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まだ人間じゃない (1992)早川文庫
まだ人間じゃない


かけがえのない人造物 Precious Artifact / フィリップKディック 訳:小川隆のあらすじ
初出 Galaxy(1964.10) 原稿到着1631 短編 第95作

眼下に耕作地が拡がる。
この火星の大地は、プロクシマと地球戦争の犠牲となった地だったが、最近、ようやく復興した。
これで、地球からの移民も戻ってくるだろう...

ようやく、成果を出したのだ。これで地球へ...
そしてミルトは電話をかけた。
「改造技術者のミルトだ、精神科の予約を取りたい。至急だ...」


診察室に行くと、ドウィンター博士が待っていた。
「お噂はかねがね、伺っています。最も有能な改造技術者。神ですら世界創造の6日間の後は
   休息を取ったのに、あなたは、何年も続けておられる...そして、今日にも植民船が
   到着しようとしています。あなたが作った世界に!」

「しかし、俺は地球へ帰りたくなった」
「はああ?この膨大な火星の土地権利を放棄されるのですか??
   ご家族に譲渡したいと言っても、それでは...」

「ともかく、帰りたいんだ」
「私は先週まで、地球にいました。それは酷い有様でしたよ。人が溢れ、家は狭く、
   道路は渋滞。朝早く出ても、目的地に着くのは昼です」

「そのくらい、人がいる所が安心するんだ」
「しかしですねえ。この情報を聞けば、あなたも心変わりすると思いますよ。第一次輸送船の
   乗客名簿です。あなたのご家族がいらっしゃいますよ。フェイ、ローラ、ジューン。ほらほら、
   地球になんて帰る訳には行きませんよ!」

「しかし...」
「さ、早速、家に帰って出迎えの準備です。あ、入れ歯とカツラは忘れないで下さいね。
   ご家族にだらしない姿は見せられませんよ!」

「そうか」
ミルトは頭に手をやった。
ここ火星では、邪魔なカツラは着けていなかった。

地球人は皆そうだが、戦争中の死の灰のために、ミルトも頭髪と歯を失っていたのだ。しかし、
この火星での孤独な作業では、そんなものは不要だった。だから、着ける習慣は失っていたのだ。


「それから、ミルトさん。これは重要な事なんですか...」
「何だ?」

「あなたの事を調べさせて頂きました...改造技術者集会で、『演説』されるそうですね。
   『訳のわからぬ恐怖』と言う事で...」
「ああ、そうだが」
「あなたが現在、不安定な精神状態にある、と言う事を、協会に伝えておきます。根拠のない
   予言で聴衆を惑わすのは、あなたの様な立派な方がすべき事ではありませんよ」

「わかったよ。で、ともかく、俺は地球に帰りたいんだ」
「そうですか。それなら、これが『往復切符』ですので」


船が地球の宇宙港に付くと、ガイドの女性が待っていた。メアリー。
「滞在中は私が、お世話いたします。昼も夜も」

「ガイドが付くとは!それも貴方の様な若い美人が!おまけに夜もだって?そりゃ、たいへん
   結構だ。ともかくのどが渇いた。アンフェタミンを飲まなくちゃ」
ミルトが自動販売機にコインを入れたが、機械は受け付けなかった。

「どうなっているんだ?」
「火星のコインは低重力用に出来ているんですよ」
メアリーのコインは、機械は受け付けた。
(やはり俺はここでは、よそ者なんだ)

ミルトは宇宙港の駐車場からヘリに乗った。
「俺が地球に来た目的を教えておく。実は戦争に勝ったのは地球じゃない。プロクスマ人
   の方だ。火星にいた俺達にその事は知らされなかった。俺達は、地球のためと思って火星を
   開拓したが、しかし実はプロクシマの奴隷としてだったんだ。俺はそれを確かめに来た」

「じゃあ、私もプロクシマ人のつけたスパイだとお思いですか?」
   そのメアリーの大きなかつらは、少しずれていた。
「ああ、いや、そうとは思ってないよ」

「なら、私のアパートにいらっしゃいませんか。地球はどこも人が一杯で、落ち着いて話す事はできません」

「セントラルパークはどうだ?」
「もうなくなりました。アメリカに残っている公園は、ユタ州にあります」

「そりゃ、悪い知らせだ...」


ユタ州の山脈ふもとに、その公園はあった。一匹のリスがミルトの前に現われたのだ。

「地球は人ばかり...火星は素敵な所なんでしょうね」
「でも火星にリスはいないんだ」
ミルトとメアリーは芝生に寝そべっていた。

ミルトはリスにピーナッツを投げた。リスは耳をたて、
その行き先を探し当て、ピーナッツを頬ばった。

ミルトは、手元の石を投げた。石は池に落ち、波紋と音を立てた。
その音に、メアリーは耳をそば立て、起き上がった。

「メアリー...」
「何?」

「俺達人間は...耳の筋肉は衰えてしまったんだ。君の様に自由に動かす事はできない...」
「何の事?」
「ともかく、帰ろう」

(まやかしだ。公園もリスも...いや本物なのか?...俺にはわからない)

メアリーの部屋に戻ると、火星から持ってきた大事なペット、ワグ草が枯れていた。
「地球の重力が重すぎたんだ...いや、乾燥のせいだ。きっとプロクスマの攻撃で
   海は干上がってしまったんだろう?ちがうか?」
「.....」
「メアリー!どうして、俺の幻想をつなぎ止めておくんだ?俺の仕事は終わった。もう何もする事はない」

