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まだ人間じゃない (1992)早川文庫
まだ人間じゃない


まだ人間じゃない The Pre-Persons / フィリップKディック 訳:友枝康子のあらすじ
初出 Fantasy and Science Fiction(1974.10) 原稿到着1973 短編 第115作

ウォルターは遊びの最中、白いトラックを見た。
(『堕胎トラック』だ!)

彼はすぐに判った。生後堕胎する子供を収監するトラックだ!
僕の両親が、呼んだのかも知れない!

肺から空気を抜かれるんだ! 肺から空気を抜かれるんだ! 肺から空気を抜かれるんだ!
ウォルターはガタガタ震えた。

大きな部屋にみんな入れられる。そして一度に...いらない子は、みんなまとめて!
ウォルターは茂みに隠れた。そして呪文を唱えた。

『わたしの、姿は、見えないはずだ』
五級の時に演じた『真夏の夜に夢』のオベロンのセリフ。

しかし...体は消えなかった。腕も足も...みんな見えた。でも、自分自身には見えても、大人達には見えない!
...いや、彼らにだって見えるのだ。魔法が使えたら...王様だったら...そして、家へと逃げ帰った。

「僕、見たよ。白いトラック!」
「何を慌てているの?自分が連れて行かれると思ったの?ねえ、良く聞きなさい。何度言ったらわかるの?
   もうあなたは12歳なのよ。魂があるの。もう人間なのよ。収監はされない」

「でもジェフは...」
「あれは、法律前の話。今は法律があるわ。12歳の子は、人間なのよ。魂があるの」

「...でも、僕には魂がないかも知れない。12歳になっても、11歳の時と何も替わらないから...」
「魂があるかないかは、法律上の問題なのよ。『[物見派]の人は、3歳なら魂はある』と主張したけど、
   折衷案で12歳になったのよ。自分の感情じゃないのよ。法律で決まっているの」

「僕、ジェフが連れて行かれる所を見たよ。トラックのドアが閉められたんだ!中で泣いているジェフを見たよ!」
「もう2年の前の事でしょ」

「ジェフは戻ってこなかった...」
「収監先で養子に貰われたのよ。30日間の猶予があるんだから。"眠る"事にはならなかったのよ」

「眠る!...」
「いえ...でも、あなたにもすぐ判るわよ。だって、もう人間なんですから...」


僕には判る。僕は11歳の時と何も変わっていない。
だから、僕の中に魂は出来ていないんだ。

12歳になれば、魂ができる。そして、人間になる。でも、僕の中に魂は出来なかった!
だから、僕はまだ、人間じゃないんだ...

大昔から、子供の殺人はあったらしい。子供がまだ、お母さんのお腹の中にいた時は、殺しても良かった。
それが、だんだん拡がって、"個性"がないとか..."魂"がないとか言う理由で、子供は殺されて行った。

真空装置を使えば、たったの2分で"処置"ができる。1日で100人も"処置"したお医者さんもいたそうだ。

そして、殺して良い"動物"と、殺してはいけない"人間"を分ける方法が編み出された。
産まれ立ての、まだ反射運動しか出来ない子供は、動物と同じ。まだ人間じゃない。

人間とは、代数の様な「高等数学をこなせる能力」を持つ者だ!


どうして、肺から空気を抜く!なんて言う残酷な方法を取るのだろう。一度パパに聞いた事がある。

「それは納税者の負担を減らすためさ。最も安上がりなんだ」
もしも、安いからと言う理由で、子供にそんな酷い事をするなら、「納税者」こそ、「魂がない」と思う。


「さっきのトラックの事知ってるかい?」
「ああ、フライシュハッカーの奴だね」

「え?あいつが連れて行かれたのか?それなら、焼夷弾を投げて、車を止めればよかった!」
「馬鹿な事、言うなよ。精神病院に入れられるよ。君は12歳だから安心じゃないか」

