんだ。教えてくれる人はこの辺りにはいない」
「いいとも」
「ワンダラーズの後を追いかけてみようよ。そうすれば、奴らの正体もわかる」
(ワンダラーズって何だ?)
「ねえ、おじさん。手を見せて?」
テッドの手を見た少年は逃げ出した。
「おい、待てよ!」
「あんたは、嘘つきだ。あんたは、何も知っちゃいない。だけど僕は知っている、あんたが誰かを」
少年は逃げ去った。

第4章
うまく捲けた。少年はほっとした。しかし、今日は大失敗だった。あの嘘つきめ!
少年は天井上の納屋に登った。そして籠のネズミに話しかけた。ネズミは仲間だ。それから壺の中の蜘蛛を見た。
蜘蛛には蛾の餌をやった。すべてはうまく行っている。こっちに有利だ。
しかし、あの男、あいつが邪魔をするかも知れない。注意しないと。

 そこにブーンと音がした。首に激しい痛みを感じ、床を転げまわる。初めの痛みが収まると、腕にも痛みを
感じた。毒針!奴らの攻撃だった。油断した。防備が必要だ。この次は、これでは済まない。
ピーターは針を防ぐために、粘土をこね出した。


 テッドが夕食を取っていると、隣の男が声をかけてきた。
「その咳は、かるい鼻炎ですか?私はミード、医師です。ここで長く開業しています」
「20年前の事をご存知ですか?ドナルドとサラ バートン夫婦。その子供は、しょうこう熱で亡くなりました」
「ああ、覚えていますよ。原因の井戸の閉鎖を命じたのは私ですから。あなたは、ご親戚の方ですか?
   そう言えば、あの時にも小さな少年がいた。ちょうど、あなたの様な髪の色の...」
 テッドの頭に少年の言葉が浮かんだ。『だけど僕は知っている、あんたが誰かを』

「実は、死んだ少年と私の関係を知りたいのです」
「奇妙なご依頼だ?詮索つもりはないが、図書館司書のミス ジェームスとお話になったらどうです?
   彼女はこの町の生き字引ですよ」


ミス ジェームスはふちなし眼鏡をかけた女性だった。
「バリヤについてご存知ですか?」
「はあ?」
「いや、何でも、ありません。では、私が泊まっているトリリング家のお子さんについては、どう思いますか?」
「はああ??元気そうな子ですが、あの子は本には興味はないようですので、わかりません」
「では、もしも誰かが『向こう側にいるもの』と言ったら、何を思いますか?」
「すいません、テッドさん。あなたは、このミルゲイトで、何か不思議な事を、解決したいと思っているのですか?」
「はい。何かが起きています。人間を超えたものが...」
「しかし、この町は、田舎の平凡な町ですのよ。特に珍しいものは...」

その時、テッドの横に、二つの人影が現われた。二人は話していたが、その声は聞こえない。
そのまま、テッドとミス ジェームスを間を通り抜けて、消えて行った。

「!い、今のが見えましたか?」
「え?何の事です?」
「で、ですから、カップルが、我々の間を...いや、良いです...」
「ワンダラーズの事をおっしゃっているの?ああ、素敵なカップルでしたね」
「じゃあ、今のが見えたんですか?」
「ええ、あなたの町にはワンダラーズはいないの?それは、不思議ね?」


第5章
ドクター ミードの病院は自然に囲まれていた。そのそばで、少女メアリは草むらにしゃがんでいた。
「それで、状況はどうなの?」

彼女の目の前には、花にミツバチが止まっていた。

「めったにないチャンスだ」
ミツバチは言った。
「あの子は、境界線を越えた。仲間も多い。それに妨害工作を多く仕掛けている。周到だ」

「防衛網を作っているのかしら」
「いや、もう完成している。先日、調査に仲間を出したが、殺され、食われた」
「確かに、彼の力は伸びている。この前は、私の粘土に手を出した」

ミツバチは言う。
「それから、あいつは何者だ?バリヤを超えて来た者」
「まだ影響はないけど、でも記憶が合わないと活動している」
「ピーターの傍に置いて、大丈夫?」
「さあ?だけどピーターより、頭が良さそうよ」