「改造が必要な惑星はたくさんあるわ。あなた達、改造技術者には、もっとたくさんの
   惑星を改造して貰わないと...って、私が考えていると、思っているんでしょ」

「君達が次に改造して貰いたいのはどこだ?この地球か?それじゃあ、俺は火星に戻る事は
   できないかも知れないな。妻に会う事も」
「私は地球で、あなたの奥さんの替わりをできるかも知れないわ」

ミルトは考えた。一つの世界を造った後、激しい疲労感に襲われる。俺だけじゃない。そして、
プロクスマ人に働かされているのも、俺だけじゃない...そう考えると、少しは楽になった。


「スミソニアン博物館に行かない?あなたなら興味を持つものがたくさん、あるでしょう。
   つまらない考えを、頭から追い払ったら?」


『プロクスマ軍2014 死か降伏か?』
シェルターの中にうずくまる兵士が三名。その展示物の前に地球人がのんびりと見物をしていた。

「すごく、よくできてるわね」
「うん、ママ。本物みたいだね」

ミルトも、その展示物を見ていた。
「あんたは戦争に参加したのかね?」
振り返ると、白髪混じりの中年紳士と夫人だった。

「いや、俺は改造技術者だから」
「そうか、立派な仕事だ。俺は戦争に参加した。プククスマ軍は手強かった。良く戦った方だよ」
「あいつらの銃を見て!ぞっとするわ」

「ああ、怖いよ。まるで、本物だ。この展示物...あんたも!、あんたもだ!あの子連れ!
   あのカップル!それに、ここ!この博物館も。全てがまるで、本物だ!」

ミルトは展示品からライフル銃を奪い取った。
そしてメアリーに向ける。

「本当に、俺の種族は残っているのか?もういないんだったら、俺には世界を改造する理由は無い...
   だが、もしも、もしも真実を教えてくれるなら、考え直しても良い。君達のために、改造を続けよう...」

「ミルト!よく、聞いて。あなたは真実を知るべきじゃない。真実を知ったら、あなたはその銃口を自分に向けてしまう」
「教えてくれないなら、君に向かって銃を撃つまでさ」

「真実を語ってくれ。君はプロクシマ人なのか?」
「わかったわ。そう。私はプロクシマ人よ...」


駆けつけた守衛を、メアリーは押し止めた。
「私が地球に来た時、それは酷い有様だったわ」
「地球人は生き残ったのか?女性は?」

「いえ。でもミルト。私達は同じ種なの。交配できるのよ。生物学的には同じ仲間なのよ。それで少し気が晴れた?」
「ああ、とってもね。それじゃあ、何が生き残ったんだ?」
「犬と猫は生き残ったわ。じゃあ、見に行きましょう」


博物館を出ると、本当の地球があった。

廃墟だった。都市部は地上1mのところで、すっぱりと切り落とされていた。その間を、
偽足を出した自動修理機が這い回っていた。
そして、所々にいる人影...プロクシマ人だった。
髪を螺旋状に巻け上げ、耳たぶを長く伸ばした人種。

この廃墟に犬と猫は生きている。そして、俺もメアリーと交配し、生きていくのか?

「火星に帰りたいんだが」
「あなたには、その権利があるわ」
「ありがとう。それで、子猫を一匹貰いたいんだが」


子猫の入った箱を抱えて、ミルトは火星に着いた。途中で、宇宙船の非常口を開けて、
自殺を試みたが、最後まで出来なかった。


ミルトは、ドウィンター博士の診察室へ向かった。


「その箱は何ですか?」
「猫だよ」

「ゴロゴロ言ってますね。ガラガラ蛇とか言う奴ですか?」
「いや子猫だ」

「あなた方は、奇妙な形の有機体がお好きだ」
「君達は興味がないんだな。地球を改造してやる代わりに、『動物保護区』も認めて
   もらわなくちゃいけない。これがいなくちゃ、俺の精神のバランスは取れそうにない...」

ドウィンター博士は、子猫の完成度の素晴らしさに満足していた。この地球人は、このシミュラクル
を本物の子猫として受け入れている。これは、他の改造技術者の精神治療にも有効だろう。

ただし、地球人は、一人一人違う。猫だけではない。年頃の女性が必要な者も入れば、オウムが
必要な者もいる。たくさんのシミュラクルが必要だ。

人間は亡霊にしがみつきたい、ものなのだから。


そして、ミルトの猫にスイッチが入ったのか。
ごろごろと、喉を鳴らし始めた。

..............

映画「ブレードランナー」の原作、「アンドロイドは電気羊の夢を見るかの」の主要テーマ、シミュラクル ペットの話になった訳ですが...え?映画に、
そんなシーンないって?...そう言えばそうですね。
訳わかんないユニコーン シーンはあるけど、羊って影も形もなかったような?最後に屋上にも上がりませんでしたっけ。まあ、デッカードの住んでる
ビルの屋上じゃないけれど...でも鳩はいたな?あれもシミュラクル???

ま、ともかく、シミュラクルと陰謀と言う、ディックの得意パターンなのですが、なんか、火星年代記っぽくもあります。隠された現実の暴露の皮むきが、
意外に単純で、もう一皮ありそうです。

これを長編にして、ミルトが作った悪夢の世界にプロクスマ人を閉じ込めて、復讐するなんて言うのは、どうでしょうか。

ミルトはミルトで幻想の地球人ハーレムにのめりこんで、復讐はどこへやら?最後は幻覚剤の過剰摂取で、ストーリー破綻...なんて、そんな長編、
本当にありそうだな?あれ?ディックが乗り移ったかな?って、

お前は、何カワ リュウホウだあ!


記:2011.12.13

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三分 小説 備忘録

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