「でも、法律が変われば、12歳でも安心じゃない!」

無力な者を、ひねり潰してしまう力。あいつらは殺し屋だ。


3番トラックの運転手オスカーは、音楽の音を大きくした。

   ♪ジャックとジルは丘に登った。
   ♪バケツ一杯の水汲みに

元気な男の子が大きな声で歌っている。トラックはこの唄を何時も流している。
でも、それが、突然、止まる時がある。それは獲物に近づいたサインだ。

オスカーも、その唄を口ずさんだ。
目の前を6歳くらいの男の子が通り過ぎた。オスカーは車を止めた。

「おい、お前!Dカードを見せな!」
「何?それ?」

「子供はDカードを常時携帯しなくちゃいけない。罰金は500ドルだ。もしも持っていないなら、
   浮浪児と言う事になる。その場合は我々の所に来てもらう」

「パパはいるよ」
「パパだけじゃだめだ。パパとママ、両方の申請がいる」

「でも。今はパパと僕だけで暮らしているんだ」
「ともかく、トラックに乗って貰おう」
オスカーは、その少年ティムに銃を向けた。

「僕は乗らないよ。眠らされもしない!」
「眠るのは、ひねくれ者だけさ。みんな、今の両親よりもっと、素敵な家庭に貰われていく」

「いやだ!って言ったら、いやだ!」

その時、長身の痩せた男が、近寄って来た。
「お前は、この子の父親か?」
「この子を留置場に連れて行くつもりか?」

「児童保護施設だよ。あんたのIDカードを見せてくれ....エド ガントロか。逮捕歴があるらしいな。
   コカコーラを4箱、窃盗。窃盗罪か。ついでに詐欺罪もある。その瓶を店に返して、返却金を貰おうとした...」

「しかたない。ティム。トラックに乗れ。それに私も乗せてもらう」
「こら、ここは子供達だけのトラックだ。降りろ!」

「いや、私も代数は、苦手だ。だから魂がない。それは俺が一番、知っている」


「もしもしセンターですか?あのお、年齢30過ぎの男性が、自分は代数ができないから、人間じゃないと言い張って、トラックに乗り込んだ
   んですが、どうしましょう。Dカードを持っていない、彼の子供も一緒です...はあ、そうですか。それじゃあ」


トラックの中では、フラインシュハッカーと言う少年が泣いていた。親にDカードを取り上げられている最中に、
トラックが来たらしい。

「どうして、大人がいるの?」
「俺は代数ができない。だから人間じゃないのさ」

「僕は代数は得意だよ!一生懸命勉強した..でも、何の役にも立たなかった」


トラックは音楽を流しながら進む。運転手オスカーは思った。
(しかし、変な奴を捕まえてしまったな...)
しかし、今は食糧危機だ。こんな野郎に食わせる飯なんて、ないんだ...

人はどんどん増える。まるで、オーストラリアに持ち込まれたウサギの様に。
人間は、どんどん増えて、全てを食い尽くす。


「ねえ。あなた、ウォルターの事なんだけど...今日もまた、堕胎トラックに怯えていたわ。もううんざり!」
「時期に判ってくれるさ。もう、自分は安心だって」

「それから、私、また妊娠したみたいなの!」
「え?避妊リングは?」

「とっくに外れてるわ。それでね、私、堕胎ができるのよ。それで、隣の奥さんみたいに、
   特殊な発光塗料を塗った胎児の置物を作りたいの」
「お前も..."去勢する女"グループなのか...」

ウォルターの父は思った。
堕胎は、こんな"冷たい女"達が進めている。自分達の権利と喜びのために、幼児殺しを。

「ねえ、あなた、ダルレイの店に、早く行きましょ。生カキとステーキがお待ちよ...」
(生カキ...まるで、アレだ...)

「ねえ、この前、家で料理を食べたのは何時だっけ?」
「え?忘れちゃった。でも先月は、1回作ったわよ。結局、全部捨てちゃったけどね..さ、行きましょ!」

強者生存。一度力を得た者は、次の者に譲らない。親子ですらが...母性は何処に行った?


トラックの中には、子供が三人。大人が一人。
「ねえ、大人なのにどうして、代数が出来ない、なんて言ったの?」
「はっきりさせるんだ。全員殺すのか、それでなければ、全員殺さないんだ。魂が何時、肉体に宿るか
   なんて、今は中世じゃないんだ」

エドは思った。この国の最高の弁護士達、最高検事達と俺は戦わなくちゃならん。
負けるわけにはいかない。この子達の命がかかっているんだから...