テッドはペギーを泊めたホテルに電話をかけた。
「テッド?テッドなの?私をこんなホテルに置いてきぼりにして、どう言うつもり?いつもで、子供の頃の
   記憶に浸ってるの?貴方が、24時間以内に帰らなかったら、私は一人で帰ります。だから、お別れね」
「いや、調査はまだ、始まったばかりなんだ...」
電話は切れてしまった。


テッドが外に出ると、ピーターがいた。
「ドライブに行かない?岩棚を見せてあげるよ」
「いいよ。その塊は何だい?」
「ああ、蜘蛛さ」
黒い塊は、はじけて消えた。

車にのると、ピーターは椅子を調べた。
「何をしているんだい?」
「ミツバチが隠れていないか調べているのさ。大丈夫そうだ」


岩棚は雑木林と藪、眼下には渓谷があった。野原、田畑、道路が一望できる。まるで絵の様だ。
「煙草をくれないかな」
「ダメだよ。子供のもんじゃない」
ピーターはがっかりした。
「ワンダラーズをどう思った?」
「よく判らん」
「彼らが出る仕組みを知りたいんだ」

そしてピーターは蜘蛛を集め、離した。

「ミツバチは、襲ってこないかい」
「ここは大丈夫。世界で一番安全な場所さ」

テッドは景色を見た。田舎の雄大な景色だ。
「今日の霞はやけに大きいな。地熱が溜まっているんだろ」
「霞?あれは、霞じゃないよ。"彼"だよ」
「"彼"?」
「ほら、どうして見えないの?あんなに大きいのに」

テッドはピーターの指差す方向、霞を見た。霞と山脈、青空だ。それがどうしたのだ?"彼"とは何だ?

「これで、見てご覧」
ピーターは小さな拡大鏡を出した。それでテッドは景色を見てみた。

彼は誤解していた。それは、景色ではなかった。風景の一部と思ったものは、"彼"だった。脚は山脈だった。
霞は体だった。山と空の間には、胴体があった。顔はぼんやりし、不動だった。動いてはいないが、生きていた。
"彼"の頭は太陽だった。

「..."彼"の名前は?...」
一度、見えると、もう目をそらす事は不可能だった。"彼"は見えた。
「名前なんて、知らないよ。彼女は知ってるんだろうけどね」
「さあ、もう行こう。俺は、この町を出る!」
「出られないよ」
「どうして?」
「すぐ、判るさ」

第6章
テッドはパッカードを走らせていた。こんな町とは、おさらばだ。しかし、彼は直ぐに気が付いた。少年の
言葉は本当だった。目の前の光景に彼は驚いた。町から出られないとは、どう言う事なのか。彼は考えていた。
しかし、答えは恐ろしく簡単だった。道に丸太運搬用トラックが、放置されていた。
あたりには巨大な丸太が散乱していた。それだけだった。

彼は歩いて、丸太を乗り越えて行こうと思った。しかし丸太を超えて行く事は難儀だった。あっちの丸太から、
そっちの丸太へ。丸太の道は長かった。やっとの事で乗り越えたと思うと...そこは元の場所だった。
考えづらいが、この丸太は"閉じている"のだ。
気が付くと、そこにピーターがいた。
「無駄だと判ったかい?」
「うるさい!」
「あんたは、ここでもう7時間も過ごしている。そろそろ夜だ。死頭蛾がやって来るよ」

テッドは町に戻った。バーに入ると、昨日、昨日、道を聞いた老人がいた。
「セントラル ストリートは見つかったかい?」
「まだだ」
「わしには、その理由が判るよ」
「何だ?」
「わしはクリストファ。あんた、この町で何を見た?」
「最初に見たのは、俺の死亡記事。次は半透明の人間達」
「ワンダラーズか?もう慣れただろう」
「それから、子供がミツバチを使っているし、山の様な男を見せてくれた」
「この町には不思議が一杯だ。わしも、今の町とは違う記憶を持っている。わしの勘違いだと、思っていた。
   誰も知らないんだから、でも、あんたも覚えていたんだ!」

第7章
「じゃあ、俺の記憶は本物なのか?なぜ皆んな覚えていない?」
「あの頃の人間は、あんたとわしだけだ。他の人はみんなどこかに行ってしまった」
「あんたは、いつ気が付いたんだ?」
「18年前だ。朝起きると、全てが変わっていた。わしは自分の気が狂ったのだと思った」
「あのバリヤはいつ出来た?」
「18年前からだろう。出来たり、消えたりする」
「ワンダラーズはいつからだ?」
「変化の後だ。そして、住人は誰も疑問に思っていない」
「景色の中にいる二人の巨人は何だ?」
「知らないが、わしも見た事がある」

「わしはこの町で努力して来た。元は電気修理店をやっていた。3階建ての店舗だ。それが18年前に、
   バラックになった。全ての財産を失った。それから、電気を引こうと努力した。働いて家を直そうとした。
   しかし奴らは許さない。気が付くと、元に戻っている」
「でも、俺は味方だ。さあ、乾杯しよう」
「あんたになら見せられる。これだ」
クリストファ老人は、不思議な機械を取り出した。金属錐が揺れている。老人はスイッチを入れた。ブーンと音がした。

「これはわしの武器なんだ」
クリストファ老人は、ワインボトルを取り出すとテーブルに置いた。それから、その装置を頭の上にかかげた。
ブーンと言う音が強くなった。
「それは、何だ?」
「静かにしてくれ。今、神経を集中しているんだ!」
変な装置の実験はうまく行かない様だった。今日一日テッドには、疲れがたまっていた。だんだんと眠くなった。
「すまん...爺さん、あんたの顔がぼやけて来た...」
目の前のボトルも、ぼやけ、まるで、古いコーヒー挽き器の様に見えた。もうだめだ...
「これが、本物だぞ。どうだ?」
「え?...さっきのワインボトルはどこに行った?」
「ワインボトルなんて、本当は無い!これが本当の姿だ。わしの親父の愛用のコーヒー挽き器。変化の前は、
   この形だった。しかし、変化の後、ワインボトルに変わったんだ。でも、この内部はまだコーヒー挽き器の
   ままなんだ。この装置、スペル リムーヴァーが幻影を剥ぎ取ってくれる」
「これを被ると、町はどう見える」
「わしの家もバラックではない。元の綺麗な家だ。街を歩いている人も、今の人達とは別人だ。
   でも長くは持たない。それに、わしも年を取った。装置の修理も下手になった...」
二人の前で、コーヒー挽き器はワインボトルに戻って行った。

「わしがどうしても、元に戻したいのはこれだ。これは何度やっても戻らない」
老人は、糸の様なものを取り出した。
「何だ。そりゃ?」
「ノースラップのタイヤ レンチさ。ミルゲイト銀行の扉から盗んで来た。

テッドの心に、鮮やかな記憶が蘇った。子供の頃、この静かな町に大事件が起こった。シカゴから来た
ギャングの仕業だ。銀行強盗に入ったのだ。強盗は逃げる。そこにノースラップ老人が、車のタイヤ交換を
していた。ノースラップは立ち上がると、通り抜ける銀行強盗の頭を、タイヤ レンチでガツンと殴りつけた。
ノースラップの手首は強かった。強盗は脳震盪を起して、御用だ。

そして、町長が、タイヤ レンチを銀行の入口に掲げた。最高のお守りだ!

「そうか!覚えているぞ。あのレンチが、今はこれなのか!」
「わしはこれを戻したいんだ。協力してくれないか?」

第8章
ノースラップ老人が強盗の頭にレンチを振り下ろす。強盗は舗装にのびる。テッドは、その様子を頭に描いた。
クリストファ老人の装置を被り、心を集中した。念力を使おうとしたのは、テッドには始めての経験だった。
彼は、糸くずに向かって念を送り続けた。
「もう少しだ。糸が波打って来たぞ!」
糸の上に何重にも、ぼやけた絵が重なって来た。そして糸は消えた。
「やったぞ。ここまで出来た。素晴らしい。後は...」
今度は、もっと大きなぼやけた形が揺れた。30cmはある...そして、カランと床に転がったのは、

タイヤレンチだった。

「すごいぞ!わしには到底出来なかった。あんたは、変化の時に、この町にいなかった。
   だから影響を受けていないんだ。あんたなら出来る。この町を、本当の姿に戻すんだ!」
「じゃあ、この装置が2台は必要だ」
「...いや、すまん。この装置は嘘だ。動いてはいない。失敗作なんだ。あんたは、自分の力だけで、
   出来るんだ...本当に必要なのは記憶だ。確かな記憶。それが、ものを元へ戻すんだ。
   わしの本当の地図作りを手伝ってくれ!」