堕胎支持論者の、そもそもの間違いは、彼らが引いた線引きだ。
そもそも堕胎は妊娠八週末まで、認められていた。しかし、堕胎支持者グループや、"冷たい女達"は
その期間を、後ろへ、後ろへと推し進めた。そして、今は、最も残酷な根拠に依拠している。

それが、「高等数学」のできる年齢。
しかし、この根拠では、プラトン以前の古代ギリシャ人達は、全員、人間ではない。
そこにあるのは独断だ。それも神学ではなく、法律上の独断だ。

さて、俺はこれから、どうなるのだろう。
これでも一応、スタンフォード大学で修士の学位を取った35歳。この俺を30日間、檻に入れて、
誰も養子の成り手がいなかったと言う理由で機械的な死に追いやるのだろうか?

トラックは揺れた。子供達は無言でうなだれていた。エドは、これからの事を考えていた。


収監所の管理者サムが聞いた。
「どうして、大人が乗っているんだ。こいつは、反対論者だろう。ともかく社会保険番号を教えてくれ」

すぐに、結果は出た。
男の名前はエド ガントロ。スタンフォード大学を卒業。数学の学位も持っている。それから、心理学の修士学位も。

「お前は、心理学の知識で我々に挑戦しようと言うのだな?お前には法律上、魂はあるんだ」
「ああ、元は持っていた。だが今は無くした」
「どうやって、無くしたんだ?」
「塞栓症さ。大脳皮質の一部がダメになった。殺虫剤の影響だ。それで、田舎で、この子達と一緒に暮らしている」

「こいつは、俺達をハメようとしている。EEGテストをして、追っ払え。ガスで眠らせて、元いた所に戻せ」
「俺はもうマスコミに報告済だ。やがて、ここにテレビカメラがやって来る。
   それがいやなら、この仲間達全員を釈放しろ」
「仕方ない。こいつらを追い出せ」

「さて、どうやって帰ろう」
「ウォルターのパパなら、きっと迎えに来てくれる。とっても良い人なんだ!」


そして、ウォルターのパパがやって来た。反堕胎支持の弁護士。マスコミを連れて。

「君達は、エド ガントロと言う、スタンフォード大学での男を捕まえたそうだね」
「...いえ、その様な記録はありません...」
「それなら良い。エドじゃあ。帰ろう」

「俺はカナダへ行く。この子と一緒に」
「本気か?女房が許してくれると、思うのか?」

「ああ、生活費の面倒を見ると言えば、承諾するさ。あいつが俺を呼ぶ言葉はこうさ。
   『けんか腰の臆病者!』敬意など、全く持っていない」
「俺は、認められないと思うな」

「それでも、今日は偉大な日だ。無力な者が、崇高な一撃を与えた日だ」
「ああ、そして、俺達はここから、逃げ出しちゃいかん。逃げ出しちゃいかんのだ」


..............

これは、当然、堕胎と言うものを、生前殺人と読み替え、それならと、生後殺人と言うアイデアになったのだと思いますが、
ここでのディックの立場は、プロテスタントと言うより、カトリック的な考え方ですね。

「ドラッグ野郎」ディックの意外なピューリタン性と言うものを、私はここで、繰り返し述べていますが、ここでは、
より「退行」している様です。


原題はPre-Person。これに対し、邦題は「まだ人間じゃない」。これは、邦題の圧勝ですね(残念ながら...)。


で、お前は人間か?って聞かれると、私は一応、理系の大学出なんで、「人間」です。でもテレビを見ると、「高等数学」
どころか、単純な比率や、確立の計算も出来ずに、感情的なゴタクを並べてる「人間じゃない」奴らが、ゴロゴロしてますよね...

感情に訴えると言うのは、理性を置いておくと言う作業とペアなので、どうしても、感情、感情となると、「人間として」の方の
主張が、負けてしまう事が多いですね。これは、現代の民主主義における困った問題です(なんだ、そのデカイ話!)。

記:2011.12.24


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三分 小説 備忘録

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