「...ここは公園だ。大砲があった。忘れる訳がない」
「ああ、あそこは良い所だった。よし、じゃあ公園から始めよう。しかしデカいぞ。大丈夫かな?」
「やってみよう!」
二人は神経を集中し始めた。


第9章
少女メアリが部屋にいると、女性のワンダラーがやって来た。ワンダラーはメアリを探しているのだ。
「ここにいるわ」
「ありがとうメアリ。私はヒルダ。あなたに教えて貰いたい事があるの。私達はここに静的な町を造った。
   でも、もっと力が必要だわ。だから、ピーターの操り方を教えて欲しいの」
「あの子はだめよ。理由は言えないけれど」
「でも、あの子の力は、あなたと同じ」
「でも、ダメなのよ。いずれ私があの子を始末するわ。それにピーターの事ならテッドの方が詳しいわ」
「テッドって誰?」
「この18年間で、ただ一人だけ、バリヤを越えて来た者。よそ者よ」
「そうなの...でも、それじゃ、ダメね...」
ワンダラーは消えて行った。その時、メアリは気が付いた。ゴーレムがいる。メアリはじっとした。
ゴーレムは、そんなに頭が良くない。粘土でできた体は、ネズミやミツバチとは違う。長い間じっと
している事は出来ないのだ。動き出したゴーレムは、メアリに捕まった。

メアリはミツバチ達を操る事はできるが、ゴーレムを造る事はできない。これは、ピーターだけの能力だ。
ピーターは境界線に侵入して来たのだ。メアリはそのゴーレムを缶に閉じ込めると、小さな人形を作った。
偽のゴーレムだ。その一部を丸めて飲み込んだ。これで感覚は統合され、制御ができる。メアリは人形を
ポケットに入れた。さあ、急がなければ、ゴーレムの活動可能時間には限りがあるのだから。

自分の体をポケットに入れながら歩くのは、変な感じだった。メアリの向かう先に、老人とテッドがいた。
二人は大騒ぎをしていた。何だろう?

「そら、出てきた!砲身だ!」
「いや、もっと長かったぞ。念力を集中するんだ!ここに砲弾の山があった」
「よし、大砲を固定しろ。わしは道を作る」

「出来たぞ!出来た!」
メアリは二人に近づいて行った。


第10章
「あなた達が作ったベンチに座っても良い?」
「ドクター ミードの娘じゃな。これはわしらのもんじゃない」

「でも作ったんでしょ?面白いわね。この町でこんな事が出来る人はいないわ」
「しかし、本当に出来るとはな」
「無から有を作るなんて、初めてみたわ」
「いや、これは、元々ここにあったんだ。元に戻しただけだ」
「じゃあ、この町はただの空間の歪みなの?その鉄の棒は何?」
「これは、糸だったんだ。彼がレンチに戻した」

メアリは、糸をレンチにした男、テッドを観察した。
「今日はもう疲れた。部屋へ帰るよ」
「やめなさい。あそこにはピーターがいる。今は危険よ」
「じゃあ、どこなら安全なんだ?」
「病院のシャディ ハウスね。境界線を越えているから。さあ、早く行きなさい!」


テッドは病院へ向かい、メアリはピーターの所へ行った。メアリは中立線のギリギリの木に隠れ、
ポケットから人形を出すと、ありったけの気をこめた。人形は歩いて行った。

納屋にはゴーレム用の梯子があり、ゴーレムはそれを登った。ピーターの仕事場はもうすぐだ。
メアリ本体は、この寒い所ではなく、もっと良い場所を確保したかった。そうだジェファーソンの
オールナイト カフェに行こうと、メアリが立ち上がると、上から何かが落ちてきた。

蜘蛛だった。

メアリは驚いて蜘蛛を振り払った。しかし足元から体に這い上がってくるものがいた、ネズミだった。
大群のネズミにメアリは襲い掛かられた。ネズミは黄色い歯で噛み付いた。逃げ惑うメアリは鶴に足を取られた。
メアリの姿は黒い山になっていた。皮膚や肉を齧られた。口、耳、鼻にクモは入って来た。
そして、毒ヘビが近づいて来た。


第11章
「こんばんわ。あなたのお嬢さんに、こちらに行けと言われました」
「メアリがか?今、メアリを探している所だ。どこへ行ったか知っているか?」
「わかりません。我々は公園にいて、メアリと会って、ここに来ました」
「あの公園は、何故出来たんだ?あんなものは元々なかった」
「いえ、あの公園が本来の姿です。我々が元に戻したのです」
「君の言う事はワンダラーズと同じだ。しかしワンダラーズ達には出来なかった」

「このテッドは、ひずみの影響を受けていないんじゃ。だからワンダラーズ達とは違って、
   完全な記憶を持っている。だから復元できる」
「じゃあ。町を全て元に戻すのか?しかし...」
「どうして、本来の形に戻してはいけないんですか?」
「この町に今住んでいる人々は、変化の後の人間だ。だから元に戻れば、存在は消えてしまう。私自身もその一人だ」
「模造人間ですね...」
「ああ、私もこの歪の産物だ。しかし、私には私の生活がある。たとえ、にせものでも...」
「では、なぜ変化は来たのですか?」
「詳しい事は判らんが、ある種の戦いだ。ひとつは太陽から来た、オーマズート(ゾロアスター教の太陽神)、
   もうひとつは闇から来たアーリマン(ゾロアスター教の暗黒神)。両者は数億年の単位で戦っている...」

そこに、若い女性が飛び込んで来た。
テッドには、その女性が見覚えがあった。いつか見た、ワンダラーズだ!
その女ヒルダは言った。
「ドクター ミード、娘さんが亡くなりました。中立線の向こう側で敵に捕まったのです!」


ピーターはメアリの死体を調べていた。
蜘蛛は、ネズミは、興奮していた。メアリが死んだ!これで均衡は破られるのか?
ピーターは中立線まで確認に行った。
しかし、そこでピーターは崩れた粘土を見た。それはピーターが、かつて作ったゴーレムだった。
ピーターは瀕死のゴーレムを捕まえて、聞いた。
「公園に近づいたら.急に..」

ピーターがその公園に行くと、崩れた、元ゴーレムの粘土がたくさんあった。この公園では、何かが起きている。
メアリの死、この公園。もう境界線による中立は無意味だ。変化が始まったのだ。
彼には、力が必要だ。暗黒の力が!


第12章
テッドとクリストファ老人は、正しい地図を作っていた。後ろではワンダラーズ達が熱心に見守っている。
「基礎となる箇所の正確な復元が必要だ。それがあれば、後は関連して復元できる」

白髪のワンダラーズ達は後ろで話し合っていた。
「あの、公園は素晴らしい。我々には出来なかった」
「テッドが、変化の時に、ここにいなかったのは幸運だわ」
「しかし、テッドが我々の味方だという絶対的な証拠がある訳じゃない。
   なぜ彼は、この閉鎖された町に入れたんだ?だれがが操っているのかも知れないぞ」

ドクター ミードが口をはさんだ。
「テッドの事は本人も説明できない。確かにスパイかも知れない。超ゴーレムの可能性もある。
   しかし、やがて判る。その時まで待て」
「判った時には、遅いかもしれないのに」
「ああ。しかし、再建は彼にしか出来ない。君たちの18年を、彼は30分で成し遂げたんだ。
   彼に頼るしかないだろう」

結局ワンダラーズ達は、テッドに協力した。高台の障害物は無くなり、修復し易くなった。しかし、ワンダラーズは
夜しか動けないし、彼らの仲間、蜜蜂やハエは昼しか動けない。猫は当てにならない。気まぐれだ。
そして、ピーター。彼の消息は、今、不明。ピーターはテッドを狙っているはずだ。

「M動力学を使うのね」
ヒルダの説明する符号や言葉の表現方法による、対象物への操作。いわば「魔法」である。
テッドが用いているのは、このM動力学なのだ。

「復元されれば、人々の記憶は蘇る。それは、M動力を強くする。後は、次々と進んでいくわ...
   ちょっと待って、今、蛾から報告が...テッド悪いニュースだわ。変化が止まっている。いえ、元に
   戻されている。Mエネルギーが吸い取られているの。きっと...彼らが、巻き返しに出たのよ」


第13章
テッドはがっかりした。見に行くと、せっかく復元した町が、元通りになっている。
山の向こうには、アーリマンの巨体が見える。オーマズードはどこにいる?空に、オーマズードの姿はなかった。

何かが飛んできた。雲のようだ。それは蛾だった。
しかし何かがおかしい。蛾は何かに操られていた。彼らを襲おうとしているようだ。
次に蜘蛛だ。糸を飛ばしやって来た。
その後にはネズミが。きっとヘビもいるはずだ。
そして、やって来た。集団だ。ゴーレムだった。こいつはやっかいな事になる!

ワンダラーズは、襲い掛かる蜘蛛やネズミと戦った。テッドはレンチを振り回しゴーレムを薙ぎ倒した。
ヒルダはゴーレムの剣=針を脚に刺された。

奴らは大群だった。
彼らは取り囲まれ、劣勢だった。そこに、ゆっくりとやって来た者がいる。ピーターだ...いや違う。
ピーターは偽りの形だった。それはアーリマンだった。元の姿を現したのだ。
ワンダラーズは恐怖に叫び声を上げ、逃げて行く。辺りに雲が広がり、視界は遮られる。

ヒルダは、雲の陰の向こうに見えなくなった。多くのワンダラーズは分断され、抵抗出来ずに逃げ惑う。
僅かなワンダラーズが、テッドと共に病院のハウスに立て篭もった。

今やアーリマンは本来の姿に、どんどん還って行く。体は泡立ち、膨れ上がる。触れるものは、どんどん吸収された。
ネズミ、ヘビ、ゴーレム、ワンダラーズ。全ての命を死へ戻して行った。

死と虚無、そして腐臭。アーリマンは巨大になる。やがて、世界そのものへ、なるのだろう。


ハウスを逃げ出したテッドは森へ逃げ込んだ。蜘蛛の大群が、上から降って来た。
ヘビの巣であるのか、足元一面にヘビがとぐろを巻いていた。
クモは、彼を刺した。ヘビの中から、マムシが彼に向かって牙をむいた。

バートンは手元のレンチを振りかざした。しかしレンチはなかった。落としたのか?
いや、レンチは元の糸に戻っていたのだ。そして、針の剣を持ったゴーレムが、テッドの体に飛び乗った。
針は彼の喉元へ。

テッドは追い詰められた。


第14章
「テッド!しっかりして!」
ゴーレムが口を開いた。そして、テッドの頚動脈を狙ったネズミを刺した。
その声には聞き覚えがあった。
「さあ!急いで!」
「メアリ?メアリか?」

「父は逃げようとしている。捕まえて!元の自分に戻りたくないのよ。父を捕まえて!
   あなたは本当の父の姿を見たでしょう?」
「ミードが?」
テッドとゴーレムは戦った。
ようやく、蜘蛛の糸を切り、ヘビを薙ぎ倒していると、ミツバチがやって来た。よし、形勢逆転だ!


しかし、背後では、巨大なアーリマンは、さらに増殖を続けている。
腐臭は強烈な臭いだった。

眼下の道では車が逃げ出していた。ドクター ミードだ。止めなくては!
テッドは石をワゴンに目がけて投げつけた!

石はボンネットに当り、フロントガラスへ跳ねた。車は止まり、ネズミやクモが雪崩れ込んだ。
中から、慌てたドクター ミードが飛び出した。

テッドはミードを取り押さえた。
「離してくれ!やつらに殺される!」
「あんたが、何者かは判っている。俺は、あんたが何者か知っている!」

それを聞いてドクター ミードの表情が、一変した。
「わ、私は...何者なんだ?...そうだ、判ったぞ...」

その姿は、ミードではなかった。凶暴な目は灰色、鼻筋は伸び、鋭い牙。口ばしは、タカの様に尖り....

大激震にテッドは、飛ばされた。目が、耳が、使えなくなった。凄まじい暴風の中を、体を丸めた。
炎、落下、転がり、飛ばされて、気がつくと静寂の中にいた。

テッドはそっと目を開けた。水滴。ここは雨の中だ。彼は空間を飛んでいた。そして、光が...
それはプレアデス星団。ガスと混沌。無数の星々が拡大する。後は暗黒。その中に形造られるもの。

オーマズードだ。

「オーマズード!」
テッドは叫んだ。彼が解放した神。宇宙の、光の神。
「オーマズード!ミルゲイト町を忘れるな!」


再び、大爆発がテッドを包んだ。彼は転がり、飛ばされた。

やがて、何かにぶつかり止った所は、道路の上だった。

目に、ネズミやゴーレムが近づいて来るのが見えた!
何も時は進んでいないのだ。

ドクター ミードは?彼は、まだボロボロの姿で、そこにいた。そして崩れ、灰に戻った。
見上げる空には、巨大な影が動いている。オーマズードだ。ついに戦いが始まったのだ。


彼らの成長は急速だった。太陽が生まれる様な衝撃。宇宙が震える。彼らは正面からぶつかる。大地が震える。
この戦いは長く続く。数十億年だろう。

地上では、急激に勝敗が決まっていた。ゴーレムに対し、ミツバチは大群だった。
ゴーレムは粘土に戻って行く。ヘビはワンダラーズに石を投げられ、踏み潰された。

メアリは戻った。テッドはメアリのゴーレムに語りかけた。彼女は粘土の形を自分で調整した。
それは、女性の形に変わって行く。
「君はオーマズードの娘なのか?」
「ええ、私の名前はアーマイティ」
「君が俺をここに連れて来たのか?」
「ええ。ワンダラーズでは、復元がうまく行かないのは判っていたわ。
   この戦いは、全体のほんの一部、でもミルゲイトは重要な箇所なの」

「君の本当の姿は、何なんだ?お父さんの様に巨大なのか?」
「いえ、私は何でもあるの。あなたの想像した通りのものにでも」

テッドは想像した。横にいたクリストファ老人も手伝ってくれた。クリストファ老人の想像力は素晴らしかった。
テッドだけでは、こんなに素晴らしい女性は思いつかなかったろう。

テッドはアーマイティの姿に見惚れた。彼女は生命の本質、そのものだった。活き活きとした、輝き、美しさ。
しかし、その姿は、その余韻を残したまま、消えた。


第15章
復元された公園にテッドは座っていた。子供が遊び、人々が語らう。彼らは本物の人間だ。
アーリマンが去り、町は現状へと回復して行った。あと数日で、全ては戻るだろう。

クリストファ老人は、自分の店が現われるのを楽しみに待っていた。
しかし、それは同時に、18年間通ったマグノリア クラブが消える事でもあった。

洗濯屋が消え、クリストファ老人の電気店が現われた。老人の腰はまっすぐに伸び、肌には若さが戻った。


「戻ったぞ。ミスター...ミスター...あなたの名前は何でしたっけ?」
「テッドですよ」
「おかしいな?あなたと、私が巻き込まれていた何か...があったはず何だが?」

町は元に戻った。テッドの休暇も、ようやく終わった。


車は町を離れ、ハイウェイへ向かった。バリヤはもう消えていた。妻はペギーは去ってしまった。
今度、彼女との会うのは離婚調停場だろう。

しかし、テッドには見えていた。この景色の中に、あの美しいアーマイティの姿を。


..............


宇宙の操り人形=The Cosmic Puppetとは、随分と変なタイトルですね。タイトルが先に決められていたのか、
それとも、何の関係も無く、後で編集者に付けられたのか?

さて、第10〜11章でメアリがゴーレムで歩く感じは、太陽クイズ=偶然世界=Solar Lotteryの
ティープに対抗する暗殺ロボットへの意識の飛ばし方の様です。
それに、「テッドは超ゴーレムかもしれない...」の件ですが、ここんトコは、「やっぱりディック!」となるか、「こりゃ、非Aだ!」
と思うかは分かれるかと思いますが、少なくとも、ヴァン ヴォウトとの関連は見出せると思います
(ちなみに管理者は「非A」派です。この様な初期作品を良く読むと、ディックと言う人が何処からやって来て、
   何処にイッちゃったか、が少し判ります)。

この作品、ディックの初期から中期の全ての面が現われた、なかなかに興味深い作品であります。
同じサイズでは、『変数人間』があります。ですから、これは短編小説ではなく、エースのダブルブックの片割れと思われます。

PS.
「しかし、ワンダラーズ達って何? 「ズ」と「達」ってダブル複数じゃねえの?」
「ま、ま、ま、そこんとこは、判りやすくするための苦肉の策でして...」

記:2012.10.18


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三分 小説 備忘録

  [どんな落ちだっけ?]




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